その6 「エスタ国の王と王子」
レーナの財布を盗んだと断じられた吟遊詩人は、エスタ国王直属の護衛隊に挟まれるようにして、邸宅の広間へと連れていかれる。
私たちもまた、同じ護衛に囲まれながら、同じ広間へ通された。
外から見た通り、邸宅は豪奢だった。
磨き上げられた床、装飾過多な柱、壁にかけられた絵画の数々。
だが、人の気配は驚くほど薄い。
「……静かだな」
「バイエルン城やドワーフ城とは大違いです」
ランは少し驚いている。
護衛隊長と思しき男が、吟遊詩人を見下ろす。
「それで」
低く、事務的な声。
「貴方は、どこで財布を無くされたのですか?」
「関所よ。一昨日前ね」
レーナが即答する。
「なるほど……」
「そ、そうなんです!私は拾っただけで、こちらに渡そうと――」
吟遊詩人の言葉は、途中で遮られた。
「何度も言わせるな。我々で拾得物を預かることはない」
冷たい断言。
「っ……!」
吟遊詩人は歯を食いしばり、言葉を失った。
「さぁ、吐いてもらおうか」
隊長は淡々と続ける。
「貴様は奥様方に金品を渡していたな?それは盗んだ物なのだろう?」
「拷問するなら私も手伝うわ」
レーナが、にこりともせず言った。
「は、は、話せばわかる!わかるから!奥様方に会わせてくれ」
必死に叫ぶ吟遊詩人。
だが、隊長は眉一つ動かさない。
「もういい、こいつは牢に入れておけ」
そして、何気ない調子で付け足す。
「その財布、私が貰っておく」
「はっ!」
護衛隊長がレーナの財布を受け取り、吟遊詩人は引きずられるように連れて行かれた。
「情けない話だ。盗品がこの敷地内に入ってきていたとは…」
私は口を挟んだ。
「まぁ、犯人が捕まってよかったですね」
「……そうですね」
隊長は財布を手にしたまま、こちらを見た。
「ひとまず、これはお返ししたい。だが、あなたの物である証拠がないと……」
「ふふん」
レーナが胸を張る。
「財布の中に、私の名前が縫ってあるわ!」
「確認させていただく」
隊長は慎重に財布を開いた。
そして、一瞬、言葉を失う。
「……レーナ・バンシュタルト」
名を読み上げた直後、彼の表情が変わった。
「ま、まさか……蒼天の魔法使い?」
「そうよ。悪い?」
「い、いえ!滅相もございません!」
隊長は即座に姿勢を正した。
「まさか、かの有名な蒼天の魔法使い様とは……大変失礼いたしました」
「わかればいいのよ」
レーナは腕を組み、満足そうに鼻を鳴らす。
私は小さくため息をついた。
「……偉そうだな」
レーナを横目で睨む。
「宿代、あとで返してもらうからな」
「はい……返します」
さっきまでの威勢はどこへやら、レーナは少しだけ肩を落とした。
財布の件は片付きそうだが、私が一番気になったのは、この邸宅の空気が、どこかおかしい。
盗み一つで、即牢屋と拷問。
王も王子も姿を見せない。
護衛隊が勝手に罪人を捌く。
(……この国、思っていた以上にヤバいのか)
私はそう感じながら、閉じられた扉の奥を見つめていた。
すると、護衛隊長がふと視線をこちらに向け、慎重に口を開いた。
「……蒼天の魔法使い様、ということは」
一拍置いて、確かめるように言う。
「そちらが勇者エレナ様。そして、お連れの方がラン様、ですね?」
「……っ!?なぜそれを?」
思わず声が上ずる。
隊長は少しだけ苦笑した。
「我が国にも、連合の件で話は届いております。
勇者様が力を貸してくださるものの、本格的な戦争が始まるまでは各地を巡っておられる、と」
(なるほど……)
バイエルン帝国から、すでに情報が回っていたらしい。
「それで、勇者様」
隊長は私をまっすぐ見た。
「この国をご覧になって、どう思われましたか?」
直球だなと思う。
「うーん……」
私は少し言葉を選んだ。
「正直に言えば、聞いていた話とは違う、と感じています」
「自然と共存する、豊かで穏やかな小国……という話でしょうか?」
「ええ。似たような噂を聞いて、この国を通ることにしました」
隊長は、ほんのわずかに目を伏せた。
「お恥ずかしながら……それは、数年前までの話です」
重たい沈黙が落ちる。
「今のエスタ国は、ご覧の通り。荒れ果てた、貧しい国へと変貌してしまいました」
私は、今朝見た街並みを思い出す。
崩れかけた家屋、座り込む人々、乞うように伸ばされた手。
「……ひとつ、聞いてもいいですか?」
ランが静かに口を挟んだ。
「この国には、王と王子が二人いらっしゃると聞いていますが?」
隊長は、少し間を置いてから答えた。
「王は、二年前に崩御されました」
「ご病気ですか?」
「はい、公にするのは辞めた方が良いとの指示で国民には知らされておりません」
「そんな……それは間違いなのでは?」
「はい……その後、王子お二人が協力して政務を代行しておられましたが……」
言葉が、そこで詰まる。
