その2 「異世界の少女」
気がつくと、そこは見知らぬ草原だった。
広がるのは、鮮やかな緑の草花と澄み切った蒼い空。だが、その空には記憶上あり得ない二つの太陽があった。不思議な光景に思考が追いつかない。
風が吹き抜け、草木が揺れる音と共に、遠くで鳥の鳴き声が聞こえた。
そして、視線を移すと少し離れた場所に人影があった。メイド服を着た女性だ。私の方をジッと見ているようだ。
だが、そんな光景を見ても、私の頭に浮かんだのは――妻と子供たちの笑顔だった。
私は、はっとした。
さっきまで確かに家を出て通勤途中だった。道端で幼い子供を見つけて……そう、助けた。助けたはず。
(じゃあ、私は……死……ここは…天…国……)
胸がざわつく。考えたくはないが、嫌な予感が全身を駆け巡る。ふと手元に視線を落とした瞬間、ぞわりと背筋が粟立った。
細くて短い指、華奢な腕。まるで人形のように滑らかな肌。恐る恐る頭に手をやると、さらさらとした柔らかい髪が指に触れる。
「金色の髪……?」
(待て待て待て……どういうことだ!?)
そして、最大の異変に気づいた。
そこにあるべきものがなかった。
冷たい汗が背中を流れ、心臓が跳ねる。
(……女の子になっている!?)
混乱と動揺が一気に押し寄せ、思わず草原にふらふらとへたり込んだ。サッーと血の気が引いたのがよくわかる。
「お嬢様、如何なさいましたか?」
メイドが心配そうにそっと私のそばに歩み寄ってきた。その動作は公の場での主従関係を守るようにきっちりとしているが、視線はどこか親しみを感じさせる。彼女は少しだけ声を潜めて続けた。
「何かお困りのことがあれば、私にお申し付けください」
その柔らかで優しい声に驚いてしまった。私は、一瞬言葉を失ったが、動揺を悟られてはならない。心の中で深呼吸をしながら、できる限り自然に振る舞って自分の置かれている状況を把握しようと考えた。
「な…なんでもない」
この声が、自分の口から発せられることにまだ慣れない違和感を覚えながらも、私はなんとか答えた。
メイドはほっとしたように微笑む。
「ちょっとぼんやりしてただけ、ちょっと頭が混乱していて」
メイドは驚いたように眉をひそめたが、すぐに心配そうに彼女を見つめた。
「大丈夫でございますか、エレナお嬢様?」
その言葉に私は内心で小さく安心した。
エレナ――これが、この身体の名前なのか。
私は、苦笑しながら、頭に手を当てる仕草をして見せた。そして、ふと視線をメイドに向ける。
「そういえば……急にこんなことを聞くのも変かもしれないけど、あなたの名前を一度聞かせてもらえないかな?」
少しだけ戸惑ったような笑みを浮かべて、私は付け加えた。
「混乱しているから…頭の中ごちゃごちゃになってしまって…」
(下手な言い訳すぎる…)
メイドはわずかに目を見開いたが、すぐに穏やかな表情を取り戻す。
「もちろんでございます、お嬢様。私の名前はリリサ。半年前からお嬢様のお側に仕えております」
リリサは私の側に座ったままではあるが、軽く会釈してくれた。
「リリサ……。そう、リリサよね」
その名前を口にしながら微かに微笑む。
「リリサ、ありがとう。あなたの名前を聞く事で落ち着いた気がする」
「お嬢様、本当に大丈夫ですか!?」
リリサの言葉を聞きながら私は思った。
「大丈夫、心配かけてごめんなさい」
「大丈夫ならよろしいのですが…」
「ほらほら、早く帰ろう!」
私は、状況の整理をしたいので自宅に帰るようにメイドに促してみた。
「では、お屋敷へ戻りましょうか」
「うん、帰ろう」
(え……屋敷?)
メイドは用意されていた小さな馬車へと私を誘う。 どうやら屋敷までは少し距離があるらしい。
(…馬車なんて初めて乗るな。自動車とか無いのだろうか)
馬車に乗ると、メイドは本当に大丈夫ですか?と何度も尋ねてくる。
「うん、大丈夫……」
そう答えながらも、頭の中は混乱していた。
恐らく顔に不安の色が出ているのだろう。
御者に屋敷に帰宅する事をリリサが伝えると馬車が動き出した。
(私は本当に転生したのか……? それとも、死にかけて夢を見ているのか……?)
外の景色を眺めると、見たことのない景色だ。
広がる草原に森と高い山が見え、そして2つの太陽。完全に異世界の風景だった。
私はリリサに見えないように頬を摘んでみた。
(痛い…どうやら、夢じゃない……)
私は、戸惑いながらもこれからどうするべきかを考え始める。
(まず、妻と子供達の安否を知りたい。だが、知る方法はあるのだろうか。ここは十中八九、異世界だ。私はこの世界の少女に転生している。そして、お付きのメイド。恐らくそこそこいい暮らしをしているのだろう。この子の魂?はどこにいったのだろうか。入れ替わったりしたのだろうか)
そんな事を考えているうちに、馬車が立派な門の前で止まる。石造りの豪華な屋敷が目の前に広がる。
メイド達が出迎えてくれて、門の扉を開けてくれた。
「エレナお嬢様お帰りなさいませ」
メイド達が私を出迎えてくれている。
そして、奥から執事も現れた。
「お嬢様お帰りなさいませ。散歩は楽しゅうございましたか?」
「…ぅん」
私の態度が気になったのか、執事が不思議そうにリリサの方を見る。
リリサは首を振って「気にしないで下さい」といった感じだ。
門を潜り、敷地の中へ入っていった。
(…ここが……私の家?)
メイドのリリサに手を引かれながら、屋敷の中へと足を踏み入れる。
家族の安否や今後の自分の身の振り方を考える間も無く…
お読み頂き、ありがとうございます。
過去編その2は如何だったでしょうか。
この過去編は、エレナが勇者として旅立つところまでとなります。少し長い章になりそうです。
お付き合い、よろしくお願い致します。
至らない点等あると思いますが、暖かく見守って頂けますと幸いです。
少しでも「面白い」「続きが気になる」と思われましたら下の☆☆☆☆☆を★★★★★にして頂けますと嬉しいです。
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