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その8 「祠にあるもの」

 三つ鐘が鳴る頃、私たち三人は宿へ戻った。

 部屋で少し休んでいると、扉をノックする音がして、顔を覗かせたのはドルガンだった。


 「おう、食堂に行くぞ」


 言うが早いか、レーナはすでに荷物を捨てて飛び出していった。


 「……素早いな?」


 「レーナさんらしいですね」


 苦笑しながら、私とランはドルガンと一緒に宿の向かいの食堂へ向かった。


 食堂の扉を開けた瞬間、熱気と笑い声、それに酒の匂いがどっと押し寄せる。


 仕事終わりのドワーフ職人たちが大勢杯を傾けており、その中に、ちゃっかりレーナが紛れ込んでいた。


 「……あいつ、どこへ行っても混ざるよな」


 「レーナさんの、あのコミュ力は本当に見習いたいです」


 「お前らはお前らのペースで食べればいい」


 そう言うと、ドルガンが食堂の真ん中にずいっと進み出た。


 そして腹の底から声を響かせる。


 「聞けぇい!今日は勇者が王国へ戻ってきた祝いだ! 食堂の代金はぜーんぶ王の持ちだ!仲間を連れてきても良し!飲め、食え、騒げ!」


 「おおおおーッ!」

 「バラガン王万歳!」

 「勇者万歳!」


 「ただ酒ですって!」


 レーナのテンションは最高潮だ。

 食堂は一気に祭りのような騒ぎになった。


 ドルガンは亭主と何やら話をつけに行き、私とランは店の隅の空いた席に座って待った。


 「ドワーフ王国って、いつもこういう雰囲気なんですね」


 「うん。帝国よりずっと活気があるね」


 「エレナさん……エルフの国って、どんなところなんですか?」


 「ん? エルフの国はね……美形ばっかりで、正直ちょっと怖いよ」


 「え……美形ばかり……」


 「そう。しかも皆すごく静かで、こんな大騒ぎなんて絶対しない。静寂を尊ぶ種族って感じ」


 「なるほど……でも、いずれ行かないといけませんし、楽しみにしておきます」


 「ランも美人だから、向こうでも引けは取らないと思うよ。エルフは、美しいヒューマンや獣人族は好むみたいだし」


 「そういうことなんですね」


 「うん……だから私は少し苦手なんだ」


 「なんとなくわかりました」


 そんな他愛もない話をしていると、両腕いっぱいに料理を抱えたドルガンが戻ってきた。


 「おい!メシ持ってきたぞ!ほら、遠慮なく食え! まだまだ運ばれて来るぞ!」


 「わぁっ、ドルガンさんありがとうございます!」


 「ドルガン、悪いね」


 「気にするな。王の命令だ。“勇者たちを腹いっぱいにしてやれ”ってな。どんどん頼め」


 「じゃあ、遠慮なく」


 その晩の食卓は、王様の粋な計らいのおかげで、笑顔と料理で満たされたのだった。


 * * * * *


 深夜ーー。


 レーナもランも寝息を立て、宿の部屋が静寂に沈んだ頃、私はひとり抜け出して温泉へ向かった。


 湯気の立ち昇る浴場には、誰もいない。

 湯に肩まで沈むと、今日の喧騒が嘘みたいに心が落ち着いていく。


 ――義国での、聖女リサとの再会。


 あれは偶然の遭遇だった。

 けれど、彼女が放った言葉は偶然ではない。


 「その顔も声も気持ち悪い」


 湯面に映る自分の顔をぼんやり見つめながら、私は息を静かに吐いた。

 あれで、彼女がどれほど私を憎んでいるのかがよくわかった。


 魔王城での戦い。

 あの時の私は裏切られた喪失と疲労で、まともに立つことすら難しかった。

 しかし――義国では違った。

 魔法は封じられていたけれど“静の意識”を得た私は、剣だけで彼女と互角以上に渡り合えた。


 「……私も、少しは強くなってる」


 思わず独り言が漏れる。

 湯に響いた声は、どこか実感を帯びていた。


 そして――頭の奥で、微かに残る記憶が疼く。


 『頭に手を当てて、よく考えろ』


 あれは前世の、遠い遠い記憶の断片。

 私はリサを前世から知っている。

 その確信だけが胸の底に沈んでいた。


 湯から立ちのぼる白い霧が、夜気に溶けて消えていく。私は目を閉じ、静かに心と頭の整理を続けた。


 リサと向き合う覚悟を、今度こそ曖昧にしないために。


 湯から上がると、夜気が肌にひやりと触れた。

火照った体に、その冷たさが気持ちいい。


 タオルで髪を拭きながら外に出ると、ドワーフ王国の夜空が広がっていた。

 渓谷にある国だから、空は細い帯のように切り取られている。

 けれど、その狭い空でも星は鮮明だった。

 まるで、暗い縁の中でも必死に光を届けようとしているみたいに。


