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その2 「ヤバい婚約者」

 屋敷を離れた私は、レーナとランの姿を探しながら、静まり返った街を歩いた。


 街を歩くと、メイドのリリサや街の人々との思い出が蘇ってきた。

 屋敷の買い物に出かけるリリサを追いかけて、多くのお店に通った。

 街の人々は、私が伯爵家の末子だもわかると、お母様にそっくりだとよく言われた。

 パン屋の亭主には、大好きな塩パンをタダでよく貰った。

 アクセサリー屋のお姉さんからは、名前入りのブレスレットを貰うこともあった。

 武器屋のおじさんから、次兄のエドワード兄様を連れてくるように言われることもあった。

 どこにいくにも、メイドのリリサが同行していた。


 「リリサ……どこに行ってしまったんだ」


 瓦礫の隙間を風が吹き抜け、壊れた看板を揺らす。

 記憶の中にある、人で賑わっていた街の中心。

 あの噴水のある広場へ向かう。


 そこに近づいたときだった。


 「ちょっと!私たちになんの用かしら!?」


 レーナの怒気を含んだ声が風に乗って届いた。

 思わず歩みを早めると、噴水の周囲で彼女とランが数名の騎士団風の男たちに囲まれているのが見えた。


 鎧の模様はイグニス王国のものに似ているが、微妙に違う。

 

 「あれは…もしかして……」


 そのうちのリーダー格らしき男が声を荒げる。


 「お前たち!この地がどこだか分かっているのか!?恐れ多くも、ここは勇者エレナ・フォン・ブレイジング様の──」


 「おい!私がどうかしたのか!?」


 思わず叫ぶと、男たちは一斉にこちらを振り返った。


 「エレナ!」


 レーナは怒りを抑えきれない様子で叫ぶ。


 「こいつらが絡んでくるのよ!最初に名乗ったのに、聞く耳を持たないの!」


 「話を聞いてくれないんです」


 ランの声は落ち着いているが、その手は双剣の柄に添えられていた。

 いつでも抜ける構えだ。


 私は二人の間に割って入り、手で制する。


 「二人とも落ち着いて……で、お前たちは何者だ? 私がそのエレナだが」


 男たちの表情が一瞬強ばった。

 小さな動揺が走り、リーダー格の男がゆっくりと一歩前へ出る。


 ヘルム越しに私をしっかり見据え、ひざをついた。


 「……まさか、本当に。勇者エレナ様……お帰りをお待ちしておりました――!」


 その瞬間、周囲の男たちも次々と跪いた。


 レーナとランが困惑したように私を見た。


 私はただ、戸惑いのまま息をのむしかなかった。


 「エレナ様、我々はイグニス王国復興団です」


 彼らが名乗った組織名を聞き、私は思わず眉をひそめた。


 「あぁ、やっぱり復興団……ね」


 男たちは誇らしげに胸を張った。


 「…復興団??」


 レーナとランは首を傾げている。


 リーダー格の男がさらに言葉を続ける。


 「我らはイグニス王国の復興を掲げ集った者。そして団長は──ロイ・ヴァン・イグニス様であられます」


 その名を聞いた瞬間、胃が重くなる。


 「じゃあ……お前たちはアイツの部下か」


 「その通りにございます!」


 「……ちっ…ここには居ないと思ったのに」


 私が舌打ちすると、背後でレーナとランが小さく息を呑んだ。


 「舌打ち……?」


 「……珍しいですね」


 二人の反応が刺さるが、今は気にしていられない。

 私は先を急ごうとレーナとランを促す。


 「エレナ様、どうぞこちらへ。ロイ様がお待ちです!」


 「いや、私はアイツに会うつもりはない。どいてくれ。私たちは旅の途中だ」


 そう言い放った瞬間だった。


 「ひどいなぁ。婚約者である私にその言い方はないだろう?」


 背後から軽やかな声が響く。


 振り返ると、光を反射するほど整えられた七三の金髪、宝石のように青い瞳──そして薄っぺらい自信に満ちた笑みを浮かべた男が歩み寄ってきた。


 ロイ・ヴァン・イグニス。

 イグニス王国の第十二位王位継承者で、前国王の末子。勝手に私の婚約者を名乗るバカ男だ。


 「……ロイ……」


 名前を口にしただけで、顔が自然に歪む。


 「やぁ、久しぶりだねエレナ。やっと……やっと……妻になるために帰ってきてくれたんだね」


 ロイはわざとらしく前髪をかき上げ、輝くような笑みをこちらに向けた。


 (相変わらず、鬱陶しい……)


