その5 「修行の成果」
赤龍の洞窟に入ってから、七日が経過した。
洞窟内での生活のために、松明に火を灯しているが、常に赤い水晶に反射してキラキラと光り輝いている。
私の高揚した気持ちに呼応してか、新しい剣は手に取るだけで脈打つように熱を帯びていた。
だが、扱いが想像していたよりずっと難しかった。
一度深呼吸をし、剣を握る。
すると――!
「…あちち……!」
刃が赤く光った瞬間、魔力が暴発するように周囲へ散った。
熱風が爆ぜ、洞窟の天井から小岩がパラパラと落ちてくる。
「くっ……落ち着け」
慌てて魔力の放出を抑えるが、指先までしびれる。
少しでも気を抜くと、剣が私を振り回してしまいそうだ。
――これじゃ、戦いどころじゃない。
炎に強く反応するヒヒイロカネの金属と赤龍イグレイズから貰った龍炎の炎、私の魔力、龍の鱗、その奔流の魔力は強大で、扱いを誤れば、私だけでなくマルや仲間すら巻き込んでしまう可能性がある。
(このままじゃダメ……でも、どうすれば……)
最初の二日くらいは、まともに振るえたことが一度もなかった。
そこで思い出したのが、義国で学んだ“静の意識”だった。
義国で通った道場の師範から叩きこまれた「穏やかな心」で剣を振るう。
激しい膂力変換魔法でさえ、義国では静の意識でコントロールできた。
ならば――。
私は剣を膝に置き、洞窟の中央で静かに目を閉じる。
(……意識を沈める……心を一点に集める……)
剣は熱く脈動している。
だが心を澄ませると、剣の奥にあたる奔流の炎が見えてくる。
圧倒的な炎。
荒れ狂う力。
その中心には、この剣の魔力が見える。
「……激しい剣の心……」
囁くように言うと、剣の熱がわずかに収束する。
静の意識を繰り返し、魔力の波を私の心で丸ごと包み込む。
制御の感覚が掴めるまで、さらに四日を要した。
そしてーー七日目だ。
剣の暴走は格段に減り、振るう威力も段階的に調節できるようになっていた。
「……なんとかなったかな」
外の空気を吸いに洞窟の外に出ると、空気が変わったのがわかる。
「この魔力は……」
深海の谷は常に薄暗く、遠くまで白い霧が漂っている。
だが、その霧の奥には――明らかに気配が増えていた。
「また、魔族だな……しかも…多い」
ここに来て数日、洞窟の外に出るたびに魔人や魔物と遭遇していた。
しかし、谷へ降りて来て七日目。
魔物や魔人の姿が明らかに増えている。
しかも、どれも普通ではない。
(……新生魔王軍が赤龍に向けて送り込んでるのかな?けど――赤龍は義国で寝てるんだよね)
魔族はまだその情報を掴んでいないのだろうか。
私は剣を握り直した。
「……いい実験台だ。今の力を試すには、ちょうどいいな」
昨日までは魔法と拳だけで倒していた。
背後でマルがしっぽを大きく揺らす。
「にゃ……」
「あぁ、新しい剣を使うよ。マルは少し離れてろ」
数歩進むと、霧の奥から影が姿を現した。
背丈はヒューマンの二倍近く。
肌は焦げたように黒く、全身から赤い蒸気を放っている。
魔人――。
しかも、見覚えのある特徴。
(これ……回復する魔人だな……)
新生魔王軍の四魔将ゲール。
奴は実験で回復する魔人、炎の息吹を使う魔人を作り出していた。
ゲール自身は、義国でレーナに倒されているが、かなりの数を生み出していたのだろうか。
炎の息吹を使い、倒しても再生を繰り返すという厄介な相手だが、それ以上の攻撃を与えれば行動不能になる。
(今日は、剣だけで)
目の前の魔人がこちらに気づき、口を大きく開けて炎を溜め始めた。
「来る……!」
私は静かに剣を握りなおし、深く息を吸う。
胸の奥に“静の意識”を広げた。
魔人が炎を吐き出した。
轟音とともに赤い熱線が迫る。
だが私は、一歩も動かない。
(炎の流れは……ここ!)
剣を軽く振り下ろした。
一瞬、刃が赤く光り――
爆風が霧を裂いた。
魔人の炎は、私の斬撃によって真っ二つに割られ、背後の岩壁に空洞を穿った。
さらに――私の斬撃はそのまま魔人の胴を貫く。
熱と光の筋が一直線に走り抜け、魔人は声を上げる 暇もなく、霧の中に崩れ落ちた。
「……お、おう。いい感じだ」
手の中の剣は静かに燃えている。
暴れず、ただ私の意思に従って火を灯す。
私はその威力に少し驚いた。
七日間の修行の成果が、確かに形になっていた。
(よし……力試しだ)
「マル!ついてこい!私の新しい剣の力を見せてやるよ!」
「ニャ!!」
マルは見せてみろと言わんばかりの顔つきで私の背後をついてくる。
たった一振りで魔人の体を焼き切った威力。
改造された魔人の肉体はすぐに回復するはずなのに、剣が放った火力はそれを容易く上回った。
威力の高さに少しだけ震える指をぎゅっと握り、剣を握り歩き出す。
谷底の奥へ――魔人たちが潜む闇へ。
しばらく進むと、前方の空から一斉にざわりと音が走った。
岩肌と同じ色をした巨大なコウモリ――ストーンバットが数十匹、翼を広げ私を囲むように旋回する。
背後から、細い針のような牙を持つ吸血系のコウモリ――ブラッドバットの群れが押し寄せる。
谷底特有の湿った冷気が、ふっと吹きつけた。
「マル!あの岩陰に隠れて」
マルは私から離れ、岩陰に隠れた。
私は剣を逆手に構える。足を滑らせぬよう細かく踏み込みを調整する。
ストーンバットが急降下し、一斉に岩の翼で斬りつけてくる。
その瞬間――
ギンッ!
