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その15 「姉妹として」

 長姉カトリーナ姉様が目を覚ました頃、次姉マリアンヌ姉様は、すでに別室へ幽閉されていた。


 二人の面会は、姉様の体調がある程度回復してからと、そう決められた。


 数日後、二人は同室に幽閉されることになった。


 カトリーナ姉様の体調が万全ではない事もあり、マリアンヌ姉様が看護する形だ。


 オズワルド第一王子の計らいで、その日、私は一泊だけ姉様たちと寝食を共にすることを許された。


 話すことは、山ほどあったはずだ。


 けれど。


 「…………」


 最初に流れたのは、長く、重たい沈黙だった。


 誰も、言葉を選べずにいた。


 私は、深く息を吸って一番古い後悔から、口を開いた。


 「……あの……昔、大理石の机を壊したこと……すみませんでした」


 自分でも、意外な切り出しだった。


 けれど、あれがすべての始まりだった気がしたのだ。


 「……そうね」


 ベッドに腰掛けたままのカトリーナ姉様が、静かに答えた。


 「正直、あれは……怖かったわ」


 「そ、そんなに怖かったですか?」


 私が首を傾げると、マリアンヌ姉様も苦笑しながら頷いた。


 「ええ……十歳そこそこの少女が、大理石を拳で壊すなんて……普通は無理よ」


 「あ、はい……すみませんでした」


 私は素直に俯いた。


 再び、沈黙。


 ……けれど今度は、さっきほど重くはなかった。


 「……ふふ」


 不意に、カトリーナ姉様が小さく笑った。


 「エレナは知らないでしょうけど、あの机――父様のお気に入りだったのよ」


 「え?初耳です」


 思わず顔を上げる。


 「あなたが壊したって聞いた時、肩を落として片付けてたわ。金貨十枚だったそうよ」


 マリアンヌ姉様が、口元を押さえて続けた。


 

