その7 「背負う必要はない」
ドワーフ王バラガンが部屋を去った後も、空気が更に静まり返っていた。
誰も口を開かない。まるで、王の威圧感だけがまだ部屋に残っているようだった。
沈黙を破ったのはドルガンだ。
「で、どうするんだ?」
ドルガンの低い声が、静まり返った部屋に落ちた。
太い腕を組んだまま、揺らぎのない瞳で私を見る。
私は少しだけ肩で息を吐き、椅子の背にもたれた。
頭の中で言葉がまとまらず、指先が無意識に膝をなぞる。
「……そうだね。連合軍は……いい案だと思うよ。これまでバラバラだった人族がまとまる。良い事だと思う。でも──」
「でも?」
ドルガンの眉がわずかに動いた。
促されるように、私は視線をテーブルへ落とす。
「その後の世界を考えると、少し悩む」
口にした瞬間、胸の奥が少しだけ痛んだ。
「魔族を倒したら……きっと世界はまたバラバラになる。ドルガンも知ってると思うけど、エルフ族の他種族への嫌悪は本当に……異常だよ。ただの差別とか、意識の違いとか、そういうレベルじゃない。根っこそのものが違う感じ。あれを、どうにかできる気がしない」
そこまで言って、私は唇を噛んだ。
前回の旅では考えないようにしていたことが、今は重くのしかかってくる。
「だが、一度は勇者として先頭に立ち、魔王を討伐したではないか?」
ドルガンの不思議そうな問いが胸に刺さる。
「……うん。あのときは情けない話だけどいろいろな事を見ないようにしてたんだよ」
私自身の情けなさを言葉にするのは、思っていたより苦しかった。
「家族や故郷の敵討ち……それだけ考えて、まっすぐ魔王を倒しに行った。平和を勝ち取るには魔王を討つのが一番だって、それだけを信じてね。それに間違いはないと今でも思う。でも、いま考えると目を瞑って通り過ぎてしまったものも多かった」
視線を落としたまま、ゆっくり言葉を紡ぐ。
「例えば、前回の旅でドワーフ王国には寄らなかったし、ドワーフの人たちとこんなに深く関わったのは今回が初めてだった。みんな良い人たちばかりだし、良い国だと感じる」
「食べ物も美味しいしね」
レーナがうんうんと頷いている。
「エルフ族とは“死海を渡る時に関わっただけ”なんだけど、エルフはドワーフを特に目の敵にしている。エルフ至上主義がどれほど厄介なのか……その時は本気で向き合わなかった」
胸の奥で、ずっと引っかかっていた棘がひりついた。
「一度、罪人に堕ちて、それから冒険者として世界を回る中で、私は多くの人たちに出会った。その分だけ、魔王軍討伐後の世界をどうするべきなのか……前より、ずっとどうすればいいのか考えるようになってしまってね」
そう呟くと、横で縮こまっていたノノが、
ランの背中からおずおずと顔を覗かせた。
「そ、そ、それなら……魔王軍を倒したあとも……勇者様が先頭に立ち続ければ……その……よいのでは?」
「……君の言いたいこともわかる。ただ、平和になった世界は、力を持つ存在を排除しようとするんじゃないかと思う。政治的な力で……あるいは民衆の総意で。私は力が強すぎる。だからこそ、平和な世界の邪魔になる」
「我々人族が、勇者を……世界から追い出そうとするのか?」
ドルガンが奥歯を噛む音がした。
「そう。『平和に必要ない』という建前は便利だからね。権力が欲しい政治家はそれを理由に使うだろうさ」
その瞬間、レーナがポンと手を叩いた。
「じゃあ私達が全部ぶっ殺して上に立つのはどう?」
「!?」
「ヒィィィ」
ノノが素で悲鳴を上げ、ランは目をひん剥いた。
「……レーナ、力で統治なんて、魔王軍と変わらないよ。そんなの私は絶対にやらない」
「ですよねー。聞いただけよ、ごめんなさい」
悪びれる様子はないが、まあレーナらしい。
そこでランがすっと前に出た。
彼女はいつだって話を正常な方向へ戻す役だ。頼りになる。
「エレナさんは……つまり連合には参加せず、聖女リサを討つために旅を続けたいということですか?」
