第十一話 ガンマンジル
カウパータウンの酒場では市長、博士、マスターの年輩三人組が落ち込んでいた。とりわけ博士は、ペニー一家襲撃時の二の舞になってしまったことから、激しく反省していた。
「私はもう銃を作らない方がいいのかもしれないな」
落ち込む博士を慰めるように市長が話しかける
「いや、私の判断が間違っていたんだ、ゴールドマンを呼んだのは私だ、元はと言えばアレが」
そんな2人に酒場のマスターも声をかける
「2人のせいじゃない、俺がなんとかするべきだった、もっとうまく立ち回れただずだ」
そうして3人は、かれこれ3時間近く責任の取り合いをしてはやけ酒をしていた
「ああ、私の発明のせいで」
「いや、わたしがもっと早くに決断していれば」
「いいや、俺が」
店には他に客はいなかった。娼婦の2人を一平が連れて行ってしまった事もあり今はこの3人とマスターの娘シリルがいるだけだった。シリルは空いたグラスを下げつつも3人の様子に呆れていた。
「はぁ、いつまでやってんだか。」
そんな情けない営業をしていると、酒場のスイングドアが、きぃーと音を立てて開いた
キィー
入ってきたのはジルをはじめとするメンバー達だった。ジルは足を怪我しているようで、一平に肩を貸してもらって、ようやく動ける状態だった
「マスター、ちょっと多いんだけど入れるかい?」
スイングドアを空け、笑顔でそう話しかけるジルを見て、シリルが思わず叫ぶ
「ジル!」
ジルの肩を支える一平が自分の後ろを親指でゆびさし、ゲストを紹介する
「もちろん、アナベラも一緒だよ」
「王女様のご帰還だ」
ジルがそう付け加えると、他の面々も続々と店に入ってくる
市長はジルに駆け寄ると、彼の手を取り頭をちからいっぱい握ると頭を下げた
「ありがとう、本当にありがとう」
そのすぐ脇を通りながら娼婦の2人は2階の持ち場に戻る
「まっ、アタシの活躍のおかげなんだよね」
「私も頑張りましたけど!」
そんな2人に一平はねぎらいの言葉をかける
「うん、ある意味あってますね」
新聞記者とカメラマンもカウンターに腰かけ、今日ばかりはをウィスキーを注文する
途端にシリルは大忙しだった。父親の腕を引っ張りカウンターに連れ戻すとその場を任せ、自分は次々にグラスを運んでいく
わいわいとした明るい声で店は一気に華やいだ
責任を感じていた博士も涙ぐんで声を上げる
「みんな、よく帰って来てくれた」
そこへチェリオがやってきて、少し浮かない顔をしていた
「そうだ博士、アナベラがおかしいままなんだ、何とかならないかな?」
市長の隣立っているアナベラは「YES、YES」と繰り返すばかりで、目の焦点は合っておらず、異様な雰囲気だった
「伝説のガンマンを投与されたんだな」
「たぶん」
「大丈夫、血液が循環して、出る物が出たら元に戻る」
「おしっこって事?」
「まあそう言う事だ」
それを聞いて、最後に店に入ってきたクリトスが近づいてくる
「そうか、じゃあ元に戻るんだな?」
「ああ、大丈夫だ」
博士は優しい顔でクリトスに返事を返した。クリトスが心からの笑顔を見せたのはこの時が初めてだった
やがてシリルがトレイを叩いて注目を集める
「さあさあ、どうせたくさん飲むんだろ?クソ親父がタダでいいってさ!」
「おい」
店は歓声に包まれた、シリルがマスターに目配せするとマスターは少しだけ息を吐いて、それからグラスの用意を再開した
そんな中クリトスだけは静かに立っていた。周りの雰囲気とは明らかに違う。彼はゆっくりとジルに近づくと。突然大きな声を張り上げた
「ジル、俺はお前に決闘を申し込む」
決闘と聞いて新聞記者トーマスはカメラマンのポールへ視線を投げる
「決闘?」
「撮ります」
クリトスはジルに向かって話続ける
「今の俺なら、そしてアナベラのビンタがあれば、お前に勝てるはずだ!」
「俺だっていじめてくれなきゃお前に勝てる気がしねーよ」
「なら彼女に直接聞こうじゃないか」
「直接?」
「マスター」
クリトスはマスターへ声をかけると、ゆっくりとした足取りでカウンターへ近づく
「トリスを一杯いただきたい」
店内は水を打ったように静まり返り。みんなその様子を注視していた
マスターは強い視線でクリトスを見つめると、やがてグラスにウィスキーを注ぐ、静かな店内に瓶からグラスへ液体の移る音が小さく鳴る、マスターはそのグラスを静かにカウンターへ置いた。クリトスはそのグラスを手に取るとアナベラの前までやってきて床に膝をつく
「このウィスキーはトリス」
「トリス」
