コスモスと一件
第一章 12月「出会いは突然」
冬のある日。テレビでは、最低気温が零度を下回ると言っている。そんな日に、僕はスマホで動画を見て一日を終えようとしている。何かをしようとは考えるのだが、途中で明日にしようと思い諦めてしまう。
「もう、19:00か」と自分の部屋に低い声のみが響く。
「優夜お兄さん、ご飯できたから、リビングに来てってお母さんが呼んでるよ」
僕には高校二年生の茜という妹がいる。
「今、行く」
最近は、何もかもつまらなく、世界がモノクロのように見えている。学校に行っても、ぼーっとして毎日を過ごすばかりだ。先生に最初のうちは注意されていたが、最近は注意もされなくなってしまった。つまらない人生だとは分かっていても、どうもやる気が湧かない。そんな僕の最近の趣味といえば、動画配信サイトで、自分の歌ってみた動画を上げることだ。ネット界で有名な人々みたいに登録者数何万人とかではなく、3人のこじんまりとしたチャンネルだ。3人といっても、自分のサブアカウントと、妹、botだ。起きたら次の日の朝、有名人になっている、若者言葉で言えばバズってるそんな夢物語が起きないか期待しながら毎朝起きるがそんなことは起こりそうにもない。リビングに降りると父が既に座っていた。最近父と些細なことでけんかをして、気まずくなっている。自分はただ反抗期なのだと自分に言い聞かせているが、実際のところはただ自分がわがままなだけなのかもしれない。
「早く座りなさい」と少し機嫌悪く言われ、こちらもかっとなってしまい、「………………何?今座ろうとしてたじゃん」と少し強く言ってしまった。父は僕を少し睨んだが、何も言わなかった。その後の食事は何を食べたのか思い出せないほど、一介な出来事だった。リビングを出るとき「ごちそうさまでしたぐらい言いなよ」と茜に諭されたが、その言葉は僕の大脳を刺激することなく、散った。部屋に戻り、自分の歌動画を見直そうと思いサイトを開くと 一件 の通知が来ていた。通知をクリックすると【初めまして、ルビーといいます。もう少しお腹から声を出して、アクセントをつけて歌ったほうがいいと思います。】と書き込まれていた。僕の感情は驚きよりも怒りが勝った。なんで会ったこともない人に指摘を受けなきゃいけないんだと思ったが、現代はネット社会何があるかわからないため気持ちを落ち着かせてから、【ご指摘ありがとうございます。参考にさせていただきます。】とだけ返答した。
その日は心も体も疲れていたのかすぐ寝てしまった。微かな甘い匂いがするなと思い目を開けるとそこは、眇眇たる雪が道路に残り、階段に腰掛ける少女がいた。近くにはウインターコスモスが咲いていた。太陽の光に照らされた彼女は背を丸くしながらコスモスを眺め、淡い水色のヘッドホンを首に掛けている。君の名前…………。
第二章 12月「厚さ1mmの恋はいかが?」
「ばいば〜い、またお願いね!…………」
毎月数回あるCHANCEを終えて男の人(35)からお金をもらった。まあ、いわゆるパパ活ってやつ?ネットでパパ活って入力すると、【人生不幸になる】とか、【危険】とか言われている。けど、こっちはもう人生諦めてるんだっつーのと一人でため息を付きながら独り言のように声に出していると携帯に 一件 の通知が来た。
【さっきはありがとね。気持ち良かった。またよろしくね!】
「ふっ…………はぁ…………キモ」
おっと心の声が漏れちゃった。心底気持ち悪い、やっぱり男と関わる人生なんて真っ暗で、早く鍵を閉めてしまいたい。こんな人生を歩み始めたのはいつからだろう。中学生になった頃からだ、私が他の女子よりも多くの好意の目を男子からを向けられているのに気づいたのは。最初の彼氏は同じクラスの男子だった。始めのうちは淡く、甘い恋の魔法によって自分は世界で一番かわいいのだと思い込んでいた。今思うと私を彼自身の地位を示し、思い通りに生きるための道具としてしか扱われていなかったと思う。だからかもしれない心に穴を感じるようになったのは。
