その10 「ドワーフ王国との別れ」
昼食後、私、レーナ、ラン、そしてドルガンで話し合いの場を持った。
議題は大きく二つ。
① 新生魔王軍の動向について
② 祠の手紙について
まずはレーナとランから、新生魔王軍の最新情報が共有された。
かつて私が討伐した魔王が率いていた時代、魔王軍の根城はエルフ国の近くにある「死海」の先にあった。
しかし、現在の新生魔王軍は、どうやら同じ場所には拠点を置いていないらしい。
これは死海を渡ったエルフと獣人族の合同調査隊が確認した結果だという。
あのエルフたちが、よく他種族と合同で動いたものだ。その一点だけでも事態の深刻さが伺える。
ただし、新たな根城の場所は未だ判明していない。
世界各地では魔人や魔物の数が増え続け、騎士団・戦士団・冒険者だけでは対応しきれなくなりつつある。
そのため各国が連合を組み、勇者や強力なパーティに支援を求める動きが広まっているようだ。
これは先日、ドワーフ王から聞いた情報とも合致する。
「ドワーフ王が話した通り、各国に聖女リサの信者が存在するそうです。その数は数万人規模とも言われています。ほとんど宗教ですね」
「数万人……魔王討伐の旅に出る前、回復魔法を使って多くの怪我人や病人をリサは助けてたらしい。リサの回復魔法は病気にも効果があるからね。彼女が聖女と言われる所以だ」
「つまり、あのリサに情報を流す連中が大量にいるってことね」
「実際どうなんだ?」
「俺が王から直接聞いた話だと、このドワーフ王国にも信者はいるらしい。一部の情報……我々ドワーフが製造した武器の流通ルートなどが漏れているそうだ。伯母の作った武器や防具も実際に強奪され、魔人や魔物に襲われたヒューマンの商人も出ている」
「なるほど……人族を徐々に追い詰めつつ、自分たちの武力も増やしていくつもりか」
「恐らく、そういうことだと思います」
「うーん。これじゃ安易に情報を出せないね」
「ドワーフ王だけでなく、各国の王は信者を洗い出し、隔離する方針だ。実際に既に数十名捕まえている」
「それは必要だけど……簡単じゃないだろうね」
「あぁ。王もそこに頭を悩ませていた」
「でも、ランの提案通り――逆に私たちが単独で旅を続けるには、ちょうどいい状況なのかもしれないね」
私とレーナは、ランの提案通り「連合には参加しつつも、基本はこれまで通り単独行動で旅をする」という方針を取ることにした。
正式にこの方針をドルガンへ伝え、各国王へはドワーフ王から話してもらうことになった。
そして二つ目の議題――祠の手紙について。
前任勇者の墓がある地へ向かうことを提案した。
あの祠に置かれていた手紙の内容がどうにも引っかかっていたからだ。
もっとも、手紙に記されていた“異世界転生”に関する部分と私の転生者の話は伏せ、レーナ、ラン、ドルガンには祠があったことと、そこに置かれていた手紙の内容を一部事実だけ伝えた。
「そのような祠があったとは……後で調べておこう」
「よろしく頼むよ」
「で、私たちはいつ出発しましょうか? 勇者のお墓って、ここからかなり西の方でしたよね。たしか、墓守の村があるとか」
「あぁ。だからすまないけど、故郷のブレイジング領へ向かって、そこから西の方へ行こうと思う」
「じゃあ旅の準備をしなくちゃね。食べ物たくさん買っていきましょうね」
「食べ物は良いけれど、自分の資金はどうにかしろよ」
「そこは心配いらん。ドワーフ王に援助を頼んでこよう」
「ドルガン!助かるよ。誰かさんが大喰らいだから、いつも資金がギリギリでさ」
「……そうだろうな」
話がまとまると、ドルガンは早速ドワーフ王のもとへ向かい、
私、レーナ、ランの三人は旅の準備に取り掛かった。
* * * * *
翌日ーー。
私とレーナは蒼龍のところへ向かった。
彼は、ドワーフ王国と深海の谷の中間地点くらいにある岩山に寝床を見つけ、そこに当面の間は住むそうだ。
