表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/134

その1 「全ての始まり」

 戦王歴1026年3月31日ーー。


 崩れ落ちたイグニス王国の城壁が、夜空に赤黒い火の粉を散らしていた。

 

 石が裂ける悲鳴ーー。

 燃える木材の破裂音ーー。

 瓦礫が砕ける轟音ーー。


 熱風は焼けた鉄と血の匂いを運び、舞い上がった灰が雪のように降る。


 焦土のただ中で、この世界……アルファストの女神アルカナに選ばれた"勇者エレナ"とーー"光の聖女リサ"が向かい合っていた。


 かつての魔王討伐の旅で、肩を並べて戦った仲間。

 

 今は、刃を交える敵。

 

 なぜそうなってしまったのかーー。


 「……リサ、もうやめろ。私達の勝手な都合にこの世界を巻き込むな」


 私の手には片刃の紅い剣が握られ、光の聖女リサの手にあるのは、光を吸い込むように黒く濁った漆黒の剣。


 お互い二十歩の距離で相対しているが、その距離は共に過ごした年月よりも遠く感じる。


 「…その顔……その声……その外見、本当に気持ちが悪い。貴方を地獄に落とすまで、私はやめたりしない」


 私を睨みつける瞳ーー。

 涙に濡れた頬ーー。

 瞳は祈りを捨て、怒りと憎悪だけを灯している。


 胸の奥がざわめく。


 「……私が憎くても、この世界を巻き込むなよ…」


 私は下を向き、涙が頬を伝うのを隠した。


 幼い頃の記憶より、もっともっと遠くに、別の光景が揺らめいている。


 灰色のビル群ーー。

 鉄の箱に揺られて通った日々ーー。

 取引先や書類に埋もれる日々ーー。

 笑い合う家族の声ーー。


 もう二度と戻れない“前の世界"の記憶。


 「……リサ、全て私が悪いと思っているよ」


 「……」


 でもーー。


 「……でも、私がこの世界で過ごし事実。家族、仲間、お世話になった人々、この世界を『よそ事』で終わらせることはできない。失った人も多いけれど…守りたいものがここにもある」


 黒煙と灰が風に払われ、視界が開く。


 私は剣を鞘に収める。

 同時に、リサが低く祈りを編む。


 「……いいわ、そんなにこの世界が大切なら、私がこの世界共々殺してあげるーーー女神アルカナよ。彼の者への裁きをここに。光、沈め『蝕光聖裁』」


 リサの頭上に光輪が咲く。

 見た事もない"神級の魔法"だ。


 「……私はどうなっても、この世界は壊させない」


 三、五、七――数を増しながら、黄金の光輪が咲く。


 「…死ねぇえええ!!」


 リサが私を指差した次の瞬間、世界そのものが断罪の矢を放ったかのように、幾重もの光線が一斉に奔る。

 空気が裂ける高い悲鳴が聞こえた。

 光線が掠めた石畳が、紙のように抉り取られて崩れ落ちる。熱風が背を叩き、皮膚を焦がす。


 私は左腰の鞘に左手を添え、半身に構えた。

 左足を半歩引き、重心を落とし半身のまま構える。


 「っ!」


 踵で瓦礫の縁を蹴り、光線と光線の隙間へ身を落とし込みリサに突進する。


 無数の光線が、空を裂いて降り注いだ。

 もはや避ける余地などない。

 左腕をかばう間もなく、肩口を掠めた光が肉を焼き、鈍い痛みが走る。


 「あはははっ」

 

 続けざまに脇腹を光弾が掠め、焦げた布と血の匂いが鼻を刺した。頬をかすめた熱が皮膚を刺し、髪が焼ける匂いがする。


 「ぐっ……!」


 膝が折れそうになる。


 だが止まれない。


 "あの日"から、私は何度も傷つき、それでも立ち続けてきた。

 

 痛みなど、もう恐くはない。

 

