第一話 ジル登場
伝説の西部劇ガンマンジルの開幕です
最後までゆっくりとお楽しみ下さい
1800年代後半 西部開拓時代
夕方の酒場は賑わっていた、カウンターに3人、テーブルには3人組と2人組がそれぞれ楽しい時間を過ごしていた
この時代は酒場と言えば娼婦小屋とセットになっているのがお決まりで、ここももちろん例外では無い
エレクトラは不機嫌だった、2階から見下ろす彼等が楽しそうだったからだ
あいつらは酒を飲んで楽しく語らう金はあるのに、自分を買ってはくれない、その上同僚のマライヤは客を取って部屋に入ったばかり、つまり自分だけが暇なのだ、
「ねー、あんた達暇なの?」
「暇なのはお前さんの方だろう」
「ちげーねーや」
男達の笑い声が響きエレクトラはますます不機嫌になる
新聞記者のトーマスは内心焦っていた、カウンターテーブルの下で懐中時計を取り出し確認する
「いやーそろそろなんだけどなぁ」
同行カメラマンのポールに「なあ」と同意を促す、自分たちも困っているんだと大げさなアクションで被害者アピールをしてみせるかいも無く隣でアナベラがため息をつく、そのたびにトーマスは懐中時計に目をやる、このやりとりをかれこれ3何度は繰り返している、カウンター席のおかげでクライアントの顔を正面から見なくて良いのがせめてもの救いだ
アナベラはとうとう右肘をカウンターに立てほおづえをつく
「大丈夫ですって、いやなに、私もね、一度会っただけなんでそんなにアレなんですけど、もしかしたら待ち合わせとかにルーズなのかもしれませんね」
アナベラのため息に新聞記者トーマスは明るいトーンをさらに髙い音にして取り繕う
「いやでもね、でも腕は間違いないです、ホントに!私この目で見たんですから。100メートルは優にある距離から的にバキューン!それも3発連続で。彼なら間違いありませんって」
「それは何度も聞きました」
「……そうでしたね。しっかし良いんですか?市長の一人娘が一人でこんな事」
「市長とか、そう言うのは関係ありませんから」
「そーですね……」
とりつく島も無い、このままではせっかくの取材のチャンスがパーだ、なんとかしなくては
「いやーそれにしても遅いなぁ、そうだ、私ちょっと外、見てきますね。もしかしたらほら、ね、アレかもしれないじゃないですか」
同行カメラマンのポールにその場を任せトーマスは足早に店の外へ出ていった
ほどなくしてウェイトレスの女が酒を持って近づいてくる
「はい」
「え?頼んでないわよ」
「あの人」
「はい?」
ウェイトレスの女が指した席の男が手をあげ口笛を鳴らす
どうやらこれは一杯おごるよと言うやつだろう、平たく言えばナンパだ、新聞記者が店を出て行ったのを見てウェイトレスをけしかけてきたのだろう。これを受け取ったら諸々OKと言うことになってしまう
「いや、私は別に……」
「とりあえず受け取ってよ」
「困ります」
「アタシもうチップもらっちゃったし」
「でも……」
まごまごしているうちに口笛の男は立ち上がりこちらに近づいてくる
黒いシャツに黒いハット腰のホルスターにはリボルバーをぶら下げている、見慣れない顔、少なくとも農夫では無い事は明らかだ。
「受け取って下さい、僕からのほんの気持ちです」
慣れた様子でウェイトレスに「下がって良いよ」とうながす
断るなら早いほうが良い
「あの、困ります、私……」
「こんな綺麗な娘が居るとは思わなかった。案外いい仕事になりそうだ」
「なんなんですかあなた?」
「待ち人来ずって感じだね。お独り?ご結婚は?」
「これ、お返しします。」
「この町を守ってほしいとボスのところに依頼がありましてね。なんでも盗賊に度々襲撃されているとか?それで我々がやってきたんですけど、何しろ初めての町でしょ?右も左もわからず困っていたわけです。」
よく喋る男だ、見る限り困っている様子は無い、つまりは都合のいい嘘だろう、盗賊狙いの賞金稼ぎ?それとも全部嘘で適当に喋っているだけ?
「どこのどなたかは存じませんが……」
「私はクリトスです。クリストファー・クリトス名前を聞いたことぐらいあるでしょう?」
その名前には聞き覚えがある
「クリトス?って……あの早撃ちの?」
「光栄ですね。そう早撃ちの名手クイッククリトスとは私の事です、どうぞグラスを受け取ってください。悪いようにはいたしませんよ。」
「でも」
「ちなみにこのウィスキーはトリス」
「とりす?」
「クリトスのトリスを受け取ってください」
え?今のは何?セクハラのようでギリギリかわしている?これはもしかして馬鹿にされている?