 背後でレーナが驚いて声を上げる。


 「妻!?」


 ランも妙に冷静に一言。


 「エレナさんって、一応、貴族のご令嬢ですもんね……婚約者がいても驚きませんよ」


 なんか今の言い方、地味に傷つくんだけど。


 ロイは両手を天に広げ、大げさに天を仰いだ。


 「あぁ、女神アルカナ様!今日はなんて素晴らしい日なんだ!きっと我らの再会を祝福してくださっているに違いない!」


 「おい、話を聞け。ロイ……お前と雑談している時間はない。私たちは旅の途中なんだ。邪魔だからどいてくれ」


 「恥ずかしがらなくていいんだよ、エレナ。そうやって冷たくするところも、愛情の裏返しだろ?私は愛しているよ」


 ロイは目を閉じ、頬を染めながらニヤニヤしている。


 「私は覚えているよ!7歳の頃に君が王宮に挨拶に来てくれた日の事を……私の方を見て恥ずかしがっていたね。あの日が私と君の恋の始まりさ」


 この男、昔から思考回路がズレてるんだよなぁ。


 軽蔑の視線を向けていると、背後から小声が飛んできた。


 「エレナさん……私、あまり人を嫌わないんですが……あの人、気持ち悪いです」


 「その通りね。魔法で流しましょうか」


 「一応、あいつは王族……不敬になる」


 「でも流した方が良い人も、この世にはいるわ」


 思わず「好きにしていいぞ」と言いそうになったが、私はなんとかレーナの腕を抑えた。


 そのとき。


 「エレナ!」


 ロイが勢い私の前に跪く。


 「イグニス王国を復興するために……すぐに私と結婚して、私の子を産んでくれないか!」


 広場の空気が凍りついた。


 レーナとランの視線がかなり痛い。


 私は額を押さえ、深いため息をついた。


 「ロイ……何度も説明しているが、婚約者は君の妄想だ。結婚もしてないから妻ではないし、王家とうちの家は、正式な婚約契約なんて交わしていない」


 私は呆れ果ててため息をつきながら言った。


 ロイは胸に手を当て、なぜか誇らしげに微笑む。


 「いやいや、エレナ。君は私と婚約しているよ。生前の父上──先王が、ブレイジング伯爵に娘三人のうち誰かと婚約をと提案されたはずだ」


 「だ・か・ら、魔族の侵攻でその話は有耶無耶になったんだろ?し・か・も、嫁ぐ話はもっと前に無くなったはずだ」


 「関係ない。王族唯一の生き残りである私、貴族唯一の生き残りである君。これはもう運命だ。王と勇者──私と君は赤い糸で結ばれている」


 背後でレーナがイライラしているのが伝わる。

 今にも魔法を放ちそうに杖を握りしめている。


 ランは気持ち悪そうにロイを見ている。


 「私はお前と結婚しない、妻にもならない。イグニス王国の復興も、勝手にやってくれ」


 「だが、私との子が生まれればイグニス王国の血統は繋がる。その時点で復興は確定だ。そして君も、この領地の復興に力を入れられる。危険な旅なんてしなくて良くなる。良いことだらけではないか?」


 「私は旅をやめたいなんて──」


 「女性が魔族と戦って旅を続けるなんて無謀だ。怪我でもして私の子を産めない体にでもなったらどうする?」


 「私は既に魔王も倒したし、今も魔族と戦っているんだぞ?」


 「これからはしなければいいだけさ」


 その瞬間、思考が止まった。


 (……ダメだ。やっぱりこの男、話にならない)