 「……十枚……父様に、悪いことしましたね」


 胸の奥が、きゅっと締め付けられる。


 「いいのよ。いらない家具ばかり買うから、お母様によく叱られてたもの」


 「……たしかに、変な家具ばかり買ってましたね」


 「そう、私が一番笑ったのは、お尻をつけて座る部分が無い椅子。空気椅子の練習用だとかお父様が一生懸命説明してたけど、翌日、お母様が板を取り付けてたのよね」


 それは確か私が六歳くらいの時だ。


 「あの椅子も金貨二枚で、有名な家具師の物だったらしいわ」


 思い出話が、少しずつ転がり始める。


 父様の妙な収集癖。

 兄様たちの若い頃の失敗談。


 気づけば、夕食の時間まで、そんな話で笑っていた。


 食事の席で、姉様たちは改めて頭を下げた。


 けれど私も、姉二人を顧みず、自分の道だけを進んできた。

 異世界に転生して、自分の力に溺れてたわけじゃないけれど、楽しんでいたのは事実だ。

 姉二人からの嫌がらせなんて無視すればいい。

 姉の代わりはメイドのリリサがしてくれる。

 話し合う事をせずに放棄していた自分も悪い。


 「……お互い様、ですね」


 そう言うと、カトリーナ姉様とマリアンヌ姉様は、静かに笑ってくれた。


 少しだけ、空気が和らぐ。


 和らいだ沈黙を破るように、カトリーナ姉様がぽつりと口を開いた。


 「……母様はね」


 「?」


 「あなたが勇者として旅立った後、毎日、女神様に祈っていたわ」


 「……お母様が、ですか?」


 思わず聞き返す。

 母様は、そこまで信心深くなかった。


 「ええ。毎日よ。祈っては、口癖みたいに言ってたわ。エレナは元気にしているのかしらって」


 「……そうですか……」


 胸の奥が、じんわりと熱くなった。


 「エレナは……魔王軍が侵攻した時、ブレイジング領へ向かったのよね?」


 「……はい」


 「その……皆の最後は……看取れたの?」


 マリアンヌ姉様が、恐る恐る尋ねる。


 私は、少しだけ間を置いてから答えた。


 「……私が駆けつけた時、街は火の海で……魔族との戦が始まって二週間以上経過した後でした」


 喉がひりつく。


 「お父様とエドワード兄様、ギルバート兄様は、率いていた魔将に討たれていて……私は、その魔将を討ちました」


 あの時の光景は忘れようがない。

 姉様達には伝えないが、無惨にも切り刻まれた三人の遺体。

 怒りに任せて私は魔将を倒した。


 「……お母様は?」


 「……使用人たちと避難所へ逃げてたみたいです。でも、そこも魔人に襲われていて……」


 声が、震えそうになる。


 「仲間が魔人は倒してくれました。でも……避難していた人たちは全員……母様も、使用人の皆も……」


言葉が、そこで詰まった。


 「母様は、剣を持って抵抗していたようです。民を守るために」


 「……エレナにだけ、辛い思いをさせてしまいましたね」


 「いいえ……」


 私は、首を振った。


 「……もう少し早く着いていれば、助けられたはずでした……すみません」


 「エレナの責任じゃないわ」


 カトリーナ姉様が、はっきりと言った。


 「悪いのは魔族よ」


 「……はい」


 私は、小さく頷いた。


 「メイドのリリサも亡くなってたの?」


 「いえ、彼女は行方不明です。遺体が見つからなかった住民もいますので、恐らく……」


 その言葉で二人は何かに気がついたように黙った。


 「ブレイジング領にいた魔族は……すべて滅ぼしました。でも……」


 拳を、膝の上で握りしめる。


 「復讐って、何も生まないですね。空虚な気分でした」


 あの光景を思い出すと、今でも、勝手に涙が滲む。


 ブレイジング領内の助けられなかった人々。


 異世界から転生してきた私を、本当の娘として愛してくれた家族。


 力があったのに、守りきれなかった自分。


 「……力があるのに、情けない限りです」


 そう零すとカトリーナ姉様とマリアンヌ姉様は、何も言わず、私の肩を抱き寄せてくれた。


 三人で、ただ静かに、同じ悲しみを抱えた。


 これで姉妹としての、わだかまりが、ひとつ終わったと感じた。


 しかし、お二人が席に戻ると早々に私はブレイジング家の当主として告げた。


 「ですが」


 少しだけ声を引き締めた。


 「この国の現状については、別です」


 二人の視線が、私に向く。


 「国力を落としたこと。国民を苦しめたこと。それについては……私は、許せません」


 沈黙。


 けれど逃げずに、姉様たちは答えた。


 「……一生かけて、償うわ」

 「私も」


 その言葉に、嘘は感じなかった。


 「魔族との戦いが落ち着いたら……その時は」


 私は、静かに告げた。


 「その時は、私も手伝います。ブレイジング家の末妹として……当主として」


 二人の目に、涙が滲んだ。


 その日、私たちは、姉妹に戻れた。

 完全ではない。

 けれど、前に進むには十分な一歩だった。