「結構です」
「そう言わずに、飲んでよほらほら」
クリトスの顔にトリスをぶっかける
バシャ
「うわ!」
「いりません」
奥のテーブルから仲間達のばかばかしい笑い声と指笛が響く、
そして彼等はクリトスに向かって叫ぶ
「ダメじゃねーか下手くそ!」
「アタシの勝ちだ、10ドルよこしな」
クリトスはトリスをぬぐった手で彼等に指を指す
「まだだ!黙って見てろ!」
「キスまでだぞ、わかってんのか?」
返事の代わりに仲間達をにらみつける
やはり冷やかしだったんだ、しかもお金まで賭けて、
どうしよう、逃げなくては
「舐められたもんだぜ、おいテメェ、ぶっ殺されたくなかったら俺にキスしな」
アナベラはイスから立ち上がるとカメラマンのポールに助けを求める
「お願い」
「はい?」
ポールを盾にするがクリトスの表情は明らかに怒っている
「何だお前は?」
「僕は、別に」
「すっこんでろ」
ポールの胸ぐらを掴むと右の拳で殴り飛ばす。うめき声と共にポールは壁の方へ飛ばされるが、ポールはポールでカメラを全力でかばって倒れる
盾は無くなった、「さあ、さあ」と迫るクリトス、
酒盛りをしていた客たちは静まり返り、奥の仲間達の笑い声だけが聞こえてくる
酒場のマスターが誰にも見えないカウンターの下でショットガンに手をかける
マスターとアナベラは知り合いだった、他の客ならいざしれず、アナベラが困っている様子は見過ごせない、死人が出るのは避けたい所だが、これ以上は
そのとき、2階から娼婦のマライヤの怒号が響き渡る
「この変態野郎!」
扉が開き2階から男が転げ落ちてくる
「すいません、すいません!ちがう、違うんです!」
マライヤは階段をのしのしと降りてきて土下座する男の顔にけりを入れる
「マスター、もう二度とこいつ客に取らないで!」
「ん?」
「アレの最中に、殴ってくれとか、蹴ってくれとか、気持ち悪いったらないね、だれが好き好んであんたなんか蹴り飛ばすかっての!」
マライヤはもう一発男の顔を蹴る
誰かの「蹴った……」と言う言葉でマライヤは矛盾に気づき赤くなる
「ああああ!とにかくサイテーだよ!」
土下座男に中指を立て、のしのしと2階へ戻っていく
そして静寂の中、一同の視線は土下座男に集まる、男はやれやれと言った様子で立ち上がると気まずい雰囲気を察してか、こそこそと空いているカウンター席へ腰をおろす
「ごめんなさいね、失礼しますね。いやマスター聞いてよ、違うんだよ俺はただねちょと、ああ、ミルクちょうだい。あ、2つね、いや女って難しいよね、一度怒るともうこっちの話聞いてくれないもんね。」
マスターの方は顔色1つ変えずミルクを注いでいるが、一方アナベラはあまりの事に自分の窮地を忘れるほどだった、
彼は何者?見かけない赤いシャツとポンチョ、腰には銃も見える、銃が見える様に下げているのは腕に自信がある証拠、お父様が集めている盗賊退治に来た人だろうか?
そんなことを考えている場合ではない、今は彼が何者でもかまわない
アナベラはクリトスの手をふりほどくとその男に駆け寄る
「あの!」
助けを求めるよりも早くクリトスが叫ぶ
「何だテメェは!」
アナベラはクリトスを無視して声を上げる
「助けてくください、この人が!」
「え?なに?なになに?この人が?」
方や困り顔の女の子、方やにらみ付けてくる男、板挟みになり状況が飲み込めない
奥の席にいたクリトスの仲間達も立ち上がり男をにらんでいる、銃をにぎり見える位置に持っているのはいつでも撃てることを示していた
「無理無理無理無理」
「お願いします」
「でも、だって、3対1じゃん」
「そこをなんとか」
「無理無理」
「何もできないんですか?」
「何にもできないと思います」
「……もう最低」
アナベラは落胆と怒りが混ざった様にそう吐き捨てた
しかしその言葉は意外にもその男の心に響いた
「最低?」
「ええ、そうです、あなた最低です、もう最悪」
男は目をぐっと閉じ少しだけ上を向くと、聞こえるか聞こえないかと言う声で
「……キタ」
そして男はアナベラの目を真っ直ぐ見つめると
「はいキタ!やっつけます」
クリトスには聞き捨てならない台詞だった
「あ?なんだと貴様、俺は早撃ちの名手クイック……」
「バキューン」
クリトスの名乗りが言い終わらないうちに手元のミルクをクリトスにかける、
バシャ!
