その3 「私の姉二人」
ロイたちイグニス王国復興団は、あの騒ぎの後、一旦引き上げた。懲りる様子はまるでなかった。
遠ざかっていく彼らを見送りながら、私は内心ため息をついた。
どうせまた、明日、いや最悪今夜にも押しかけてくる可能性がある。
そう考えたくなるほど、ロイのしつこさは筋金入りだ。
まさか、ブレイジング領にまで来ているとは思わなかった。私が迂闊だったと思う。
* * * * *
その頃、ロイは仲間たちと共に街道を歩いていた。
「エレナは何故私を受け入れないのだろうか?この唯一の王族たる私が、こんなにも愛しているというのに……」
本気で不思議そうに呟くロイ。
その問いに、団員の一人が妙に真剣に答えた。
「団長の愛が……一直線すぎるからではないでしょうか?」
「そういうことだと思います! エレナ様も、その……人前で愛されるの、恥ずかしいんですよ!」
「うむ……?」
ロイは眉を寄せ、数度瞬きをした後に胸を張った。
「そうか……!つまりエレナは照れているのだな?
なるほど、それなら私の行動は正しかったのだ!」
普通の思考回路なら合原思わないが、残った団員はロイと同じ穴の狢だ。まともな団員は皆、復興の見込みのなさに呆れて去ってしまっている。
残ったのは、ロイの思考に疑問を抱かない者ばかり。
「ロイ様。エレナ様には、まだ姉上が二人おられますよね?」
「ん? あぁ、いるな。バイエルン帝国の北、自然豊かな小国エスタに嫁いでいたはずだ。それがどうした?」
「はっ! 先ほど、エレナ様の仲間の魔法使いが“勇者の墓へ向かう”と話しておりました。あそこへ向かうには……必ずエスタ国を通るはず」
「ふむ。それで?」
部下は胸を張り、得意げに続けた。
「であれば我々が先回りし、姉上お二人に“ロイ様とエレナ様のご結婚”を説得していただくよう、お話をつけてはどうでしょう!」
「……お前……」
ロイの目が見開かれ、次の瞬間、破顔した。
「それは、実に良い案だ!」
「はっ! ありがたき幸せ!」
「うむ! では明日の朝一番で出立しよう。まずはエスタへ向かう!」
「はっ! お供いたします!」
そしてロイは振り返り、堂々と言い放った。
「では今日はいったん近くの野営地に戻るぞ!バイエルン帝国を経由し、エスタ国へ赴き、エレナの姉上たちのもとへ向かう!」
誰一人として疑問を挟む者はいなかった。
彼らは威勢だけはよく、野営地へと戻っていった。
* * * * *
一方その頃――
私たちはロイたちのことをひとまず忘れ、ブレイジング伯爵家の屋敷で夜を過ごすことにしていた。
屋敷はほとんど崩れているが、奇跡的に無事な部屋が数室残っている。
冒険者としては十分豪華な方で、少なくとも宿屋よりは静かだ。
馬のブレイザーと馬車を中庭に停め、荷物を整理する。
夕暮れの風が、崩れた屋根の隙間から吹き抜けていく。
私たちは焚き火を囲みながら簡単な夕食をとった。
……そこで、レーナの“ある罪状”が判明した。
「っていうかレーナさん……さっき復興団の荷物から肉盗ってましたよね?」
ランがジト目で問い詰めると、レーナはへらっと笑った。
「いやぁ、どうかなぁ? 気のせいじゃない?」
「いや、私見てましたよ」
「……レーナ」
「お腹空いてたから仕方ないじゃない」
レーナは悪びれる様子もない。
「だって、あんな……キモい……じゃなかった、変な男がいるなんて知らなかったわ」
「……キモいでいいよ、レーナ」
「じゃあ、キモい男」
レーナは盗んだ肉にがっつきながらドヤ顔だ。
「でも盗みはいけないことですよ……レーナさん」
ランは正論を言うが、レーナは全く聞く耳を持たない。
「私たちは冒険者よ。生きるためには多少のずる賢さが必要なの。それに、あの間抜け共が食料盗られたことに気づかない方が悪いのよ」
「そこまで言いますか!?」
「まあまあ……今日は色々あって疲れたし、食べて寝て忘れよう」
私はため息をつきながら言った。
ロイの顔を思い出すと、空腹になるより先にイライラが勝つ。
だが美味しい肉のおかげで少しは癒やされた。
食後、焚き火を消しながら言う。
「でも夜は交代で見張りね。壊れた屋敷は防犯甘いし、不意打ちされたら面倒だし……魔族かまた復興団が来る可能性もある」
「了解」
「わかりました」
薄暗い屋敷に響く私たちの声。
見張り番を終えて眠りにつくと、久しぶりに夢を見た。
私には双子の姉がいる。
カトリーナとマリアンヌ。
二人は鏡写しのように瓜二つで、長い金髪、鮮やかな青い瞳。
幼い頃からお揃いのドレスをひらめかせ、いつも二人で一つみたいに並んでいた。
だが、母様と私はそっくりだが、姉二人はどちらかというと父様似だった。
彼女たちにとって私は“お気に入りの人形”だった。
「エレナ、今日はこのドレスを着ましょう!」
「ほらじっとして。こっちの方が似合うわ!」
毎日のように着せ替えられ、髪を編まれ、化粧まで施される。
五歳で前世の記憶を思い出す前も、その後もずっと。
かわいがっていたのか、扱いやすい道具だと思っていたのか、当時はわからなかった。
けれどある日、突然すべてが変わった。
二人は、私にまったく触れなくなった。
抱きしめてもこない、声もかけてこない。
ただの無関心かと思っていたけれど、違った。
嫌がらせが始まったのだ。
リボンが消える。
本が破かれている。
靴には泥が入っている。
廊下ですれ違えばゴミを投げられる。
お菓子の時間だけ私の皿が空っぽ。
