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狼はそこにいる 青狼の軌跡  作者: ひなたひより
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第31話 処刑場

 拍子抜けしてしまうほど順調に、敵に見つからずに階段を上がってきた俺たちは、地下四階のフロアへ続く扉の前まで来た。

 ドアノブに手をかけると、鍵がかかっているようでビクともしなかった。

 見るからに頑丈そうな鉄製のドアだ。狼人間の怪力をもってしても手に負え無さそうだった。


「こいつで開けれると思います」


 料理長が手にしていたのは、守備隊がいた部屋の中にあった鍵束だった。

 その要領の良さに、俺が感心させられている間に、料理長はその鍵束にあった一本で、扉を開錠した。


「開きました。気をつけてくだせい」


 取っ手に手をかけて力を入れると、錆び付いた丁番がギシギシと音を立てながら、扉が動いた。

 そして扉に僅かな隙間が出来た瞬間に、俺は異臭をかぎ取った。


「この臭いは……」


 鼻をつくような糞尿の臭いにの中に、はっきりと嗅ぎ分けれるほどの獣臭が混ざっている。

 狼人間でなくとも、これだけ濃厚な臭いなら感知できるだろう。

 隣にいるネズミ顔の料理長の様子を見てみると、あまりの臭さに顔をしかめていた。

 後ろにいたマリは俺と同じく鼻が利くので、さぞかし辛い筈だ。


「酷い臭いね。早くここを抜けましょう」


 マリに促され、俺は警戒しながら薄暗いフロアに足を踏みだした。


「このフロアはいったい何なんだ?」


 俺の質問に料理長は首を捻った。


「あっしら料理人は、普段エレベーター以外は使わないんです。この四階はエレベーターの停まらない階でして、どうなっているのか知らないんです」

「エレベーターが停まらないだと? じゃあ誰もこの階には来ないってことか?」

「そうなりますね。ロックがかかっているので、このフロアに入れるのは一部の眷属だけですかね。どうもやばそうな臭いがプンプンしてますね」


 ただ酷い臭いというだけならばありがたいが、どうやらそう単純なものでは無さそうだった。

 この施設はどうも、昨日俺が拉致されたものと様子が違う。

 まず、諜報活動用の施設にしては規模が大きすぎる。地下の食糧庫に、料理人のいる調理場。守備隊が常駐している部屋は他にもあり、管轄する区画に分かれて警備を行っていると料理長は言っていた。

 そして、そこかしこに手入れされている形跡を見る限り、この施設が廃棄されたものでは無く、ずっと使い続けられていたものであると想像できた。

 古き眷属の時代に作られたかび臭い施設の中に、今もこうして何らかの役割を持って機能し続けていた施設があったということだ。

 評議会に知られること無く隠匿された状態で機能し続けていたということは、誰かがここで最悪の意図を持って、やってはいけない何かをしていたということだと考えられる。

 そして俺は、この薄暗いフロアが何のためのものかということに、もう気付いていた。

 眼前には真っ直ぐな通路が続いている。他のフロアには等間隔に鉄製の扉が並んであったのに、この階にはそれが無く、代わりに頑丈な鉄格子が備え付けられていた。

 このフロアは牢屋だった。

 そして、俺はその鉄格子の中に、この施設で何が行われていたのかを目の当たりにしていた。


「なんてことだ……」


 俺が目にしたのはとても奇妙なものだった。

 狼人間。その歪なものをあえて分類するとすれば、それは紛れもなく眷属の部類に入るものだった。

 しかし、それは完全なる異形だった。

 歪んだ背骨。異様に膨らんだ腹。

 獣毛に覆われた体の上に載った、二つある首。

 片方は壊死しているのか、腐った部分がもげそうになっている。そしてもう片方は醜く獣人化した眷属の顔だった。


「これは……」


 俺がその先を言おうとした時、ゴトリという大きな金属音がフロアに響いた。

 そして、俺達と異業とを隔てていた鉄格子が、嫌な音を立てながら開き始めた。

 そして、ようやく俺は、自分たちが処刑場に足を踏み入れてしまったことを知った。

 真っ直ぐな通路に等間隔で並んでいる、全部で十ほどある鉄格子が一斉に開いていく。

 この全ての牢屋に、怪物が閉じ込められていて、今、その獣たちが解き放たれようとしていた。


「マリ、料理長、引き返すぞ!」

「無駄よ。扉は閉まってしまったわ」


 鉄格子が開きだしたタイミングで、解放した四階の扉は閉まっていた。

 完全に閉じ込められた状態に陥ったようだ。


「ぐるうるるる」


 低い唸り声を上げて、異形の眷属が牢の中からゆらりと出て来た。

 一体、二体、三体、全ての異形が牢から出て来たのを目にして、料理長は震えあがってマリの陰に隠れた。

 俺は必死でこの死地をどうしのぐか、考えを巡らせる。

 さっきの守備隊員から奪った短銃が二丁あるが、目の前にいる敵に通用するとは思えなかった。

 俺は腰にさしていた銃を料理長に手渡した。


「気やすめ程度にしかならないかもだが、持っていろ。至近距離で頭を狙えば気絶させることぐらいできるだろう」

「頭を撃ち抜いても死なないんですかい?」

「恐らく。獣人化をしている所を見る限り、ピストルは役に立たない。ショットガンなら別だが」


 こんなとき、マリの携帯していたショットガンがあったら。ふとそんな考えがよぎったが、俺はすぐに切り替えた。


「マリ、俺が前に出る、幸い、通路が狭いお陰で一体ずつ相手を出来そうだ。君はそのピストルで背後から援護をしてくれ」

「援護って、こんな玩具みたいな鉄砲で?」

「いいから言うとおりにしてくれ。今の君なら射撃の精度もプロ級だろ」


 昨日とは違い、今は夜だ。眷属のマリはその体内に狼人間特有の超能力を宿している。月齢十日といえど、その超感覚を持ってすれば、狙った場所に着弾させることは容易いはずだ。


「弾丸は限られている。俺が真正面から相手の動きを停めている間に、膝関節を狙って撃て、足を止めれさえすれば勝機はある」


 言い終えるが早いか、先頭の怪物が突進してきた。俺はその怪物らしい力強さを全身で受け止める。まるで軽自動車に体当たりを食らわされたような重さだった。

 体の骨が軋むほどの突進を俺は何とか受け止めた。

 両手の塞がった状態で、俺は一旦のけぞって、異形の鼻面に頭突きを食らわせた。


 ゴッ!


 骨と骨がぶつかり合う音がして、怪物の鼻面がへしゃげた。

 勢いを乗せて頭を打ち付けた俺は一瞬クラッとしたが、すぐに叫んだ。


「撃て!」


 ドン!


 惚れ惚れするような正確な射撃だった。

 マリの手から発射された弾丸は、怪物の膝関節に食い込んだ。

 ぐらりとバランスを崩した怪物に。俺は貫手を走らせた。

 伸ばした指先に神経を集中させて、俺は相手の急所である喉に渾身の突きを叩き込んだ。

 皮膚と肉を突き破った貫手が動脈に達する感触。

 喉を貫いた腕を抜くと、おびただしいほどの血が吹き出して俺に降りかかった。

 本物の怪物がどちらなのか、やり合おうじゃないか。

 濃厚な血のシャワーを浴びながら、俺は雄たけびを上げていた。

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