「うわあ!」
「早撃ち?俺の方が早いじゃねーか、しかもミルクで」
「貴様、どこのどいつだぁ!」
「俺はジル、ガンマンのジル、ミルクをかけさせたら最速の男……かもな」
2階で見ていた娼婦のマライヤが叫ぶ
「自慢してんじゃ無いよ!」
ミルクまみれの様子を見てアナベラもつぶやく
「白い……」
クリトスの怒りは限界に達し、ジルの胸ぐらを掴んでグーで殴る
「すいません!すいません!」
殴られたとたん手のひらを返したように謝るジル、しかしクリトスの怒りはおさまらない
「覚悟しろ」
銃を抜くクリトス、店内の客達が青ざめる、これはもはやケンカでは済まない、悲鳴を上げる者もいる、そんな中クリトスの仲間達も銃をジルに向けて近づいてくる
「ガンマンのジルだぁ?」
「女みてぇな名前しやがって」
3つの銃口に囲まれ絶体絶命のジルだが、店の外から彼を呼ぶ声が聞こえてきた
「ジルの兄貴!大変だ!」
店のスイングドアを開けて入ってくる細身の男、しかし様子がおかしい、両手を挙げ、その声は震えていた
「兄貴大変だ!」
「おお、一平どうした?」
「盗賊が、ペニー一家が」
「ペニー一家がどうした」
「俺のすぐ後ろに、銃を突きつけてる」
盗賊は一平と呼ばれた男を突き飛ばすと、さらにぞろぞろと4~5人が店内に入ってきた
「ペニー一家だぁ!カネを出せ!」
天井に向かって1発撃つ
バン!
蜘蛛の子を散らしたように一斉に逃げ出す酒場の客たち
娼婦達も部屋に入り扉にかんぬきをかける音がする
しかしクリトス達の様子は違った、それもそのはず、彼等は盗賊退治の為にこの町に来たのだ
「来やがったな、おい仕事だ!」
「案外早かったな」
「何人か外へ連れ出せるか?」
クリトスの仲間の1人マーカスが銃を天井に撃つ
「カネは俺が持ってるぞ!来やがれ盗賊ども!」
「待ちやがれ!」
そのまま店の外へ走り出す
もう1人の仲間ジニーも慌ててそれを追いかけるが去り際に一言
「おい、賭けはアタシの勝ちだからな!」
店内に残った盗賊は3人、めちゃくちゃに撃ってくる
カメラマンのポールは必死にストロボをたく
「カネあんだろ?カネが!俺をだませると思うなよ!」
みんな一様に遮蔽物に隠れている中、クリトスは何発か応戦しつつも落ち着いた様子で盗賊の撃つ弾の数を数えていた
「出てきやがれ手間かけさせんじゃねー!」
バン!
盗賊の撃った弾はジルの近くに着弾する
「ひぃ!もうダメだ死ぬんだ、終わりだぁ!」
銃声を数えていたクリトスがゆっくり立ち上がり盗賊達の前へ出る
「良い心がけじゃねーか」
盗賊はニヤニヤしながら引き金を引く、がしかし弾が出ない、弾切れだ
それを見たもう一人が慌ててクリトスを狙うがクリトスの早撃ちは伊達じゃない、1発で盗賊が構えた銃が空中に飛んだ、次の瞬間2発目が額を打ち抜いていた、さらに銃口を弾切れを起こした奴に向ける。クリトスの愛銃コルト・ドラグーンの銃口が鋭く光った
「次はお前だ」
「ま、待ってくれ」
一平は思った、なぜすぐ撃たない?そしてその理由に気づいた一平はうっかり叫んでしまう
「ジルの兄貴!マズいぞ、今の早撃ちであの人も弾切れだ、なんとかしないと!」
それを聞いて盗賊の口元がつり上がる
「弾切れだぁ?」
弾を込め直した銃でクリトスを狙う
バン!
