その13 「姉二人の罰」
二日後ーー。
謁見の間は、静まり返っていた。
瓦礫だらけになった屋敷の一角を応急的に整えただけの簡素な部屋。
かつての豪奢な調度品は姿を消し、あるのは長机と椅子。
私は、レーナとランを両脇に従えて立っていた。
(………)
勇者として呼ばれることはあっても、ブレイジング家の当主として王族と向き合うのは、初めてかもしれない。
扉が開く。
車椅子に座った二人の青年が、護衛に支えられながら入ってきた。
病気療養中と聞いていた通り、顔色は優れない。
だが、その目ははっきりとこちらを見据えていた。
「エレナ殿、レーナ殿、ラン殿」
先に口を開いたのは、第一王子だった。
カトリーナ姉様の夫である人物。
「お初にお目にかかる。私は第一王子オズワルド・ヨナヒム・エスタ。そして、第二王子の……」
「ジョージ・ヨナヒム・エスタと申します」
「このたびは……我が王国の不始末を、あなた方に押し付ける形になってしまったこと、深く詫びたい」
私は一瞬、言葉に詰まる。
「っ……頭をお上げ下さい。私も通り過ぎるつもりでしたが、つい……関わってしまいました」
そう言うと、第一王子が小さく苦笑した。
「あなたは勇者である前に、貴族の当主であるから見過ごせなかったということでしょう」
第一王子は、真っ直ぐ私を見て言った。
「我が妻カトリーナ、弟の妻マリアンヌ両名の処遇について、ブレイジング家当主エレナ殿に立ち会って頂きたい」
(……そうきたか)
覚悟していた瞬間だった。
隣のレーナが一歩引く。
ランも一本下り、静かに姿勢を正した。
これは、私一人の問題ではない。
けれど、避けては通れない話だ。
「ただし」
第一王子は、続ける。
「但し、我ら王家も責任を取る」
その言葉に、私は少しだけ息を楽にした。
(……全部、背負わせるつもりはない、か)
私は一度、深く息を吸う。
「……では、王家護衛隊長ギルバート、此度の原因を述べよ」
王子たちの前にギルバートは出た。
「……はっ、事実をお伝えします」
ギルバートの声は、意図的に平坦に話している。
感情を乗せれば、判断が揺らぐ可能性があるからだろうか。
「エスタ国がここまで荒廃した原因は、国民に多額の重税を課した事による圧迫です。一部の旅行者や冒険者からは賄賂を受けとる事など見受けられました。また、犯罪も横行しております。管理は杜撰で、徴収された税は国の事業に使われておりませんでした」
私は、王子二人と目を逸らさなかった。
「その中心にいたのが、ブレイジング家から嫁いで来られた長姉カトリーナ様。次姉マリアンヌ様です」
胸の奥が、きしりと鳴る。
(……彼女らを輩出したブレイジング家当主として、情けない限りだ)
「さらに長姉カトリーナは、魔法具を用いて悪魔族と契約し、国を危険に晒しました。結果として、雇い入れた二十名の冒険者が悪魔召喚の犠牲となり、その悪魔を討伐するために、こちらの勇者エレナ一行様が戦闘を行いました。その結果、悪魔を退けましたが、この屋敷は半壊する事態となりました」
この屋敷を半壊させた原因は私にある。
そして、ギルバートに頼み込んで、イグニス王国復興団長ロイの件は伏せておいてもらった。
どこかでロイとは決着をつける事を条件とした。
「ただし」
ギルバートは一度、息を吸った。
「この重い税収については、国民に直接的な死者が現状は出ておりません。また、悪魔の侵入を、この場で食い止められたこと。それだけは、不幸中の幸いでした」
沈黙が落ちる。
後日わかった事だが、事前に王子二人とギルバートはこの話を、この場で話すように打ち合わせをしていたそうだ。
こんな事件を起こした姉様達を、王子達はまだ、愛してくれている。
これからも側に居てくれると仰ってくれた。
「……そうか。報告ご苦労だ」
第一王子に労いの言葉をもらい、ギルバートはレーナとランと同列に下がった。
そして、次姉マリアンヌ姉様の嗚咽が響いた。
「……申し訳ありません…でした…」
彼女は膝の上で手を握りしめ、震えながら言葉を紡ぐ。
「私たちは……いつの間にか、与えられるのが当たり前になって……国民の顔を見なくなっていました……」
涙が、床に落ちる。
(……気づいていなかったわけじゃなかったのね)
そう思ってしまう自分が、少し悔しかった。
