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その1 「ドワーフ王国の喧騒」

 王城はいつ見ても異様な迫力を放っている。

 岩盤を削り、積み上げ、打ち鍛えた鉄と石の要塞。自然と人工の境目がわからなくなるほどに溶け合ったこの城こそが、我らドワーフ王国の象徴だ。


 外から見れば、いかにも武の民の国――そう思われがちだが、実際のところ、戦士は国民の一割ほどに過ぎない。

 ほとんどは鍛冶師、坑夫、石工、商人、職人。

 剣を振るうより、槌を振るう時間の方が長いのが、俺たちドワーフという種族だ。


 深い渓谷に守られているこの国は、魔族の侵攻を受けることも滅多にない。


 だからこそ、あの出来事は今でも脳裏に焼き付いている。


 王国南方――深海の谷。

 数年ぶりに姿を現した魔人どもが、谷を住処にしていた赤龍を襲おうとしていた、あの日だ。


 結果から言えば、赤龍が魔人どもを一網打尽にした。

 まるで焚き火の灰を払うように焼き尽くしたのだ。


 俺は、あの時ほど冷や汗をかいたことはない。


 その赤龍は、なぜかエレナと俺を気に入り、「世間話をする仲になりたい」などと言い出した。


 ……正直に言おう。


 「ありがたいが、恐ろしい」


 それが本音だ。


 伝説に好かれるというのは、名誉でもあり、同時に厄介事の始まりでもある。

 俺はただ、門番の監督として、部下を叱り、酒を飲み、時々鍛冶場を冷やかして生きていたいだけなのだ。


 今日は王に召され、城へと足を運んでいた。


 王とは幼馴染だ。

 幼い頃は同じ坑道を走り回り、同じ鍛冶場で火傷をし、同じ酒で初めて悪酔いした仲だ。


 だからこそ、王に呼ばれると言っても、堅苦しい話になることは少ない。

 大抵は酒を持ち込み、他愛もない話をして終わる。


 今日も、そうだと思っていた。

 王間の真ん中に片膝をつき、俺は王に問いかけた。


 「王よ、今日の酒はなんですかな?」


 軽口を叩いてみたが、返事がない。

 玉座に座る王は、顎に手を当てたまま、じっとこちらを睨んでいた。


 ……これは、嫌な沈黙だ。


 「……王よ?」


 「むっ……いかん。考え事をしておった」


 そう言いながらも、王の眉間の皺は消えない。


 「俺は何か、しでかしましたかな?」


 「いや、それはない。そうだな……ドルガン、お前を呼んだのは他でもない」


 来たな、と思った。

 酒の席ではない時の王の声だ。


 「勇者エレナ一行のことだが……」


 「彼女たちが?」


 思わず声が低くなる。


 「うむ。いつ頃、こちらへ戻るだろうか?」


 「分かりませぬが……エレナは剣を作るために海を渡りました。もう数ヶ月になります。そろそろ戻る頃ではないかと」


 俺の答えに、王は小さく頷いた。


 「うむ……そうか。そうだな」


 一瞬、何かを決意したような顔になり、王は言った。


 「彼女たちがドワーフ王国へ帰還したら、我にすぐ連絡をよこせ。いいな?」


 「……承知しました、王よ」


 「今日は下がって良いぞ」


 「!? ……は、はい」


 あまりにあっさりとした解散に、思わず間の抜けた声が出た。


 玉座の間を後にしながら、首をひねる。

 今日の王は、どうにも様子が違った。


 エレナ一行の力を借りねばならぬ事態が、近づいているのだろうか。


 「……はぁ」


 考えても仕方あるまい。

 こういう時は、鍛冶場の音を聞くに限る。


 たまには、伯母の鍛冶屋にでも顔を出すか。


 そう思い、俺は王城の通路を歩き出した。

 胸の奥に、説明のつかぬ小さな不安を抱えたまま。


 城を出ると、城下の街は今日も賑やかだった。

 石畳で作られた通りには、鍛冶の音、商人の呼び声、子供たちの笑い声が混じり合っている。


 「よぉ、ドルガン!今日は見回りか?」


 通りの向こうから声が飛んでくる。


 「ドルガンさん、これ食べていかないか?」


 屋台の女主人が焼きたての肉串を差し出してくる。


 「ドルガン、王様は元気か?」


 酒場の前では、顔見知りの坑夫が手を振っていた。


 「今日も平和だ……」


 俺は苦笑しながら、一つ一つに適当に返事を返す。

 門の監督役としてだけでなく、時折こうして街を見回っている。

 だが、ここまで皆が気軽に声をかけてくるようになったのには、ちゃんと理由がある。


 ――もっとも、今は語る必要もあるまい。


 しばらく歩き、見慣れた鍛冶場の前に立つ。

 分厚い石壁、年季の入った看板。

 ここが伯母の鍛冶屋だ。


 「よぉ、ドルガン!何しに来ただわさ?」


