第二話 その依頼受けるぜ
市庁舎の一室で市長のデイヴィッド・カウパーが客人と話をしている
相手は上下白のスーツで固めたいかにも成金の男、彼の名はゴールドマン・ボール、戦争で生き残った“ならず者”達をまとめて町の用心棒のようなことをしていた、現代で言えばヤクザみたいなものだ
「ペニー一家?名前からすると女性ですな?」
「ええ、ペネロペ・ロペス、通称ペニー、スペイン系の女盗賊です。過去に2回この町を襲っています」
「アジトは?」
「解りません。日の沈むころ西の方角より、それ以上は……」
「んー……そうですか。解りましたいいでしょう!やはりこの仕事、是非このゴールドマン・ボールにお任せいただきたい」
市長は迷っていた、彼等のような者と一度でも関係を持てばその後どうなるか、とは言えペニー一家は阻止したい
「うーむ……、しかし条件が……」
「何を迷っておられる、あなたにはこの町を守る義務があるはずだ、それとも別の何者かが守ってくれると言うのですか?カウパー戦役の時のように」
市長もまたカウパー戦役の生き残りだった、あの悲惨な戦争の二の舞だけはごめんだ、そしてもう「伝説のガンマン」に頼ることはできない、しかしゴールドマンの提示した条件の内容が重すぎた。
悩んでいる市長の耳に銃声が聞こえてくる
パンパン!
「今のは?」
部屋のドアが開き、慌てた様子で秘書のベンジャミンが入ってくる
「市長、銃声が!」
「ああ」
「酒場の方ですね」
ゴールドマンは余裕の表情で背もたれに身体を預け足を大きく組んだ
「酒場?はてウチの若いのがさっそくやり合ったかな?まだ契約が済んでいないって言うのに、まったく」
「市長!民家の方からも銃声が聞こえます」
「もはや一刻の猶予もない、市民に犠牲者が出ているかもしれません、交渉成立ならば今すぐにでもペニーとか言う女ボスの死体をお持ちしましょう」
「いやしかしゴールドマン氏」
「ん?一網打尽となると少々高くつきますが」
「そうでは無く、……その、報酬の方が」
銃声がだんだん近づいてくる
パンパン!
「市長、こっちに来ます」
「クイッククリトス、噂くらいは聞いたことがあるでしょう。早撃ちの名手、うちのエースです。彼ならば何の問題もないでしょう?」
「他の……他の条件にはならんのですか?」
扉を開ける音がする、とうとう盗賊達は市庁舎に入ってきたようだ、壁越しに声が聞こえる
「すげー家だな」
「ああ、いかにも金がありそうだな」
足音が近づき、部屋のドアが勢いよく開く
「ペニー一家【だ】」
バン!
言い終わる前にゴールドマンが盗賊の胸を打ち抜いていた
「テメー、何しやが【る】」
バン!
躊躇無く容赦しない、ゴールドマンに取っては絶好のタイミングだった、市長の目の前で2人を立て続けに始末してみせたのだ、
市長は目の前の惨劇におののいた、ゴールドマンは顔色1つ変えていない、銃身の長い銃からはまだ煙が上っている、コルトのウォーカー、あんな長い銃をスーツの内側に仕込んでいたのか、グリップに白い象牙と金の刻印が入っていかにも高級品だ
ゴールドマンは丁寧に銃をしまうと市長の顔を真っ直ぐ見る
「よろしいですな、報酬はおたくの娘とウチのクリトスとの結婚と言うことで」
「……わかった」
町の外れに変わり者の学者が住んでいる
普段から白衣を纏っているその男はディック・ハード、カウパー戦役の頃この町にふらりと現れた変わり者だ、そもそも白衣自体が珍しく、はじめは不思議がっていた住人達だが、気さくな性格からだんだんと馴染んでいった、
見たことの無いものばかり作ってみせるディックを町のみんなは“博士”と呼んでいた
「博士ぇ―、博士ぇー!何やってんだよ早く地下室に逃げないと、ペニー一家がほら!」
「もう大丈夫だ、銃声も静かになった」
「いやいや、制圧されちゃったのかもしれないじゃん!」