「うーん。そうだね。それが一番やりやすいなとは感じてる」
「でも、聖女リサは魔王軍を使ってきますよね?」
「うん、来るね」
「エレナさんとレーナさんと私の三人だけじゃ、多勢に無勢です。だからこそ、連合軍を利用するのはどうでしょうか?」
利用という言葉が妙に胸に刺さる。
「魔王軍と連合軍をぶつけて、その間に私たちがリサを討つ……ってこと?」
「はい。先頭に立つエレナさんを私もレーナさんもサポートします。打倒聖女リサを果たしましょう。正直、未来の人族のことは、未来の偉い人達が考えればいいと思います」
私は目を瞬いた。
ランがこんな“楽観的な答え”を出すなんて意外だったからだ。
「……ランにしては安易なこと言うね?」
「だって……エレナさんが、全部を背負おうとするからですよ。エレナさんは、世界の心配をしすぎです。それは勇者だからなのかもしれませんけれど、その後の世界の事は放って、全部終わったら、また冒険者エレナになりましょうよ」
ランは、小さく息をつき、ほんの少し笑った。
「うんうん、ランの言う通りね」
「全部終わったら……三人で旅を続けて、世界中を回りませんか?もしよければドルガンさんも他の方も一緒に…エレナさんが"全部背負う必要はない"です」
「…………」
その言葉は、なぜか胸の奥にじわっと来た。
重い鎧を脱がせてもらったみたいに、肩が軽くなる。
「……うん。そうだね。ランの言う通りだ」
私は腕を組み、天井を見上げた。
“全部背負う必要はない”
その言葉だけは、不思議と胸の奥に残った。
でも、それはランが今思っている物じゃない。
けれど、その言葉を聞いて、ある決意を持った。
「よし、ドルガン。ドワーフ王に三日の猶予が欲しいと伝えてくれないかな?前向きに受けるつもりだけど……三人で話したいこともあるからさ」
「うむ、いいぞ。俺から話しておこう」
「ありがとう。ドルガンの事は頼りにしてるよ」
「お、俺なんか……役に立たんぞ」
普段は大柄で頼もしさしかないのに、こういう時だけ妙に照れるドルガンを見ていると少し安心する。
ドルガンは顔をほんのり赤くして、私から視線を外した。
「では、王に話してこよう」
立ち上がったドルガンは、軽く頷いて部屋を後にした。
扉が閉まると同時に、別の扉から二つの影が入ってくる。
「おう、王様との話し合いは終わったのかい?」
入ってきたのは、獣人族のガルクと戦士ノーム。
ノノの冒険者仲間で、ガルクはランの兄でもある。
「兄さん、どこに行ってたの?」
ランが呆れ半分で尋ねる。
「いや何、昼食だ。腹が減ってはなんとやらだろう?」
「ガルク殿、財布も持たずに出かけるのはやめましょう」
ノームが小さく溜息をついた。
「して、ノノ殿。話は代わりに聞いてくださったのですかな?」
「あ、あ、はい……聞きました」
「うむ、ありがとう!それで、内容は?」
ランとノノが、ガルクとノームにドワーフ王との話を丁寧に伝える。
連合軍の提案、人族国家の事情、勇者としての立場……部屋の空気は再び少しだけ重くなった。
話を聞き終えたガルクが、腕を組んで私の方に視線を向ける。
「なるほどな。連合軍、そしてその後の世界……エレナよ、妹の言う通りだ。先のことは先の世界の“偉い奴ら”に任せてしまえ。今を戦う方が大事だ」
「ガルク、君の妹はすごいよ……」
「そうだろ、そうだろ、なんたって獣神の娘だからな!」
ランの言葉に救われた。
彼女には感謝しかない。
「ランも、さっきはありがとうな」
ランは少し照れてウインクした。
「当然です。エレナさんが抱え込みすぎなんですよ」
そのやりとりにノノがクスッと笑い、ガルクとノームも安心したように肩を落とした。
――みんながこうして支えてくれる。
私は一人じゃない。
そう思えただけで、胸の奥の霧が少しだけ晴れた気がした。
「あ、あ、あの……」
横で縮こまっていたノノが、決意したように前へ出てきた。