 その夜、私たちは三人、枕を並べて眠りについた。

 他愛もない話をしながら、子供の頃のように、同じ天井を見上げて。


 「……そういえば、ロイとは何を話されたんですか?」


 「……あの男…ね」


 「ええ」


 少しだけ間を置いてから、カトリーナ姉様はため息交じりに言った。


 「あの男ね、エレナが恥ずかしがり屋で、本当は自分のことを愛しているんだ、とか言ってたわよ」


 「…………」


 言葉を失った。


 「馬鹿な男よね。『恥ずかしがり解消のため、間を取り持ってくれ』とか言うから、無理だって、はっきり伝えておいたわ」


 「……あの男の頭の中は、お花畑なんでしょうね」


 私がそう言うと、今度はカトリーナ姉様が小さく笑った。


 「そうね。一度、開いて中を見てみたい気もするけど……」


 「でも、気持ち悪いから嫌ね」


 姉妹三人で、自然と視線が合った。


 「エレナ」


 「はい?」


 「次に会ったら、殴っていいわよ」


 即答だった。


 「……そのつもりです」


 そう答えると三人で小さく笑った。


 張りつめていた空気が、ほんの少しだけ、やわらいだ気がした。


 姉妹三人の意見が一致した。

 それだけで、胸の奥が少しだけ軽くなった。


 いろいろあったけれど、これからは姉妹として、ずっと仲良くしていきたい。

 そう思った。


 翌朝。


 姉たちに別れを告げ、部屋を出ようとしたところで、第一王子オズワルドに呼び止められた。


 応接用の小さな部屋。

 豪奢ではなく、実務的な調度が並ぶそこは、どこか王族らしくない。


 テーブルを挟んで座るよう促され、私は腰を下ろした。


 「昨晩は、姉妹として話はできたのか?」


 「はい。姉妹として……そして、ブレイジング家の当主として、話ができました」


 「それはよかった」


 オズワルドは、小さく頷く。


 「二人は、なんと申しておった?」


 「民を苦しめた罪は、一生かけて償うと」


 「……そうか」


 短く息を吐き、彼は視線を落とした。


 「本来であれば、私達が先に妻と話すべきなのだが、エレナ殿には恩ができた。それと、二人の気持ちの整理も必要だろうと思い、先に話をしてもらった」


 「はい、承知しております。便宜を図って頂き、ありがとうございました」


 「カトリーナの体調が許せば、午後に二人と話すつもりだ。ジョージも、別室でな」


 「はい。それがよろしいかと思います」


 「エレナ殿」


 オズワルドは、まっすぐにこちらを見た。


 「感謝しても足りぬ。本当に、苦労をかけた」


 「いいえ」


 私は、肩をすくめて答える。


 「こういう性分ですので」


 王子たちにも、至らぬ点はある。

 けれど――それを自覚し、正そうとする意志がある。


 だから、私は何も言わない。

 それに、不敬にもあたるしね。


 「それでは、オズワルド王子。私は仲間のところへ戻ります。準備をして、西へ向かいます」


 「うむ。それまで、ゆっくり休むがよい」


 「ありがとうございます」


 私は一礼し、そのまま部屋を後にした。


 姉たちを残し、仲間の待つ場所へ。


 レーナとランが宿泊している宿屋へ向かう道すがら、街はまだ閑散としていた。


 王子からのおふれは出された。


 だが、人々の反応は薄い。


 行き交う者の足取りは重く、誰もがどこか上の空で、前を見ていない。


 無理もない。


 約二年。

 それだけの期間、圧政を強いられてきたのだ。

 希望だの、未来だの、そんな言葉を簡単に信じられるほど、人の心は強くない。


 (私が戻ってくる頃、この国は、どうなっているのだろうか)


 そう思わずにはいられなかった。


 宿屋に入ると、亭主がすぐに気づき、深く頭を下げてきた。


 「勇者様とは知らず、失礼いたしました。王子からも、よくするようにと申し付かっております。どうぞ、ごゆっくりお寛ぎください」


 最初に宿泊した時とは、まるで別人のような態度だ。


 私は軽く会釈を返し、部屋へ向かった。


 扉を開けると、レーナとランの姿はなかった。

 外出しているのだろうか。

 猫のマルはソファの上で眠っている。


 シーンとした静かな部屋。


 この数日で、亡くなった家族のこと、姉二人のこと、リリサのこと。懐かしい記憶から、思い出したくなかった記憶まで、あまりにも多くを思い出しすぎた。


 胸の奥が、重い。


 (……疲れたな)


 「今日は、休もう」


 そう決めて、昼間だというのに、私はベッドに身を沈めた。


 瞼を閉じると、すぐに意識が遠のいていった。

読者の皆様、いつもありがとうございます。

次話は1/29木曜日22時に公開予定です。

引き続き宜しくお願い申し上げます。

少しでも「面白い」と思って頂けましたら、ブックマークをよろしくお願いします。

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