「そうじゃない、馬が遠ざかる音が聞こえたろ?追い払ったんだ、きっと市長のやつが手を打ったんだろう」
「え?そうなの?でもだったら俺が外の様子見てくるからせめてそれまで地下に行っててよ、博士死んだら俺、嫌だよ」
博士は、戦争で両親を亡くしたチェリオと言う少年と暮らしていた、イタリア移民で肌の白い金髪の少年だ、博士の手伝いをしているせいか彼のツナギはいつもススで汚れていた
「泣かせること言うようになったなぁチェリオ」
「アンタがいなくなったら稼げなくなるって事だよ!」
「そりゃそーだ、まあまあ、でもあと少しで出来るから、もうちょっとだけ待っておくれ」
博士は黒板に書いた難しい数字や図形を見ては、大きな用紙に設計図のような物を細かく書いている。
「もー、さっきから何書いてるんだよ?」
「鳥の図面だ」
「鳥?」
「そう鳥だ」
「なんでまた鳥?」
「鳥を作るんだ。鉄でできた鳥だ」
「は?またおかしなこと始めたよ。そんな物作れるわけねーだろ」
博士はチェリオの否定的な態度が好きでは無かった、チェリオの両親はもういない、自分が親代わりなんだと言うきもちがあったのかもしれない
「だからお前はダメなんだ。作ろうと思えば作れるし、作れないと思ったら作れないんだ」
「説教なら後にしてよ、今はそんな場合じゃ」
「いいか、この小さな鉄の鳥が空を飛んだら、次はこのくらいの鉄の鳥を作る」
博士は両手を大きく広げおおおよそのサイズを示す
「それが飛んだら、さらに大きいのを作る、最後はどうなると思う」
「わかんねーよ」
「人が乗る」
博士がこの町に現れて不思議な物を作り始めたとき、彼は未来からきたのではと噂されることがあった、それくらい彼の発想は飛躍していたのだ、蒸気機関がようやく登場したこの頃に彼は内燃機、すなわちエンジンを作ろうとしていたのだ
「は、そんなの無理に決まってる」
「またそれを言う!いいか、なんだって作れるんだ、私がその気になればお前の考えを変えさせてポジティブにする薬だって作れるぞ」
「は、おもしれ―、そんな事できるわけないじゃん」
チェリオの懐疑的な態度とはうらはらに博士は自信たっぷりに笑う、そして口早に説明し出した
「はっはっはっはっ、いいか!トキソプラズマと言う寄生虫が脳内ドーパミンを制御して、信号の伝達を変えてしまうという事が解っている。いいか?これにより、ヒトの行動や人格にも変化が出るんだ。例えば男性はリスクを恐れなくなる。この現象を使って」
チェリオは焦った、博士の余計なスイッチを押してしまったからだ、すぐにでも地下室に隠れなければならない、そこで彼は博士の話を遮るように口を挟む
「俺はそんな薬よりも、この前の、いっぱい撃てて連射もできる銃の方がよっぽどこの街を守れるし、実用的だと思うぜ」
そのとき聞き慣れない女の声がした
「何が実用的だって?」
「え?」
慌てて身構えるチェリオと博士だったがもう遅かった、盗賊達が入ってきたのだ、それも親玉と思われる女ボス、ペニーママが直々に
無駄とわかっていても博士はチェリオを自分の後ろに下げる
「だから言ったんだよ博士」
「な、何だお前達は」
「“何だ”だって?アタシたちを知らないのか?なー、何なんだアタシたちは?」
盗賊達が笑いをかみしめる中、奥から赤髪の男が前に出る
「名前くらい知ってんだろ?ペニー一家さ、俺はペニー・ワン、縮めてペニワンだ覚えておきな」
「あ、ずるいぞ、俺はペニー・トゥー」
「俺はペニー・ス(リー)」
「もういい黙りな!」
盗賊の人数が多い、馬が遠ざかる音が聞こえたのに人数が多すぎる、町の襲撃は陽動で、はじめからこの実験室が狙いだったのかもしれない
「ここは危険な実験もするから立ち入り禁止なんだぞ!」
「チェリオ」
「博士に酷いことしたらただじゃおかないからな」
