その3 「私の新しい"剣"」
工房の中は、炉の熱と金属の匂いに満ちていた。
壁に掛けられた無数の刃や鎚が、静かに息を潜めている。
私は炉から少し離れた作業台の前に座り、向かい合うようにヒルダさんと膝をついていた。
彼女は何も言わず、私の右手をそっと両手で包み込む。分厚く、鍛冶師のそれらしい手だった。
――じっと、見られている。
視線は私の掌だけでなく、その奥、魔力の流れや在り方を探るようだった。
「……正直に言うだわさ」
やがて、ヒルダさんが静かに口を開いた。
「あんたのクラウ・ソラを超える剣を、ワタシャには打てない」
「……えっ?」
思わず声が漏れた。
「この掌を見ていれば、ようわかるだわさ」
ヒルダさんは、私の手を離さず続ける。
「本当の剣ってのはな、ただ硬くて、強くて、よく斬れりゃいいもんじゃない。使い手と一緒に育ち、削れて、欠けて、それでも振るわれ続けるもんだわ」
胸の奥が、少しだけ締め付けられた。
「クラウ・ソラは……特別すぎるだわさ。あれはもう、剣ってより“あんたの体そのもの”だ」
「じゃあ……新しい剣は……」
「まぁ、結論を急ぐなだわさ」
ヒルダさんは、ふっと笑った。
「そこでだ。そのオリハルコンの小手、普段は防具、非常時に剣になる。それがあんたに合っとる」
「……同じやり方、ということですね」
「そうだわさ。ただし、今回は少し変える」
ヒルダさんは立ち上がり、工房の奥から設計図のようなものを引きずり出してきた。
「左腕全体の防具にする」
「左腕……全体ですか?」
「そうだわ。腕防具の“骨”になる部分にそのオリハルコンを使う。骨以外の外装にはヒヒイロカネを使うだわさ」
彼女は指で線をなぞりながら説明する。
「そして――剣は、そのヒヒイロカネだけを使って顕現させる」
「……!」
思わず息を呑んだ。
「剣を出しても、オリハルコンの骨格は左腕に残る。防御力を落とさずに剣を振るえるって寸法だわさ」
「それ……すごく、いいですね」
素直な感想だった。
「もちろん簡単じゃない。だが、ワタシャは鍛冶師だ。責任を持ってやる」
ヒルダさんは胸を叩く。
「オリハルコンに混ぜる金属も、もう用意しとる。本来の純度よりは落ちるが、防具としては十分だわさ」
「……ありがとうございます、ヒルダさん」
「礼なんぞいらんだわさ。ずっと一緒にいたオリハルコンの小手がこれからもあんたを守ってくれる」
彼女は少し視線を逸らし、ぽつりと漏らした。
「クラウ・ソラを超える剣を打てんことが……正直、悔しいから代案って事だわさ」
「いえ……」
私は首を振った。
「それで、私は何をすれば?」
「時々でいい。あんたの魔力を、この水晶や金属に流してほしい。」
「……それが?」
「あとで、必ず役に立つ」
その言葉に、不思議と迷いはなかった。
「わかりました」
「よし。なら、すぐ取り掛かるだわさ」
ヒルダさんはにやりと笑う。
「最低でも一ヶ月は欲しい。アンタはワタシャとここで生活。外の連中には街へ戻るよう伝えてきな」
「はい!」
私は立ち上がり、工房の扉へ向かった。
外へ出ると、レーナとラン、ドルガン、そしてバラガン王がこちらを見ていた。
私は事情を簡潔に説明する。
「一ヶ月、か……」
バラガンが腕を組む。
「勇者よ。剣が完成したら、我にも時間をもらえぬだろうか」
その目は、王というより一人の為政者のものだった。
「この世界の……話をしたい」
「わかりました」
私は頷いた。
「ヒルダさんの作業が終わり次第、王城へ向かいます」
こうして、私の新しい防具が作られる事となった。
* * * * *
それから二週間。
私はほとんど工房を離れなかった。
炉の前で槌を振るうヒルダさんの背を、片時も離れず見守り続ける。
時折、彼女に促されるまま、私は自分の魔力を金属へと流し込んだ。
炉の熱。
私の魔力の熱。
二つが混ざり合うたび、ヒヒイロカネは少しずつ色を変えていく。
最初は淡い朱だったものが、やがて深く、血のように濃い赤へと沈んでいった。
オリハルコンの小手の方は、別途用意された軽金属アルミ合金を噛ませる形で再構成されていた。
私の魔力を媒介に、異なる金属同士が無理なく接合されていく。
「純度は落ちるだわさ」
ヒルダさんはそう言った。
「だが、防具に必要なのは“硬さ”だけじゃない。軽さと、あんたへの馴染みだ」
確かに、触れてみると驚くほど軽い。
硬さは多少落ちているのだろうが、代わりに扱いやすさが格段に増していた。
「それと長く旅を友にしたオリハルコンだわさ。きっとあんたの助けになる時が来る」
作業の合間、私は冗談半分でカーボン素材の話もしてみた。
「……たとえば、炭素を糸みたいにして編んだ素材があってさ。軽くて、すごく丈夫なんだ」
ヒルダさんは槌を止め、首を傾げた。
「カーボン?炭素繊維?……なんね、それは?」
「あ、いや、旅をしている時に見かけたんだ…」
「ほぉ……」
ヒルダさんは、炉の中の金属に視線を戻す。
