その4 「谷底での修行」
顕現させた私の新しい剣――。
吹き荒れる魔力に、街の人々がざわめき始めている気配がしたので、私は急いで剣を腕防具へと戻した。
「どうしただわさ!?剣は……!」
「え、えっと、街の人が混乱しそうだったから……」
ヒルダさんは周囲に視線を走らせると、手を大きく振った。
「みんな!なんでもないだわさ!解散!解散だわさー!」
「なんだなんだ……」
「勇者様の訓練か……?」
街の人々はまだ気になっている様子だったが、ヒルダの声に従って散っていった。
(この剣……むやみに振るえないな)
『その剣、赤龍から聞いておると思うが――恐らく、我々“龍”をも斬れる。そして、神にも届くやもしれんぞ』
蒼龍が、語りかけてくる。
「龍は……切るつもりなんてないよ」
『ふ……龍“は”、か。なるほど、面白い女だ』
蒼龍がどこか満足げに笑った。
「どうだっただわさ?」
ヒルダが心配そうに近づいてくる。
「ヒルダさん、ありがとう。この剣……クラウ・ソラ以上に魔力に敏感で、ものすごく反応する。でも……振るう場所を誤れば、仲間まで巻き込んでしまいそうな、そんな気配がした」
「強すぎる力は諸刃の剣。だが、あんたなら大丈夫だわさ。ワタシャ、そう信じてる」
「……ありがとう」
「さ、今日はお祝いだわさ!あんたは工房で休んでな!ワタシャ、酒と料理をたんまり頼んでくるだわさ!」
「あ、じゃあ私もお金出します!」
「いいってことよ!これはワタシャの奢りだわさ!」
ヒルダは豪快に笑い、ドワーフの街の方へ駆けていった。
私は新しい左腕の装備をそっと撫で、ふと空を見上げる。
ドワーフ王国の陽は傾き、夜の帳がゆっくり落ちようとしていた。
(レーナ、ラン……元気にしてるかな)
二人はドルガンを含む冒険者四人と一緒にバイエルン帝国へ向かった。そろそろ帰ってくる頃だとは思うが、果たして旅は無事に済むのだろうか。
静かな工房に、私の小さな息だけが響いていた。
宴会は深夜まで続き、私は久しぶりにお腹がはちきれそうなほど食べ、笑い、気づけばドルガンの実家――彼の母ヘルダさんが営む宿屋の布団に倒れ込むように眠ってしまっていた。
布団がフカフカで心地よい。
どれくらい眠ったのだろう。
深い闇の中で、私はふと目を覚ました。
しかし、そこは部屋ではなく、何もない白い空間だった。
――ごう……っ。
熱風が私の体を撫でる。
『来たか、我が主よ』
赤龍イグレイズの声が闇を震わせた。
「ここは……夢、じゃないよな……精神世界?……主ってなんだよ?」
『うむ。お前の新しい剣のおかげだ。お互いの魔力が結びつきやすくなって、精神がつながっておる。主とは呼んでみたかっただけだ』
赤く巨大な影がゆっくりと姿を現す。
「主なんて呼ばないでくれよ」
炎をまとい、黄金の瞳が私をまっすぐ見下ろす。
『うむ……新しい剣はどうだった?』
「あぁ、激しいじゃじゃ馬のような剣だと思ったよ。安易に振るうと自分に返ってきそうな。そんな事を感じた」
『そうだろうな。恐らく……この世界で初めて生まれた"龍を滅する剣"だからな』
「その話、蒼龍もしていたよ。龍は切るつもりないけどね」
『聞いておった。では龍以外は切るつもりなんだな?』
「その龍以外の中に、女神も含めていいのなら、私は切るつもりだ……女神アルカナは好きになれない。リサや龍を使って何がしたいのかわからないけれど、ここまでの旅の中で思ったことだ」
『ふ、ふふふ、ふははははははははは!』
「笑いすぎだよ」
『いいかエレナ。神を切ろうとする貴様の心意気は、この世界に楯突くという事だ。だが……神に届くかもしれないその剣、今のままでは半分の力も使いこなせない』