「チェリオ!」
「お前達なんか博士の作った……」
「チェリオ!」
「あのガキ黙らせな」
ペニーママが指示するとトゥーとスリーがチェリオをつかみ布で口をふさぐ、素早く博士から引き離して2人を身動きの取れない状態に
「止めろ、手荒なことは止めてくれ」
ペニーママは博士の言葉には返事をせず、部屋にある不思議な物や資料を1つ1つ手にとって眺めていく
「どっちが博士かなんて聞くまでも無かったね、ディック・ハードさん」
「くっ」
「で、そのいっぱい撃てて連射の出来る銃ってのはどこにあるんだい?」
「なんの事だか」
「おい!」
博士に顔を近づけ、にらみつける
「アタシたちは、割と、本気で、殺すよ」
黙っている博士を見てペニーワンがゆっくりと銃を出しチェリオのこめかみを狙う、
そしてこれまたゆっくり撃鉄を起こす
「わかった、頼む、そいつを放してくれ。銃は裏の倉庫だ。」
ペニーママはにっこりと笑って「放してしてやれ」と指示すると、2人の拘束は解かれたが、ペニー・ワンは銃口を向けたまま下ろさない
「案内しろ」
やがて盗賊達はいなくなり、町は静かになった……。
酒場のテーブル席で記者のトーマスとカメラマンのポールが取材をしていた、相手は娼婦のエレクトラ、ジルの長距離射撃を目の当たりにした1人だ、しかしエレクトラは着たばかりで一言も喋っていない、記者のトーマスが自己嫌悪に陥っていたからだ
「ああああああああくっそおおおおお、何やってんだ俺、バカバカバカバカ」
そんなトーマスを見てポールがなだめる様に言う
「大丈夫、写真は撮りました」
「そういう問題じゃねーよ、100メートル射撃、ああああ何やってんだ俺、バカバカバカバカ!100メートル射撃だよ!」
「写真、撮りましたから」
「まてまて、もしかしたら100メートルオーバーかもしれない!ああもう!」
「じゃあ、何やってたんですか」
「そんなの決まってるだろ、あの人がもしかしたら駅で待ってるかもしれないと思って、カウパー駅まで走ったさ、あの娘も待ってたし、って言うか怒ってたしもうプレッシャーだよね。でもそれで、その努力で噂の長距離精密射撃が見られるかと思ったら。って言うか見られなかった、あああああ!」
「でも、写真撮ってますから」
「そういう問題じゃねーんだよ。え?そうだ、ちなみにどの辺から撃ったのこの辺?」
「あ、こっちです」
席を立ちジルが撃った場所へ行こうとしたが、それを止めるようにエレクトラが口を開く
「あの……」
「ああそーだった、そーだった、取材だった!もう俺のバカ、ホントすみません、わざわざ時間作っていただいて」
「いえ」
トーマスは落ち着き払ってイスに座り直すと、名刺を差し出した
「記者をしておりますトーマス・オールディズと申します、こっちはカメラマンのポール・ブラック」
エレクトラは名詞というモノを初めて見た、名刺には新聞社の名前と住所が書いてあったが大して興味は沸かなかった、新聞なんか読まないし、その住所を見たところでそれがどこにあるのか見当もつかないのだから
「さてさて、それでその時の様子を詳しく聞きたいんですけど」
「ええ、ペニー一家が襲ってきたので、自分の部屋に逃げようと思って」
「自分の部屋?」
「ここのベッドルームじゃなくて生活してるの部屋っていうのかな、隣にあるんです。」
「ほうほう」
「屋根伝いなら行けるかもと思って逃げたんですけど、そしたらあの男がそこまで追いかけてきて、私を襲うんです」
「なるほど、それで?」
「それでいくら出すか?って聞いたら、あの男大して持ってなくて、それで追い返そうとしたら銃を押し付けて来て、あ、押しつけた銃って言うのはちゃんとした銃の方っていうか、あ、ちゃんとしたってのは状態の事じゃなくて、銃そのものが、あ、銃そのものって言ってもそう言う銃じゃなくて」
