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その30 「新たな王誕生と別れ」

 一ヶ月が過ぎた。


 天霧神社があった高台こそ、あの日のまま手つかずで残っているが、街はゆっくりと、しかし確実に息を吹き返しつつあった。


 赤龍イグレイズが蒼龍の攻撃を逸らしてくれたおかげで、街の大半は倒壊を免れた。

 だが、死者は出た。けれど、あの規模の災厄にしては奇跡とも言える人数だった。

 

 この国が滅びるのではないかと誰もが恐れた、あの激しい戦い。ムサシはそれを「神龍の争い」と民に説明していた。


 「この義国で暗躍していた隠密集団“黒”……そして多くの不正を働き民を虐げていた大名や豪商ども!神々は、義国という国そのものの価値を問われたのではないか!!」


 そう、ムサシは民衆に向けて演説していた。

 半分くらいは、正解なのではないかと私は思う。

 説明はしなかったがコウヨとサエの悪事もそこに含まれる。


 レーナは休む間もなく回復魔法を使い続けた。

 

 ランは毎日子供たちの遊び相手をしている。


 ムサシとカエデが中心となり、国は完全復興へと向けて動き出している。


 二人を慕って民が声をかける光景を見ていると、思わず微笑んでしまう。


 私はというと、ここ最近はムサシやカエデと行動を共にし、復興のための仕事をしていた。


 ある日、二人から相談をされた。


 ――ムサシとカエデの結婚。


 両家を一つにし、国を安定させる。

 それだけではなく、失意と不安を抱えた民に未来を示す意味もあるのだろう。


 そして、もう一つ相談されたことがあった。

 将軍と巫女という役職を亡くし、新しいものを作りたいという事だ。


 「エレナ殿、何か妙案はないだろうか?」


 そう相談され思い返せば、少し軽い気持ちで口にしたのだ。

 ある国で、英雄が新しい国を作ったときに名乗った肩書――【征夷大将軍】


 「神の代行者であり、民を守る者」というニュアンスで説明した。


 ムサシはそれを気に入り、翌日、婚姻の報告と同時に民の前で宣言した。


 「征夷大将軍天鶴あまつるムサシ、ここに就任する!」


 三鶴城の名も、天霧の名も無くした。

 古い象徴ではなく、新たに国を作るという決意の現れだった。


 この報は、義国各地に伝えら、民は盛大にお祝いをした。


 翌日、カエデと私は静かな墓地を訪れた。


 そこには二つの新しい墓が並んでいた。

 母コウヨと、姉同然だったサエのものだ。


 カエデは先祖代々の墓ではなく、一般墓地に葬った。死後も「民と同じ目線で自分達の悪事について反省してほしい」という願いを込めて。


 「私も……ここに眠るつもりです。二人の罪は、私にも同罪ですから」


 言葉は震えていたが、声は弱くなかった。

 彼女がどれほど悩んだかが胸に刺さる。


 本当は否定したかった。

 そんな必要はないと、言い返したかった。

 でも、それは私ではなく、ムサシが言うべき言葉だと思った。


 私はただ、隣に立って話を聞いていた。


 「エレナさん、いよいよ明日です。お願いします」


 「もちろん。レーナとランも蒼龍も一緒だし、なんとかなるよ」


 カエデは少し笑った。


* * * * *

 

 その日の夜。


 私、レーナ、ラン、カエデの四人は、天霧神社があった高台へと上がり、灯りが戻った街を見下ろしていた。

 体調が万全となった蒼龍も、私たちのすぐそばに静かに佇んでいる。


 「なんかさぁ、来た頃より明かりが増えてない?」


 街の光を眺めながらレーナがぽつりと呟く。


 「そうですね。みんなの笑顔が戻ってきましたね」


  ランも同じ方向を見つめながら、嬉しそうに頷いた。


 蒼龍が、夜風にかき消されないよう静かに言葉を発する。


 『――この国はもう、進み始めておる』


 さらりと風が吹き抜けた。

 冷たさはなく、心をほどくような優しい風だった。


 「進み始めておる、ってさ……そういう自分が女神アルカナに操られてこうなったんじゃない?」

 

 レーナが少し意地悪そうに眉を上げる。


 『ぅ……それについては、申し訳ない……』

 

