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その7 「姉との邂逅」

 邸宅を後にしようと、私は踵を返した。

 通された部屋を出るとある違和感に気がつく。

 レーナとランもそれに気がついたようだ。


 その瞬間、こつ、こつ、こつと、硬い靴音が階段から響いた。


 「あら?護衛隊長、その方々は――」


 澄ました女の声。

 聞き覚えがある、忘れたくても忘れられない声。

 母様に似た肩までかかる明るい金髪に、父様に似た顔立ちで黒眼。

 私は思わず立ち止まってしまった。


 次の瞬間、その顔から表情が消えた。


 「……エレナ?」


 胸の奥が、ひくりと痛んだ。


 背後のレーナとランが同時に私を見る気配がする。

 逃げ場は、もうない。


 「お久しぶりです。マリアンヌお姉様」


 私は静かにスカートの裾を取り、左足を一歩引いて、貴族としての礼を取った。

 体が覚えている動きだった。

 忘れたつもりでも、染みついている。


 「エレナさんが貴族っぽい」

 「あんな挨拶できたのね」


 レーナとランがコソコソ何か話している。


 「エレナ……よく生きていましたね」


 柔らかな声音。

 だが、その奥に温度はない。


 「何か誤解があったようですが、国家転覆の疑いも晴れたと聞いています。魔王を討伐……父も母も、兄たちも、誇りに思っているでしょう」


 ――あれ?


 嫌味の一つや二つ浴びせられると思っていた。

 拍子抜けするほど、整った言葉。


 「……はい。ありがとうございます」


 私はそう答えるしかなかった。


 「それで?」


 マリアンヌ姉様は、視線を私から外し、護衛隊長へ向ける。


 「この邸宅に、妹は何のご用かしら?」


 「はっ。勇者様のお仲間様が財布を盗まれたとのことで、犯人を捕らえました。財布を引き取りに来ていただいた次第です」


 護衛隊長は丁寧に頭を下げた。


 「そう……」


 マリアンヌ姉様は一拍置き、どこか思案するように顎に指を当てる。


 「それは……もしかして、よく呼びつけている吟遊詩人ではなくて?」


 嫌な予感が、背筋を走った。


 「……おっしゃる通りです」


 「そう……」


 マリアンヌ姉様は小さく息を吐いた。


 「それは、よくありませんね」


 「……と、申しますと?」


 「彼の方は、お姉様のお気に入りですの。多少の窃盗くらい、見逃して差し上げなさい」


 「――っは!?いま、なんと?」


 護衛隊長は思わず声が漏れた。


 「冒険者風情の財布など、たかが知れていますでしょう?」


 微笑みすら浮かべて、マリアンヌ姉様は続ける。


 「解放して差し上げなさい。でなければ……貴方のご家族が、どうなるか」


 護衛隊長の顔が、歪んだ。


 「……っく」


 沈黙の後、彼は歯を食いしばるように命じた。


 「……お前たち、彼の方を解放してこい」


 「で、ですが隊長……」


 「いい。俺が責任を持つ」


 「……はっ!」


 護衛隊員は敬礼し、足早にその場を離れていった。


 「エレナも、よろしいでしょう?」


 まるで当然のように、マリアンヌ姉様は私を見る。


 「…家族を人質に………姉様……」


 「ちっとも良くないわ!」


 鋭く割って入ったのは、レーナだった。


 「私が被害者なんですけど!?何勝手なこと言ってるのよ!」


 「……貴方は?」


 マリアンヌ姉様の視線が、冷たくレーナを射抜く。


 「私はAランク冒険者、蒼天の魔法使いレーナ・バンシュタルト。貴方の妹の仲間よ」


 その瞬間、姉の目が細められた。

 まるで路傍のゴミを見るような目。


 「まぁ。貴方が、悪名高い蒼天の魔法使い?」


 空気が凍る。


 「…悪名なんて失れーー」


 「レーナ、ストップ!」


 私が止めてもレーナは何も言わなかった。

 ただ、僅かに肩の力が強張る。


 「お姉様、彼女は私の大切な――」


 そう言いかけたところに、カツ、カツ、カツ、っとまたもやヒールの踵音が響いてきた。

 プライドが高い甲高いヒールの音を聞くと昔を思い出す。


 マリアンヌ姉様の方を見ると、そこにはもう一人同じ顔と髪色、瞳が少し暗い青色の人物が立っていた。


 「相変わらず生意気ね、エレナ」


 冷たい声が、私の言葉を切り捨てた。


 視線の先の階段に、もう一人いる。


 「カトリーナ……お姉様」

 