 親指で鯉口を切る。

 カチ、と乾いた音。


 光線を避け、間合いが二歩に縮んだ刹那、私は踏み込み、抜き打ちを放つ。


 「はぁぁぁ!!」


 鞘がわずかに押し出す力を受けて、刃は音もなく走った。


 だがーー。


 金属が悲鳴を上げだ。

 刃と刃が噛み合い、火花が爆ぜる。


 リサは漆黒の剣を逆さに構え、正面から受け止めた

 お互い衝撃で腕を痺れさせる。


 至近なのに、互いの瞳だけが遠かったーー。


 「その気持ちが悪い顔を、私に近づけるな!」


 「そんな事、知るかぁぁ!!」


 次の瞬間――剣に宿った魔力が暴発し、夜の闇を照らし、昼間のような青空が一瞬姿を見せた。


 勇者エレナと光の聖女リサ。

 

 灼ける空気の中、二人の心が魔力と同調し交わる。

 その先に待つのは、和解か、あるいは破滅か――。

 

 夜空に走った閃光が、世界を白く焼いた。


 「…リサ!私は………」


 勇者エレナと光の聖女リサの姿が見えなくなる。













 私の意識は、二年前の戦いへと遡っていった。


 ーー魔王を倒せば、すべてが終わると信じていた。

 

けれど、あの日こそが、すべての始まりだった。

 



* * * * *




 ちょうど二年前ーー。


 血と炎に呑まれた魔王城の最奥。

 私は勇者として剣を握り、魔王と最後の死闘を続けていた。


 魔王は六本の太い腕を持ち、漆黒の甲冑に包まれた巨体。立っているだけで空気が重くなる。剣が振り下ろされるたび床がひび割れ、石柱が粉々に砕け散った。


 私は身を捻って致命を避け、そのたび反撃を叩き込む。だが、急所は漆黒の甲冑に阻まれ、刃が鈍くはじかれるだけだ。


 「無駄だ、勇者。汝らの足掻きは、我が前では塵に等しい」


 低い声とともに、黒い魔力の奔流が放たれる。

 空気が裂け、床石を噛み砕きながら迫ってきた。

 私は愛剣を盾のように掲げ、魔力を注ぎ込んで受け止める。衝撃が骨に突き刺さり、視界が白く跳ねた。


 「……っぐ」


 私の限界が近い。

 視界の隅には、傷だらけの仲間たち。


 魔法使いレイン。

 戦士ノンナ。

 武道家ザイン。

 そして――光の聖女リサ。


 みんな、もう体力は底をついている。


 「それでも、私は――」


 私の独り言を断ち切るように、魔王が嗤う。


 「愚か者よ」


 漆黒の巨大な刃が、稲妻のような速さで頭上から落ちた。


 ガキィィィン!


 私は渾身で受け止め、膝が砕けそうになるのを歯を噛んで耐える。


 「くぅぅっ!」


  魔王の力は、本気で膂力変換魔法を使っている私以上だ。

 受け止めてもギリギリ耐えられるだけ――一瞬でも力を抜けば、やられる。


 金属が悲鳴を上げるような音を立て、剣と剣が噛み合う。

 

 魔王の黒剣から放たれる闇の瘴気が腕を這い上がり、皮膚を焼く。


 視界が揺らぐーー。

 鼻をつく血と鉄の匂いーー。


 それでも、私は剣を押し返す。


 「まだっ…まだだ!」


 魔王の瞳がわずかに細められた。


 地面が悲鳴を上げるように沈む。

 

 私は滑るように半歩引き、魔王の剣を弾き上げて体勢を崩す。息を吐く暇もなく、反撃のために踏み込む――が、魔王はすぐに体勢を戻す。


 吹き荒れる衝撃波が砂塵を巻き上げ、私の体を後方へ吹き飛ばす。


 「ぐっ……!」


 背中を石壁に叩きつけられ、肺の空気が抜けた。

 それでも私は剣を離さない。


 (……体力が限界だ…この一撃が、最後…)