「も、も、申しおく……遅れました。ノノといいます。ま、魔法使いです。勇者様にお会いできて、こ、こ、光栄です……!」
ぺこりと頭を下げる姿が、小動物みたいで思わず笑ってしまう。
「あぁ、こっちこそ挨拶が遅れちゃったね。私はエレナ。よろしく」
差し出した手に、ノノが両手でそっと触れ、ぎゅっと握り返してきた。
「それでノノ、レーナと交代してくれるって本当なの?」
「ブフゥゥゥーッ!」
呑気にお茶を飲んでいたレーナが盛大に吹き出した。
「げほ、げほっ……!ちょ、ちょっと!その話、まだ続いてたの!?」
「だって、トラブル起こさない魔法使いの方が、私もランも助かるしさ」
「エレナ。そこの床に座りなさい」
「は?なんで?」
「私が怒ったら怖いってこと、身体で覚えてもらおうと思って」
「私もレーナさんとノノさんの交代には賛成です」
横でランがあっさり言い放つ。
「ラン。あなたもエレナの横に並んで座りなさい」
「じゃあレーナさんは廊下で正座してきたらどうですか?」
「最近、私に対して妙に強気じゃない!?」
「トラブル起こさなければ最高の魔法使いなんですけどね……!」
「なにおう!」
「あ、あ、レーナさんはすごい魔法使いですよ。だ、だって、世界に数人しかいないAランク冒険者ですから……!」
ノノが慌ててフォローを入れる。
レーナの目元が一瞬で輝いた。
「あら?あなた、いい事いうじゃない?サインいる?」
「あ、ありがとうございますっ……!」
レーナの機嫌が戻った。
「ノノはやらないぜ」
ガルクが腕を組みながら唸る。
「ノノ殿はダメです」
ノームも珍しく強い声で反対した。
二人の必死さに、ノノがさらに縮こまる。
「あ、あ、私もお二人と旅したいです」
そんな光景を見ながら、私は小さく笑った。
さっきまでの重たい気持ちが、ほんの少しだけ軽くなっていた。
ドルガンが戻ってきて、三日後二つ鐘後に宿屋へ迎に行くと告げて王様のところへ戻って行った。
ドルガンが部屋を再び退出した後、ノームがどこか遠慮がちに歩み寄ってきた。
「勇者殿……お久しぶりです」
「え?あ、はい……どこかでお会いしてましたっけ?」
「ガ、ガーン……」
ノームは肩を落としたまま、ゆっくりと倒れ込んだ。
「なんだノーム。認知されてないじゃないか」
ガルクがニヤニヤ笑っている。
「いえ、仕方ありません。混戦の中で……二度ほど助けていただいただけですから……」
床に手をつきながら、ノームが弱々しく言う。
「え、あ、ほんと……すみません。思い出せなくて」
ノームはサッと起き上がり、姿勢を正した。
「いえ、どうかお気になさらず。ノームと申します。以前は城塞都市パラナで騎士団の駐在長を務めておりました。勇者殿には二度、魔人の襲撃から救っていただきました」
「あぁ、そうだったんですね。ノームさん、改めてよろしくお願いします」
私は差し出した手を握り返され、しっかりとした握手になった。
「ノーム、これでようやく覚えてもらえたな」
ガルクが肩を揺らしながら近づいてきた。
「ガルクはヴォルグから離れて旅してるんだね?」
「そうだ。勇者や妹に負けてられないからな」
「ガルク殿。獣神様からの依頼もお忘れなきよう」
ノームが横目でたしなめる。
「おっと、そうだったな。勇者エレナを探してこいって話だ。……まぁ、理由は連合軍の件だ」
「やっぱり。ヴォルグも獣人族代表で来てたんだね?」
「その通り。父上も“勇者の力を借りたいって言ってた。……まぁ、前向きに考えてやってくれ」
ガルクは豪快に私の肩を叩くと、ノームとノノを伴って城内へ戻っていった。
「じゃ、私たちも宿屋に戻ろうか」
レーナが大きく伸びをする。
「そうですね」
ランが微笑んでうなずく。
三人で並んで歩き出すと、夕暮れの王城を出る風が頬を撫でた。
少し前まで感じていた重苦しさが、いつの間にか遠くに押しやられている気がした。
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