表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
109/132

その9 「手紙」

 ドワーフ王国のとある洞窟に入ると、私を出迎えたのは、お地蔵様だった。

 そして、お地蔵様の後ろが赤くぼんやりと光出した。


 お地蔵様の後ろには、小さな祠。

 洞窟の湿気にさらされ、苔むし、今にも崩れそうな木枠だった。

 苔まみれで数十年は経っていそうな古び方なのに、どこか温かさすら感じる。

 そして、その中央の扉を開けるとーー。


 あるものが座していた。


 (……)


 言葉が喉につかえ、呼吸が一瞬止まった。

 どう見ても日本のもの、それ以外に説明がつかない。


 思わず手が伸び、指先に触れた。


 (……間違いない。樹脂だ)


 胸の奥がざわりと震える。

 間違いようがない。


 私もそれを持っていた。

 いや、正確には子供の頃に作ったことがある。


 私はしばらく座している物を見つめていた。


 (……どうしてここに?)


 答えはどこにもない。

 だが、言いようのない気持ちが胸を満たす。


 ふと祠の下に目を向けると、刻まれた何かが視界をかすめた。


 最初は風化した傷に見えた。

 だが、目を凝らして、私は凍りついた。


 (……日本語だ)


 浅いし、歪んでいる。

 ナイフで無理やり削りつけたような文字列。


 読めた部分は、ほんの一行。


 『日本に帰りたい、家族の無事を祈る』


 肌が総立ちになるのを止められない。


 (……私と同じ日本からの転生者?)


 その座している物や祠の風化具合から、少なくとも数十年は経過していそうだ。


 風が吹き、砂がさらりと舞う。

 私は知らず知らずのうちに、祠に両手を合わせていた。


 ——どうか願いが叶っていますように。

 ——ご家族と再び出会えていますように。


 祈らずにはいられなかった。


 ふと、思い出す。


 「……そういえば、イグレイズ(赤龍)も言っていたな。異世界人と話したことがあるって……」


 この世界の歪さが、またひとつ輪郭を帯びていく。


 考えないようにしてきた。

 だが——


 焼き鳥の屋台。

 お好み焼きに似た小麦料理。

 鉄板焼き。

 のれんのある店構え。

 コーラのような飲み物。

 温泉と日本のような宿。

 刀。


 義国を除けば、東洋文化の源となる国など存在しないはずのこの世界。


 (……日本人が、この世界に転生して文化を広めた……?)


 胸の奥に、静かに、しかし確実に火が灯る。


 お地蔵様はただ黙って、微笑んでいた。

 まるで——「君を待っていた」とでも言うように。


 手を合わせ終えると、私は再び祠の奥に視線を移した。

 薄暗い空間にぽつんと置かれている物を見る。


 細長い影。

 見慣れたシルエット。


 私は無意識に手を伸ばし、そっと取り上げる。


 (……これは)


 指先に伝わるのは、木でも石でもない、軽い樹脂の感触。

 日本で“フィギュア”と呼ばれていた玩具とほとんど同じ作り。


 しかも——


 赤、青、黄、白の勇ましい配色。

 そして、割れたツノ。


 (……完全に、あれだ)


 胸がひやりと冷えた。

 偶然では説明がつかない。

 誰かが、この祠に日本の記憶を残していった。


 「精巧じゃないけど、すごいな」


 それはただの郷愁なのだろうか。

 祠に刻まれたあの言葉と繋がり、さらに重みを持つ。


 「……祠について、ドルガンに聞いてみるか」


 ぽつりと呟いた。


 ドワーフは鍛冶と工芸の民。

 造形技術に優れるとはいえ、こんな形状を偶然作るとは思えない。


 だとすれば——


 (日本で亡くなって、この世界でドワーフとして転生したのか)


