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その8 「姉妹喧嘩」

 私は、新しい剣を顕現させなかった。


 「レーナ、これ持っててくれない?」


 左腕の防具を外して、レーナに渡した。

 

 「……勇者は武器がないのか?」

 

 「お前知らないのか?」


 「勇者は左腕の防具を魔法で剣にするんだよ」


 「じゃあ、いま左腕の防具をはずしたのは……」


 「舐められてるな、俺たち」


 誰かが、困惑した声を漏らす。


 「だが、これはチャンスだ。勇者を倒す」


 二十人。

 半数はBランク冒険者だと思う。

 残りも、修羅場を潜ってきた顔つきだ。


 普通の冒険者なら、絶望する数。


 でも。


 「準備運動になればいいけど」


 私は、両手を軽く開いた。


 「素手でやってやるよ」


 一瞬の静寂のあと、最初に動いたのは、斧を構えた大柄な男だった。


 「舐めるなぁぁ!!」


 怒号と共に、全身の筋肉をうならせて突進してくる。


 ――遅い。


 踏み込みの瞬間、重心が前に寄りすぎている。


 私は一歩、半身になる。


 斧が振り下ろされる前に、

 男の懐へ入り込み――


 腹に蹴りを一発。


 鈍い衝撃音。


「がっ――」


 男の体が、くの字に折れ、そのまま床を滑った。


 壁にぶつかり、動かなくなる。


 「なっ……!?」


 空気が、ざわついた。


 「一人で突っ込むな!囲め!」


 複数が同時に動く。


 右から剣、左から短剣、後方で詠唱。


 連携は悪くない。


 ――だからこそ、容赦はしない。


 剣を振る男の手首を掴み、その勢いを利用して体を屈めながら回転させる。


 一本背負い。


 放物線を描いた体が、後方の魔導士に直撃した。


 詠唱が途切れ、二人まとめて床に沈む。


 「……何だ、こいつ」


 「動きが、速すぎる……!」


 短剣の男が距離を詰めてくる。


 私は視線も向けず、

 伸びてきた腕を肘で叩き落とし、

 顎に、軽く拳を当てた。


 それで男は白目を剥いて崩れ落ちた。


 ――五人。


 まだ、十五人。


 だが、もう彼らの動きは変わっていた。


 踏み込みが浅くなる。

 攻撃の前に、迷いが生まれている。


「……剣がないのに」


「魔法も使ってない……」


 そう。


 私は、膂力変換魔法の力を一切使っていない。


 ただの肉体と技と経験。


 それだけで、十分だった。


 背後から殺気。


 私は振り向かず、

 床を蹴り、後方へ肘を叩きつける。


 肋骨が砕ける音。


 「ぐぁっ!」


 倒れた体を踏み台にして、

 さらに前へ。


 拳、掌、膝、踵。


 無駄のない攻撃を繰り出す。


 反撃の隙を、与えない。


 「…お前達、本当にBランクなのか?」


 残った物達に疑問を投げかける。


 「嘘だろ……」


 半分倒れたあたりで、彼らはようやく気づいた。


 これは、勝てない戦いだと。


 だが、もう遅い。


 最後に残った数人が、

 恐怖を押し殺して同時に突っ込んでくる。


 私は、深く息を吸い――


 一気に踏み込んだ。


 拳が走り、

 足が払われ、

 体が宙を舞う。


 豪奢だった柱が砕け、

 壁に亀裂が走る。