そこへ、第一王子が静かに立ち上がった。
「エレナ殿、今の話を踏まえて、私たちの考えを述べたい」
第一王子のその声は若いが、次代の王としての重みがあった。
「我々兄弟も、病を理由に政務から距離を置いて、代行してくれていた妻達を放っておいた。それが原因である事は否定できない」
王子はマリアンヌ姉様に視線を向ける。
「マリアンヌ。君たちの行いは、決して許されるものではない」
マリアンヌ姉様が、びくりと肩を震わせた。
「だが――」
第一王子は、はっきりと言い切った。
「国民に大きな犠牲が出なかったこと、そして勇者一行が事態を収束させたことを踏まえ、死罪は科さない」
その言葉に、場の空気がわずかに揺れる。
「代わりに、当面の間、自室謹慎とし事実上の幽閉とする」
「……はい」
「そして、王都および周辺地域の復興が軌道に乗った後、無償労働による奉仕を命じる」
第一王子の声は、迷いがなかった。
「自らの手で、国民の生活を支え、その痛みを知ってもらう」
マリアンヌ姉様は、涙を流しながら深く頭を下げた。
「……ありがとうございます。殿下……」
隣に立つマリアンヌ姉様の夫である第二王子も、静かに彼女の肩に手を置いた。
「この国の再建は、我々が責任を持って行う」
第一王子は、私たちを見た。
「病も、言い訳にはしない」
「国民にもその旨を伝える」
その言葉に、私は胸の奥で何かがほどけるのを感じた。
(……これでよかったと思う)
姉様達に対する怒りは、確かにあった。
失望も、嫌悪も。
(それでも、血の繋がった私の姉なんだ)
切り捨てることもできた。
殺す覚悟もあった。
だが、私は剣を下ろした。
淡々と思い出す。
――幼い頃、同じ食卓を囲んだ記憶。
――手を引かれて街を歩いた日のこと。
「……これで終わりじゃありません」
私は、静かに告げる。
「これからが大事です」
それは、姉たちに向けた言葉であり、同時に自分自身への言葉でもあった。
場の空気を、わずかに緩めるように、レーナが小さく息を吐いた。
「最低限のケジメってところね」
視線が集まるが、彼女は肩をすくめただけだった。
「生きて償うしかないですね」
ランも、小さく頷く。
その言葉に、全員沈黙していた。
私は一歩前に出て、王子たちを見据える。
「……そして、もう一人償いをすべき者がいます」
場の空気が、わずかに張り詰めた。
「…というと?」
第一王子が私に問いかけてきた。
「まだ世界は混迷を極めています。魔族の脅威も終わってはいない。私はまだ旅を続けねばなりません。今すぐではありませんが……すべてが終わったその時」
私は、胸の前で拳を握りしめた。
「私、エレナ・フォン・ブレイジング。ブレイジング家の当主として、姉二人と共にエスタ国の国民へ、無償での償いをさせていただけませんか」
ざわり、と空気が揺れる。
「そ、それは……」
第二王子が言葉に詰まる。
驚かれるのも当然だ。
勇者である私が自ら罰を背負いに行くなど。
だが、私はブレイジング家当主でもある。
「過去に姉二人と、もっと話し合っていれば」
私は視線を落とした。
「もう少し違う結果になっていたと思います。私は旅に出て、姉様たちと正面から向き合うことを……どこかで、避けていました」
胸の奥が、ひりつく。
(強くなれば、すべて解決できると思っていた)
剣を振るい、魔族を斬り、世界を救えば、家族の歪みなど、いつか自然に正されると。
「……これは、私の責任でもあります」
顔を上げる。
「カトリーナ姉様は、まだ目を覚ましていません。でも、マリアンヌ姉様とは、少し話ができました」
涙に濡れた次姉の顔が、脳裏に浮かぶ。
「私は……姉たちと一緒に、償いをしたい」
その言葉に迷いはなかった。
「どうか、よろしくお願いします」
私は、その場で深く頭を下げた。
「エ、エレナ殿!」
慌てて声を上げたのは、第二王子だった。
「顔を、顔を上げてください! この国の恩人に、これ以上そんな……!」
彼の声には、焦りと、確かな敬意が混じっていた。
「……勇者であるあなたが、そこまで背負う必要はありません」
私はゆっくりと顔を上げる。
「勇者である前に、私はブレイジング家の現当主です」
その言葉に、第二王子は息を呑んだ。
沈黙の中、第一王子が一歩前に出る。
「……エレナ殿」