「……やっぱり。制御が難しいんだろ?」
『当然だ。伝説の金属、我の炎、蒼龍の風、そしてお前自身の魔力……三つが混ざりあった“剣”だ。簡単に馴染むと思うな。間違えれば、死ぬぞ』
「……死にたくはないな……何か妙案があるんだろ?」
赤龍が長い尾で空間を叩くと、火花が散った。
『そこでだ。我が住処であった“深海の谷”の最下層に、炎に満ちた洞窟があっただろ?あそこは我が魔力が溜まり、外界より炎の耐性が強い。お前の剣の魔力に耐えうる最も適した修行場所よ』
「あぁ、最初に会う前に通ったところだな……深海の谷……」
『どうした?』
「遠いからな……蒼龍に連れていってもらっても?」
赤龍は、ぐっと眉間に皺を寄せた。
いや、龍に眉はないけど……そんな雰囲気だった。
『そんなに蒼龍の背に乗りたいのか?』
「え、いや、その……」
『我ではなく、蒼龍か?』
完全に拗ねている。
(や、やだ……赤龍、可愛いんだけど)
「いや、乗せてもらうのは辞めておこう」
『……単独で行け。それも修行だ。お前ならできる。蒼龍の力に頼る必要はない』
「あ、うん……わかった」
赤龍は少し満足げに炎を揺らし、ゆっくりと目を細めた。
『エレナよ――強くなれ。光の聖女リサからも女神からも魔神からも、この世界を護るのは、お前だ』
「あぁ、やれる限りやるつもりだ……」
『それと、あの猫だ。あれはーーーーーー』
赤い炎が私の視界を包み、そこで意識はふっと途切れた。
「……ん」
私は宿の布団の中で目を覚ました。
窓の外はまだ淡い朝焼け。鳥の声が聞こえる。
(夢……じゃないよね)
胸の奥に、赤龍の熱がまだ残っていた。
(赤龍は何か言いかけていたけれど、なんだっけ?)
私はすぐに起き上がり、着替えて装備をまとめる。
旅の支度は慣れたものだ。
「マル!起きろ!出かけるぞ」
「……にゃあ……」
この太々しい黒猫、私が工房にいる間はこの旅館の温泉かこの部屋で過ごしていたそうだ。
ほとんどヘルダさんが面倒を見てくれていた。
(温泉が好きな猫なんているんだな)
外に出ると、朝の薄暗い街に二つの影が立っていた。
「まぁ、早起きだこと」
旅館の女将、ドルガンの母ヘルダさんだ。
「どこへ行くのかは聞かないけど……気をつけて行っといで」
「エレナ。しっかり食ってから行けだわさ!」
ヒルダさんは大きな包みを渡してくれた。
多分、丸一日は食べられそうなお弁当だ。
「ありがとう。ちょっと出かけてきます」
二人は手を振って見送ってくれた。
朝の空気は冷たく気持ちよく、私は深呼吸を一つして前を向く。
(深海の谷……赤龍の洞窟……)
左腕の新しい装備が、かすかに熱を帯びていた。
私はヘルダさんの旅館を後にした。
まず向かったのは、街外れにある“運搬用の巨大亀”の小屋だった。
ドワーフ王国では山越えや鉱山運搬に使われる頑健な生き物で、あまり速くはないが、とにかく丈夫で長持ちする足を持つとドルガンから教えてもらった。
「この子を借りますね」
亀の世話係のドワーフが目を丸くした。
「一人旅で深海の谷へ?正気かい勇者よ。あそこは昼夜を問わず魔物が徘徊しておるんだぞ?」
「私から大丈夫。魔物退治はいつものことだし、少し修行したいだけだから。すぐ戻ります」
亀の甲羅をそっと撫でると、ゆっくりと首をもたげて鳴いた。
「よし、行こう。頼りにしてるからね」
猫のマルを抱えて亀の背に乗る。
マルは大きな体の乗り心地が気に入らないのか、しっぽを不機嫌そうに振った。
「にゃー……」
「贅沢言うなよ、歩くより楽だろ?」