 「ロイ。連合の話は聞いているんだろう?」


 「もちろん!人族が連合を組めば、魔王軍など恐るるに足らん。それは勇者の力がなくても、私は大丈夫だと考えている」


 「……その根拠は?」


 「?…今申した通りだ」


 (…………はぁ。やっぱりバカだ)


 戦力計算も状況把握もできない。

 この男は王族の器ではないのだろう。


 「ロイ、君と話していると……頭が痛くなる」


 「!?それはいかん!!誰か!彼女を病院へ運べ!!」


 騎士団員たちが慌てて私に近づいてくる。


 「私に触るな!!」


 抑えていた魔力が、イライラと一緒に外へあふれた。復興団員たちが一斉に後ずさる。


 ロイが慌てて手を伸ばしてくる。


 「エ、エレナ!女性がそんな強い言葉を使うものじゃーー」


 「さっきから……本当にイライラさせるな。ロイ、あまり私を怒らせるな。子供の頃のように遠くに飛ばすくらいじゃ済まさない」


 私は剣を顕現させ、無言で構えた。


 空気が一気に張りつめる。


 ロイが息を呑み、部下へ視線を送った。


 「……っ、ロイ様、エレナ様はいまお加減がよくないようです。ここは時期を変えましょう」


 「う、うむ。エレナ、また会おう」


 それだけ言い残し、復興団員たちは慌てるように撤退していった。


 広場には、私・レーナ・ランだけが残される。


 「……はぁ。疲れた……」


 するとすぐ横でレーナが肩をポンと叩いてくる。


 「エレナ、あれ本当に王族?なんか…一言で言うとバカだったわ」


 「そう、前王の末子」


 「かなりやばい王子ですね」


 ランが珍しく即答した。


 「あの人……本当に無理ですね。生理的に受け付けない人と初めて会いました」


 「ラン……そうなんだよ。でもね、あれでも王族なんだ……はぁ……」


 私は顔を手で覆った。


 レーナはわざとらしくため息をつく。


 「でもさ、さっきの話聞いてる限り……あいつ、エレナのこと勝手に婚約者扱いして、そのまま復興団も勝手に動かしてない?」


 「してるんだろうな。困ったことに」


 「そういうの、宗教よりタチ悪くない?」


 「……そうだね」


 ランが少し悩むに口を開く。


 「でも、団員の方々はロイさんにイヤイヤ付き従っている感じではありませんね?」


 「言われてみれば、たしかに。あいつだけキモくて考えたことなかった」


 私がそう伝えるとランは首を傾げた。


 「団員たちは、ロイさんを復興団長として敬っている気配すら感じました」


 私は眉を寄せる。


 「……ロイは意外と部下には好かれるのかな?」


 「……そうかなぁと思っただけです。」


 レーナも真剣な顔で話す。


 「でも、私達からするとただのキショい男よ」


 「はい、私も否定しません」


 レーナが小声で続ける。


 「ただ私は、女神がどうこう言ってたのが少し気になったわ」


 「あぁ、それは私も思った。昔は信心深い人間ではなかったからさ」


 「女神から何か指示を受けているとか……ないですよね?」


 三人で答えのでない問答を繰り返したが、レーナが私の肩を叩く。


 「とりあえずエレナ、今日はもうロイのことは忘れて進みましょ。ここで悩んでも仕方ないわ」


 「そうですね。ロイとは関わらず行きましょう」


 二人の言葉に頷き、私は深呼吸した。


 「……うん、そうしよう」


 三人で再び馬車の方へ歩き出す。


 昔の懐かしい記憶が、気持ち悪い男のせいで台無しになったが、私達の旅は続いていく。

読者の皆様、いつもありがとうございます。

次話は1/6火曜日22時に公開予定です。

引き続き宜しくお願い申し上げます。

少しでも「面白い」と思って頂けましたら、ブックマークをよろしくお願いします。

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