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その2 「世界の現状」

 蒼龍がゆっくりと巨体を地に伏せた瞬間、周囲の空気が震え、工房の前に積もった砂利が音を立てて跳ねた。


 私は、思わず息を吐いた。


 「……ふぅ。なんかかなり久しぶりな気がするな」


 私の目の前に立つのは、ドルガンと、その伯母にあたる鍛冶師ヒルダ。


 二人とも、蒼龍を見上げたまま固まっている。


 「……ま、まさかとは思ったが」


 最初に言葉を絞り出したのはドルガンだった。


 「本当に……お前たちだったのか」


 「久しぶり、ドルガン」


 私は軽く手を振った。

 ドルガンの頬が少し赤くなった。


 「ヒルダさんも。元気そうでなにより」


 ヒルダは一瞬、信じられないものを見るような目をしてから、次の瞬間、豪快に笑った。


 「生きて戻ってきただわさ!しかも今度は……蒼龍まで引き連れて!」


 「成り行きだよ」


 私は苦笑して肩をすくめる。


 「義国でいろいろあってね。簡単に話すと女神絡みのごたごたで、赤龍が力を使い果たしちゃったんだ」


 「……あの赤龍が?」


 ドルガンが目を丸くする。


 「うん。しばらく休養が必要でさ。代わりに蒼龍が、ここまで送ってくれたんだ」


 しばらく……そう彼にとっては少しの間だろう。


 蒼龍は翼をたたみ、巨大な身体を静かに横たえたまま、何も語らずこちらを見下ろしている。その青い鱗は、工房の炉の火を反射して淡く輝いていた。


 「……とんでもない話だわさ」


 ヒルダはそう呟いた直後、はっと我に返ったように私の背負袋へ視線を走らせた。


 「まさか……それが」


 「うん」


 私は袋を下ろし、そっと口を開く。


 中に収められていたのは――

 赤く鈍く輝く幻の金属、ヒヒイロカネ。


 ヒルダの瞳が、職人のそれに変わる。

 喉が鳴る音が聞こえた。


 「ヒヒイロカネだわさ……生きてるうちに拝めるとは思わなかったさね!」


 彼女は私の腕を掴むと、半ば引きずるように工房の中へ連れ込んだ。


 「さ、さ、入るだわさ!話は中でする!」


 炉の熱と金属の匂いが鼻を刺す。


 ヒルダは素材を、一つずつ作業台の上に並べた。


 ヒヒイロカネ。

 赤龍の鱗。

 蒼龍の鱗。

 そして――割れてなお異様な存在感を放つ、オリハルコンの小手。


 ヒルダは無言でそれらを見つめ、やがて深く息を吸った。


 「……ここまで揃えば」


 低く、確信に満ちた声。


 「最強の剣が打てるだわさ。ドワーフの誇りに懸けて断言する」


 「任せるよ」


 私は即答した。


 「私、鍛治な事はよくわからない。ヒルダさんよろしくお願いします」


 「……いいね。腕が鳴るだわさ」


 ヒルダは口元を歪め、職人らしい不敵な笑みを浮かべた。


 その足元で、黒い影がちょろりと動く。


 「……マル?」


 義国で仲間になった黒猫は、私のブーツのそばから一歩も離れようとしなかった。


 「どうしたの?」


 喉を鳴らすだけで、答えはない。


 「猫まで仲間にしただわ?」


 本当に、不思議な猫だ。あまり鳴かないし、私から離れようとしない。



* * * * *



 外では、ドルガンがレーナとランに事情を聞いていた。


 蒼龍は静かに翼を畳み、三人の会話に耳を傾けているようだった。


 その空気が、突如として張り詰める。


 金属音。足音。掛け声。


 工房の外が、ざわめきに包まれた。


 私が顔を上げた瞬間――


 ドワーフ王国の戦士団が、蒼龍を取り囲んでいた。


 前に立つのは、堂々たる体躯のドワーフ王。


 バラガン。


 王は拡声魔法を使い、ドルガンへと声を投げた。


 「ドルガン!そこから離れろ!」


 間髪入れず、レーナが同じ魔法で応じる。