 「……私も、リサにこうあれたらいいな」


 誰に聞かせるでもなく呟く。


 星を見上げていると、ふと胸の奥が疼いた。

 前世の影が、薄く、しかし確かな輪郭で意識に浮かび上がってくる。


 あの頃――私は彼女に嫌われる何かをしたのか。

 彼女は何を思い、何を抱えていたのか。


 「……わからないな」


 夜空へ問いかけるように、私は小さくその名前を呟いた。


 「ーーーーー」


 短い名は、夜風に溶けて消えた。


 自分でも気づかないくらい、声は震えていた。


 * * * * *


 翌朝。


 まだ薄明かりの残る時間に目を覚ました私は、鏡の前で少しだけ立ち止まった。


 昨日までより、表情が少しだけ静かだった。

 覚悟が、顔つきに滲むものなのかもしれない。


 ランが寝ぼけ眼をこすりながら起き上がる。


 「……エレナさん、なんか顔つき変わりましたね?」


 「そうかな?」


 「はい、引き締まった表情のように感じます」


 「そうかもしれないね」


 猫のマルも起きて、私をじっと見つめた。


 「にゃあ!」


 「お前は本当に不思議な猫だな。何を私が考えてるのかわかってそうだ」


 ランとマルは表情を見合わせ、何も言わずに頷いた。


 朝食を終えたあと、レーナを部屋に残し、私はランとマルと三人で外に出た。

 レーナは間違いなく二つ鐘までは起きない。

 昨日あれだけ飲んだから仕方ないけれど。


 ドワーフ王国の朝は、相変わらず活気がある。

 重い鉄扉を開ける音、鍛冶場の火が起きるパチパチという音、職人たちの短い挨拶。

 石造りの街並みに音がよく響く。

 ヒューマンの街と似ているようで、全く違う気配がある。


 「エレナさん、私は子供たちのところへ行きますね。少し顔を出したくて」


 「うん。お昼の後で三人で話したいことがある。二つ鐘の後で宿に戻ってきて」


 「わかりました」


 ランは軽く会釈して駆けていった。

 良い子だ。本当に真面目で、そして優しい。


 私はというと、散歩というよりマルを追いかける散歩だ。


 黒い丸猫は、体の割に動きが速く、私の歩幅などお構いなしに、石畳を軽やかに、気ままに進んでいく。


 「ちょっとマル、そっちは行ったことないよ?」


 マルは振り返りもせず、尻尾をぴんと立てて角を曲がった。

 私は小さくため息をついて、それでもその後を追う。


 街の中心から外れるにつれて、喧騒は徐々に遠ざかり、

 古い石造りの壁ばかりが続く静かな区画に変わっていった。


 ここまで来るのは、正直初めてだった。


 「マル、どこに行く気だ?」


 問いかけてもマルはにゃあと鳴くだけで、妙に目的を持った歩き方をしている。


 朝の空気が、ほんの少しだけひんやりしてきた。

鍛冶場の熱気も遠く、何か薄い霧のようなものが漂っている気すらする。


 やがてマルは、王国の端にある洞窟のひとつにすっと入り込んだ。


 「ちょっと、勝手に入るなって……」


 追いかけて中に足を踏み入れた瞬間。

 空気が変わったのが分かった。


 妙に冷たい。

 それなのに、底にじっとりとした嫌な熱があるような。

 魔力の流れが乱れている時に感じる、あの独特の重さ。


 私は足を止めた。


 そして気づいた――

 倉庫の奥、薄暗い空間に“それ”があった。


 私は息を呑んだ。


 「……嘘、でしょ」


 ドワーフ王国には存在するはずがない。

 いや、この世界のどこにも“あってはならないもの”だ。


 胸がきゅっと縮む。

  

 「ウゥゥ」


 足元にいたマルが、低く唸った。


 石造りの倉庫の奥に、まるで異物のように置かれていたのは――


 私の身長くらいあるお地蔵様だ。


 「……誰が、こんなものをここに?」


 私は喉が張り付いたように声が出なくなった。


 その瞬間、お地蔵様の後ろがうっすらと赤く光った。


 まるで、私の到来を待っていたかのように。


 「……っ祠だ!」


 マルが私の足元に寄り、毛を逆立てていた。


 これは偶然じゃない。

 誰かが意図的にここに持ち込んでいる気がする。


 そして――

 私だけが気づくように置いたとしか思えない。


 胸の奥で、戸惑いと懐かしさが込み上げてきた。

読者の皆様、いつもありがとうございます。

次話は12/30火曜日22時に公開予定です。

引き続き宜しくお願い申し上げます。

少しでも「面白い」と思って頂けましたら、ブックマークをよろしくお願いします。

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