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その14 「長姉カトリーナの間違い」

 夢の中で、あの懐かしい日々を見た。


 七つ年下の妹が生まれた日。


 「オギャーオギャー」


 小さな産声が屋敷に響き、父が珍しく感情を露わにして笑っていた。

 兄三人も屋敷に戻ってきており、家族みんなでお祝いをした記憶がある。


 「エレナよ」


 出産直後、母からそう名付けられた赤子は、信じられないほど小さく、柔らかかった。

 私とマリアンヌは代わる代わるその子を抱いた。


 「赤ちゃんってものすごく小さいね!」


 双子の姉妹である私達にとって、エレナは本当に可愛い妹だった。

 少しずつ成長する妹。

 まるで壊れ物を扱うように、慎重に、そして誇らしく世話をした。


 「エレナ、こっちよ!歩いてらっしゃい」

 

 ある日は絵本を読んだり。

 ある日は一緒に庭で遊んだり。

 ある日はおねしょをした妹エレナを叱ったり。


 「エレナ!お漏らしを隠してあげる!」


 あの頃は、本当に平和だった。


 私とマリアンヌは、姉であることが嬉しくて、妹はただ可愛い存在。


 それだけで十分だった。


 だが、変化は、ある日突然訪れた。


 エレナの五歳の誕生日だ。


 「エレナ、いってらっしゃい」


 エレナ付きメイド、リリサと外出し、戻ってきたエレナは、どこか別人のようだった。

 その日はキョロキョロ、オドオドしていて、絵本を読んであげても上の空といった感じだった。


 「この絵本好きだったでしょ?」


 翌日から言葉の端々が大人び、視線は常に何かを測るように周囲を見渡している。


 「キョロキョロしてどうしたのかな?」


 屋敷の人間を観察しているようだった。

 そして、本を与えれば、数日で内容を理解する。

 絵本を読み聞かせようとすると、本当にあった伝説なのか問われ、作者の心情まで理解しようとする。


 「私……わかんない!」


 父や母、すでに成人していた兄たちと、対等に会話をしていた五歳の妹。


 時折、粗野とも取れる発言や行動もあったが、両親と兄達は少し変わった子程度の認識だったけれど、私は違った。


 「マリアンヌ、エレナが少し気持ち悪い」


 それでも私とマリアンヌは、相変わらずエレナを着せ替え人形のように可愛がった。

 お洒落な服を着せて鏡を見る。

 姉として、妹が可愛かった。

 それは嘘じゃない。


 「エレナはお母様に似て美人だから、良いお洋服を着ましょうね」


 妹は本当に母に似て美人だ。

 私とマリアンヌは、どちらかというと父似。


 だが、世界は少しずつ進んでいく。

 エレナの教育は、私たちよりも早く、更に深い内容だった。


 剣、魔法、貴族教育や知識。


 姉として妹と関わる時間が減った時期でもある。


 「エレナと遊べなくなって、つまらないわ」


 貴族の娘が剣を学ぶなど、普通なら嘲笑の対象だ。

 だが、母エレオノラの経歴がそれを笑うものを静かにさせる。


 庶民の出でありながら、王都騎士団に所属し、剣の腕と美貌で名を馳せた女。


 父、バルバトルとの出会い。

 魔人討伐の逸話。

 吟遊詩人が詠う父との恋と英雄譚。


 「お父様とお母様は私たち子供の誇りだ」


 そんな母を持つ私たち姉妹も、当然のように剣を学んだ。

 だが、結果は、惨憺たるものだった。

 私にも、マリアンヌにも、剣の才能も、魔法の才能もなかった。

 父が母に「皆がエレオノラのようにはいかないよ」と告げていたのが、私はショックだった。


 「マリアンヌ、お父様もお母様もがっかりしたでしょうね……」


 父と母は優しかった。

 女性貴族としての教育を怠ることはなく、愛情を注いでくれた。

 だが、内心はがっかりしていたと思う。

 私達の家系は戦士や魔法使いが多いからだ。


 長兄ヘンリースは父のように剣技に優れ王都騎士団に所属し、次男エドワードは魔法に優れ、三男ギルバートも領内の騎士団に所属している。

 私たち二人は周囲から兄達の出涸らしと言われていた。

 そんな私たちの前に現れたのが、すべてを持つ妹、エレナだ。

 