「ああ、大丈夫です、落ち着いて、それは解りました」
カメラマンのポールはエレクトラを一枚撮る
「聞きたいのはそんな事じゃないんです。その、ジルの撃った弾は男のどこを?」
「ここ」
エレクトラは額を指さすと、ポールが写真を撮る、そしてトーマスも同じように額を指さして確認する
「ここ?」
「ええ、ここしかないって場所を一発で」
トーマスはその瞬間を想像して息をのむ
「すげぇ……。100メートルを超える距離からの精密射撃。考えられない」
「100メートルより短いかもしれないです」
「じゃあ測ろう。距離測ろう。巻尺がいるな」
「ものさしならあるんですけどね」
「ものさしってお前、……まあ無いよりマシか」
2人が盛り上がり始めたのでエレクトラは慌てて声をかける
「あの、取材が終わったら」
「ああ、ありがとう、もう結構、邪魔して悪かったね。また尋ねるかもしれないけどその時はよろしく」
「いやこの後、私を」
「そうそう、記事には君の名前も載せておくから、楽しみにしてて」
「いや、そうじゃなくて」
「じゃあ、おい!ものさし出せ、行くぞ」
「ちょっと!見返りにちょっとくらい遊んでってくれてもいいんじゃないの?」
トーマスとポールが顔を見合わせる、こっちは仕事中だし、大体2人いる、経費で落ちるわけもないし、そもそもそんなつもりも無い、2人がまごまごしているとお店のスイングドアが開いて赤いシャツの男ジルと相棒の一平が入ってきた。
「あの娘なんて言ったっけ?」
「アナベラです。アナにベラでアナベラ」
「ああそうそう、あの娘は素質があるね、光るものを感じる」
「女王様の?」
「そう!」
トーマスは目を輝かせてジルに駆け寄った
「ジルさん!」
「ん?」
どうやらピンときていないようだが、トーマスはかまわず呼びかける
「ジルさんジルさん!」
「おお、新聞記者」
「探してたんですよ」
「おお?俺もお前の事探してたんだよ、たぶん」
一緒にいた一平がさらりと「探してなかったですよね」と突っ込む
「やーよかった。そうだ!会わせたい人がいるんですよ」
「その娘?」
トーマスのテーブルにいたエレクトラが「いらっしゃい」と手を振るがトーマスは間髪入れずに否定する
「いや、これは違います」
「これ?」
トーマスは色めき立った、ジルとアナベラを合わせるチャンスは今しか無い、この気を逃すわけには行かないと
「あー……どうしよう、あ、じゃあすぐ、すぐ呼んできますから。待っててください」
くるりとポールの方を向き険しい表情になる
「おい、どこにも行かせないで待たせとけ、わかったな」
そのまま返事も待たずにバタバタと出て行ってしまった、残されたメンツは困惑気味だったがエレクトラが口を開いた
「ねー、あなたたち暇なの?」
ジルと一平は不覚にもエレクトラと目が合ってしまい、一瞬の沈黙
何も言わずに2人はカウンターに腰かけた
「お前、ミルクでいいか」
「なんで酒飲まないんですか?」
「別に良いだろ」
「ちょちょちょちょちょっと、無視しないでお兄さん!」
再び目が合うエレクトラとジル
「お前の事呼んでるぞ」
「いやいや、アニキの方でしょ」
「俺、今カネねーし」
「俺だって」
2人はそーっとエレクトラの方を向くと、彼女は微動だにせずこちらに視線を向けている、目が合ったまま再び沈黙が流れる、やがてエレクトラは席を立つと床に膝をつき、せきを切ったよう喋り始めた
「ああ田舎で病気の母が待っているってのに借金を返し終わるまでは帰れない。ああ一日でも早く母さんに会いたい。一体どうすれば、今日もお客は来ない」
芝居がかった口調で、流れてもいない涙をぬぐう仕草をする、ジルはその様子から視線をそらし一平になんとかしろと促す。一平がめんどくさそうに立ち上がるとエレクトラは目をキラキラさせ一平を見つめた
「ええ?ああ……、あのね、君、えーっと」