あぁ、嫌われたんだとようやく気づいた。
理由は、おそらくあの日。
私は十歳。
前世の記憶があっても、体は子どものまま。
思春期の入り口で、しつこい着せ替えにとうとう我慢できなくなった。
「もうやめてよ!」
振り払おうとした手は、想像以上の力を持っていた。
すでに私の体は、魔力を膂力に変換できるようになりつつあったのだ。
ドンッ。
大理石の机が粉々に砕け散った。
姉たちの青い瞳が大きく見開かれ、血の気が引いていく。
「な、なに……?」
「エレナ、今……何をしたの?」
私だって信じられなかった。
ただ拳を握りしめ、震えていた。
暴力を使ったのは悪かったと思う。
でも——姉たちだって悪い。
しかし、そんな理屈は通じなかった。
姉たちの嫌がらせはその日から激化し、家族に悟られないよう巧妙になった。
メイドや執事は気づいていた。
だが領主の娘である姉たちを咎めることはできず、皆が見て見ぬふりをした。
ただ一人——リリサを除いて。
私付きのメイドで、ずっとそばにいてくれた人。
姉たちの態度が変わると、彼女は毅然と二人を叱った。
その結果。
「お父様、お母様! リリサが私たちにひどいことを言ったの!」
告げ口され、リリサが怒られる。
私を守るために言ってくれたのに。
私は怒り、家の物をまた壊してしまった。
後日、両親にはリリサは悪くないと言ったけれど、聞いてもらえたかはわからない。
両親は私だけでなく、姉たちにも甘かったから。
勇者として旅立つ日、私は姉たちと一言も交わさなかった。
交わす必要すら感じなかった。
両親には、せめてリリサを二人から離すよう頼んだが——どうなったかは知らない。
旅立ってしばらくして、姉たちがどこかの国に嫁いだと噂で聞いた。
あの二人が他国でうまくやれるのか……まぁ、正直どうでもよかった。
私と姉たちの関係なんて、その程度だ。
二度と会うことも、思い出すこともないと思っていた。
ここで、夢から目が覚めた。
三年以上も思い出しもしなかった姉たちの夢。
なんで今さら。
たぶん、ロイのせいだ。
姉二人、ロイ、この三人を私は嫌っている。
「はぁ……朝から憂鬱だなぁ」
「何よエレナ?怖い夢でも見たの?」
レーナがのぞき込む。
「あぁ、怖い夢を見たよ」
「くすくす、お子様ねぇ。私が慰めてあげましょうか」
そう言い、レーナが私の頭をわしゃわしゃ撫でてくる。
「あら?これは重症ね?」
無抵抗な私に驚いたらしく、目を丸くしている。
ランも、半ば固まったままこちらを見ていた。
朝食中、さっきの夢の余韻がまだ胸にひっかかっていて、私は軽く息を吐いた。
「なるほどですね。お姉さん二人とは仲が悪いんですね」
ランが、いつもの穏やかな声音で言った。
責めるでも、憐れむでもなく、ただ事実を受け止めるような優しい言い方。
「そうだね。あまり思い出すこともなかったから……久しぶりに夢に出てきて驚いたよ」
「怖い夢じゃなくて、嫌な夢、って感じじゃない?」
レーナが肘でつついてくる。彼女なりの気遣いなのだろう。
「……まぁ、そんなところだね」
「どこへ嫁がれたかわからないんですか?」
ランが小首を傾げる。
「うん。どうでもよかったからね。聞いてなかったんだよ」
私が苦笑すると、二人は顔を見合わせた。
「ふーん。私は兄弟姉妹仲が悪くないので、どんな雰囲気かわかりません」
ランは素直にそう言った。彼女らしい。
「私も姉さんとは仲良しだったから、エレナの気持ちはわからないわ」
レーナは肩をすくめながら、けれど責める気配はまったくない。
「そっちの方がいいと思うよ」
私はぽつりと呟くように言う。
「父様と母様にも相談しにくかったし……味方がほとんどいなかったから」
ふたりが黙って私の言葉を待つ。
その静けさが、少しだけ胸にあたたかかった。
「でも、メイドの方はかっこいいですね。エレナさんを守るために働いてたんですね?」
ランの目がほんのり輝いている。
「リリサね。優秀だったよ。なんでも卒なくこなす人だった」
私は自然と笑みがこぼれた。
「私が嫌がらせされても、唯一、姉二人を真正面から叱ってくれた人だった」
「そのリリサさんは……行方不明なんですよね?」
ランの声が少しだけ沈む。
「うん。魔王軍の侵略のときにね……」
それ以上は言えなかった。
胸の奥がずきりとする。
するとレーナが、当然のように言った。
「じゃあ、エレナにとっては、その人がお姉さんみたいなものね?」
「あぁ……うん、そうなるね」
苦しい記憶なのに、リリサの姿を思うと、心が少しだけ温かくなった。
「魔法も剣も使える強い人だったから、どこかで生きてると思うんだ」
「だったら、旅をしながら探しましょうね」
ランが柔らかく微笑む。
「そうよ。私達が一緒に探してあげる」
レーナも当然のように付け加えた。
「……あぁ。ありがとう」
気がつけば、胸の重さがすこしだけ軽くなっていた。
二人は私の過去を否定することなく、ただそっと寄り添ってくれたのだ。
この二人と一緒でよかった。
そう思えた朝だった。
このときの私は、まだ知る由もなかった。
二度と顔を合わせるつもりのなかった姉二人と、再び再会することになるとは。
読者の皆様、いつもありがとうございます。
次話は1/8木曜日22時に公開予定です。
引き続き宜しくお願い申し上げます。
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