「お二人とも、現在は病に伏せっておられます」
「二人とも病?」
思わず声が漏れた。
「そんな偶然あるのか?」
隊長は、視線を逸らした。
「……詳しい病状は知らされておりません」
嫌な沈黙が流れる。
「そのため、現在は――」
彼は、言いづらそうに続けた。
「王子お二人の奥様方が、協力して国を切り盛りしておられます」
私は、胸の奥がざわつくのを感じた。
「……でも、贅沢三昧で遊び回って、税を吊り上げた結果、国が回らなくなった」
自分でも驚くほど、冷たい声が出た。
隊長は、何も否定しなかった。
「……その通りです」
短い肯定。
それが、この国の現実だった。
私は無意識のうちに、拳を握りしめていた。
(これは確定かなぁ)
貴族の女二人。
贅沢三昧。
王と王子は表に出てこない。
いやがおうにも、あの二人の顔が脳裏に浮かぶ。
「……」
レーナも、いつになく黙っている。
この国に、これ以上関わるべきなのか。
それとも、見なかったことにして通り過ぎるべきなのか。
その答えを、私はまだ出せずにいた。
このまま考え込んでも仕方がない。
私は意識的に話題を変えることにした。
「あの……一つ確認したいのですが」
護衛隊長に向き直る。
「イグニス王国復興団が、この街に入ってきてはいませんか?」
隊長は一瞬考え込んだあと、頷いた。
「復興団、ですか。ええ、数日前に入国されております」
「……やっぱり」
「団長は、ロイと名乗る男。あとは取り巻きの団員が数名ほどでした」
胸の奥が、嫌な音を立てて軋む。
「今は、どこに?」
「現在は――」
隊長は事もなげに言った。
「奥様方と外出されております」
その言葉が、頭の中で反響した。
(奥様方と……)
姉二人と思しき人物と、ロイが一緒にいる――
そう考えた瞬間、背筋に冷たいものが走った。
嫌な予感しかしない。
「……彼らは、なぜ……その奥様方と?」
自分でも、声が硬くなっているのがわかった。
「それは、私にはわかりかねます」
隊長は首を振る。
「ロイ団長は、何か願い事があって参られた、とだけ聞いておりますが……内容までは」
(お願い事……)
ろくでもない予感しかしない。
「……いえ、ありがとうございます」
私は、それ以上踏み込むのをやめた。
すると隊長が、ふと思い出したように言う。
「勇者様は、イグニス王国のご出自でしたな?」
「ええ、まぁ……」
「もしロイ団長にお会いになるおつもりでしたら、夕刻には戻られると思いますが――」
「いえ」
私は、即座に遮った。
「彼とは目的が違います。だから会うことはありません」
迷いのない返答だった。
ロイにも、姉たちにも。
これ以上、関わる気はない。
少なくとも――
この時点では、そう思っていた。
「勇者様――この国の現状を変えるには、どうすればよいとお考えでしょうか?」
その問いかけに、私は一瞬、言葉を失った。
(正直に言えば……)
もう、これ以上この国と関わりたくない。
できることなら、今すぐこの場から立ち去りたい。
ロイがいて、姉たちがいるかもしれない。
嫌な記憶が否応なく呼び起こされるこの場所に、長く留まりたくはなかった。
だが。
街で見た光景が、脳裏をよぎる。
崩れた家屋。
道端に座り込み、虚ろな目をした人々。
高い税に喘ぎ、声を上げることすらできない民。
見過ごせ、と言われても無理な話だ。
「……そうですね」
私は、言葉を選ぶようにゆっくりと息を吐いた。
だが、その先を口にする前に――
「何でもかんでも勇者、勇者って頼るのは、やめたほうがいいわよ」
レーナが、すっと一歩前に出た。
その声は、いつもの軽さを残しつつも、はっきりとしていた。
「国の問題は、あなたたち自身で向き合わなきゃダメじゃない?」
隊長は少し戸惑ったように目を伏せる。
「あ……いえ、その、そういうつもりでは……」
「魔族が関わってるというなら別だけど、原因はわかってるわよね?」
レーナは肩をすくめる。
「勇者の威光で解決なんて思ってたら、この国は何度でも同じところで躓くわよ」
その言葉は、私の胸にも刺さった。
「さ、エレナ。もう行きましょ」
レーナが振り返って、私を見る。
「財布も戻ったし、目的地に向かわないとでしょ?」
「あ……あぁ、そうだね」
珍しく、彼女がこんなにも積極的だ。
きっと私の様子を察してくれたのだろう。
これ以上、この場所に私を縛りつけないために。
私は隊長に軽く頭を下げる。
「すみません、失礼します」
そう告げて、私たちは踵を返した。
護衛隊長には悪いが、先を急ごう。
背後に残る邸宅の重苦しい空気から逃げるように私は馬車へと足を速めた。
読者の皆様、いつもありがとうございます。
次話は1/13火曜日22時に公開予定です。
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