「素材の性質を“組み方”で変える、って考え方かい。
……悪くないだわさ」
それ以上、彼女は深く追及しなかった。
だが、その目は確かに、鍛冶師のそれだった。
この世界にはまだ存在しない概念だろう。
途中で説明をやめた。
――それでも。
ヒルダさんの目は、光り輝き職人のそれだった。
私の魔力を定期的に流し込むのは、金属を“私に反応しやすくする”ためだという。
「こうしておけば、剣として顕現させるまでが早くなるはず。それに、防具として残る部分には膂力変換魔法が乗りやすくなるだわさ」
理屈は完全には理解できなかったが、感覚的にはわかる気がした。
鍛えられている金属が、少しずつ“私の一部”になっていくような感覚を感じる。
もちろん、前例のない試みだ。
思い通りにいく保証など、どこにもない。
それでも私は、ただ黙々と魔力を流し続けた。
私が工房に籠もっている間、レーナとランは外で世界情勢を調べてくれている。
ドルガンも合流し、三人はバイエルン帝国へ向かった。
皇帝に謁見し、各国の状況を確認するためだ。
本当は、私も同行したかった。
だが、三人から口を揃えて言われた。
「――今は、防具に集中して」
蒼龍はというと、工房の近くから離れようとしなかった。
新しく生まれつつある装備に、興味があるのだろう。自分の鱗が使われているのだから、無理もない。
それから二週間、ついに防具の骨格部分が完成した。
左手の指先から、手首、前腕、そして二の腕までを覆う装備。
ナックル部分は分厚く、拳を振るいやすい設計になっている。
全体は金属で覆われているが、驚くほど軽い。
動かしても、ガチャガチャとした音は一切しない。
「普段の生活にも問題ないように、軽さを優先して薄くしてあるだわさ」
ヒルダさんは胸を張る。
「だが、オリハルコンだ。普通の鋼よりは、よほど硬い」
そして彼女は、指や腕の隙間にヒヒイロカネをパズルのようにはめ込んでいった。
手の甲には、ひときわ目を引く赤い水晶が埋め込まれる。
赤龍イグレイズと蒼龍の鱗も、装飾として惜しみなく使われていた。
「この鱗には、炎と風の魔力が込められている」
ヒルダさんが説明する。
「左腕を軽く振るだけで、どちらの魔法も使える。
あんた自身の魔力じゃなく、鱗に宿った力だ」
私はそっと左腕を動かした。
「……確かに。炎の脈動を感じます」
「ヒヒイロカネは、オリハルコンと同じくらい軽くて硬い。それに、炎との相性が抜群だわさ」
ヒルダさんは、にっと笑った。
「きっと、あんたの力になる」
そして。
「よし。ヒヒイロカネを剣にしてみせておくれ」
「はい!」
私たちは工房の外へ出た。
私は右手を左腕に添え、深く息を吸う。
クラウ・ソラを顕現させた時と、同じ感覚。
剣。
炎。
風。
細く、しなやかで、日本の長刀ような姿。
持ち手には、炎と風の意匠を。
イメージを、はっきりと結ぶ。
――その瞬間。
左手甲の赤い水晶が、眩く輝き始めた。
まるで心臓の鼓動に呼応するように、光が脈打つ。
その瞬間――
蒼龍が大きく翼を広げ、天を震わせる咆哮を放った。
工房の外気が一変する。
風が渦を巻き、空気中に散っていた魔素が、まるで意思を持ったかのように私の左腕へと引き寄せられていく。
(――来る)
私は静かに呼吸を整え、日本の太刀を思い描いた。
細くしなやかで、斬るために研ぎ澄まされた形。
次の瞬間、
私の内側に眠っていた赤龍イグレイズの龍炎が反応した。
熱いけれど、制御できる。
その炎が左腕から剣の“核”へと流れ込んでいく。
同時に、聞こえた。
遠く、けれど私と確かに繋がっている、赤龍の咆哮。怒りでも威圧でもない、ただ「応えろ」と告げる声。
私は右手を前に差し出した。
左手甲の水晶が、限界まで輝いたその刹那――
顕現。
深い紅を帯びた太刀が、私の右手に現れた。
刀身は炎を思わせる紅。
刃文のように走る蒼の装飾は、風の魔力が形を成した証。
熱を帯びているはずなのに、手に伝わる感触は不思議なほど静かだった。
「……できた」
思わず、息が零れる。
私の魔力。
赤龍の龍炎。
蒼龍の風。
三つが共鳴し、私の周囲で渦を巻く。
左手甲の水晶は赤く輝き続け、街の空気さえ震わせていた。
遠くで、人々の気配を感じる。
誰もが、この光の方角を見ている――そんな確信があった。
私は、そっと刀を見下ろす。
クラウ・ソラとは、まるで違う。
あれはオリハルコンだけの勇者の剣だった。
だが、これは――
私が旅した、ここまでの全てが詰まっている。
選び、鍛え、繋がり、そして応えた結果だ。
これは――龍の剣。
この剣は私の意志に応えている。
私は理解した。
この剣は、私と共に成長する。
「さぁ、剣の名前をつけるだわさ!」
「はい!この剣はーーーーー!」
読者の皆様、いつもありがとうございます。
次話は12/20土曜日22時に公開予定です。
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