 帰りたい。

 家族と無事を祈る。


 残された言葉が胸を締めつける。

 それは他人事ではなかった。


 「……気持ちは……わかるよ」


 小さく呟き、私はフィギュアを元の場所へそっと戻した。


 祠の中を改めて見回すと、薄暗い隅に小さな紙束が置かれているのが目に留まった。

 湿気で角が丸まっていた。

 そっと手に取り、封を開くと——中には日本語で記された手紙が入っていた。


 私は息をのみ、静かに目を通し始めた。


『この祠にある人形に見覚えのある者へ。

もし、あなたがこれを「フィギュア」と呼んでいた世界の住人なら、どうか少しだけ時間を貰いたい。

私は日本が懐かしくて、思い出せる限りの形を削り、色を混ぜ、ここに置いた。

あなたが同じ記憶を持つ者なら、これを見て何か思うかもしれないし、何も感じないかもしれない。

それでも構わない。

私は日本で生涯を終え、この世界にドワーフとして生まれ変わった。

気づけば周囲の言葉も文化も全く別のものになっていた。

しかし、不思議と恐怖よりも「二度目の人生を得た」という温かい感覚が先に来た。

結論を先に言うと、この世界にはどうやら五十年から百年に一人ほど、日本人が転生してくるようだ。

この世界の暮らしは悪くない。

魔法があり、魔物が歩き、鍛冶も酒も強く、毎日が忙しい。

前世で老い、体が動かなくなった私には、むしろありがたいくらいだった。

あなたがどう生き、何を求めているかは知らない。

だが、もし冒険者をしているなら、先人の足跡を探してみるといい。

私が僅かに集めた情報だが、昔、この世界に現れた勇者は、日本人だった可能性が高い。

転生者達がどこへ行き、何を成したのか。

それを知ることは、きっとあなたの旅にも意味を与えてくれるだろう。

二度目の人生を、どうか悔いなく。』


 手紙の裏側には最後にこう書かれていた。


『この世界で生きる事は楽しい。

だが、前世の妻や家族の事を思い出さない日はない。』


 手紙を読み終えた瞬間、胸の奥がじんわりと熱くなるような、

 それでいて冷たい指で心臓を撫でられたような感覚が残った。


 手紙をそっと祠の中にしまい、私はまた手を合わせた。


 (転生させるなら、記憶を残さず消してくれた方が幸せなのかもしれない)


