その10 「新しい剣・炎帝」
三人で並んで戦うのは、ドワーフ王国へ向かう途中、あのゴーレムと戦った時以来だ。
あれから数ヶ月。
三人とも、装備が変わり、力も上がった。
「三人で攻め続けよう」
私は視線を外さずに言う。
「そこから何か良い案あるの?」
「……たぶんだけど、奴の弱点がわかった気がする……」
確信はない。
けれど、今までの攻防で違和感ははっきり見えていた。
「わかりました。エレナさんに任せます」
ランが迷いなく頷く。
その背後で、アル=アガレスが愉快そうに両腕を広げた。
「さぁ、数百年ぶりに楽しませてくれ」
その声を合図に、私は踏み込んだ。
「レーナ、援護頼む!」
「わかってるわよ!」
床を蹴る。
一瞬で距離を詰め、私はアル=アガレスの懐へ。
まずは拳。
顎を狙った右ストレート。
だが、やつはそれを片手で受け止める。
「緩い!」
返す拳が来る。
私は体を捻って受け流し、そのまま肘を叩き込んだ。
ゴッ!
手応えはある。
だが、致命打には程遠い。
「はあああっ!」
ランが死角から躍り込む。
双剣が交差し、赤黒い魔力を裂くように走った。
「ちっ!」
アル=アガレスが後退する。
そこへレーナが魔法を使う。
「ストーンランス!」
背後に顕現した無数の岩槍が、雨のように降り注ぐ。
やつは腕で防ぎながらも、完全には捌ききれない。
「サンダー!」
次の瞬間、雷光が落ちた。
バァン!
爆ぜる音と共に、床が抉れる。
邸宅の柱が軋み、天井の装飾が崩れ落ちた。
「はははははは、いい連携だ」
煙の中から、楽しそうな声が聞こえる。
「だが、まだ甘い!」
突風。
アル=アガレスが一気に距離を詰め、ランへ拳を振るう。
「ラン!」
私は割り込み、腕で受ける。
ズン!
重い衝撃が全身を貫いた。
床に足がめり込む。
「っ……重っ……!」
「エレナさん!」
ランがすぐに離脱し、態勢を立て直す。
その動きが、以前よりもずっと洗練されているのがわかる。
「ファイアランス!」
レーナの魔法が、再びやつを貫く。
「むっ!いいタイミングだ」
アル=アガレスがわずかに眉をひそめた。
その反応を、私は見逃さなかった。
(やっぱりだ)
正面から、真正面からぶつかる攻撃は――効きが鈍くてダメージが低いと感じる。
だが、意識の外、死角、想定外のタイミング。
そこから叩き込まれた一撃だけ、確かにダメージ通っている。
(ただし……)
小さなダメージじゃ、すぐに回復される。
想定を超える威力で、意識の外から叩き込まないと意味がない。
なら――答えは一つ。
「二人とも、この調子で攻めるぞ!」
「わかったわ!」
「はい!」
私は床を蹴った。
正面から突っ込む――と見せかけて、寸前で軌道を変える。
低く滑り込み、アル=アガレスの膝裏を狙って回し蹴り。
「ぬっ!」
体勢を崩した瞬間――
「今よ!」
レーナの魔法陣が展開する。
「ウィンドバースト!」
爆風が横殴りに吹き付け、やつの巨体が一瞬浮いた。
「はああっ!」
ランが空中へ跳ぶ。
双剣が、交差する軌跡を描いた。
ザンッ!
右肩口へ、深い斬撃。
「ぐっ……!」
確かな手応え。
アル=アガレスが、初めて小さく呻いた。
(通じた!)
私は即座に距離を詰める。
ランは私の動きに合わせて奴から少し距離を取る。
拳を腹へ、肘を顎へ、膝を鳩尾へ。
連撃。
息をつかせない。
「小賢しい攻撃だ!」
やつの拳が振り抜かれる。
私は紙一重でかわし、その腕を掴んで体を沈めた。
――一本背負い。
ドガァン!
