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狼はそこにいる 青狼の軌跡  作者: ひなたひより
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第34話 銃撃戦

 半裸のマリに、俺は自分の血まみれのシャツを羽織らせて、先へと進んだ。

 怪物たちがいたフロアを出た俺たちは、そのまま階上を目指す。

 フロアの鍵は、あの料理長が持っていた鍵束で簡単に開けることができた。

 一度は俺を殺そうとした奴だったが、最後まで俺たちの助けになってくれた。

 鍵を開けて辿りついた三階のフロアは静まり返っていた。


「また派手な歓迎を受けるのかと思ってたが」

「誰もいないわね。気味が悪いくらいに」


 マリは特に警戒するでもなく三階のフロアに足を踏み出した。


「なんだかお腹が空いたわ」

「そうだろうな」


 かなりマリも血を流している。肉体の再生に必要な栄養を体が欲しているのだろう。

 俺はさっきあの気味の悪い肉を散々食らったので、寧ろ満腹に近い状態だ。

 マリは空腹でありながら、あの獣人の肉には食指を動かさなかった。プライドが許さなかったのか、単純に気味が悪かっただけなのか、それは分からない。


「あの料理長、勿体なかったわね」


 マリは本心から、あの料理長が死んでしまったことを口惜しがっているようだった。

 自分の料理にプライドを持つあの男の料理を、味わえなかったのが心残りだと言いたげだった。

 料理長のことは俺も残念だった。しかし、俺の心の中にはもう一つ、わだかまりのようなものが残ってしまっていた。


「浮かない顔ね」


 階段を上がりながら、マリにそう指摘されて、俺は素直に頷いた。


「ああ。嫌な気分だよ」

「さっきのあれのことね」

「ああ、マリも気付いていたんだろ。あいつらのことを」


 俺とマリが言っているのは、さっき対峙して殺し合った怪物たちのことだった。

 あれは元々は怪物では無かった。

 俺はそのことに気付いていた。

 あれは紛れもなく眷族だった。

 そう、あれこそが眷族の行きついた先の象徴であると言ってもいい。

 大昔に突如として現れた狼人間は、その圧倒的な力であっという間に生態系の頂点に上り詰めた。

 他の動物も、人間すらもその能力で凌駕し、従わせ、信仰の対象として崇められるまでに至った。

 そんな狼人間が急速に衰退していったのは近年に入ってからだった。

 眷族と自らを称し、繁栄してきた狼人間はある時点から、普通に子孫を設けることが出来なくなってきたのだった。

 純血を尊び、血統を守ってきたつけが回ってきたのかも知れない。

 そして現代、狼人間同士の結婚で妊娠したとしても、その出生率は著しく低下していた。

 いや、そうではない。出生率は変化していなかった。ただ生まれてくる赤子が変化してしまったのだ。

 純血同士の子供の多くは、何故か変異種と呼ばれる異形の姿で生れ落ちた。

 それらは知性を持たず、まるで獣のような姿で誕生し、ただ本能のままに行動するだけだった。

 プライドの高い眷族はそのような異形の赤子を許さなかった。

 評議会は婚姻関係にある眷族のみならず、あらゆる狼人間に関する妊娠出産を管理するようになった。

 そして、異形種が産まれた場合は、即刻処分という措置を徹底したのだった。

 処分とはつまり、殺害して破棄するということ。

 異形のものは、たとえ眷族から産まれ落ちたのだとしても、眷族とは認めない。それが評議会の判断であり、ひいては狼人間の社会が選んだ道だった。

 衰退の一途をたどる眷族は、優秀な人間に子供を産ませる方法をひとつの生き残りの選択肢にした。

 俺のような混血種が世に生まれたのは、そういったいきさつがあったからだった。

 眷族が異形種を処分していたその陰で、その特異性を利用しようとしている輩がいることは噂になっていた。

 理性を持たない獣を飼いならし、番犬として利用する。異形に生まれてしまった眷族の子を怪物に育てあげている組織が、今俺たちがいる場所だった。

 そして俺が殺害したのは、そんな眷族の成れの果てだった。

 眷族として生きることを許されず、悪意のある者に利用され死んでいった者たちだった。

 そして今この時も、どこかで異形の赤子は生まれているかも知れない。

 眷族の社会では廃棄され、まともじゃない奴らにはこうして利用される。