とにかく二週間の工房生活以来の外の空気だ。
街でパンや干し肉、野菜を大量に買い込み、さらにマル用の肉や魚もまとめて購入した。
「にゃっ!」
「それ、お前の三日分の魚だからね。勝手に食べるなよ」
亀はゆっくりと歩き始める。
深海の谷を目指す。
亀の背は揺れたが、慣れてくると心地よい。
ドワーフ街道は整備されているため、最初の数時間は安定した移動だった。
途中、草がボウボウの草原を通りかかると、マルが背中からぴょこんと顔を出した。
「にゃっ!にゃっ!」
「あの鶏を捕まえろって?……卑しい奴だなぁ」
「にゃ……」
「わかったよ!捕まえよう」
森を抜けた頃には、陽はゆっくり傾き始めていた。
前方には巨大な裂け目――“深海の谷”が口を開けている。
「……相変わらず、ものすごい高さ」
谷の縁に近づくだけで足がすくむ。
底が見えない暗闇。立ち上る熱気。まるで世界が裂けてしまったような光景だ。
そこに、以前レーナが作った魔法の足場が続いている。レーナが高所恐怖症のため、安定しすぎるほど頑丈で幅の広い階段を延々と作ったのだ。
「さすがレーナ。建築士になれるこの安定感……」
亀を連れて階段を降りることにした。
最初は少し不安だったが、階段は全く揺れず、材質は石のように硬かった。
「にゃ……」
「怖いか?マル?しっかり捕まってろよ」
ゆっくり、ゆっくり、何時間も降り続けた。
谷底は果てしなく遠く、陽が暮れてもまだ辿り着けない。
魔物の気配も感じたが、ある場所から下は、レーナの魔力障壁を含んでおり、魔物は近寄れないようになっていた。
あらためて、レーナの凄さを思い知った。
さすがに疲れたため、階段の広い踊り場で一泊することにした。
焚き火を焚けるほどの安全地帯があり、緊張しつつも食料をひとつ開ける。
「マル、食べすぎないようにね」
「にゃゃあ」
「えっ!?二日分の魚を全部食べたのか!?」
「ごろごろにゃん……」
マルはバツが悪そうに目を逸らした。
「……マル……明日は朝と昼抜きだからな」
「にゃっあ……にゃあ」
「自分のせいだろ?恨めしそうな顔で見るな!」
苦笑しながら私は早めに眠りにつき、翌朝の薄明に再び下降を始めた。
昼過ぎ、ようやく、谷底の地面に足がついた。
「……着いた。はぁ……!」
息が白く見えるほど熱気と冷気が混じる不思議な場所。深海の谷は地熱が強い。
亀も疲れきって座り込んだ。
「亀くん、お疲れさま。もう少しだけ頑張ってね」
「……ゴォ……」
ゆっくり返事をしてくれた。
そこからは歩いて赤龍の洞窟を探す。
以前来たときの記憶を辿りながら歩くと――
熱気が強い場所があった。
「ここだ。赤龍の洞窟……!」
洞窟の入口からは、地獄のような熱風が吹いている。
耐熱性の高い冒険者でも近づけないような場所が、私にはむしろ心地よく感じた。
左腕の防具がかすかに震える。
(この剣を、もっと使いこなさないと……)
亀を洞窟の涼しい岩陰へ誘導し、水と餌を置いた。
マルはその隣で丸くなりながら私を見上げる。
「にゃあ」
「あぁ、修行してくるけど、あまり離れるなよ?」
「…にゃ」
「気をつけて散歩してこいよ!」
マルは小さく頷き、尻尾を揺らしながらどこかへ散歩に行った。
私は深呼吸をして、洞窟の中へ足を踏み入れた。
新しい剣を“私自身の剣”にするための修行が、ここから始まる。
読者の皆様、いつもありがとうございます。
次話は12/21日曜日22時に公開予定です。
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