私は一歩だけ前に出て、剣を上段から横へ払う。
刃に火の魔力を薄く纏わせただけの一撃。
それでも十数匹のストーンバットが、焼け焦げた羽をばさりと散らして墜落した。
「次ぃ!」
ブラッドバッドの群れが霧のように迫り、牙を剥く。
私は剣を胸元で構え直し、深く息を吸った。
心のざわめきを沈め、流れるような動きを意識する。剣の魔力が暴走しないように、呼吸に合わせて出力を固定する。
「はっ!」
軽いステップで前へ。
水平斬り。
たったそれだけで、剣の軌跡が火線となって空間を薙ぎ払い、十数匹が一度に熱で弾け落ちた。
「やばいな、クラウ・ソラ以上の攻撃力だ」
自分の力が、ひとつもふたつも上の段階に押し上げられた実感があった。
しかし、ここからが本番だ。
奥の闇がざらりと揺れ、複数の足音が響く。
「来たな……」
赤い目の光が次々と灯り、全部で三十ほど。
レーナが義国で倒した魔族ゲールが実験で造った魔人が混ざっている。
筋肉が膨れあがった個体、体表が黒金属のように硬化している個体、再生特化の個体……
それぞれが唸り声をあげながら迫ってくる。
「なんか哀れだけど……」
魔人の一体が咆哮し、一直線に突進してきた。
私はあえて回避せず、正面から迎え撃つ。
剣に魔力を込め――締め上げるように圧縮。
暴走しない限界ギリギリの魔力量だ。
「――っらあ!」
振り下ろす。
魔人が胸元から真っ二つ。
切断面が一瞬で赤熱し、再生する暇を与えない。
「一体目!」
倒した魔人の後方にいた魔人が炎の息吹を吐いた。
私は剣先を天へ向けると、軽く振った。
ボウッ!
刃先から飛んだ火焔が、息吹の熱量を逆に押し返し、その魔人の顔面を丸ごと焼き抜いた。
「二体!」
そこへ三方向から同時に三体の魔人が飛びかかる。
エレナは腰を低く沈め、剣の魔力を一瞬だけ解放する。
「はぁぁぁ!」
剣を地面すれすれで横に払う。
刃の軌跡に沿って火炎が地面を走り、襲いくる魔人たちの足をまとめて焼き切った。
崩れた魔人をすべて一息に斬り抜く。
「これで五体……!」
群れの奥から、さらに大柄な魔人が咆哮しながら迫る。
「いいね、倒し甲斐がある……!」
私は自分でも驚くほど静かに微笑んだ。
剣を両手で握り、魔力を刃の芯まで深く深く通す。
静の意識で剣の魔力の暴走を抑えつつ、膂力変換魔法使う。
魔人が地を蹴り、拳を振り下ろす。
「――当たらないぞ!」
私は真っ向から跳び込み、剣を突き出した。
刃が火柱のように輝き、衝撃を押し返し――
巨体を貫いた瞬間、魔人の内部で炎が爆ぜた。
巨躯が崩れ落ちる。
「……六体。まだまだ!」
息を切らすことなく、次の魔人の群れへ突っ込む。
剣を振るたびに火の軌跡が残り、魔物も魔人も次々と倒れていく。
ストーンバッドの群れが再び襲いかかるが、赤龍から引き継いだ龍炎の炎を使う。
炎の軌跡が光の輪のように広がって一瞬でストーンバッドを焼き払い、ブラッドバッドたちは恐れをなして散っていった。
「残り二十二体だな」
暴れ馬のようだった新しい剣が、ようやく自分のものになりつつある。
私は剣を肩に担ぎ、残る魔人たちへまっすぐ歩み出た。岩場を蹴り、群がる魔人たちの中央へ飛び込んだ。
剣を振るたびに炎の軌跡が走り、再生しようとする肉体を追い越す速度で斬り焼き払っていく。
一体、また一体と崩れ落ちるたび、剣は嬉しそうに赤い輝きを増し、私の腕はその重さを軽々と受け止めていた。
「次……!」
谷底の空気は熱気で揺れ、私と魔人以外すべてが沈黙している。
残り十体。五体。三体――
そして、最後の一体の首が刃の軌跡とともに宙へ跳ね上がった。
「……ふぅ、疲れた」
静寂。
さっきまであれほど騒いでいた洞窟が、うそのように静まり返る。
驚くほどの切れ味。
恐ろしいほど魔力を纏える剣。
軽く握っただけで全身の魔力が刃の中へ吸い込まれていく感覚は、背筋が震えるほどだった。
前に使っていた《クラウ・ソラ》の性能を軽く超えている。
「この剣があれば……リサに負けないな」
そう呟いた自分の声が、洞窟の壁にやわらかく反響した。
「……よし。マルおいで!」
「にゃあ!」
肩に乗ったマルの顎を優しく撫でてやる。
マルは気持ちよさそうにしている。
「今日は洞窟で最後の晩だ。明日には街へ戻ろう」
「ニャア!」
剣を肩に担ぎ、谷底から見える空を見上げる。
夕陽が落ちかけ、谷の縁が赤く染まっていた。
読者の皆様、いつもありがとうございます。
体調不良となり更新ができずに失礼しました。
次話は12/25木曜日22時に公開予定です。
引き続き宜しくお願い申し上げます。
少しでも「面白い」と思って頂けましたら、ブックマークをよろしくお願いします。




