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狼はそこにいる 青狼の軌跡  作者: ひなたひより
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第11話 親友と居酒屋で

 新月の夜、俺は如月に呼び出されて大学近くにある学生御用達の居酒屋に来ていた。

 大学が夏休みに入った今、俺の予想通り店内に客の姿は数えるほどしかいなかった。

 もともと駅から少し離れた場所にあるこの居酒屋は、学生がいなくなるこの時期は閑散としていた。

 先に来ていた如月に「よう」と声を掛け、顔なじみのマスターに生ビールを注文し、俺は席に着いた。


「遅刻だぞ」

「十分ほどだろ。固いこと言うなよ」


 おしぼりと生ビールが運ばれてきて、俺たちは取り敢えずの乾杯をし、良く冷えた黄金色の液体を喉に流し込んだ。


「クーッ、んまいっ。なあ如月、焼き鳥でも頼むか?」

「ああ、なんでもいい。適当に頼め」

「分かった。あ、勘定は割り勘な」


 注文を通してしばらくすると、狭い店内に鳥の油が焼ける匂いがしだした。

 その匂いに空腹を刺激されつつ、俺はまず如月の話を聞くことにした。


「なあ、連絡をくれたってことは進展があったってことだよな」

「ああ。そういうことだ」


 如月は喉が渇いていたらしく、俺より先にジョッキを空にした。

 俺は二人分のビールを追加し、如月の話を本腰を入れて聞くことにした。


「秋月御影は相変わらず行方知れずのままだ。連絡を取ることはあきらめた方がいいのかも知れない」

「なんだ? そんな話か」


 呼び出されてわざわざ出向いてきたのに拍子抜けだった。落胆した俺に、如月は落ち着いた様子でその先を続けた。


「琉偉。今日ここへ来たのは失踪した男のことを報告するためじゃないんだ。おまえの一番の関心である穂乃花に関することを話しに来たんだ」

「穂乃花の……詳しく聞かせてくれ」


 身を乗り出した俺に、如月は鋭い目つきで確信を突くひと言を口にした。


「その前に琉偉、お前俺に隠していることがあるだろ」


 その目を見て、如月が例のことを知ってしまったのだと分かった。

 どういった経緯で知られてしまったのかはさておき、俺は狭いテーブルに手をついて頭を下げた。


「すまん。俺が悪かった」

「まあいいさ。短絡的なお前にしては用心深く動いていた。そうゆうことなんだろ」


 如月は眉一つ動かさず、新しく運ばれてきたジョッキに口をつけた。

 俺は小さくなって薄笑いを浮かべるしかなかった。

 如月が知ってしまったこと、それは勿論、穂乃花が守護星の満ち欠けに影響されない特別な狼人間であるということだった。

 穂乃花を守るために、情報を親友である如月に知らせていなかったことについては、当然そうすべきだったと納得してくれた。

 しかし、如月は別件でどうにも腹の虫がおさまらないと、珍しく腹立たしさを口に出したのだった。


「十六夜マリ。一体あいつとお前はどういった関係なんだ」


 如月の口からマリの名前が出てきて、俺はあんぐりと口を開けたまま、しばらく言葉を失った。

 はた目から見たら、さぞかし馬鹿みたいだったに違いない。


「如月、お前なんでマリのことを知ってるんだ?」

「俺だってあんな奴に関わり合いたくなかったさ。しかし堂々と混血種の幼児に関して嗅ぎまわっていたんで、仕方なく接触して大人しくしておくよう言っておいたんだ」

「あの馬鹿……」


 穂乃花のことを黙っておくと約束したマリだったが、持ち前の好奇心が顔を覗かせたのだろう。勝手にその身辺に探りを入れていたのだと想像できた。


「それでマリから穂乃花のことを聞きだしたのか?」

「いいや、あいつは肝心なことは何もしゃべらなかったよ。しかし穂乃花に感心を抱いている理由が引っ掛かってな。悪いけれど穂乃花を一日見張らせてもらった。そうしたらお前とあの女が現れた」

「その時に気付いたってわけか」

「ああ。お前と遊んでいる穂乃花を見ていて気付いた。加減はしているみたいだが凄い身体能力だった」


 鋭い如月なら新月時の穂乃花の運動能力を見ただけで、おおよそ見当がついただろう。

 それは仕方のないことだが、あまりに迂闊なマリの行動に俺は不安に駆られた。


「それで、怪しまれたりしていなかったか? あいつの行動から足がつくってことないだろうな」

「ああ、幸い俺の張っていた網に真っ先に引っ掛かってくれたからな。しかし、あんな跳ねっ返りにどうして穂乃花のことを話したんだ?」


 如月が不思議がるのも尤もだった。

 俺は無理やりさせられた見合いの話から、こうなった経緯を如月に説明しておいた。


「なるほど。そうゆうわけか。しかし、おかしな奴に穂乃花のことを知られてしまったな」


 落ち着いた声に若干苦々し気な印象があった。不安になった俺は何か知っていそうな親友に、マリについてのことを尋ねた。


「琉偉、お前は大上家を飛び出したから知らないのだろうが、十六夜マリは眷族たちの中でも有名な跳ねっ返りなのさ。気にくわないことがあれば、たとえ上級眷族だろうが噛みついていくじゃじゃ馬だ。まさかおまえがあの女と見合いをしていたなんて思いもしなかったよ」

「そうだったのか。ただのプライドの高い純血のお嬢様では無かったってことだな」


 言われてみれば、三大眷族の血を引く親父の前でも、それは気持ちよく罵ってくれた。あれほど見事に見合いをぶち壊す度量は、そこいらにいる眷族の娘には無いだろう。


「結婚できる適齢期に入ってから、十六夜マリはもう何度も見合いをしているんだ。その全ての席で気にくわないと退席したって話だ」

「なるほどな。俺だけじゃなかったわけだ」


 一度体験している俺には、それら見合いの席で起こった惨事が目に浮かんでくるようだった。


「しかし皮肉だな、あの跳ねっ返りに、お前、気に入られてるみたいだぜ」

「茶化すなよ」


 珍しく俺をからかった如月だったが、すぐに話を本題に戻した。


「まあそれはいい。なあ琉偉、俺なりにあの母娘のことを考えたんだが、どうだろう、秋月御影は死んでしまったことにしては」

「嘘をつけってのか?」


 如月の提案は俺にとっては意外なものではなかった。如月と同様に、俺の頭の片隅にもあった一つの解決法だった。


「今のままではあの母娘も前に進むことができないだろう。実際失踪した父親が生きているのかどうかは分からないわけだし、死んだということにしてあの母娘をここよりも安全な所へ移住させるのが現実的じゃないか」

「そうだな……」


 確かに如月の言うとおり、人口の少ない極端な田舎や離島へ移住すれば眷族の目に触れる可能性は低くなる。

 それでも一生、何者かの影に怯えながら生きていかなければならないことに変わりはない。

 何かほかの選択肢は無いのだろうか。


「少し考えさせてくれ」


 そう答えることしか出来ず、俺はまたビールに口をつけた。

 さっきまで美味かった黄金色の液体が、急に苦くなったような気がした。

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