 床は割れ、

 絨毯は裂け、

 広間は、もはや戦場だった。


 最後の一人が、呻き声を上げながら床に倒れ伏す。


 十分も、かかっていない。


 私は、軽く息を整え、周囲を見渡した。


 二十人全員が、動けずに転がっている。


 レーナとランの方向を見る。


 「やば、激おこじゃない?」

 「エレナさんを怒らせるのはやめましょう……」


 二人とも、今日は好き勝手言ってくれる。


 視線を戻し、階段の上に立つ姉たちを見る。


 姉達にさっきまでの余裕は、もうない。


 私は、肩をすくめた。


 「……私が何と戦ってきたのか知らないんですか?」


 静まり返った広間に、私の声が響く。


 「私、魔王を倒したんですよ」


 崩れ落ちた邸宅の中で、姉たちの顔色が、はっきりと変わったのが分かった。


 「勇者は伊達じゃないでしょ?」


 カトリーナ姉様の方を見る。


 「……さすがね、エレナ」


 瓦礫と化した広間を見下ろしながら、長姉――カトリーナ姉様が、ようやく口を開いた。


 その声は、震えていない。

 だが、余裕もない。


 「よくも、私が丹精込めてデザインした広間と廊下を、ここまでボロボロにしてくれたわね」


 「え?」


 私は足元の瓦礫を軽く蹴り、視線を上げた。


 「これ、カトリーナお姉様のデザインでしたか? それは……」


 少し考えてから、正直に答える。


 「なんともまあ、下品な趣味だなぁ、とは思っていました」


 「――なっ!?」


 扇子を握る指に、みしり、と音が立つ。


 「ぷっ!」


 「ちょっと、レーナさん笑ったら悪いですよ」


 「そんな貴方も少しそう思ってたんでしょ?」


 「え……まぁ…そうですね」


 二人のやり取りにも怒りが込み上げてきたのか、カトリーナ姉様の扇子が今にも折れそうなほど力が入っているのが、こちらにも伝わってきた。


 「……あんた、本気で言ってる?」


 「ええ。本気で趣味が悪いなと」


 私は両手を軽く叩き合わせ、埃を払った。


 「必要以上に金と権力を誇示する色使い、美しさよりも、見せびらかしが先に立ってる。正直、目障りでした」


 「――この愚妹!!」


 声を荒げるカトリーナお姉様を横目に、私は淡々と続ける。


 「それで?」


 倒れ伏す冒険者たちに、ちらりと視線を向けた。


 「雇った強者は、全員制圧しました。次はどうされるおつもりですか?」


 一瞬、空気が凍りついた。


 沈黙を破ったのは、やはり長姉だった。


 「……いい気になるのも、ここまでね」


 その口元に、歪んだ笑みが浮かぶ。


 「冒険者共がやられるのは、予定通りよ」


 「……そうですか」


 私は首を傾げる。


 「それにしては、随分と余裕がありませんね。その強がりをいつまで続けられるのか」


 「――生意気な愚妹を、この手で殺す日が来るとは思わなかったわ」


 その言葉に、次姉――マリアンヌお姉様が、息を呑んだ。


 「カ、カトリーナ姉様……まさか、あれを使うおつもりですか?」


 「当たり前じゃない。そのために大金払ったのよ!」


 カトリーナお姉様の声は、冷たく、鋭い。


 「ここまで恥をかかされて、黙って引き下がれると思って?」


 「……で、でも……」


 マリアンヌお姉様の声が、かすかに震える。


 (……あれ?)