 「王よ!案ずるな。この蒼龍殿は味方だ!」


 ドルガンは王へと歩み寄った。


 「王よ。蒼龍殿は、勇者エレナ一行をここまで送り届けてくださった御方です」


 「なに!真か!?」


 王バラガンは騎馬から降りて、慎重に距離を詰め、蒼龍の前で深く頭を下げた。


 「お初にお目にかかります、蒼龍殿。我はドワーフ王、バラガン」


 蒼龍の低く澄んだ声が、直接心に響く。


 『うむ。騒がせてすまない。我は、しばらくしたら東方へ戻るつもりだ』


 「は、はぁ?」


 蒼い瞳が、穏やかに細められる。


 『しばしの間の滞在を、許してほしい』


 蒼龍の言葉に、ドワーフ王バラガンは一拍置いてから、深く頷いた。


 「うむ。蒼龍殿、どうかごゆるりと羽をお休めください。ドワーフ王国は、客人を拒む国ではありませぬ」


 蒼龍から離れ、戦士団のところへ戻る王。


 「全員聞け!彼の方は客人だ!全員で民へ説明し、持ち場へ戻れ」


 王のその言葉に、周囲の戦士たちの緊張がわずかに解け、戦士団は解散した。


 そしてバラガンは、ふと視線を巡らせる。


 その先に立っていたのは、蒼天の魔法使いレーナと、獣神の娘ランだった。

 二人から唯ならぬ雰囲気を感じたようだ。


 「その方らは……勇者エレナの仲間だな?」


 「そうよ」


 レーナが胸を張って即答する。


 「して、勇者エレナはどこに?」


 その問いに答えたのは、ドルガンだった。


 「エレナは今、工房の中だ。伯母――ヒルダと新しい剣の制作に取りかかっている」


 「なにっ、もう始めておるのか」


 王の顔が一瞬、ぱっと明るくなる。


 「では、我も勇者に面会を――」


 「王よ、ダメだ」


 ドルガンが即座に遮った。


 「なぜだ!?早く勇者の話をーー」


 「集中し出した伯母に、昔どのような目に遭わされたか……覚えておられぬのか?」


 「……っ」


 バラガンの表情が強張る。


 「う、ぐぬ……」


 どうやら、思い当たる節が山ほどあるらしい。

 仕事の邪魔をすると剣で刺してくる、熱々の鉄をかけてくる。そんな感じの記憶だ。


 「だが……だがな……我は勇者と話がしたいのだ……」


 「それなら問題ない」


 ドルガンは、レーナとランを手で示した。


 「話をするなら、そこの二人で十分だろう」


 その言葉に、レーナが満足そうに何度も頷く。


 「そうそう。なに、王様?リーダーの私が、ちゃんとお話を聞いてあげるわよ?」


 「いつ、レーナさんがリーダーに決まったんですか?」


 すぐさまランが食い気味に反論する。


 「私は認めませんよ」


 「はぁ?どう考えても私でしょ?」


 二人の間に、ぴりっとした空気が走る。


 「お、おい、二人とも」


 ドルガンが慌てて割って入った。


 「今は喧嘩をしている場合じゃないだろう」


 ドワーフ王と伝説級の存在を前にしてなお、いつも通りのやり取りを続ける二人。


 その様子を見ながら、王バラガンは――

 なぜか、少しだけ肩の力を抜いていた。


 「……その話、俺らも混ぜてもらえないかい?」


 不意に割って入ったのは、灰色の毛並みをした獣人族の男だった。

 縛を解かれたばかりとは思えぬほど、堂々とした立ち振る舞い。


 「兄さん……!」


 ランが息を呑み、その名を呼ぶ。


 「久しぶりだな、妹よ」


 「なんだ? お主ら……兄妹か?」


 ドワーフ王バラガンが目を細める。


 「王よ、彼らは?」


 「門で騒ぎを起こした冒険者だ」


 王はちらりとドルガンを見る。


 「……それよりドルガン。門番の教育がなっておらんぞ。後で注意しておけ」


 「む……うぅ、承知しました」


 肩を落とすドルガンをよそに、ガルクはランへ向き直った。


 「それで、兄さん。どうしてドワーフ王国に?」


