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狼はそこにいる 青狼の軌跡  作者: ひなたひより
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第21話 迎え撃つ者

 倒れ込んだマリに俺は跳びついていた。

 次から次に撃ち込まれる弾丸を、俺はマリを庇いながら低い体勢でやり過ごす。

 それでもさらに背中に二発、弾丸がめり込んでいた。

 短銃による狙撃は、それほど命中精度は良くない。銃弾が地面に突き刺さる音を聴きながら、俺はマリの盾になる様に体を密着させつつ、転がっていたショットガンに手を伸ばした。


 ドン!


 適当に引き金を引いたショットガンが火を吹いた。

 先程俺たちが出て来た階段の出口付近で銃を乱射していた男が、ものの見事に吹っ飛んで行った。

 驚いたのは俺自身だった。まさか威嚇のつもりで撃ったショットガンが命中するとは思わなかった。

 吹き飛ばされた男を見て臆したのか、銃声がピタリと止んだ。

 いきなり訪れた好機だった。五メートルほど走れば廃屋の陰に身を隠せられる。体中穴だらけだが、弱音を吐いてもいられない。俺は片手にマリの体を抱えて走り出した。


 ドンドン!


 銃声がしたが、幸いにも弾丸は俺をかすめていっただけだった。

 俺はマリを横たえて、出血している部分を確認した。

 マリは鎖骨の下の部分を撃ち抜かれていた。

 弾丸は貫通しており、月齢の上昇期である狼人間ならば、問題ない程度の怪我だった。

 俺とは違い、恐らくマリは弾丸を撃ち込まれた経験など皆無だろう。その痛みと衝撃で、一時的に気を失ってしまっているだけのようだ。


「やれやれ」


 俺は少し朦朧とした意識の中で、一旦は安堵していた。

 しかし、マズい状況であることには変わらない。気を失った女と、出血のせいで朦朧としている狼男のコンビだ。ショットガンの弾があとどれだけ残っているのかも分からない状態で、この死地を脱するにはどうすればいいのだろう。


「マリ、起きろ、マリ!」


 取り敢えずマリに目覚めてもらわないとどうしようもない。あまりいい方法とは思えないが、俺はマリの頬を何度か平手で叩いた。


「う、ううん……」

「マリ、起きろ。ちょっとマズい状況だ」

「琉偉……ここは何処?」


 寝ぼけ眼で起きあがろうとしたマリは、すぐに顔をしかめた。

 銃弾の痕に目をやって、マリは全てを理解したようだった。


「私を撃ちやがった。ぶっ殺してやる」

「そうしたいが、今は俺たちが追い詰められている状況だ。なあマリ、ショットガンの弾はどれぐらい残ってる?」

「ポケットに二つ。あとは装填してあるのだけ」

「さっき撃ったから、三発ってことだな。俺もだいぶやられてるし、ここは逃げるしかないな」

「敵に背中を見せるなんてあり得ないわ!」


 俺の提案に、マリは豹変した。眷族のプライドを捨てるくらいならここで死を選ぶ方がましだと、そう言いたいのだ。

 分かっていたことだが、この瀬戸際でまた厄介なことになってしまった。


「こんなところで死ぬのは止そうよ。取り敢えず今日のところはトンズラして、後日報復してやるってのはどうだ?」

「は? なに言ってんの? 踏みにじられたプライドは永久に元には戻らないのよ」

「いや、これは戦略なんだって。押されたら引く。引いたら押す。潮目を見て勝機を探っているだけなんだよ」

「勝機は待ってても来やしないわ。掴み取らないと!」


 全く俺の話を聞きやしない。

 マリはショットガンを手に物陰から飛び出すと、いきなりぶっ放した。


 ドン!


 銃を手に近づいてきていた先頭の男が吹っ飛んだ。

 射撃センスゼロのマリに料理された男を目にして、運の無い奴だとこんな時なのに思ってしまった。


 ドンドンドン!


 予想どおり反撃してきた。

 俺は弾丸の雨の中、反射的にマリに跳びついて押し倒した。


「馬鹿! 一発撃ったらこうなるんだよ」

「舐めやがって、皆殺しにしてやるわ」

「出来ないって。もう二発しか残って無いんだろ」


 相変わらず勢いだけは凄まじい。この無鉄砲なキチガイ女に、俺は道連れにされてしまうのか。

 倒れ込んだまま弾を装填し終えたマリは、俺の腕を振り払って立ち上がると、奇声を発しながらまたショットガンをぶっ放した。


「死にさらせ!」


 ドン!


 また男が一人吹っ飛んだ。

 マリは雄たけびを上げながら、銃を構える男たちに向かって走り出した。

 そのいかれた姿に恐怖を感じたのか、マリに銃口を向けていた男たちは一斉に背を向けると、こぞって施設の扉に向かって駆け出した。


「どこへいくんだい!」


 ドン!