床に叩きつけられる衝撃。
その瞬間を逃さず――
「ファイアランス!」
レーナの魔法が、アル=アガレスの体に突き刺さる。
炎と衝撃。
床が砕け、壁が崩れ、屋敷全体が悲鳴を上げた。
「まだよ!」
続けて光魔法で攻撃する。
「浄化!」
アル=アガレスの体が淡い光に包まれる。
「ウゥグゥゥ」
私は息を整えながら、はっきりと理解していた。
(……効いてる)
完璧じゃない。
決定打でもない。
けれど、確実に、アル=アガレスは削れている。
「ふ……ふはは……」
煙の向こうから、笑い声。
「なるほど。いい連携だ……実に、いい」
だが、その声には余裕が混じっている。
(もっと高い火力がいる)
このままじゃ、削り合いになる。
時間をかければ、向こうが有利だ。
だから、次で、流れを変える。
私は拳を握りしめ、静かに息を吐いた。
私は、ほんの一瞬だけレーナに視線を送った。
言葉はいらない。
彼女なら、わかる。
レーナは小さく頷いた。
「ラン!二人で攻めるぞ」
「はい!」
私とランが左右から同時に踏み込む。
拳と双剣。
手数を増やし、息を詰め、逃げ場を潰す。
「ふむ……」
アル=アガレスの視線は冷静だった。
二人分の動きを、完全に把握している。
(……見切られてるな)
その瞬間。
「二人とも、下がって!」
レーナの声が鋭く響く。
私とランは、迷わず後方へ跳んだ。
左右斜めに、大きく距離を取る。
「――フレイムゼロ」
地面が、凍った。
音もなく、だが確実に、氷点下の魔力が床を這う。
それは炎の形をしていながら、冷たい炎。
「なっ!」
アル=アガレスの足元から、青白い炎が噴き上がった。
義国で使ったものとは比べ物にならないくらいの勢いだ。
「ウォォォォォォ!!なんだ、これは!」
氷点下の炎。
焼くのではなく、存在そのものを凍結させ燃やす。
「こんな、こんなもの――!」
奴が魔力を振り払おうとした、その瞬間。
私は左腕を、静かに右手で触る。
ヒヒイロカネの防具が、赤い光を放つ。
防具が呼応する。
(来い……)
次の瞬間。
世界の色が、変わった。
空気が震え、圧が生まれ、
紅蓮の魔力が、私を包み込む。
左腕から、紅い光が溢れ出し、それは形を成し、一振りの剣となった。
赤龍の咆哮が、確かに聞こえた気がした。
刃は紅。
熱と威圧を宿した、炎龍王の剣。
私の髪が、瞳が、紅く染まったように見えたのは、きっと気のせいじゃない。
「……っ!」
レーナとランが、言葉を失っているのがわかった。
アル=アガレスも、目を見開いた。
「――それは……」
「はぁぁぁぁ!」
私は踏み込んだ。
迷いはない。
上段から、一直線。
ズンッ――!
剣が、肉を裂き、骨を断つ感触。
胸から腰まで。
はっきりと、深い斬線が刻まれた。
「グゥォォォォォ!!」
アル=アガレスの巨体が、よろめく。
(効いた)
今までとは、明らかに違う反応。
「まだだ!」
私は止まらない。
構えを落とし、刃の軌道を変える。
下段から――横薙ぎ。
ザンッ!
左腕が、宙を舞った。
「――ぐっ……!?」
アル=アガレスが後退り、片膝をつく。
その顔色は、はっきりと“恐怖”に染まっていた。
「き、貴様……それは……なんだ……!」
私は剣先を、静かに向ける。
「これは――私の新しい剣」
一拍置いて、告げた。
「炎帝」
アル=アガレスが、歯を噛みしめる。
「故郷の言葉で、炎の帝という意味だ。」
「……その炎……龍炎……なるほど……」
「察しがいいな。赤龍が、私に託してくれた力だ」
私は一歩、踏み出す。
「さぁ、姉様の体を返せ。今なら、見逃してやる」
アル=アガレスは、何も答えなかった。
沈黙。
アル=アガレスは、何も答えなかった。
「……さぁ、どうする!」
剣先を向けたまま、声を張る。
本音を言えば、斬り伏せるのは躊躇いがあった。
姉様の体を使われている以上、深手を負わせれば、その反動が、どこに返ってくるかわからない。
そう考えた、瞬間――
「はははははは」
耳障りな笑い声。
「っ!?何がおかしい!」
「いや……ここまで追い詰められるとは思わなかったです」
姉様の顔で、姉様の声で、私に語りかけた。
「やはり……強いですね。エレナは」
その一言に、胸の奥がざわついた。
ほんの、一瞬。
ほんの僅かに、意識が逸れた。
次の瞬間。
ガキン!!
高く、乾いた金属音が広間に響き渡る。
「っ!」
反射的に剣を振り上げ、受け止める。
衝撃が、腕を痺れさせた。
「……なに?」
目の前で交差した刃を見て、
私は、息を呑んだ。
アル=アガレスの――右手。
そこに握られていたのは、
白く、異様なほどに美しい剣だった。
雪のように白い刃。
柄には精緻な装飾。
見覚えがありすぎるほどの――
「お前……!」
喉が、焼ける。
「その剣を……どこで手に入れた!?」
アル=アガレスは、愉しげに口角を上げた。
その剣は、亡き父様が、イグニス王より褒美として賜った剣。
ブレイジング領を守り抜いた証。
我が家の誇り。
魔王軍が侵攻してきたあの日、父様と共に――失われたとされていた剣。
(……父様……)
あの剣は、最後の、その瞬間まで父様が、握り締めていたはずの剣だ。
アル=アガレスは、剣を軽く掲げて見せる。
「ふふ……よい剣だ。ヒューマンにしては、なかなかの業物を用意していた」
視界が、赤く滲んだ。
「……触るな」
声が、震える。
「それは……お前が使っていい剣じゃない……!」
私の魔力が、再び膨れ上がる。
炎帝が、低く唸った。
レーナとランが、息を呑む気配が背後に伝わる。
「返せ……」
一歩、踏み出す。
「その剣を返せ!!」
アル=アガレスは、楽しそうに笑った。
「ふははは……その感情はいいな。怒りと悲しみ」
アル=アガレスは、私の逆鱗に触れた。
読者の皆様、いつもありがとうございます。
次話は1/20火曜日22時に公開予定です。
引き続き宜しくお願い申し上げます。
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