慌てて隠れるクリトス
「おいミルク野郎!弾あるか?」
「ああああ怖いよう、もうダメだぁ」
「クソ!」
一平は隣に隠れているアナベラに話しかける
「頼みがある」
「なんです?」
「ジルの兄貴に向かって「この変態ブタ野郎」って言ってみてくれないか?」
「はい?」
「大事な事なんだ、早く!」
「いや、言ってる意味がちょっと」
「時間が無いんだ、さぁ!」
「……この、……変態ブタ野郎」
ジルの声が響く
「ハイ!」
一瞬だった、ジルが遮蔽物から飛び上がり、空中で横回転しながらホルスターから銃を抜き盗賊を撃つ、着地と同時に銃をクルクルと回しホルスターに納める
一連の動きの速さにクリトスの目が見開く
「……なんだと」
アナベラも何が起こったのか解らず口を開けている、一平は計算通りと言った様子でガッツポーズ
「よーし!あと一人」
「なんなんですか?今の」
「うーん、次はそうだな「気持ち悪いんだよこのクズが」でいってみようか」
「何の冗談ですか?」
「冗談でこんな事が頼めるか!兄貴は真剣だ!」
「はぁ?」
「さあ「気持ち悪いんだよこのクズが」リピートアフターミー」
「き……気持ち悪いんだよこのクズがぁっ!」
ジルが満面の笑みで叫ぶ
「ハイ!」
再び飛び上がると最後の一人めがけて銃を撃つ
バン!
着地と同時に銃を中指で器用に回し、ホルスターへ納める
盗賊は倒れ、店内に残った人々は安堵の表情を浮かべた、ただ一人クリトスを除いて
「……なんなんだ、……なんなんだコイツは」
つかの間、店の外から悲鳴が聞こえてくる、建物の外へ出ると隣の家の窓から娼婦のエレクトラが叫んでいた、そのこめかみには銃が突きつけられていた
「兄貴、隣の家だ、屋根を伝って逃げたんだ」
「おいおいおい」
「変なところに逃げ込みやがって、どうしよう兄貴」
この時代、リボルバー式の銃は命中精度がそこまで高く無い、20メートル先の的に当てるのも一苦労だ
さすがのクリトスもその距離の遠さに渋っていた
「遠いな、100メートルは優にある」
「ったく、しょうがねーなぁ」
「無茶だ撃ち間違えるぞ!この距離で当てるのは無理だ」
一平はアナベラの両肩に手を置き真剣な表情で言った
「いいかお嬢さん、次が最後だ」
「ええ、何を言えば良いの?」
「最後は「これが欲しいんだろう」って言いながら顔にビンタだ」
「ビンタ?」
「そうだビンタだ、平手打ちとも言う、打ったときの音が大事だ、加減すると音ですぐ解る」
「は、はい?」
「絶対に遠慮したり躊躇したりするな」
ジルはアナベラが打ちやすい様にひざまずく
「思いっきりきて」
「えー……」
ジルの様子にアナベラは辟易するがここはやるしか無い
「じゃあ、……行きます」
深く息を吸うアナベラ
「これが欲しいんだろ!」
乾いた空に平手打ちの音が響く、そして静寂
ジルは頬に手を当て動かない、しまったやり過ぎたのかもしれない
「キターーーーーーー!!!」
ホルスターから銃を抜き、照準を合わせる間も無く引き金を引く
「ハイ!」
バン!
弾丸は盗賊の額、ここしか無いと言うところにヒットし血しぶきが飛ぶ、エレクトラは悲鳴をあげその場に座り込むが、弱々しい声で「ありがとう」と御礼を言った
そこへクリトスの仲間マーカスとジニーが帰ってくる
「あらかた片付いたな」
「そっちはどうだ?」
クリトスは今起きた事が信じられなかった、100メートル超えの長距離射撃なんて聞いたことが無い、しかしこのジルという男は実際目の前でやってのけたのだ
「お前、いったい……」
さえぎる様にアナベラが言う
「気持ち悪い!助けて、この人なんか嫌」
そう言ってクリトスの後ろに隠れるアナベラだが、反してその言葉はジルを喜ばせる
「はい!」
「おー、解ってきたじゃない、良かったじゃん兄貴!」
「よし、ちょっと上の部屋に行こう」
「うわ、鳥肌が、近づかないで下さい!」
「あ、待って待って」
アナベラが逃げ、ジルがその後を追う、そして一緒に一平も立ち去ってしまった。
「なんだあいつら?」
「おい、クリトス?」
クリトスは肩をふるわせて叫んだ
「くそおおおお!!完全に負けた!何なんだあいつは、何なんだあいつはぁぁぁぁああ!」
読んでいただきましてありがとうございます。評価や感想などいただけると嬉しいです
さて、SAAの弾道飛距離ですが正確には解りませんが1000メートル前後。とは言えこれはあくまで飛距離の話で、当時の殺傷能力が期待できる有効射程距離は命中精度の問題もあり20〜30メートルが限界と聞いております。現代の拳銃でも有効射程距離は50メートル程度かと、もし詳しい方がいらっしゃったら教えて下さい。