ちょうどその時期2つの不幸が私を襲った。1つは父親の死だ。父は私をとても丁寧にやさしく育ててくれた。しかし、母との関係が悪くいつもけんかばかりしていた。母はいわゆるキャバ嬢で、父との出会いもそこだったらしい、私が想像していた父との姿とは違って最初聞いたときはとても驚いたことを覚えている。その後母は私を女1人で育ててくれた。今では育ててくれると感謝の気持を持っているが、中学生だった当時の私にそんな余裕は無かった。そんな私だが、気持ちが落ち着いてからは母を見ながら成長したからという言い訳を武器に、父が死んでからは家の外では甘く、分厚い太陽みたいな仮面を被りながら生活するようになった。先生にも、友人にもいい顔ばかりしている。皮肉にも自分の名前に太陽の陽が入っている。それに気づくたびに心が痛む。2つ目はまあ、余命半年ってやつ。脳に癌があるんだってさ。私来年の3月には死んじゃうんだって。初めて聞かされたときはこいつ何言ってるん?って聞く耳を全く持たなかった。周りの人達が夢とか希望とかいうぬるま湯に足をつけているのを見ていると無性に腹が立ってくる。なんで自分だけなのかと、自分を責め、親を責め、友を責め宛先の無い手紙のように怒りと悲しみをぶつけ続けた。
最近は移動中ずっと音楽を聴いている。特に好きなアーティストはいないが大脳に伝わればいいなぐらいの感覚でいる。気になるチャンネルならある。こんな将来に赤信号が灯されている私だけど、余命宣告される前までは友人とバンドを組んでいた。歌うのは得意な方だ。カラオケじゃ毎回95点以上取るぐらいに。そんなバンドも世間一般でよく使われている「方向性の違い」?みたいな理由で解散した。私はもっと続けたいと言ったけれども他の人は辞めたいというので泣く泣く辞めた。
そんな人生を生きているなかでも簡単だった。退屈で消失点を失い彷徨っている平面が歩む日常の中で見つけたきっかけは。お世辞でも上手とは言えない歌声だったけど、私には無いなにかを持っているような声だった。動画を見終えると脊髄よりも速い速度で指が動いていた。
「ちょっと意地悪しちゃお」と最近は見せることのなかった笑みに自分でもびっくりしている。
【初めまして、ルビーといいます。もう少しお腹から声を出して、アクセントをつけて歌ったほうがいいと思います。】
ねえ、ねぇあなたが歌に込める「想い」って何?…………
第三章 12月の終わり「太陽がやってきた」
目を覚ました。時計を見ると6:45だった、昨晩は変な夢を見たなと思いながら学校に行く準備をする。
「優夜お兄さん〜、朝ごはんできたよ」と僕を呼ぶ声がする。
僕は返事をすることはなく、黙って返事をして、リビングに降りた。そこに父の姿はなかった。
「お父さん、会社に用事があるって言って早く家を出たよ」
「………………そ」
あの人がどうしようと僕には関係ないと思い、朝ごはんを食べた。またもや一介のない出来事になってしまった。
僕は家から徒歩20分圏内の澄明高校に通っている。特段偏差値が高いというわけでもないが、有名な行事と言えば「澄明祭」という2月に開催されるめずらしい学校祭がある。毎年多くの人が訪れ、ローカル番組の取材のスタッフの姿もよく見るので、取材が来ているのだろう。自分は取材を受けたことも、頼まれたこともない。まあ自分には縁遠いものだしなと自虐気味に独り言を言っていると
「何一人でぶつぶつ言ってるの」と声を掛けてくる人物がいた。隣の席の心陽だ。彼女は噂では多くの男性と付き合っては別れを繰り返して遊んでいるそうだ。あまり自分は関わりたくないタイプだった。
「…………べつに」と愛想なく返事をしておいた。
「何、機嫌悪いの?、まあいいけど」と言い彼女は淡い水色のヘッドホンをつけ、前を向いた。
朝から災難だと思いながら一時間目の準備をした。
一時間目は数学だった。自分は数学が苦手なので、窓の外を見ながら昨夜見た夢を思い出していた。ヘッドホンをつけた少女か……とぼんやりしていると、「優夜!問8の答えは何だ」と大声であてられてしまった。もちろん1つも僕の海馬には答えを求める解法はなかった。
「…………マイナス6」と誰かが言ったような気がした。
「マイナス6です。」
「分かっているなら、外見てないで黒板見ろ、黒板」と少し注意されたものの、怒られることはなかった。
「…………ありがと」
「どういたしまして、感謝しなさいよ私に」と恩着せがましく返事してくる心陽。
こんなちぽっけなことで何を言っているのかと思い反論してやろうかと思ったが、後々面倒なことにはなりたくないので、
「考えておく」とだけ言っておいた。すると彼女は少し目を見開き
「へー、考えてくれるんだ」
「まあ、…………面倒なことは早めに済ましておきたい派なんだ」
「そっか、じゃあ私とイイことする?」