一平は彼女の名前がわからない
「エレクトラです」
「ああ、エレクト……さん、元気そうな名前だね」
「安くしときますよ」
「ああ、そう?ああ、アニキどう?」
「俺に振るんじゃねーよ」
ジルはカウンターの方を向き、こっちを見向きもしない
「なんでさ、おとなしそうで可愛いいじゃん」
「おとなしい娘はダメなんだよ」
「何で」
「知るかよ、好みじゃねーんだよ」
「そこは、それこそ我慢でしょ」
「やだよ」
ジルはついに一度もこちらを見ることは無かった、一平は諦めた様子でエレクトラに話しかける
「ああ、今日はごめんね、持ち合わせがないから」
「あっそ」
エレクトラは急に態度を変え、スッと立ち上がりカウンターの方へ冷たい声で話しかける
「マスターどうしよう、私何がいけないの?顔?」
「いや、問題無い」
「もう、もしお客が来たら、たまには私に回して下さいよね」
「ああ」
そのままエレクトラは脱力したように2階へ上がっていく。静かになった店内でジル達はマスターの目の前に居るのが気まずくなりテーブルへ移動した
「マスター、ミルク、2つね」
「僕はいいです」
マスターは相変わらず表情を変えないままウェイトレスに「おい」と一言指示を出す。
ウェイトレスのシリルはマスターの娘だ、まだ13かそこらの歳のくせに態度の悪さは親譲りだ、まだ子供と言うこともあるがデニムのオーバーオールのせいで女らしさは皆無だった。シリルは「ふん」と漏らすとカウンターでミルクを準備する
「ところで、さっきの新聞記者さんの依頼ってなんなんですか?」
「いや、なんでもな「伝説の我慢」をどうたらこうたらって」
「伝説の我慢?“ガンマン”じゃなくて?」
「ええ!?そうなの?いや、たしか「我慢」って言ってたと思うんだけどな」
2人がバカみたいな会話をしていたそのとき、カンターでガラスが割れる音がする、
ガチャン!
シリルがミルクの準備中にグラスを割ってしまったのだ
マスターが近づいてきて無言でシリルの頬をひっぱたいた、店内にバチンと大きな音が響き渡る、あまりの強さに倒れるシリル、その拍子にもう一つのグラスも落として割ってしまう
「痛っ、何すんだよ!」
声を荒げてにらみつけるシリルだが、マスターは物言わずにらみ返してくる「バカヤロー」や「丁寧に扱え」などと罵声を飛ばすことは無い、ただその目でにらむだけ、シリルも黙ってにら見返すほか無い、口げんかならぬ目ゲンカだ、これでは客のほうが返って気をつかってしまう、困った一平がなだめる様に口を挟んだ
「ああ、あの、ゆっくりでいいからね」
ジルはその様子を見て見ぬ振りで会話を続ける
「でもさ依頼が「伝説のガンマン」だったとしてそれが何?それをどうするんだよ」
「いや、「伝説の我慢」の方が、よりどうするかわかんないからね、なんだよ「伝説の我慢」って」
そんな折、市長の秘書であるベンジャミンがお店に顔を出した
「マスター、マスターはいますか?」
スイングドアを開け中に入る、マスターの顔を見ると慌てた様子で話しだした
「ああマスター、良かった、すぐに来て下さい」
「どうした」
「カウパー市長があなたを至急お呼びするようにと、お願いします」
急ぎと言う言葉に嫌な予感がした
「詳しい話はあちらで、さ、急いで下さい」
ベンジャミンはとにかく焦っている様だった、ただ事では無い、マスターはうなずくとカウンターの奥から出て来てシリルに声をかける
「おい」
「あ?なんだよ、出かけるんだろ?、わかったよ」
マスターはテーブルに残ったグラスや出しっ放しの酒樽を指さして付け加える
「閉めとけ」
「はぁ?アタシ1人で?」
口ごたえしたシリルをまたもやにらみつけるマスター
「ん?」
「あ?」
「何だその目は!」
再びシリルの頬ひっぱたく、店内にさっきと同じ音が響く
バチン!
