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狼はそこにいる 青狼の軌跡  作者: ひなたひより
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第30話 手掛かりを探して

 俺達がいた部屋はこの施設の中でも一番下の階層だった。

 エレベーターの内部にはカメラが設置されて有るので、俺はまだ足元のままならないマリを負ぶって、料理長のあとに続いて階段で階上を目指した。

 今のところ誰とも遭遇していない。料理長の話では最下層には滅多に人は降りて来ないのだと言う。

 理由は二つ。一つはあの階には取り立てて何もないということ。そしてもう一つは、最下層は食糧庫として使っており、料理人たちが取り仕切っているフロアだということだった。

 ネズミ顔の料理長は、自分は一流の料理人だと強調し、この施設内で一目置かれる存在なのだと誇示して見せた。

 もし自分の機嫌を損ねたら、美味い物を食えなくなる。ここにいる眷属たちはそれが分かっていて、俺達を優遇し、神聖な調理場には入ってこないのだと説明した。

 俺の背中で話を聞いていたマリは、空腹感もあってか食指を動かされたようだ。


「あんたの作る料理、一度食べてみたいわ」

「いいですとも、あんたたちに加担したせいで俺もここにいたら殺される。もしここを生きて出られたら、たんまり美味いもんをご馳走しますよ」

「それは楽しみだわ。私を満足させられたら、うちの料理人として雇ってあげてもいいわよ」

「本当ですかい? 信じちゃいますよ」


 この場に相応しくない緊張感のない会話を終えて、俺達は料理長の案内で、とある部屋の前まで来た。


「ここは?」


 小声で尋ねると、料理長は緊張した面持ちで俺を振り返った。


「ここは、守備隊が使ってる部屋です。大概の手勢は狩りに出て行ったらしく、この部屋に運ぶ料理は三人分だと聞いてます。俺が料理を運んできた風を装うんで、ドアが開いたら飛び込んで上手くやってくだせい」

「罠じゃないだろうな?」

「信用してくれとしか言えませんが、鍵のかかった鉄製の扉を他にどうやって開けなさるんで?」


 俺はマリを背中から降ろして、持っていた包丁を手渡した。


「どうだ? ましになったか?」

「ええ、だいぶ気分も良くなったわ」

「こいつの作戦に乗ってみる。俺に何かあったら君は逃げてくれ」

「何かあったら、真っ先にこいつをぶち殺して、あんたを加勢するわ」

「そう言うだろうとは思ってたけど、無茶はしないでくれよ」


 マリは手渡された包丁を男の背中に食い込ませて、さあやれと促した。

 ただならぬ男の緊張感とは対照的に、マリはこれから起こることへの期待に、目を輝かせていた。


 トントントン。


 ノックを鳴らした後、すぐに扉は開かず中から声がしてきた。


「誰だ?」

「あっしです。三人分の料理を運んで来ました」

「やけに早いな。それに料理長のお前がどうして?」

「他の奴は手が塞がってまして……料理が冷めちまわないうちにここを開けてもらえませんか?」

「わかった。少し待っていろ」


 何か中で慌ただしい動きがある。こちらの様子がおかしいのを悟られたのかも知れない。

 俺は全神経を耳に集中させて、その気配から敵の動きを読み取ろうとした。


 ガチャリ。


 鍵のはずれる音がして、ドアが少しだけ開いた。僅かにどこかで嗅いだことのある異臭がする。俺は間髪入れずに扉に向かって、思い切り蹴りを叩き込んだ。

 扉の向こうにいた奴は、勢いよく開いたドアに弾かれて仰向けに倒れ込んだ。

 俺はそのまま部屋に乱入して、飛び掛かって来ようとしていた別の男に体当たりした。

 勢いを乗せた俺の体当たりに、男はその場にあった机をひっくり返して壁まで飛んで行った。残った一人が銃を手にしているのを視界に収めて、俺は引き金を引くよりも早く横へ飛んだ。


 ドンドンドン!


 銃声が部屋の中に響き、弾丸がコンクリートの壁に穴を開けていく。

 銃を持った男は動き回る俺を追いかけるように狙いをつける。至近距離で、さらに隠れる場所の無い部屋の中で、俺は弾丸を受けるのを覚悟で突進した。

 銃口が真っ直ぐに俺を捉えた時、男がいきなり崩れ落ちた。

 あっけなく倒れ込んだ男の首には包丁が深々と突き刺さっていた。

 マリに渡しておいた包丁だった。

 見事な腕前に俺は感心させられた。


「助かった。どんだけ器用なんだ?」

「適当に投げただけよ。命中して良かったわ」

「なんにしても礼を言っておくよ。ありがとうな」


 先に倒した二人は脳震盪でも起こしているのか、まだ床で伸びたままだった。

 倒れ込んでいた二人は人間で、包丁で喉を貫かれた奴だけが眷属だった。

 流石に起き上がれそうもないが、喉に包丁が刺さった状態で男はまだ生きていた。

 聞きたいことがあった俺は、少し気の毒に思いながらも、男の傍に膝をついた。そして、できるだけ男の耳元に口を寄せて、簡潔に尋ねた。


「ちょっと会話はし辛そうだけど、俺達の他に拉致された奴らがいたはずだ。居場所を知らないか?」

「ぐ、ぐうう」


 会話どころか息をするのも辛そうだ。すぐに手当てすれば何とかなるかも知れないが、放っておけば死んでしまうのは明白だった。


「あんたは今、かなりヤバい状況だ。教えてくれれば、俺達はすぐに部屋を出て行く。あとはこいつらが息を吹き返してあんたを助けてくれるかどうかだが、もし質問に応えてくれるならそこの二人を生かしておいてやるよ」


 男は息も絶え絶えに、あいつらなら地下二階の客間に連行したと白状した。


「約束は守る。あんたの幸運を願ってるよ」


 それだけ言って立ち上がると、男はばたりと倒れてそのまま動かなくなった。

 どうやら死んだみたいだ。

 俺は後味の悪さを覚えながら部屋を出ようとした。


「あんた、甘いな」


 気が付けば、料理長は手にナイフを持っていた。倒れている男から奪ったようだった。

 

「生かしておいたら、必ずこいつらはあんたを追ってくる。始末しとかないと」


 料理長は、まるで仕事でもしているかのように淡々と倒れている男の心臓にナイフを滑り込ませた。


「よせ。仲間だったんじゃないのか?」

「こいつら、前から気に入らなかったんだ。俺の作った料理をいつも残しやがって」


 そんな理由では殺人を犯す動機にはならない。明らかにこの男は狂気に憑りつかれていた。


「瑠偉、やらせておきなさいよ。こいつらは敵よ。どうせまた殺し合うことになる」

「だけど、さっきの奴に俺は約束したんだ」

「もう死んでるわ。それに約束したのはあなたで、そこの男は関係ないでしょ」


 二人目を簡単に始末したことで、この料理長が俺たちに寝返ったことを確認できた。人間のくせに、マリと同じような眷属的思考をする男だった。


「こいつら、この部屋でクスリをやってたみたいね」


 机が倒れたせいで、白い粉が床に散乱していた。

 僅かに臭ったあの異臭はこの匂いだったのか。部屋に入れるのを渋っていたのはこのせいだったみたいだ。

 もうこの部屋に用はない。俺は料理長に向き直った。


「地下二階の客間まで案内してくれるか?」

「お連れしますよ。地獄が待っているかも知れませんがね」


 どうやらこの男は、俺たちの道連れになることを決めたようだ。

 積極的に俺たちを導くその背中を見ていて、ふと、本当に地獄への案内役ではないかと俺は感じてしまった。

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