 蒼龍は視線をそらし、どこか気まずそうだ。レーナには頭が上がらないらしい。


 後から聞いた話だが、レーナは赤龍イグレイズのときと同じように、蒼龍にも回復魔法を施していた。

 私を通して状況を知ったイグレイズは嬉しそうに笑っている。


 『――それで、明日の作戦はどうする?』


 蒼龍が姿勢を正すように問いかける。


 「あ、そうだね。肝心の話をしないと」


 そう、明日は――封印の洞窟へ向かう。

 大海獣の封印を解き、私たちの手で討伐する。


* * * * *


 翌朝ーー。


 私たちは封印の洞窟の前へと辿り着いた。海辺にぽつりと口を開けたような大穴で、内部から吹き出す冷気は海の潮とも違う、古びた魔力の気配を帯びている。


 メンバーは、私、レーナ、ラン、蒼龍、カエデ、ムサシ、そして直属の部下たち。

 皆が武器を構え、緊張が肌に触れるように空気が張り詰めていた。


 「……始めます」


 カエデが一歩進み出て、静かに目を閉じる。


 祈りの言葉が、洞窟に反響しながら重層的に染み込んでいく。

 カエデの声が響くたび、洞窟の奥から赤い紋が石壁に浮かび上がり、中央の巨大な石蓋が震えはじめた。


 バキッ――ッ!


 石蓋が裂け、亀裂からまばゆい赤い光が噴き出した。


 「ま、眩しいな……!」


 誰かの声が漏れる。私も目を細めるしかなかった。


 光はなお強まり、地面も空気も揺らし、次の瞬間、潮が逆流するように静寂が訪れた。


 赤い光は薄れ、やがて完全に消えた。


 私たちは武器を握りしめ、覚悟を決めて石室の中を見つめ――


 そこには、何もなかった。


 巨大な影も、海獣の咆哮も、息づく気配すらない。

 ただ暗く深い空洞がぽっかりと口を開けているだけだった。


 「……カ、カエデ。 その……」

 

 状況をどう表現すべきか分からず、思わず言葉が詰まる。


 「何も……ありませんね」


 カエデが呆然と呟く。


 レーナも前へ出て、中を覗き込む。


 「……空っぽ。封印の残滓も感じられないわ」


 全員が顔を見合わせた。

 困惑、緊張、謎、わけがわからないまま、そこは解散となった。

 中にいるはずだった大海獣は――いなかった。 

  

 封印の洞窟からの帰り道。

 沈黙のまま歩く私たちの前に、岩陰から何かがぬっと現れた。


 「……ネコ?」


 真っ黒な毛並みに、4本の足先と丸い尻尾だけが白く染まっている。顔がものすごく太々しい。

 そして、丸々太った、不思議な雰囲気の猫だった。


 「なんでこんな場所にネコが……?」


 思わず立ち止まって見つめる。


 「うわぁーー!なにこの子!かわいいっ!」


 レーナが勢いよく駆け寄る。


 「レーナさん、ネコちゃんがびっくりしますよ!」


 ランが慌てて制止するが、レーナは構わず猫に抱きつこうとする。


 だが、猫はふいっと身を翻してレーナを避け、そのまま迷いなく私の足元へ歩み寄ってきた。


 「ガ、ガーーーン! エレナの方が好きなの……」

 

 地面に崩れ落ちるレーナ。

 アホ毛も一緒に項垂れている。


 「動物に嫌われるのは珍しいですね」

 

 ランがぽつりと呟く。


 確かに、レーナは動物たちに異常なほど懐かれる“天性”がある。

 それなのに、この丸々とした猫――いや、ブサイク……いや、丸い猫は、私の足元から離れようともしない。


 気づけば、蒼龍でさえ黙ってその猫を凝視していた。


 ただの猫とは思えない何かが、ほんの少し、胸の奥をざわつかせたーーその時。


 『……エレナ、その猫は連れていけ』


 脳内に低い声が響く。赤龍イグレイズだ。


「えっ?なんで?」


『理由は……わからん。しかし、その猫が無視できん』


 イグレイズが “理由を言葉にできない” ほどの何か。

 それだけで、私は判断を下せた。


 「そ、そうか……わかったよ」


 私はそっと猫を抱き上げた。抵抗もせず、丸い体が腕の中でどっしりと落ち着く。


 「エレナさん……猫、好きだったんですね?」

 

 ランは不思議そうに首をかしげた。


 「なんで……なんでエレナに懐いて、私には……」

 