 私は眉をひそめた。


 勝てる見込みなど、もうないはずだ。

 それでも、姉は引かない。


 ――何かある。


 その時、カトリーナお姉様の手に、違和感を覚えた。


 小さな魔法具。

 だが、そこから漂う魔力は、明らかに異質だった。


 「エレナ!」


 レーナの鋭い声が、背後から飛ぶ。


 「気をつけて!その魔法具、何か怪しいわ!」


 レーナがわざわざ警告する。

 それだけで、十分だった。


 「……使わせませんよ」


 私は、地面を蹴った。


 「使う前に終わらせます」


 一気に距離を詰める。


 あと一歩――


 だが。


 「遅いわ」


 カトリーナお姉様が、冷たく笑った。


 魔法具が起動する。


 次の瞬間、眩い光が広間を満たした。


 「――っ!」


 思わず目を細めた、その刹那。


 カトリーナお姉様の姿が、光の中に溶けていく。


 ――間に合わなかった。


 嫌な予感が、背筋を這い上がる。


 眩い光は、まるで呼吸をするかのように脈打ちながら、徐々に暗さを帯びていった。


 そしてーー。


 「うがぁぁあああ」


 「ぅう、わぁぁぁぁ」


 呻き声が、いくつも重なる。


 視線を落とした先で、先ほど私が叩き伏せた冒険者たちが、床の上で身をよじっていた。


 ただの苦痛じゃない。

 内側から、何かに引き裂かれているような――そんな異様な苦しみ方だ。


 「エレナ! 防具、返すわ!」


 レーナの声と同時に、左腕に重みが乗る。


 ヒヒイロカネ製の防具。

 冷たい感触が、逆に私の頭を冷やしてくれた。


 「レーナ、サンキュー!」


 「気をつけて! 何か……変よ!」


 言われなくても、わかっている。


 カトリーナ姉様――いや、あれから溢れ出す魔力は、魔王クラスと錯覚するほど濃く、黒い。


 本能が警鐘を鳴らしていた。

 これは、今までの延長線じゃない。


 「お前ら……!?」


 私は、最も近くに倒れていた冒険者へ駆け寄った。


 だが、遅かった。


 白目を剥き、呼吸は止まっている。

 全員だ。

 二十人、誰一人として、生きてはいない。


 次の瞬間。


 彼らの身体から、淡く光る魔力が引き剥がされるように立ち上り、一本の奔流となって――


 カトリーナ姉様のもとへ、吸い込まれていった。


 「……あぁ……姉さん……」


 マリアンヌ姉様が、その場に崩れ落ちていた。


 顔色は真っ青で、瞳には、はっきりとした絶望が宿っている。


 もう、理解しているのだ。

 姉が、何をしたのかを。


 カトリーナ姉様の身体が、軋む音を立てながら膨張していく。

 骨格が歪み、筋肉が盛り上がり、人の形から逸脱していく。


 「ウゥゥ……ガァァァアアア――ッ!!」


 咆哮が、邸宅全体を震わせた。


 「……これは、ヤバいな」


 思わず、そんな独り言が漏れる。


 静寂が訪れたのは、その直後だった。


 埃が舞い落ちる中、

 それが、ゆっくりと目を開く。


 「――ほぉ」


 低く、愉悦を含んだ声。


 かつてのカトリーナ姉様だった面影は、もうほとんど残っていない。


 「これはこれは……」


 その存在が、拳を握り、開き、身体を確かめるように動かす。


 「久しぶりの現世だ。女の器か。なかなか悪くない」


 「な、なんなんだ……あれは……」


 レーナの横で、護衛隊長が声を震わせている。


 「……カトリーナお姉様……」


 思わず零れた私の呟きに、それは、反応した。


 次の瞬間だった。


 視界が跳ねる。


 「――ぐっ!!」


 腹部に、重く、速い衝撃。


 何が起きたのか理解する前に、私は吹き飛ばされていた。


 「エレナ!!」


 「エレナさん!?」


 背中から壁に叩きつけられ、石壁が砕けて私の上に降り注ぐ。


 咳き込みながら顔を上げると、

 それが、満足そうにこちらを見下ろしていた。


 「ふむ……」


 指を鳴らすように拳を動かし、首を鳴らす。


 「実に良い。魔力の流れも、肉体の強度も申し分ない」


 そして、ゆっくりと視線を動かしレーナとランを、指差した。


 「貴公らが、勇者とその仲間か?」


 その声に、レーナが反応する。


 

 「……そうだとしたら、なんなのかしら?」


 レーナの声が、張りつめた空気を切り裂いた。


 私は崩れた石壁を押しのけ、立ち上がる。

 腹部に鈍い痛みは残っているが、致命傷ではない。


 「っく……レーナ、気をつけろ」


 自分でも驚くほど、声は冷静だった。


 「何かが……姉を器にしている。あれは、もうカトリーナお姉様じゃない」


 「ええ、わかってるわ」


 レーナは杖を構えたまま、視線を逸らさない。


 「こんな魔力……初めてよ。肌がひりつく感じがする。正直、ビンビン来てるわ」


 その言葉に、それは喉の奥で笑った。


 「……ふふ」


 首をゆっくりと傾け、歪んだ口元が吊り上がる。


 「さすが勇者だ」


 低く、ねっとりとした声。


 「あの程度の一撃では、やれんか……」


 一拍。


 「……ふ、ふ、ふ」


 そして。


 「はははははははははは!」


 狂気を孕んだ笑い声が、砕けた広間に反響する。


 私は拳を握り締め、前を見据える。

読者の皆様、いつもありがとうございます。

次話は1/17土曜日22時に公開予定です。

引き続き宜しくお願い申し上げます。

少しでも「面白い」と思って頂けましたら、ブックマークをよろしくお願いします。

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