 「久しぶりね、愚妹」


 微笑んでいるのに、そこに情はない。


 「元気そうじゃない」


 「……お久しぶりです、カトリーナお姉様」


 「本当に久しぶりね。貴方が勇者として旅立った日以来かしら」


 「……そうですね。約四年ぶり、でしょうか」


 「髪の色が変わっているわね」


 「白銀色は目立つので、自毛に近い色に――」


 「そんなこと、どうでもいいわ」


 言葉が、胸に突き刺さる。


 「……っ」


 「昔を思い出すわ。お母様にそっくりなのも相変わらず……でも…」


 カトリーナ姉様は、私を真っ直ぐ見下ろした。


 「貴方、婚約者を蔑ろにして、何をしているのかしら?」


 空気が、完全に止まった。


 「……それは」


 私は、静かに問い返す。


 「誰のことでしょうか?」


 「誰って、王族だったロイしかいないじゃない。今は復興団長、だったかしら?」


 当然のように言われて、胸の奥が冷えた。


 「彼にも伝えましたが……私は婚約者ではありませんし、彼と結婚するつもりもありません」


 「最後の王族と、最後の貴族」


 カトリーナ姉様は楽しげに口角を上げる。


 「二人が結婚して王国を復興するなんて、素敵な話じゃない。とてもロマンチックだと思うわ」


 「……私は、ロマンチックとは無縁な女です」


 「いいから、結婚しなさい。エスタ国の王族となった姉からの命令です」


  本当にイライラする。


 「……無理です」


 「なぜ?」


 理解できないものを見る目。


 「旅もしなくてよくなるし、戦わなくてよくなるわよ?」


 「魔族との戦いは、そんな簡単ではありませんよ」


 「ちっ……」


 舌打ち。


 「昔から姉の言うことを聞かない愚妹だったけど、まったく変わらないわね」


 「……カトリーナお姉様も、相変わらずです」


 胸の奥で、何かがひび割れていく。


 「いつも、いつも、お二人は話になりません」


 気づけば、拳を強く握りしめていた。


 「調べましたよ。エスタ国の税を正しく管理せずに贅沢三昧……」


 声が、震えそうになるのを必死で抑えた。


 「街は荒れ、国民は貧しさに喘いでいる。重税を課し、その金で贅沢をしている」


 マリアンヌ姉様と、カトリーナ姉様を、真正面から見据える。


 「国民を不幸にして、何が王族ですか。お父様とお母様が生きていたら……何と仰ると思います?」


 一瞬、カトリーナ姉様の額に、はっきりと筋が浮かんだ。


 「……お父様もお母様も、もう死んだじゃない」


 吐き捨てるような声。


 「領民を守るために、魔族に立ち向かって……無駄死にして。そっちの方が情けないわ」


 ――世界が、止まった。


 「……いま、なんと言いましたか?」


 「ふふ」


 嗤う声。


 「お父様とお母様が死んだのは、エレナ、貴方のせいでもあるじゃない?」


 「……っ」


 「それとね、国民が不幸だなんて……それは違うわ」


 姉は、当然のことを教えるかのように言った。


 「彼らは、私たち王族に尽くすために生まれてきたのよ」


 言葉が、理解できなかった。


 「生きる意味はひとつ。私たちのために働き、私たちの美しさを称え、欲しいものを献上すること」


 その目は、本気だった。


 「それが、彼らの喜びなの」


 「そんな、馬鹿な話が――」


 レーナとランが、同時に声を上げかける。


 「あるのよ。私たち二人は特別なの」


 その言葉を、私が遮った。


 「……本気で、言っているのですか?」


 自分でも驚くほど、低い声だった。


 怒りが、身体の奥から噴き上がってくる。


 レーナとランは、それを感じ取ったのだろう。

 二人とも、息を呑んでいた。


 「ええ。本気よ」


 姉たちは、少しも怯えない。

 それどころか、楽しそうですらあった。


 「それにね、勇者様」


 カトリーナ姉様は、私を見下ろす。


 「私たちも、女神に選ばれた存在なのよ」


 「あなたと同じで、女神に祝福された」


 「……何を言って……」


 マリアンヌ姉様が、にこやかに続ける。


 「勇者様ならば、少しくらいはお話を聞いてあげてもいいわ」


 「……もう、いい」


 私は、はっきりと言い切った。


 「女神がどうだとか、選ばれた存在だとか、そんな戯言に、これ以上付き合う気はないです」


 やるべきことが、はっきりした。


 「カトリーナお姉様、マリアンヌお姉様」


 私は、静かに、しかし確実に宣言する。


 「この国に入った時からお二人の存在になんとなく気がついておりました……ですが、関わらずに旅を続けるつもりでした」