 隙をつくために、倒れたフリをしていた二人が目を覚ます。


 「今よ!」


 「女神アルカナよ――我が願いは王の顕現。奴を焼き尽くす炎をここに……『豪炎王』召喚!」


 リサの祈りと共に、赤黒い魔力が魔王に向かう。


 次の瞬間、灼熱が爆ぜる。炎の奔流から姿を現したのは、鎧を纏った巨人――炎を王冠とした王の化身。その咆哮は、空気を焼き尽くすように戦場を揺るがした。


 同時に、鋭い詠唱の声がかぶさる。


 「――来たれ『暴風の王』!」


 レインが杖を突き出すと、大気が悲鳴を上げ、黒い竜巻が魔王を飲み込むように立ち昇った。


 渦は天と地を繋ぎ、石畳をえぐり、砕けた城壁を巻き上げる。


 そして――豪炎王がその暴風に取り憑いた。

 竜巻はたちまち炎を纏い、燃え盛る竜のごとき姿へと変貌する。


 二つの王級魔法、炎と風の力が融合し、凄絶な「炎の竜巻」となって魔王を包み込んだ。


 「おのれ…小癪な…ッ!」


 魔王の咆哮が渦の奥で木霊し、轟音と熱が城砦を揺さぶる。視界は紅蓮に閉ざされ、巨体の輪郭すら炎に呑み込まれていく。


 「エレナ!」


 渦の向こうからレインの声が響いた。

 その叫びが、背を押す。

 

 二人が作ってくれた、これが本当に、最後のチャンスだ。


 残った魔力のすべてを、クラウ・ソラに注ぎむ。

 刃が淡く鳴り、手の震えが収束していく。


 「この一撃に……すべてを賭ける!」


 考えるより先に、私は炎の竜巻へ踏み込んだ。


 「――ハァァァァァッ!」


 振り下ろした刃に、炎と風の力が絡み合い、火柱ごと漆黒の甲冑を割る。

 硬い感触の向こうで、肉が断たれる手応えがあった。


 「……ば、かな」


 赤黒い飛沫。


 魔王の断末魔が広間を満たし、巨体が膝をついて崩れ落ちる。握っていた大剣が滑り、鈍い音を立てて転がった。


 「……勝った」


 五百年以上に及ぶ闇の支配者を、ついに――。


 崩れた天井の隙間から光が差し、私の肩を温める。倒れていた仲間たちのほうから安堵の声が上がり、レインは杖を支えに立ち上がろうとして、そのまま膝をついた。


 「これで……やっと……平和に……」


 涙に震える声。私は目を閉じ、亡くした人々の顔を一人ずつ呼び戻す。


 「お父様、お母様、お兄様達、私は仇を討ちました……」


 ――その時だった。


 歓声に混じるはずのない、冷たいざわめきが皮膚の下を走る。


 終わっていない。

 どこかで誰かが、まだ何かを始めている。


 (……何?)


 私は刃を見た。

 魔王の血で濡れたはずのクラウ・ソラが、深紅ではなく、どこか不吉な闇色を帯びている。刃に映る自分の瞳は、底の見えない暗さを湛えていた。


 背筋を鋭い寒気が駆け抜ける。


 祈るはずの手が、剣を構えている。

 私が見たのは、祈りの杖ではなく漆黒の剣を持つ光の聖女――リサの横顔だった。


 (リサ……?)


 彼女の瞳から、祈りの色が消えている。


 私は、彼女の変わりように戦慄した――。

読者の皆様、初めまして。

作者のWAKUTAKUと申します。

序章は全3話構成となっております。

ここまでお読み頂き、ありがとうございます。

もし少しでも興味を持って頂けましたら、以降のお話もお付き合い頂けると嬉しいです。

引き続き、どうぞ宜しくお願い申し上げます。


 少しでも「面白い」「続きが気になる」と思われましたら下の☆☆☆☆☆を★★★★★にして頂けますと嬉しいです。

"感想"ブックマーク"お気に入り"もよろしくお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