その場に倒れ頬を押さえるシリル、それをにらみ続けるマスター
「……った」
「終わらせとけ」
シリルの返事を待たずにマスターはベンジャミンを外へ促す
「さあ」
「え、あ、あの、よろしいのですか?」
「急ぎ、なんでしょう?」
「え、ええ」
そのまま2人は外へ出て行ってしまった、残されたシリルは頬を押さえたまま立ち上がるとジル達に声をかける
「悪いけど帰ってくんな、今日は終いだよ」
「終いったって、まだ昼じゃねーか」
「私のせいじゃないよ」
寂しそうな声でそう言うとカウンターに雑巾を取りに行く、顔をこっちに向けないところを見ると、もしかしたら泣いているのかもしれない、しかしその感情を決して声には出さなかった
困ったのはカメラマンのポールだ、この場で待たせろと言われているのに店が閉まってしまう、どうすればいいのかわからない、そんなポールの様子に一平が気づき、シリルに願い出る
「もちっとだけ居させてくれないかな、人と会わなきゃなんねーんだ」
割れたガラスを片付けていたシリルの手が止まる
「殺されても知らないよ」
一平はそれを肯定と取ったようで、小さく「ありがと」と返した
シリルは再び割れたガラスを集め出す、店内には片付けの音がけが鳴っていた
ややあって記者のトーマスがアナベラを連れて戻ってくる
「さあさあ、こちらです。ああジルさん!お待たせしました」
アナベラの顔を見てジルは思わず立ち上がる
「え?ああ!……素質ある子!」
名前が出ないようなので一平がフォローする
「アナベラです。アナにベラでアナベラ」
「ああ、穴にね」
「えーこちらジルさん、やっと会わせることができましたね」
状況を知らないトーマスが意気揚々とお互いの紹介を始めたのでカメラマンのポールが慌てて補足する
「いや会ってます」
アナベラもジルに気づいたようで、表情が一気に険悪になる、あのときの鳥肌モノの経験がよみがえってくる
「あ……、あの“変態ブタ野郎”」
「は?ちょっと何言ってんですか?」
「それも合ってます」
ポールの意外なフォローにトーマスが困惑する中、アナベラの悪態が続く
「じゃあ、この「気持ち悪いクズ」が用心棒なんですか?」
「え?気持ち悪いクズ?」
「合ってます。クズです」
ジルが気を悪くするのではと思ったトーマスだが彼はニコニコ顔でアナベラの言葉を聞いていた。
「うわ、思い出したら鳥肌が。あの、ほかの方じゃダメなんですか?この人、凄く気持ち悪くて」
「は?なに言ってんすか、この人以上の人はいません。遠く離れた盗賊に一発で当ててるんですよ」
「この人以下でも良いんですけど」
「ええ?なんで?どういうこと?」
「とにかくこの人とは一言も喋りたくありません」
トーマスは状況を飲み込めない、盗賊は襲撃してくるし、今から別の人間を呼んできていては到底間に合わない、どんな理由があろうとも彼に頼むしか無いのだ
「ああ、もうじゃあジルさんとは僕が喋りますから、通訳みたいにね、それでいいでしょ?」
「ええー……でも……」
トーマスはアナベラの了承を待たずに話を進める
「ゴホン、えー、ジルさん!彼女が依頼者のアナベラさんです」
ジルはハットを脱ぎ髪を手ぐしで軽く流してからその場にひざまずいた
「どうも、ジルです」
アナベラはこっちを見ることさえしない、
「え?この娘、喋んないけど?」
しびれを切らしたトーマスが「アナベラさん」と促すと、彼女はトーマスを手招きで呼び寄せる、なんだろう?と思い近づくとアナベラは耳打ちで何かを話しだした。やがてトーマスは頷き女性のような裏声で話し始めた
「私はアナベラ・カウパーです。この度は私の依頼を……」
「ちょちょちょちょ、え?なんで通訳みたいにしてんの?外国の人?話通じるでしょ?」
トーマスは普通の声に戻して話す
「通じます」
「え?、じゃあなんで?」