『なるほど、連合、魔王軍の所在、勇者の墓か…長い旅になりそうだな。我は同行せぬが、気をつけて旅を続けろ。お前らの行く末が、この世界の行く末に関わると我は睨んでおる』
「あ、ついてこないんだね?」
『元々は海を渡るまでの手伝いだからな。我も赤龍との戦いで魔力が減っておる。少し休みたいのだ』
「わかったよ。ここまでありがとうな」
『うむ、また会うこともあるだろうが、達者で』
私とレーナは宿屋に戻る事にした。
それから更に翌日――。
ドワーフ王との約束通り、私は王城を訪れ、正式に回答を伝えることになった。
謁見の間はいつもより静かで、どこか緊張感が漂っている。それでも、玉座に座る王の目は穏やかだった。
「ドワーフ王、私エレナと仲間たちは連合に参加いたします。しかし、それは魔族との戦いが始まった時に限り、本格的な戦争が始まるまでは、これまで通り旅を続けさせていただきます」
「うむ、良い返事に感謝する。ドルガンからも聞いておる。調べたいことがあるそうだな?」
「はい……申し訳ございません」
「よい。勇者エレナよ、そなたの判断は尊重しよう。存分に調べ、役立つ情報を見つけてきてくれ。そして戦いが近づいたならば、余達から使いを出す」
「承知しました。それと……旅の資金援助、ありがとうございます」
「構わぬ。そなたらが無事であることが何よりだ」
謁見を終えると、私は一礼し、静かに王城を後にした。
外に出ると、いつものドワーフ王国の喧騒が耳に戻ってくる。けれど、胸の奥には不思議と静かな決意が芽生えていた。
明日、私たちはドワーフ王国を発つ。
宿屋への道を歩きながら、明日から始まる新たな旅路を思い描いた。
* * * * *
翌朝ーー。
宿屋での朝食を終えた私たちは、荷車へ旅の荷物を積み上げる作業を進めていた。
食料、寝袋、水──どれも慣れた手付きで積み込んでいく。
この二日間の間に、ヒルダさんに依頼して、水筒を作ってもらった。
恐らく、この世界で初めての物だろう。
ヒルダさんが量産して売り出すと話していた。
宿屋の前でヘルダさんが女将らしいエプロン姿のまま、じっとこちら見ている。
「三人とも、気をつけてね」
「ヘルダさん、いつも気を遣って頂きありがとうございました」
そう言うと、ヒルダはふっと、母親らしい柔らかな笑みを浮かべた。
「……ほんと、あなた達がいると賑やかで楽しかったわ」
「え、えへへ……褒められてる?」
「褒めてるわけないです」
ランがくすっと笑う。
「ヘルダさん、必ずまた戻ってきます」
ヘルダは私たちの背中を軽く押してくれた。
荷物の積み込みが終わる頃、宿屋の入口から重い足音が近づいてきた。
「門まで俺が送ろう」
現れたのはドルガンだった。
「ありがとう。王様に挨拶して行こうと思うけど、どうかな?」
「それには及ばん。王自ら門の前で待つ、とのことだ」
「私たちレベルになると、王様が見送るなんて当たり前よ」
レーナがふふんと胸を張る。
「……」
ランはもう突っ込むのを諦めたらしい。
「まぁ、レーナの言うことも全くの間違いではないぞ」
「はは、まぁありがたい話だよ」
ドルガンは少し歩みを緩め、続けた。
「それと祠の件だ。あの辺りは三十年ほど前まで、あるドワーフの土地だったそうだ。俺は会ったことがないが、伯母が知っておった。だが本人は二十年ほど前から行方不明になっておる」
「行方不明か……」
「変わった男だったようだ。武器も防具も作らず、包丁さえ作らん。代わりに妙な人形を作っていたらしい。祠にあったものと同じだ」
私は僅かに息をのむ。
「ドワーフなのに、ヒューマンのような考えをする物でな。どこか生き急いでいるように見えたそうだ」
「……なるほどね」
「それと、祠の手紙と掘られていた言葉だが。俺にはさっぱりだ。お前には読めるのか?」
「え? あ、あぁ……ある地域の言葉だよ。私は亡くなった故郷の屋敷で少し学んだんだ。そのドワーフの人が、どうして知っていたのかはわからないけどね」