 「父上の許可を貰い、武者修行のつもりで冒険者になったんだ」


 ガルクは肩をすくめ、背後の二人を示す。


 「この魔法使いノノと、戦士ノームと旅をしてな。だが今回は――父上からの依頼だ」


 「父様が……?」


 「ああ。勇者エレナを探せ、とな」


 場の空気が一瞬、張り詰める。


 「なぜ父上が、エレナさんを?」


 「それについては……ドワーフ王から話してもらった方がいい」


 ガルクは王へ視線を向けた。


 「うむ。では、我から話そう」


 バラガンは重々しく口を開き、この世界の現状について、王は語った。


 新生魔王軍の出現。

 各国への先制布告。

 魔族との戦争が、再び動き出したという事実。


 レーナが腕を組み、静かに問う。


 「新生魔王軍が各国に宣戦布告して、魔族との戦争が再開されたってことね?」


 「ああ。今は死海の向こうを、エルフ族が見張っておる」


 今のところ動きはないが、それがいつまで続くかは分からない。


 「そして――新生魔王軍の頭目と目されている存在がいる」


 王は言葉を切り、低く告げた。


 「聖女リサだ」


 「……やっぱりね」


 レーナとランの声が、同時に重なった。


 「頭の痛い話だ」


 バラガンは深く息を吐く。


 「義国で会ったわ。リサに」


 レーナは、聖女リサとの出来事を簡潔に語った。

 魔法を封じる異様な力。

 そして、その異質さ。


 「魔法が使えなくなる魔法、か……」


 「正直、あれに対抗するには考えないとダメね」


 「レーナさんが悩むなんて、珍しいですね」


 「失礼ね」


 だが、表情は冗談ではなかった。


 「魔王軍との戦いで、それを使われたら……我らも魔法が使えなくなるのでは?」


 「その心配は少ないと思うわ」


 レーナは首を振る。


 「多分、そこまで広域には届かないはず」


 「そうか……だが、備えは必要だな」


 王は頷き、声を落とす。


 「問題は、それだけではない」


 「……?」


 「聖女リサが頭目であることが、なぜ厄介か」


 バラガンの目が鋭くなる。


 「こちらの情報が、ほぼ筒抜けなのだ」


 沈黙。


 「バイエルン帝国は言うまでもない。ドワーフ王国、エルフの国、イグニス王国……小国に至るまで、光の聖女リサの信者は多い」


 「……そんなに?」


 「新生魔王軍を名乗った今もなお、人族側に情報を流している者がいる。これは間違いない」


 重い言葉だった。


「実際、魔族に滅ぼされても構わないと考える人族もちらほら増え始めておる。それがこの世界の運命だと。もちろん、この国にも、な」


 誰も言葉を発せず、ただ空気だけが沈んでいく。


 「……対策の鍵は、エレナね」


 レーナが、工房の方を見やった。


 「エレナとリサには、何かしらの繋がりがある。私たちには分からないような……もっと昔、もっと深いところで」


 「人族の中には、勇者エレナもリサの仲間ではないか、という噂すらある」


 「それはないわ。断言できる」


 レーナは即座に否定した。


 「あの二人は……いいえ、リサはエレナを憎んでいる。仲間なんて生易しいものじゃない。あれは――激しい憎悪よ」


 「……なるほどのう」


 バラガンは顎髭に手を当て、低く唸った。


 工房の奥では、今も新しい勇者の剣が生まれようとしている。


 それが、この世界の行く末を左右することになるとは――まだ、誰も確信していなかった。

読者の皆様、いつもありがとうございます。

次話は12/18木曜日22時に公開予定です。

引き続き宜しくお願い申し上げます。

少しでも「面白い」と思って頂けましたら、ブックマークをよろしくお願いします。

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