アナベラが再び手招きをしてトーマスに耳打ち、トーマスはうなずいて裏声でこう言った
「気持ち悪いからです」
「気持ち悪いってなんだよ、お前の口から聞きたくなかったわ。直接じゃないと薄まるだろ!」
アナベラが三度び手招き、耳打ち、そして裏声
「薄まる?」
「それは別にいいだろ!」
そこへ、しびれを切らした一平が割って入ってきた
「ああ、わかった、こうしよう、俺が聞けばいいんじゃない?」
確かにそれならば、とトーマスも同意する
「で、君はジルの兄貴に何をしてほしいんだい?」
「伝説のガンマンを守って欲しいんです」
“伝説のガンマン”その単語を聞いて、すかさずジルが声をあげる
「そう!ほら、ね、伝説の我慢をね、僕と一緒に我慢して?……あれ、ガンマン?」
「ほらぁ、ガンマンじゃん、何が伝説の我慢だよ、そんなもんないからね、いいから黙ってて、いちいち彼女が怖がるから。ごめんなさいね。怖かったよね、もう大丈夫だから」
一平になだめられアナベラが続ける
「ペニー一家は伝説のガンマンを狙っています、それを守ってほしい」
「で、その伝説のガンマンってのは誰なんだい?」
「ここのマスター、ベンソンさんです。前の戦争では英雄だったとか、私はまだ小さかったからよく知りませんけど」
さっきまでの展開の遅さが嘘のようだ、次々と判明する事実にトーマスがペンを走らせて叫ぶ
「スムーズ!」
「確かにスムーズ!だけどなんか嫌だ、俺に直接!依頼するのも踏んづけるのも俺に直接!」
意味のわからない理由で悔しがるジルを見てアナベラは後ずさりながら、心の声が口から出てしまった
「この人、気持ち悪い」
「気持ち悪い?やっぱ素質あんなぁ」
トーマスはメモを取りながらも理解が追いつかない「素質」とはどういうことだ?
ジルは男前の顔になり語り出す
「その依頼、受けるぜ。伝説のガンマンを守って見せるよ。今の「気持ち悪い」は前金代わりだね。しかと受け取ったよ」
トーマスはようやく理解した、みんなの言う気持ち悪いと言う意味を
「ああ、なんかみんなの言ってる意味が解ってきた。この人クズかもしれない」
トーマスの言葉を無視してジルは語り続ける
「君が俺を強くする」「君が俺を痛くする」これは同じ意味なんだ」
「いや、違うな」
思わず一平も突っ込むが、ジルはアナベラの顔を真っ直ぐ見て視線を外させない、アナベラが恐怖に震えているのがトーマスの目からもよくわかる
ジルはアナベラのまえにひざまずき頭をポンと触る。その瞬間、硬直して動けなくなるアナベラ、蛇ににらまれたカエルだ
「そんなに俺が怖いか?」
「ぎゃーー」
至近距離で喋るジルを浴びて、ついに悲鳴を上げるアナベラ、そのまま反射的にジルの顔を平手で叩く
パチン!
その平手はジルにモロにヒットするがジルの顔は全く動かずこっちを見つめている、怖すぎる、さらに頬に当たった手に自分の手を重ねていくジル
「君は臆病なリスだ、怖いから俺に噛みついてる。大丈夫怖くない、怖くない」
ストロボを焚くカメラマンポール
アナベラはありったけの力でジルの顔にある手を押し込んだ、そのまま床に倒れ込むジル、もはや平手と言うより押し倒しだ
「怖い!」
そのままアナベラは逃げるように店を出て行った
持ち運べるカメラは19世紀の後半に登場しますがとても大きく、撮影にガラスの板を使用するため取り回しが大変不便でした。フィルムの原型が発明されたのが1888年と言われておりますので西部開拓時代にカメラを持ち歩いて手軽に撮影することは不可能でが、まあSFだしいいかなぁって……。また作中でストロボと表現していますが厳密にはこの時代にストロボまだ存在せず、閃光機と呼ばれる発光装置を使っていた様です。まあ説明も長くなってしまうし、ストロボでいいかなぁって……。
今後もとんでもない技術いっぱい出てくると思います。