 貴族の淑女としての教育は苦手のようだった。

 だが、五歳で魔法を操り。

 十歳で父や兄に並ぶ剣技を身につけ。

 知識は一年足らずで極めた。

 魔人を素手で殴り倒したという話も聞いたことがある。


 「エレナは才能豊かですごいね」


 両親も、兄たちも、自然とエレナに力を貸すようになっていった。


 同じ頃、私とマリアンヌは成人し、女神の啓示を受けた。


 内容はお互い同じだった。

 二十三歳の誕生日、小国エスタの王子二人と結婚すること。


 王子との結婚。

 本来なら、喜ぶべき未来。


 だが、自然と共に生きる小国。

 質素で、華やかさのない国。


 私たちは心の奥で、失望していた。


 「バイエルン帝国とか大きい国へ嫁ぎたいわ」


 妹への嫉妬。

 自分たちの未来への不満。

 それらが絡み合い、私たちはエレナに嫌がらせをするようになった。

 成人したとはいえ、精神は子供だったのだろう。


 そして、あの日。


 エレナを本気で怒らせてしまった。

 拳が振り下ろされ、大理石の机が砕け散った。


 私とマリアンヌは、ただ立ち尽くした。


 それが、暴力という恐怖を、初めて理解した瞬間だった。


 「マリアンヌ、私はエレナが怖いわ」


 それから、妹と距離を取るようになった。


 時は流れ、エレナの成人が近づく頃、家族も領内の人々も、気づいていた。


 この子は、普通のヒューマンではない。


 巡回で魔物を素手で倒し、魔法は詠唱なく操り、揉め事は知力で解決する。


 そして十五歳の誕生日。

 女神の啓示の日。


 妹は、勇者に選ばれた。


 喝采。

 祝福。

 各国からの使者。


 「あの子は特別だったのね……いいな……」


 しかし、両親の顔は暗かった。


 誇り高き戦士の家系であっても、娘を戦場へ送る親の顔だった。

 これは意外だった。


 「お父様もお母様もエレナを溺愛しているから」


 旅立つ日。

 私たちは、最後まで声をかけなかった。


 エレナも、振り返らなかった。


 姉妹として関わる人生は、ここで終わるのだと思った。


 「もう二度と会うことはないかもね」


 エレナが勇者として旅立ってから、一年が過ぎた。


 私とマリアンヌは、小国エスタの王子たちのもとへ嫁いだ。


 国へ足を踏み入れた瞬間、正直な感想が胸に浮かんだ。


 ……小さい。


 ブレイジング領よりも狭い王都。

 自然が溢れ、街の中を小動物が歩き回り、虫がやたらと目につく。


 虫が嫌いな私たちにとって、それはそれだけで不快だった。


 王子たちの住まう屋敷も、父の屋敷よりずっと小さい。


 なんて、貧乏くさい国なのだろう。


 そう思ってしまった自分を、今ならはっきりと責められる。


 だが当時の私は、それほどまでに視野が狭かった。


 「こんな国で死ぬまで暮らすのか……」


 結婚式は、国中が祝福してくれた。


 第一王子と私、第二王子とマリアンヌ、二人分の式を一度に行うという簡素な形式。


 その合理性すら、当時の私には苛立ちの種だった。


 「一生に一度の事を、まとめてなんて最低……」


 王子たちは、優しかった。


 それだけが、救いだった。


 結婚式の日、両親と話をした。

 だが、話した内容を覚えているのは少しだけ。

 

 「二人とも、ブレイジング家を離れて、ここで幸せになるのよ」

 

 母には幸せにと言われた事だけ覚えている。


 新婚生活は、驚くほど質素だった。


 王族とは思えないほどの暮らし。

 豪奢な調度品も、華やかな宴もない。


 私は、子供の頃から貯めていた貨幣を持ち出し、マリアンヌと街へ出た。


 美味しい食事を、屋敷とは別の場所で楽しむために。


 王子たちは、何も言わなかった。

 見過ごしてくれた。


 「こうやって遊ぶくらいさせてもらわないと、割に合わないわ」


 その優しさに、私は甘え続けていた。

 今考えると、もっと夫と話をすべきだったと思う。

 

 母に言われた幸せになる事は、これでいいのだろうか?