アナベラがクリトスの言葉を復唱した。しかしこれは反射によるもので意識が戻ったわけでは無かった。それでもクリトスは続ける
「クリトスのトリスを受け取ってください」
そう言ってグラスをアナベラの顔の前に差し出した。その様子を全員が見守る
「YES」
アナベラはそう言うと、グラスを受け取った
この解答は伝説のガンマン特有の症状だった、それでもクリトスは続ける
「俺に力を貸してくれ、って言うかいじめてくれ」
「YES」
もちろんアナベラの意思による解答ではない、しかしクリトスはそれも計算に入れていたのかもしれない。とにかくジルと決闘をする、これはそのための布石。あるいはクリトスの本心から出た言葉か、それは誰にも解らなかった、当の本人でさえ。
「これで決まりだ」
クリトスの言葉にすかさずジルが立ち上がる
「おい、まて、アナベラ俺のミルクを」
「気安く呼ぶんじゃねー、彼女はもう俺の女王様だ。」
ジルの言葉をクリトスがさえぎると。とアナベラが再びか細い声を出す
「YES」
ジルは焦点の合わないアナベラの横顔をじっと見つめながら静かに話し始めた
「……そうか、……なら、それでいい、そのまま聞いてくれ。俺は万が一この決闘に負けたら、お前の前から消える。」
決闘に負ければジルは死ぬ、そこにいる誰しもの頭にそんな予感がよぎり、驚きと寂しさの同居したような顔をしていた
「いいな、返事は!」
「……YES」
「けっ、YESYESいいやがって、Mっ気のあるお前さんなんかなんの魅力もねー、俺の事はきれいさっぱり忘れてくんな」
新聞記者のトーマスが仕事も忘れて感情的になる
「ちょっと、ジルさん本気ですか!?」
ジルはアナベラの横顔を見つめたままだ
「返事はどうした?」
「…………YES」
「よし、いい子だ」
トーマスがジルに詰め寄る
「ジルさん」
「勝負は店の外だ、ここじゃシリルに迷惑がかかる。」
「その足で決闘なんて無茶だ」
「まあ、我慢するさ」
そう言うとジルは足を引きずって酒場の外へ出て行った
夕日が地平線と接触して濃いオレンジ色になってゆく。
ジルとクリトスは距離を取り、向かい合わせに立っていた。2人の間を風に吹かれてダンブルウィードが転がってゆく、皆固唾をのんで見守っているが、そこに見物客や野次馬といった雰囲気は一切無かった
距離を取ったジルに届くようクリトスが声を張り上げる
「アナベラが俺を痛くする。アナベラが俺を強くする、今なら解る、この言葉の本当の意味が、ジルお前は俺には勝てない」
ジルは何も言い返さなかった
娼婦のマライヤは心配がピークに達していた
「まずいよ、このままじゃ、アタシが行ってしばいてこようか?」
しかしそれを一平が制した。
黙っているジルにクリトスは再び声を張り上げる
「お前が悪いんだ、ジル、お前が俺のマゾヒズムに火をつけた。アナベラの平手がある限り、俺のMパワーの方が上だ」
黙ったままのジル
「おい!聞いてるのか!なんとか言ったらどうだ!真のMはこの俺だ!」
ジルが静かに口を開く
「お前は全然Mなんかじゃない。」
「なに?」
「ひっぱたかれて強くなる?そんなこと言ってる内はMなんかじゃない」
トーマスは2人の会話を必死に書き留めてゆく。
ジルは話続ける
「クリトス、お前は叩いてもらえるんだ。アナベラに叩いてもらえるんだ、望んだご褒美がもらえる、そこになんの我慢が有るって言うんだ」
「肉体の痛みこそ本当のMだ、それを証明してやる。」
そこで博士がアナベラを連れてゆっくりと2人の間に入ってゆく
「アナベラのビンタが合図、いいな」
博士はそう言うと、アナベラをクリトスの元へ連れて行く
それを見て一平が叫ぶ
「そんな、それじゃあ、クリトスの方が有利じゃねーか」
一平のヤジをジルが一喝した
「一平!それはちがう……俺も有利だ」
「は?」
「お前も、いずれ解る。」
「わかんねぇよ兄貴……」
アナベラの準備が完了し、博士あ最終確認をする
「よしアナベラ、私が合図したら【変態ブタ野郎】と言いながらクリトスにビンタだ。できるね」
「YES」
博士がアナベラを残しその場を離れる。
クリトスはタイミングを計っているのかホルスターの上で指を握っては伸ばしを繰り返している
ジルは両手をだらりと下げ、身体から少しだけ離した状態で合図を待っている
ひときわ強く風が吹くと、土埃が舞った
博士が合図を出す
「やれ、アナベラ!」
アナベラは右手を振り上げ。弱々しい声で言った
「変態ブタ野郎」
アナベラの平手はクリトスの左頬に直撃。平手特有の音が鳴る
その瞬間クリトスは最高にイイ顔をして銃を撃った
バン!