 レーナは肩を落とし、シクシク泣きながら歩く。


 蒼龍は猫を横目で見つつ、何かを測るように黙している。


 「な、何にしても……戦わなくてよかったなら、それに越したことはありません。皆さん、本当にお疲れ様でした」


 静かな空気を断ち切るように、カエデが全員を労った。


 「さぁ、街に帰りましょう」


 振り返った封印の洞窟は静かで、何の気配もない。

 拍子抜け、安堵、疑念、そして違和を抱えたまま、私たちは灯り街へと帰路についた。


* * * * *


 街へ戻った翌朝。

 私は、天霧神社に住む人たちの仮住まいとなった屋敷を訪れ、カエデに告げた。


 「……アルファスト大陸へ戻ろうと思う」


 言葉を聞いた瞬間、カエデは強く瞬きをした。

 止めようとも、引き止めようともせず――ただ笑おうとして、うまく笑えていなかった。


 「……そうですか。寂しくなりますね……でも……エレナさんには目的があるんですもんね」


 「まぁ、それもあるけど、ムサシとの新婚生活を邪魔したくないからね」


 冗談めかして言うと、カエデは堪えていた涙を零し、声もなく肩を震わせた。

 抱きしめると、彼女は子供のように泣いた。


 「……本当に、ありがとうございました。エレナさんがいてくれて……本当に……」


 カエデが落ち着いた頃、私は前から気になっていたことを切り出した。


 「200年前に海を渡って、私たちの大陸で勇者になった男がいたらしい。義国の出身で、漁師だったって。何か知らないか?」


 カエデは目を閉じ、記憶を辿るように考え込んだが ――すぐに首を振った。


 「……そんな方がいたなんて知りませんでした。記録にも聞いたことも……すみません」


 「いや、200年前だ。知らなくて当然だよ」


 勇者の足跡を辿る旅は、ここでは無理そうだな。

 だが、不思議と後悔はなかった。

 ヒヒイロカネを手に入れて、新しい剣が作れそうだからだろうか。


 その日のうちに、あちこちへ別れを告げた。

 準巫女たち。道場の師範と門弟。ムサシと部下。

 それぞれの言葉は優しさであふれていた。


 そして最後に私は一人、サエの墓に足を運んだ。


 「サエのバカ。幸せは……カエデと並んで歩くことだったのに」


 墓石の上を風が撫で、木々が静かに揺れた。

 短い時間だったが、一緒に汗を流した日々は確かにあった。

 その記憶を否定する気にはなれなかった。

 ただ、残念で――仕方なかった。


 翌日、乗り籠へ乗り込み、私、レーナ、ランと猫のマルは蒼龍に抱えられて空へ向かう準備を整えた。


 「三人とも感謝する。また必ず会おう!赤龍の事は任せてくれ」


 「……お三方の行く末が良い方向に向かう事を祈ります」


 ムサシとカエデが並んで手を振る姿は、もう“将軍と巫女”ではなく、ただ一組の夫婦だった。


 「また来ます!さようなら!」


 「また遊びに来てあげてもいいわよー」


 レーナが叫び、ランも涙をこらえて笑った。

 蒼龍がゆっくりと体を浮かせ、風が巻き上がる。


 見慣れた街並みが遠ざかる。

 神社跡の高台、修復中の家々、復興へ歩く人々、灯り――どれも、私の胸に深く刻まれた。


 「さよならじゃなくて、またな、だろ?」


 私はそう呟き、義国を見下ろす。

 蒼龍が翼を大きく広げ、進路をアルファスト大陸のドワーフ王国へ向けた。


 こうして、義国での旅は幕を閉じた。

 幻の金属ヒヒイロカネを求めた旅は、思っても見ない方向に進み、義国という国の新門出に立ち会うことになってしまった。


 だが、まだ戦いは続く。

 リサ、女神、魔族、アルファスト大陸に戻ると忙しくなるだろう。


 私の肩に乗った猫のマルが眠たそうに欠伸をしていた。

読者の皆様、いつもありがとうございます。

次話は12/11木曜日22時に公開予定です。

これで第6章は終わりとなります。

ここでちょうど100話となりました。

200話目指して頑張ります。

引き続き宜しくお願い申し上げます。

少しでも「面白い」と思って頂けましたら、ブックマークをよろしくお願いします。

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