その声音は、王としてではなく、一人の人間としてのものだった。
「その覚悟、確かに受け取った」
彼は、はっきりとうなずく。
「その時が来たなら、我々王家も全面的に協力しよう。皆で償う道を考えよう」
そして、静かに言葉を添えた。
「その時は、よろしく頼む」
胸の奥に、温かいものが広がる。
「……ありがとうございます」
深く息を吐いた。
張り詰めていたものが、少しだけほどけた気がした。
私は、ゆっくりとマリアンヌ姉様の方へ向き直る。
「マリアンヌ姉様……そういう事なので」
言葉を選びながら、けれど逃げずに続けた。
「いずれ、一緒に罪を償いましょう。カトリーナ姉様とも、たくさん話をして……」
小さく、微笑む。
「生き残ったブレイジング家の娘三人で。今度こそ、仲良くしたいです」
その瞬間、マリアンヌ姉様の瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
「エレナ……ごめんなさいね……」
声が震え、肩が揺れる。
私は一歩踏み出し、姉様の背中に腕を回した。
「泣かないでください」
自分でも驚くほど、穏やかな声だった。
「私は……大丈夫ですから」
私たちは、静かに抱き合った。
温もりがあった。
生きている人の、確かな重みがあった。
(……いつ以来だろう)
こんなふうに、姉様と抱き合ったのは。
記憶を辿れば、せいぜい五歳くらい。
まだ剣も魔法も知らず、家族という言葉が、ただ安心そのものだった頃。
「……カトリーナ姉様には」
私は、姉様の耳元で囁く。
「目が覚めたら、話しましょう……」
「……わかったわ」
マリアンヌ姉様は、何度も頷いた。
その背後で。
パチ、パチ、パチ。
控えめな拍手が聞こえる。
振り返ると、ギルバートとレーナとランが並んで立っていた。
「よかったですね、エレナさん」
「うん。ほんとに」
二人の表情は、からかいではなく、心からの安堵だった。
王子二人との謁見は、これで終わった。
ただし、問題がすべて解決したわけではない。
激しい戦いで、この屋敷は見る影もなく崩れている。
豪奢だった広間も、今は瓦礫と焦げ跡だらけだ。
そのため、王子たちは別の屋敷へ移ることを決めたという。使用人や護衛隊も同行し。
姉二人は、その屋敷で軟禁という形を取られることになった。
罰としては、軽いのかもしれない。
けれど、これは「終わり」ではなく「始まり」だ。
カトリーナ姉様は、まだ目を覚まさない。
けれど、生きている。
それだけで、今は十分だ。
(姉様たちは、確かに道を踏み外しました。けれど、その原因は、誰か一人の罪ではなく、家族のすれ違いだったのだと、私は思っています。
生き残った家族三人が、今度こそ向き合い、言葉を交わし、同じ罪を背負いながら生きていく
父様、母様、兄様たち。これで許して下さい)
謁見を終えた後、私はそっとブレイジング領の方角へ顔を向け、家族に祈った。
バイエルン帝国。
ドワーフ王国。
義国、そして、エスタ国。
剣を振るい、聖女リサを問い詰めるための旅のはずなのに。
振り返れば、私はいつも人の歪みと向き合っている。
……勇者というより、まるで世直し行脚だ。
「紋所でも持ち歩くか……」
そう思いながら、私は静かにため息をついた。
翌日――
第一王子と第二王子の連名によるおふれが、エスタ国の国民にに出された。
内容は、簡潔だった。
・亡くなった王に変わり、第一王子オズワルド・ヨナヒム・エスタが王位を継ぐこと。
・現在課されている重税の見直し。
・治安悪化の原因である犯罪行為の取り締まり。
・これまで国民に強いてきた苦しみに対し、王家が責任をもって償いを行うこと。
・この国を覆っていた悲惨な混乱の原因は、魔族による干渉であったこと。
国の過ちを、王家が公に認めた。
誰か一人に責任を押し付けるのではなく、王家として、国として背負うと宣言したのだ。
(……これで、救われる人は多いだろう)
そう思いながら、私は遠くで鳴る鐘の音を聞いていた。
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次話は1/25日曜日22時に公開予定です。
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