 マリによる容赦のない背後からの銃撃で、また男が一人吹き飛んだ。


「ヒャーッハッハ!」


 髪を振り乱して、マリは悪鬼の如く男たちに追い縋る。

 弾を撃ち尽くしたのを知らない連中は、我先にと階段へと続く扉になだれ込んでいった。

 マリは最後尾の男に追いつき、ショットガンの銃身を後頭部に打ち下ろす。


「逃がさないよ!」


 背後から頭をかち割られた男を踏み越えて、マリはさらに追い縋っていく。

 その悪魔のような姿を目にして、本当に恐ろしいのが誰なのかを俺は思い知った。


 ドン!

 ドン! ドン!

 ドン!


 扉の奥から何発も銃声がした。

 もうショットガンの弾は残っていない。とすれば、あの銃声はマリに向けられたものであろう。


「マリ!」


 出血により、さらに朦朧とし始めた意識の中で、俺はマリの背中を追いかけた。


「マリ!」


 足元がふらつく。階段の途中、血にまみれた状態で立ち尽くしているマリに、俺はようやく追いついた。


「撃たれたのか?」


 顔中血に染まったマリに、俺は肩で息をしながら駆け寄った。


「琉偉、大丈夫?」


 血まみれのマリにそう声を掛けられて、俺は拍子抜けしてしまった。


「俺は見てのとおりだけど、君はどうなんだ? 凄い銃声がしてたけど」

「ああ、何だか下の方でドンパチしてたみたい。なんだろうね」


 血まみれの顔で、ケロリとした様子でそう言ってのけたマリに、俺は手を伸ばした。


「この血は、君の血じゃないみたいだな」

「さっき頭をかち割ってやった奴の血よ。ずいぶん服を汚しちゃった」

「そうか、なら良かった」


 俺はその場でへたり込んだ。

 血が体内から流れ過ぎて、流石にマズい状態だった。


「琉偉、大丈夫?」

「ああ、死にはしないだろうが、流石に弾を貰い過ぎた。もう自力では歩けそうもない」

「安心して。あとで私が負ぶって行ってあげるから」


 情けない話だが、タフガイを売りにしていた俺も、どうやらマリの世話になるしか無さそうだ。

 その時、静かになった階下に、俺は人の気配を捉えた。


「琉偉! そこにいるのか!」


 階段に声が響いた。階下から聴こえてくる聞き覚えのある声に、俺は心から安堵した。


「ああ、ここにいる」


 しゃがれた声で返事を返すと、靴を鳴らして如月が階段を駆け上がってきた。その手には小銃が提げられていた。


「おまえも物騒なものを持ち歩いているんだな」

「ああ、これか。親父から護身用にと渡されていたんだ。これぐらい無いと手に余る相手だった。それでもそこのお嬢さんには見劣りするがね」


 皮肉を含んだ如月の言葉を、マリはたいして聞いてもいなさそうだった。

 俺とは違い、片が付いたことをマリはそれほど歓迎してい無さそうだった。


「あんた、私の獲物をどうしちゃったの?」


 返り血を顔に浴びていたマリの表情は読み取れなかったが、その声色にはあからさまな不満が含まれていた。


「一人を除いて、排除しておいたよ。尤も、君のように殺してはいないがね。余計なことをしたかな?」

「ええ。よくも私の狩りを邪魔してくれたわね」


 マリは本気であの男たち全員を屠ろうとしていた。俺にとっては救世主であった如月も、マリにとっては獲物を横取りしていった、いけ好かない奴なのだろう。


「琉偉の友達でなければ殺しているところよ。これからは気をつけなさい」

「仰せのままに」


 恭しく頭を下げた如月に、マリはフンと鼻を鳴らして、一つ質問した。


「あんたさっき、一人を除いて排除したと言ってたわね」

「言ったが、それがなにか?」


 如月は分かっていてマリの神経を逆撫でしている様子だ。もうあまり喋りたくはなかったが、見ていられなくなった俺は、険悪な二人に割り込んだ。


「首謀者の眷族だな。今どこにいる?」

「地下の駐車場だ。ここへ着いてすぐ、真っ先に出くわしたんで、縛ってトランクに詰めておいた」

「あいつらに時間稼ぎをさせて、自分だけ逃げ出そうとしていたんだな。でも助かったよ。そいつのところへ案内してくれ」


 あいつには聞きたいことが山ほどある。

 先に階段を降り始めた如月の後に続こうと、俺も立ち上がろうとしたが、もう足に力が入らなかった。


「如月、済まないけどもう歩けそうにない。負ぶって行ってくれないか?」


 やれやれといった顔で振り返った如月と俺の間に、マリはすかさず割って入った。


「琉偉は私が運んであげる。そこのあんた。黙って案内しなさい」


 どっちでもいいのだろうが、できれば画的に如月の方が良かった。

 女の子に運んでもらうってどうなんだ?

 そう思いながらも、俺はマリの背に身を預けることにした。

 その背中に揺られながら、いつしか俺の意識はゆっくりと沈んでいった。

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