クリトスはジルが構えたリボルバー【ピースメーカー】を狙ったはずだった。しかしジルは一切動かずクリトスの撃った弾丸はジルの右肩に当たり、鈍い声を上げた
「うっ!」
その場に倒れるジルを見て一平が飛び出し抱きしめる
「兄貴!」
そこで博士が決闘の終了を告げる
「そこまで!クリトス君の勝ちだ」
その時だった、クリトスを叩いたアナベラの表情がこわばり、大きな声で叫びだした
「は!……あああああああああああ!」
アナベラは立っていられずその場にへたり込むと、倒れたジルに向かって声を上げる
「ジルさん!ジルさーん!あああああ」
その場に崩れるアナベラのもとへ父親である市長が駆け寄る
「アナベラ!」
「意識が戻ったのか?信じられん」
その様子を見て博士も驚いていた
一平はジルの出血を止めるために白い包帯で縛ったが、すぐに赤いシミが広がってくる
「大丈夫か兄貴!」
「あー……エクスタシー、これ来るわ」
「しっかりして、今手当を」
「やめろ、……今、……今なんだよ」
「は?なにが?」
トーマスはメモを取る手が震えていた
「ジルさんが負けた……。」
倒れたジルに、クリトスがゆっくりと歩いて近づいてくる
「大したことねーな、お前のMは」
そこでなんとジルが立ち上がったのだ、怪我している右半身は一平が支える様にしてフォローする。ジルはクリトスの目を見てハッキリとした口調で話し出す
「我慢について教えてやる!撃った方と、撃たれた方、どっちがMだと思う」
「な、何を言う、勝負は俺の勝ち……は!ま、まさか!」
膝のチカラが抜け、1歩2歩と後ずさりで下がるクリトスにジルは続ける
「Mとして成長したのはお前ばっかりじゃねー、俺はもう一つ上の領域を開けた」
「ま、まさかお前は撃ち合いではなく、一人でMの勝負をしていたというのか?」
ジルの視線はおびえるクリトスの目を放さなかった
「俺はアナベラに叩いてはもらえない、いや、相手にさえされない。あの最高のビンタを味わう事が、できないんだ」
「だから味わいたいんだろう!俺は欲しいビンタは必ず手に入れる」
「その程度でお前は真のMだと言うのか」
「俺は我慢してあのビンタを手に入れたんだ」
「いいかクリトス、我慢こそが最高の報酬だ」
「な?」
クリトスは自分に言い聞かす。俺は勝ったはずだ、勝ったのは俺だ。それなのに目の前の男の風格は敗者のそれではない。訳もわからず悔しささえこみ上げてくる。それでもジルの言葉は続いた
「お前はアナベラのビンタをもらわないという我慢を味わえていない、お前はビンタが欲しいだけの普通の男だ!俺の足元にも及ばない」
「じゃあ、俺は、Mじゃないのか?。」
「肉体の痛みこそ本当のMだと言っていたな、今痛いのはどっちだ!今アナベラにあきれられているのはどっちだ、欲しいものが手に入らないのはどっちだ、あと一歩で手に入らないことこそ!そのすべてが俺にとってはご褒美だ」
クリトスは目に見えない何かを浴びて、ついに膝をつく
「こ、こいつには勝てない」
その様子を見ていた博士が再び大きな声で宣言する
「うん勝負あり!ジル君の勝ちだ!」
トーマスは書き留めながらも状況に思考が追いつかなかった。これは?なんだ?これで勝った事になるのか?もはやどうやって記事にすれば良いか全く解らない、そんな気持ちで頭は一杯なのに、よくわからない感情で胸が一杯になる
シリルもジルの姿をみて涙ぐんでいた
「アタシは信じてたよ」
勝負の本質を理解したクリトスはがっくりと肩を落とす
「俺の負けだ。俺は……Mでは、勝てない」
「心配するな、お前はもう入口に立ってる。いつかは俺のようにさげすんでいただける日がくる、だから我慢しな」
クリトスはジルの顔を見上げた