 狂っている。

 そう、狼人間の社会はこいつらを含めて狂っているのだ。

 人間たちの社会が素晴らしいとは俺は思わない。

 だが、狂気を狂気と思わないで生き続けている眷族たちは、終末を迎えるべき種族なのだろう。

 もし、この狂気の世界にまだ進むべき道が残されているとするなら……。


「穂乃花……」


 明るく屈託のない笑顔で走り回っていたその娘の名を、俺は呟いていた。

 穂乃花は狼人間にとってはきっと異形種なのだろう。

 明るく、どこまでも無邪気な穂乃花。

 獣の血を持ちながら、君はこの世界であんなに幸せそうな顔で生きていた。

 俺は君が羨ましかったのかも知れない。

 母親に愛され、父親に見守られ、この世界の未来に、あの希望に満ちた目を向けていた君に。


「穂乃花……」


 もう一度そう呟いた俺の耳に、あまり聞きたくない嫌な音が届いてきた。


「マリ!」

「ええ、急ぎましょう」


 突き当りの鉄扉を開けて、階段を上がろうとすると、さっき聞いた音がはっきりと聴こえた。

 長い階段を反響するその連続音は、明らかに銃声だった。


「如月が戻ってきたみたいだな」

「タイミングの悪い奴だわ。どうせなら怪物とやり合ってた時に間に合いなさいよ」


 相変わらずマリの如月に対する評価は手厳しい。

 行動如何よりも、好き嫌いで相手を評価しているみたいだ。今は俺も好意を持ってもらえてはいるが、嫌われていた時には殺されかけている。


「とにかく急いで合流しよう」


 階段を駆けあがり、フロアに続く扉の鍵を開けた時、いきなり銃撃戦に出くわした。

 お互いに対峙して発砲しているが、どちらが敵なのか味方のか区別がつかない。

 丁度俺たちは、発砲している一団の背後を取った形だが、その中に如月らしき姿はなかった。

 銃声の感じを聞く限り、如月は応援の部隊と共に突入してきた感じだ。

 どうやって人員を集めたのか分からないが、心強い仲間が現れたことを俺は歓迎した。

 しかし、どうやら膠着状態のようだ。どちらかの弾が尽きるまでこの状態は続くのだろうか。

 穂乃花のことが頭にあった俺は、銃撃戦のさなかにある一団に、背後から声を掛けてみることにした。


「おーい」


 振り返った男が、何の躊躇いもなく発砲してきた。

 これでこちらにいる一団が敵だということが分かった。

 銃弾を鉄製のドアでやり過ごし、俺はマリに顔を出すなと注意を促した。


「マリ、さっき持っていた銃は何発残ってる?」

「これ? さあどうかしら」


 腰に挟んであった銃を俺は受け取って、残弾を確認してみた。

 弾倉には一発だけしか残っていなかった。


「誰でもいいから一人片付けてくれないか? 君の射撃なら、確実に一人は始末できるだろ」

「ええ、任せておいて」

「挟み撃ちにされていると錯覚させて、動揺させる。戦力を分散できれば、如月たちも鎮圧しやすくなるだろ」


 マリは銃撃戦真っ最中の敵の頭を、後ろから綺麗に撃ち抜いた。

 背後から撃ち抜かれたのを察して、敵の一団が動揺しているのが伝わってきた。

 案の定、こちらに注意が向けられたことで、如月たちに突破口ができたようだ。

 しばらくすると、銃撃は止んだ。

 綻びができたのを、如月なら見逃さないだろう。


「琉偉、もう出てきていいぞ」


 硝煙の向こうに手を振る姿があった。

 如月は防弾ベストに身を包んだなりで、俺たちの前に姿を見せた。


「二人とも酷い格好だな」


 言われなくても分かっている。俺は血まみれの上、上半身裸で、マリは全身血まみれの服装だ。


「そんなことより、この先に客間がある。そこに穂乃花が囚われているはずなんだ」

「わかった。すぐに向かおう」


 走り出した俺に、そこにいた五人ほどの連中も付いてきた。


「ところでこの人たちは?」

「あとにしよう。信用していいとだけ言っとくよ」


 如月に当然の質問をしたが、簡単にはぐらかされた。

 自動小銃を手にした連中は一見すると特殊部隊か何かのようだった。

 この件に、眷族の評議会が関与していないのは間違いない。

 ではこの私設部隊のような輩は、いったい何者なのだろうか。

 聞きたいことは山積していたが、俺は穂乃花の救出を最優先にした。


「ここだ」


 俺はあの料理長から聞いていた客間の重い扉を開いた。

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