 炉の前で槌を振るっていた伯母が、顔だけこちらに向けて言った。


 「……散歩だ」


 「門監督役は暇でいいだわさ」


 「む、そんなことはないぞ。見回り中だ」


 「だったら最初からそう言うだわさ!」


 「……すまない」


 相変わらず歯に衣着せぬ物言いだ。

 俺はそれ以上何も言わず、鍛冶場の隅で伯母の仕事を眺める。


 赤く焼けた鉄。

 無駄のない動きで振り下ろされる槌。

 叩くたびに、刃の形が少しずつ整っていく。


 伯母の打つ刃や包丁は、王城にも卸されている。

 切れ味が鋭いらしく、兵からの評判も上々だ。


 俺は戦鎚を扱う身だから、刃物について詳しいわけではない。

 だが王は言っていた。


 ――彼女の剣は、むやみに国外へ出すな、と。


 それほどの腕前なのだ。


 「あの子たちは、まだ帰ってこないね」


 不意に、伯母がぽつりと呟いた。


 あの子たち。

 言うまでもなく、勇者エレナ一行のことだ。


 「あれから数ヶ月だ。そろそろ戻ってきてもいい頃合いだと、俺は思うがな」


 「そうだねぇ……ヒヒイロカネを扱ってみたいもんだわさ」


 「……あの勇者の剣を超える剣が打てるのか?」


 俺の問いに、伯母は一瞬だけ槌を止めた。


 「……それについては、いい考えがあるだわさ」


 だが、その表情は晴れない。


 「鍛冶師としては、情けない話なんだがね……」


 伯母は槌を置き、俺を真っ直ぐ見た。

 その目は、どこか強張っている。


 「アクセサリーのように、幻の金属を剣に作り替えるなんて芸当、本来ならできやしない」


 「……どういうことだ?」


 「そういうことさね。この世界の人族には、想像すらできない代物ってことさ」


 伯母は続ける。


 「魔法はイメージがすべてだろう?だが、その“イメージ”そのものが、この世界の常識に縛られていたら、できることにも限界がある」


 「……なるほどな」


 合点がいった。

 エレナという存在は、もしかすると――この世界の“外”を知っている者なのかもしれない。


 伯母も、同じことを感じているのだろう。


 その時だった。


 ――ゴゥ、と風が唸った。


 鍛冶場の扉が軋み、強い風が吹き込んでくる。


 「っ……!」


 伯母はすぐに炉の扉を閉め、俺と顔を見合わせた。


 「外だ」


 俺たちは急いで外へ出る。


 次の瞬間、俺は言葉を失った。


 頭上――渓谷の空に、蒼い影が悠然と浮かんでいる。


 「……まさか」


 鱗をきらめかせ、風を従えるその姿。


 「東方の守護者、“蒼龍”……!?」


 胸の奥が、嫌な予感でざわついた。


 空気が震えた。


 重く、圧倒的な存在感が渓谷を満たし、城下の喧騒が一瞬で凍りつく。


 「……来るぞ」


 俺と伯母――ヒルダは、反射的に身構えた。


 次の瞬間、蒼い巨影が空を裂き、渓谷の上空で大きく羽ばたく。

 岩壁すら震えるほどの風圧と共に、それはゆっくりと降下してきた。


 ――蒼龍。


 東方の守護者。

 これもまた、伝承でしか聞いたことのない存在が、今、目の前に降り立とうとしている。


 「……冗談だろ」


 喉が張り付いたように声が出ない。

 ヒルダも完全に固まり、槌を握ったまま動けずにいた。


 蒼龍は地に足をつけ、岩を砕くような重音を響かせる。

 その巨体だけで、こちらの命の軽さを突きつけてくる。


 だが――。


 「……ん?」


 蒼龍の胸元、いや、腹の下に吊るされた“それ”に、俺は気づいた。


 鉄製のカゴ。


 見覚えがある。

 あれは――。


 「あ、ドルガンじゃん?」


 場違いなくらい軽い声が、カゴの中から響いた。


 「…………は?」


 俺が呆然としている間に、カゴの中からひょいと顔を出した人物がいる。


 「ヒルダさんも久しぶり」


 間違いない。


 「……エレナ?」


 「ちょっと!エレナ!この猫が私に喧嘩売ってくるんだけど!」


 続いて聞こえたのは、聞き覚えのある騒がしい声。


 「その猫さんに完全に嫌われてますね」


 落ち着いたランの声もする。


 カゴの中には、

 勇者エレナ、レーナ、ラン――三人の姿があった。


 それに……丸々とした黒猫。


 「二人とも久しぶり!ドワーフ王国へ帰ってきたよ!」


 エレナは、あまりにもいつも通りの調子で笑っている。


 「……よく帰ってきただわさ!」


 最初に我に返ったのはヒルダだった。


 「目的のヒヒイロカネは、ちゃんと見つかったさね?」


 「もちろん。ついでに蒼龍の鱗も貰ったよ」


 「つ、ついでで済ます話かい!」


 俺が突っ込むより早く、蒼龍がぬっと顔を近づけてきた。