「我慢……ジル……」
ジルは怪我した身体で、アナベラの方へ身体を向ける
「王女様、俺の仕事はアンタを守る事だったが、ドMのコイツがいれば後は大丈夫だろう、俺のMにくるいはねぇ」
慌てて一平が補足を入れる
「ああ、2コ目のMは目の事です」
ジルの言葉を聞いてアナベラはさみしそうにうなずいた。
ジルはアナベラの顔を見て安心したのか、そこで力が抜け、気を失った……
数日後
カウパータウンにあるカウパー駅に住人達が集まっていた。今日ジルと一平が旅立つのだ
「それじゃあ俺たちは行くぜ、あばよ」
見送りに来ていた博士がジル達にたずねる
「本当に徒歩で行くのか?機関車には乗らんのか?」
「ああ、我慢するよ」
ジルが出発しようとすると、見送りに来ていた人々が別れの声をかけてゆく
チェリオ
「アンタが鳥だったら、きっとすごく高く飛べるな」
エレクトラ
「また襲われたら、助けに来てくれます?」
マライヤ
「今度来たら、客に取ってやってもいいぞ」
シリル
「酒代は次の時まで付けとくぞ」
マスター
「……元気でな」
市長
「ありがとう。寂しくなるな」
アナベラ
「ガンマンジル。また会えるかしら?」
アナベラの言葉にジルは振り返る
「ガンマンジルかぁ、初めて呼ばれたなぁ、悪くないねガンマンジル!」
それを聞いて一平も笑う
「糸引きそうですね」
ジルは再び地平線に顔を向けると、高らかと叫んだ
「これで我慢が終わったわけじゃない。人生を突き進んでゆく限り、我慢は常に俺たちの前に立ちはだかっているのだから」
「お、珍しくまともなこと言った」
「ああ、Mとは常に開拓者、今再びのフロンティアへ」
「それって、次の町の売春宿の事?」
「かもな!じゃあ行くぞ!アディオス、カウパータウン」
離れてゆくジルの名前をカメラマンポールが叫んだ
「ジルさん!」
少しだけ振り向いたジルに、シャッターを切る
カシャ!
後日、新聞には記者トーマス・オールディズの記事と共にその写真が載る事になる。そして、その記事の最後の一文はこう閉められていた
……こうして我慢のジルことジル・リキッドはカウパー駅から飛び出した。我慢ひとつでこの町を救った彼は、後に伝説の我慢と呼ばれることとなる。
ガンマンジル 完
最後まで呼んで下さってありがとうございます。
トリスウィスキーは私が調べたところ1919年が初登場らしいので西部開拓時代には絶対存在しません。でも名前が好きなので出しました。
最後に各キャラクターのネーミング由来を説明したいと思います
ジル・リキッド 汁、液体から
御成一平 いっぱいの自慰行為の意
ゴールドマン・ボール 金のボールです
クリストファー・クリトス 説明不要かと存じます
マーカス 男性の大事な部分の粕です
ジニー 自慰2
マスター・ベンソン 自慰行為の英訳からもじりました
シリル お尻とその英訳をドッキング
マライヤ 男性の大事な部分が嫌、略して
エレクトラ 元気な状態に複数形の「ら」
市長 デイビッド・カウパー 発射時の擬音語みたいな響きがしたので
アナベラ 穴と舌からイメージ
ベンジャミン 大きい方の便と着水の擬音語みたいな
博士 ディック・ハード 大事なアレが固い
チェリオ さくらんぼ男
トーマス・オールディズ 10マス、毎日
ポール・ブラック 黒い棒
ペネロペ・ロペス 舐める時の擬音語から
ペニー・ワン 女性が身につける男性バンドをイメージ
ペニー・トゥー 早口で言っていただければ
ペニー・スリー 解らない人はいろいろ諦めて下さい
お目汚し失礼いたしました
現在、続編にあたる「ガンマンジル2~攻めてる7人~」を書きためておりますので、また近いうちにお目にかかりましょう。