 一瞬の沈黙。


 「ですが……申し訳ありません」


 視線を逸らさず、言葉を続けた。


 「勇者でも冒険者でもなく、ブレイジング伯爵家の最後の当主として、このまま、お二人を放っておくわけにはいきません」


 空気が、張り詰める。


 背後で、レーナとランが息を詰める気配。


 「そして、妹として」


 覚悟は、決まった。


 「お二人を、殺してでも止めます」


 冷たい風が、邸宅の廊下を吹き抜ける。


 姉たちの笑顔が、完全に消えた。


 沈黙だけが、その場を支配していた。


 私は、一歩、前に出た。


 床石を踏みしめる音が、やけに大きく響く。


「――その腐った考え方、叩き直して差し上げます」


 拳に力を込め、姉たちへと踏み込もうとした、その瞬間だった。


 ぞわりと、空気が歪んだ。


「調子に乗るのはそこまでよ、エレナ」


 カトリーナ姉様の声は、どこまでも冷静だった。


 次の瞬間――


 扉、柱、階段、回廊の影。


 まるで最初からそこにいたかのように、

 二十人ほどの人影が、一斉に姿を現した。


 鎧姿の者、革装備の者、魔導士風の者。

 明らかに、ただの兵ではない。


 「……さっき部屋から出て感じた気配はこれですね」


 ランが低く呟く。


 「ええ、さすが獣神の娘ね」


 マリアンヌ姉様が、楽しげに手を打った。


 「私の事もご存知なんですね?」


 ランが双剣に手をかけ構える。


 「この国にも、腕に覚えのある者はそれなりにいるのよ。お金で動く、便利な人たちがね。情報も拾ってくれる」


 「……そこそこの数ね」


 レーナが人数を数えている。


 「二十人も用意するなんて……妹を本気で殺す気?」


 「妹に限らず、私たちの生活を怖そうとする者がいつか来ると思っていたわ。前々から準備していたの」


 カトリーナ姉様は、微笑んだまま言った。


 「万全を期して、迎え打てるようにね」


 ――ああ。


 やっぱり、この人たちはダメだ。


 私は、ゆっくりと息を吐いた。


 「エレナ!」


 レーナが一歩前に出る。


 「私達もやるわ。こんなの、三人で――」


 「ダメだ」


 即座に、遮った。


 「……エレナ?」


 「これは、私の問題だ」


 視線を逸らさず、告げる。


 「私が、終わらせる」


 「エレナ、唯一生き残った姉妹同士で争うとかやめてほしいんだけど……」


 レーナの声には少し寂しさが滲んでいた。彼女にはかつて姉がいた。しかし、その姉はもういない。だからこそ、エレナが姉妹で傷つけ合うことを許せなかった。


 「言いたい事はわかるよ、レーナ」


 名前を呼ぶと、彼女は言葉を詰まらせた。


 「でも、手を出さないで」


 ランも、歯を食いしばっている。


 「……本当に大丈夫なのね?」


 「私の強さは知ってるだろ?」


 私は一歩も引かなかった。


 「負けるとは思ってないわ。気持ちの問題よ」


 「……これは私が一人でやらなきゃ意味がない」


 しばらくの沈黙。


 「わかったわよ。ラン、私たちは護衛隊長を連れて下がってましょ」


 レーナが、悔しそうに拳を握った。


 「でも、危なくなったら、絶対に助けるから」


 「その時は、お願いする」


 ランも、静かに頷く。


 「……エレナさん、気をつけて下さい」


 「ありがとう」


 それだけで、十分だった。


 私は、ゆっくりと前に出る。


 二十人の強者たちが、半円を描くように囲んだ。


 「勇者エレナだ」


 誰かが、唾を飲み込む音がした。


 「本物か……?」


 「いいね、一度戦ってみたかった」


 「報酬は金貨だったな」


 姉たちは、その後ろで、ただ見下ろしている。


 「さぁ、始めなさい」


 カトリーナ姉様の声。


 「どれほどのものか、見せてもらいましょう」


 胸の奥にあった迷いは、もうない。


 「――言っとくけど、全員でかかってこいよ」


 強者達の白刃が、音を立てて抜かれる。


 「悪いけど、私はイライラが頂点に達してる……怪我じゃ済まないからな」


 次の瞬間。


 二十の殺気が、一斉に私へと殺到した。

読者の皆様、いつもありがとうございます。

次話は1/15火曜日22時に公開予定です。

引き続き宜しくお願い申し上げます。

少しでも「面白い」と思って頂けましたら、ブックマークをよろしくお願いします。

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