「なるほどな。その……なんだ、そのドワーフのことが気になるのか?」
「いや、気になるというか……勉強した言葉を使う人なんて会ったことなかったからさ」
少しだけ、怪しまれたかもしれない。
転生のことは、まだ誰にも話してない。
思えば、この世界に転生したと気がついてから、私は転生の事については誰にも話したことがない。
それは、本音を話せてないという事なのだろうか。
だが、転生していると伝えて誰が信じてくれるだろうか。
王都の門へ向かう道の途中、ヒルダがこちらに歩み寄ってきた。
無骨な前掛けのまま、力強い腕で手を拭いながら言う。
「エレナ、レーナ、ラン……気をつけて」
「ヒルダさん、防具、本当にありがとうございました」
ヒルダは満足そうに頷いた。
「あの防具はワタシャが鍛えたが、剣は鍛えたわけじゃない。ドワーフとして恥ずかしい限りさ。だが、その剣でたくさんの魔族を倒してくれだわさ!」
「ヒルダさん、ありがとうございます」
「ラン、お前はもっと筋力つけな。いい太刀筋になってきたが、まだ軽いよ」
「は、はいっ!」
「レーナは…まぁ、ほどほどにだわさ」
「私にだけ冷たくない!」
ヒルダは最後に、私の肩に軽く手を置いた。
「エレナ……困った時はいつでも戻っておいで。あたしも、ドルガンも、ヘルダも……お前たちの帰りを待ってる」
私は深く頭を下げた。
「必ず、また会いに来ます」
そう伝えて、ヘルダさんと別れの挨拶を交わした。
そこから少し歩いたところで、
「……お、門が見えてきたぞ」
視線を前へ向ける。
大きなドワーフ王国の門。その前に、戦士団が整列し、その中央にはドワーフ王バラガンが立っていた。 鎧越しでも伝わる重厚な威厳。
王の背後には、ドワーフ達の誇りが揺らぎなく根付いていた。
ドルガンに案内され、私たちは王の前へ。
「勇者よ、旅の幸運を祈る」
王は手を叩き、腰の剣を抜き、自身の前へ掲げ、静かに目を閉じ祈りを捧げた。
「これはドワーフ式の旅の安全祈願の儀式だ」
「そうなんですね……ありがとうございます」
私は深く頭を下げた。
「うむ。連合軍の準備はこちらで進めよう。行き先は予定通り冒険者組合に情報共有してくれ。そちらにも顔を出すように頼むぞ」
「承知しました」
「それと、そこの冒険者三名にも連絡係を任せるつもりだ」
ガルク、ノーム、ノノが手を振っている。
「はい、よろしくお願いします」
レーナとランがガルクたちと名残惜しそうに別れ話をしていた。
ガルクの毛に埋まり涙目のラン、レーナと話すノノとノーム。
騒がしいが、どこか微笑ましい光景だった。
私はドルガンの前に立つ。
「ドルガン、お世話になりました」
「……う、うむ。名残惜しいが、俺はついて行くことはできん。連合には俺も参加する。だから……また会おう」
声がわずかに震えていた。
「あぁ、きっと必ず会おうね」
私とドルガンは力強く握手を交わした。
レーナとランも戻ってきて、ドルガンとそれぞれ抱擁や握手を交わす。
そして。
「勇者に、敬礼!」
ドワーフ王の低い声が響く。
その場のドワーフ全員──戦士団も、職人も、見送りに来た村人たちまでも──一斉に胸に拳を当て、私へ敬礼を捧げた。
胸の奥が熱くなる。
「皆さん、本当にありがとうございました!お世話になりました!」
「あ、みんなまた飲みましょうねぇぇ!」
レーナは飲み友達のドワーフ達へ別れを告げた。
「イタズラしたらダメだよ!」
ランは子供達と別れを惜しんでいる。
私、レーナ、ランは大きく手を振り返し、荷馬車を引いて、ドワーフ王国をゆっくりと──しかし確実に、後にした。
渓谷に吹く少し冷たい風が、ドワーフ王国との別れを惜しんでいるように感じた。
読者の皆様、いつもありがとうございます。
次話は1/3土曜日22時に公開予定です。
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