 外に出ると、朝の風が少し冷たかった。

 その風の中、猫のマルが足元まで駆け寄ってくる。


 「ニャアン、ニャン」


 心配そうに私を見上げるその眼差しに、わずかに心が和らぐ。


 「マル……ここまで連れてきてくれて、本当にありがとう」


 撫でると、マルは満足そうに喉を鳴らしながら私の左肩へ飛び乗った。

 ふわりとした重みが、妙に頼もしい。


 「……帰ろうか。いったん、宿屋に」


 そう呟き、私は洞窟を後にした。


 転生してきた日本人が、家族に会えずにこの世界で生涯を終えたのかもしれない。

 その思いが胸の奥に残り、どこか重い気持ちのまま、私は宿屋へと戻った。


 宿屋の扉を開けると、ちょうどレーナが眠い目をこすりながら階段を降りてきたところだった。


 「……!? エレナ、どうしたの?」


 「え?なにが?」


 「何が、じゃないわよ!涙——ほら、流れてるじゃない!」


 「……あ、本当だ」


 指先で頬を触ると、確かに濡れていた。

 自覚がなかった。

 どうりで、街ゆく人に驚かれるわけだ。


 「誰よ!?誰に泣かされたのよ!私がとっちめてくるわ!」


 「いや、違うよ。誰にも何もされてない。本当に……大丈夫。ちょっと悲しくなっただけ」


 レーナはじっと私の顔を見つめ、ふっと息をついた。


 「……大丈夫ならいいけど。顔くらい洗ってらっしゃい」


 「うん、ありがとう」


 洗面所へ向かおうとした瞬間、勢いよく戸が開いてランと鉢合わせた。


 「——!? エレナさん!ど、どうしたんですか!」


 「大丈夫だよ」


 「レーナさん、何言ったんですか!? エレナさん泣かせるなんて!」


 「ちょっと!私は何もしてないわよ!? 失礼じゃない!?」


 「エレナさんを泣かせるなんて、よっぽどですよ。……やっぱりノノさんと交代させます」


 「だから違うってば!!」


 「ラン、本当に大丈夫。レーナが原因じゃないから。ちょっと……悲しくなることがあっただけ」


 それだけ伝えると、私は洗面所へ向かった。


 「……そうですか。なら良いんですけど」


 「全然よくありません!ラン、謝りなさい謝りなさい!」


 「はいはい、レーナさんすみません」


 「最近のその無礼な態度も謝りなさい!」


 「それはいやです」


 「なんでよー!!」


 後ろで二人が騒ぎ立てる声が響き、マルが尻尾をぴんと立てて私についてきた。

 心配してくれているのだろう。


 そっと頭を撫でると、「ニャァ」と柔らかい声を返してくれた。


 顔を洗い、気持ちを整えて部屋に戻ると——


 レーナが勢いよく私に抱きついてきた。


 「エレナ!聞いてよ!ランがね!私のこと今後一切敬わないって言うのよ!」


 「だってですね!レーナさん、帝国に戻った時ほんっとうに大変だったんですよ!騒ぐし、問題起こすし、捕まりかけるし!!」


 「……そんな問題起こしてたのか?」


 私はレーナをジトーっと見る。


 「違うのよ聞いて!私は困ってる人を助けたり、意地悪されてる子を助けたりしてただけ!」


 「……それでなんで捕まりかけるの?」


 「そこよ!!」


 「そこなんです!!」


 二人が同時に叫び、しばし沈黙が流れた。


 ——そんなタイミングで、ノックの音。


 扉が開き、ヘルダさんが盆を抱えて入ってきた。


 「まぁまぁ……ずいぶん賑やかね。この部屋はいつ来ても飽きないわ。昼食をお持ちしましたよ」


 「はい!ご飯ご飯!!」


 レーナは一瞬で泣き声すら吹き飛ばし、食欲に支配された。


 「ヘルダさん、ありがとうございます」


 落ち込んでいた心が、少しずつ温かくほどけていく気がした。

 

 昼食をとっていると、廊下の向こうから

 

 ——ドタドタドタッ!!


 床板を揺らすような重い足音が近づいてきた。


 レーナがパンを咥えたまま、首をかしげる。


 「……何?この地響き」


 ドアが勢いよく開き、ドルガンが飛び込んできた。


 「エレナ!街の者から聞いたぞ!勇者が涙を流していたと!蒼天に何かされたのか!?」


 「もー!ドルガンまでそんなこと言うの!?誰も何もしてないってば!」


 慌てふためくドルガンにレーナが呆れ、ランが苦笑いする。


 「いや……エレナが涙を流すなど、レーナが何かしたとしか思えん……」


 「ちょっとドルガン!!ひどいっ!」


 「レーナさんは、そういう立ち位置なんですよ……」


 ランがさらりと追い打ちをかける。


 「あなた達ね!!」


 レーナが立ち上がろうとしたその時——


 バシィンッ!


 ヘルダさんが、息子の頭を平手で叩いた。


 「ドルガン!!何が涙よ!ノックも無しに女性の部屋へ突撃するなんてどういうつもり!!」


 「う、母上……いたのか……。す、すまぬ。焦って……」


 「焦ったじゃありません!!着替え中だったらどうする気だったの!?礼儀もないバカ息子!」


 「は、はい……」


 肩をすぼめて小さくなる巨体。

 周りの空気がふっと和んだ。


 レーナは腕を組んで満足げに頷き、ランはクスクス笑い、私は……少し救われたような気持ちになった。


 たとえ涙を見られたとしても、こうして心配してくれる仲間がいる。


 それだけで、胸の重たさが少し軽くなった。

読者の皆様、いつもありがとうございます。

次話は1/1木曜日22時に公開予定です。

引き続き宜しくお願い申し上げます。

少しでも「面白い」と思って頂けましたら、ブックマークをよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