 赤龍と同じくらい……いや、それ以上に大きな顔が視界を覆う。


 『ドワーフの戦士と鍛治師か』


 「ひっ……!」


 ヒルダが思わず一歩下がる。


 『案ずるな。我は赤龍と違って食ったりしない』


 その声は低く、重いが、不思議と威圧だけではなかった。


 「……エレナ、赤龍はどうしたんだ?なぜ蒼龍と?」


 俺はようやく、それだけを絞り出した。


 「あぁ、それは後で詳しく話すよ。ちょっと長くなるからさ」


 ――何か嫌な予感しかしない。


 その頃。


 王城では、別の意味で“厄介な客”が到着していた。


 冒険者風の男女が、兵に拘束され、王の御前へと連行されていたのだ。


 ドワーフ王城――王の間。


 縄で捕縛された三人の男女が座らされていた。

 ヒューマン男女二人、そして灰色の毛並みを持つ獣人族の男一人。


 玉座に腰掛けるドワーフ王が、低く響く声で問いかける。


 「して――門で暴れようとしたのは貴様らか?」


 王の声が広間に反響する。


 「いえ、ドワーフ王よ。それは違います」


 最初に口を開いたのは、ヒューマンの男だった。


 「我らに先に手を出したのは門番たちです。何の説明もなく武器を向けられました」


 「こんな扱いは非道だ!早く解放しろ!」


 獣人族が声を出す。


 「あ、え、あ、あ、か、解放し……」


 三人目――小柄な魔法使いの女冒険者は、完全に怯え切って言葉になっていない。


 「……うむ。要領を得んな」


 王が顎に手を当て、視線を門番へ向ける。


 「貴様からも事情を述べよ」


 「はっ!」


 門番が一歩前に出る。


 「彼らは冒険者ギルド所属であることは確認しております。しかし王国内での“監視付き滞在”を拒否しました。我が国の規則を伝えたところ、そこの灰色毛並みの獣人族の男が激昂し、暴れ出しました」


 「そっちが先に武器を構えたからだろうが!」


 獣人族の男――冒険者ガルクが吠えるように叫ぶ。


 門番とガルクが睨み合い、一触即発の空気が走る。


 「ま、待たれよ、ガルク殿!」


 ヒューマンの男冒険者ノームが慌てて止めに入る。


 「舐められたら終わりだ!なぁ、ノノ!」


 「あ、あ、あ、け、喧嘩……よぐなぃ……」


 三人の冒険者と門番が口論を始め、王の間は一気に騒然とした。


 「――うるさい!」


 王の一喝が、石壁を震わせた。


 一瞬で静寂が戻る。


 「そこの門番。貴様、話し合いもせずに武器を構えたのか?」


 「はっ……獣人族の男が、今にも暴れそうでしたゆえ……」


 「……うむ」


 王はしばし考え込み、やがて頷いた。

 ドワーフ王国戦士団もレベルが落ちたなと感じた。


 「であれば、こちらにも非はあろう。門番は下がれ。そして三人の縄を解け」


 「はっ!失礼いたしました!」


 門番の男は王の間を出て行く。

 警備兵が近づき、冒険者たちの縄を解く。


 「三人の冒険者よ。門番の非礼は詫びよう。して、何をしに、このドワーフ王国へ来た?」


 「はい」


 ノームという冒険者が一歩前に出る。


 「我々は、ある人物を探して――」


 その言葉を遮るように、王の間の扉が勢いよく開かれた。


 「王よ!」


 街を巡回していた戦士が、息を切らして駆け込んでくる。


 「突然の無礼をお許しください!」


 「……今度は何だ」


 王は額を押さえた。


 「はっ!鍛冶屋ヒルダの工房上空に――蒼龍が出現しました!」


 「――蒼龍だと!?」


 王は即座に立ち上がる。


 「まことか?」


 「はっ!間違いありません!街は大騒ぎです」


 「……戦士団を全て集めよ。ヒルダの工房へ向かう」


 王は冒険者たちへ視線を向けた。


 「冒険者よ。貴様らも来てくれぬか」


 「お安い御用だ!」


 ガルクが獰猛な笑みを浮かべる。


 「ガルク殿……そんな勝手に……」


 「あ、え、あ、り、龍の相手なんて……」


 「いいじゃねえか。腕試しだ」


 こうして――

 ドワーフ王国へ飛来した蒼龍への対処に、王国戦士団の全軍と、成り行きで巻き込まれた三人の冒険者が動くこととなった。


 この“喧騒”が、さらなる波乱の始まりになるのか。

読者の皆様、いつもありがとうございます。

ERに運び込まれて数日、体調も回復してきましたため、お話を更新させて頂きました。

次話は12/16火曜日22時に公開予定です。

引き続き宜しくお願い申し上げます。

少しでも「面白い」と思って頂けましたら、ブックマークをよろしくお願いします。

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