 実家での母の姿はもっと違ったと思う。

 もっと、キラキラしていた気がする。


 そんな折だった。


 魔王軍がイグニス王国へ侵攻。

 勇者一行の助力虚しく、ブレイジング領は崩壊したという知らせ。


 届いた死亡者リスト。


 そこには、

 父と母。

 兄たち三人。

 使用人たちの名があった。


 私は、息ができなかった。


 私とマリアンヌは喪に服した。


 王子から、ブレイジング領へ向かう提案をされた。


 だが、断った。


 現実を、受け入れたくなかった。


 「家族は、マリアンヌとエレナの三人になってしまったわね」


 その後すぐに、世界を揺るがす報せが届く。


 勇者エレナ。

 魔王討伐直後、仲間を惨殺し逃亡。

 国家転覆の可能性あり。


 世界指名手配。


 信じられなかった。


 あの真面目な妹が、そんなことをするはずがない。


 でも、バイエルン帝国からの情報だ。

 あの国がよく調べもせず、間違うはずはない。


 この国で、私達の妹が勇者であることを知る者は限られていた。


 王と王子、そしてごく一部の者だけ。


 心配はされたが、私の中には奇妙な違和感だけが残った。


 「あのクソ真面目な妹が、こんな事するわけないわ」


 それから数ヶ月。


 このエスタ国で、エレナと再会した。


 約四年ぶりに再会した妹は、成長して生前の母と瓜二つだった。

 顔立、髪型、唯一違うのは、母は明るい金髪で、エレナは暗い金髪だという事。


 苛立ちと、安堵。

 相反する感情が、胸に渦巻いた。


 妹は、私たちのやり方に口を出した。


 その正しさが、何よりも腹立たしかった。

 自分が正しいと、そう思っている妹に憎しみの心すら覚えた。


 そして私は、ロイから買った魔法具を使った。


 悪魔族を呼び出す魔法具。


 「あの子を黙らせるために、悪魔と契約するわ」


 そこで私の意識は途切れた。


 そして、夢の中の光景が、少しずつ滲んでいく。


 ブレイジング領の屋敷。

 幼いエレナの笑顔。

 剣を振るう父の背中。


 どれもが、まるで水面に映った影のように揺らいだ。


 「――お姉ちゃん」


 それは、昔のエレナの声でもあり、今のエレナの声でもあった。


 振り返ろうとした瞬間、世界が、ひび割れる。


 暗闇。


 次に感じたのは、身体の重さと、かすかな温もりだった。


 誰かが、手を握っている。


 ゆっくりと、瞼を持ち上げる。


 ぼやけた視界の先に、母が見えた。


 「……お母…様……?」


 喉がひりつき、声は驚くほど掠れていた。


 その瞬間、握られていた手が、強くなる。


 「……姉様」


 そこにいたのは妹だった。


 「…エレナ……」

 

 少し、私の手を握る指が震えている。


 「目が覚めてよかったです」


 視界が、はっきりしてくる。


 そこにいたのは、見違えるほど大人になった末妹。

 死んだ母の生き写しのような顔立ち。


 だが、その表情は、昔と変わらない。


 私が叱ると必死に涙を堪える、あの頃のエレナだった。


 「…私は………エレナが側に?」


 そう問いかけると、エレナは小さく頷いた。


 「はい」


 胸の奥が、きしむ。


 あんなにも、取り返しのつかないことをしてきたのに。多分、私は悪魔に体を乗っ取られて、エレナと戦ったのだろう。


 朧げに覚えている。


 それでもこの子は、私の側にいた。


 「……ごめんなさい……」


 自然と、言葉が溢れた。


 「姉として、もう少し上手く……」


 エレナは、首を横に振る。


 「大丈夫です。これから一緒に悩みましょう」


 そう言って、私の手を、両手で包んだ。


 「目を覚ましてくれただけで……嬉しいです」


 私は、ゆっくりと目を閉じた。


 「……ごめんなさい」


 夢は、もう終わった。


 ここからは現実に向き合わなければならない。

読者の皆様、いつもありがとうございます。

次話は1/27火曜日22時に公開予定です。

引き続き宜しくお願い申し上げます。

少しでも「面白い」と思って頂けましたら、ブックマークをよろしくお願いします。

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