「遠慮しておく」
「ふーん」
「チョコケーキでいいか?好きなんだろ」
「え、なんで知ってるの?…………キモ」
「いつも食べてるだろ」
「私のこと見てるんだ」
「隣のただの知人としてな」
「そっか、じゃあ…………よろしくね、お隣さん」
「はいはい」
これが心陽との初めての会話だった。
その後、連絡先を半ば強制的に交換された。家に帰り久しぶりに動画をあげようかと悩んでいると、ベッドの上に置いてあったスマホが鳴った。通知を見てみると心陽からだった。
【やっほー】
【優夜くん、これからよろしくね】
【犬のスタンプ】
既読無視をしてやろうかと思ったが、可哀想に思い少しだけ返答してやった。
【こちらこそよろしくお願いします】
【猿のスタンプ】
――するとすぐに
【返事してくれるんだ】
【なんで猿w】
【犬猿ってこと?】
【やっぱ君私のこと嫌いでしょw】
【いえいえそんなことないですよ】
【偶然ですよ】
【そうw?】
【まあいいや、また明日ね】
【はい】
そんな会話がずっと続いた。個人的には続ける気はなかったのだが、返事をしているうちに少しだけ楽しくなってしまった。動画をあげようと思っていたのに計画が狂ってしまった。今何時だろうと思い時計に目を向けると21:36だった。まだ大丈夫だろうと思い動画を撮ることにした。一時間ぐらい経っただろうか動画編集も終え投稿した。またあの人からご指摘コメントがくるのだろうかとうんざりしていると、思った通りにコメントがやってきた。
【前より全然良くなりましたね、教えた方法を実践してくれました?良かったですよ】
と予想の斜め上をいく、お褒めのコメントだった。まあ、歌うとき少しだけ前回のコメントを思い出してしまい、嫌々実践してみたことは事実だ。まさか効果が出るとは思わずあうれしかった反面少しだけ憎たらしかった。まあ、感謝だけはしておくかと僕の脳の奥深くにある小さなニューロンが言うものだから、返事を入力しておいた。
【ありがとうございます、アドバイスのお陰で上手くなりました】すると、
【良かったです!】と返事が返ってきた。
もしかすると素直なやつなのかもしれないと考えを改めることにした。
第四章 12月の終わり「変わった人」
昨日あのアーティストの新動画が投稿された。動画を見てみると前回の動画とは全然違った。もしかして私のアドバイスのおかげかもと少しうれしくなった。ほんとは意地悪のつもりだったんだけどなあ。まあいいか。
今日も学校かと少し憂鬱な気持ちで家を出た。学校に着くと優夜が机の上で眠っていた。最近彼とLINEをする機会が増えた。3月に死ぬっていうのに最近は彼と喋ることに時間を使っていた。彼も私のことを最初は嫌がっていたが最近は彼からも話しかけてくれる。ほんとに彼は変わっている人だ。私自身この高校でなんと噂されているか位把握している。半分事実で半分間違いってところかな。最近は入学当初は話しかけてくれていた人たちも私に近づかなくなってしまった。友達なんてこんなもんだろうな、所詮は他人なんて言い聞かせ考えることを諦めるようになった。しかも、彼と話す機会が増えたことにより優夜と付き合っているんじゃないかと言われるようにもなった。私自身は何も気にしていなかったが、彼はなんて思っているのだろう。迷惑かな?と考えを巡らせていると、チャイムが鳴り先生が教室に入ってきた。チャイムが鳴っても彼は起きないので起こすことにした。
「優夜、起きて」
「先生来てるよ」
「………………」
「………………」
「やべ、結構寝ちゃったな」
「起こしてくれてあり……がと」
彼にも私に感謝を言える力はあったようだ。授業が始まって数分、なぜか頭は彼のことばっかりだった。彼は結構顔が整っていて、クラスの女子の中でも彼のことが気になっている人も少なからずいた。だからだろうか?隣にいるからだけだろうか?、それとも…………好き?、いやそれは無い、てかあっちゃいけないことだ。こんな将来が決まっていて早く死ぬ私に幸せになる権利はない。シンデレラが靴を落としていったなら私はその靴を蹴り飛ばし逃げ去る悪党役だ。恋愛と距離を置きすぎたせいで少し感覚が狂っただけだ。でも、私って本気の恋したことあったっけ?恋ってなんだっけ………………彼のせいで最近の私は少し変わってしまったようだ。学校が終わりスマホを見るとパパ活相手の男性から【今日は暇?】という連絡が来ていた。いつもなら、すぐに行くねと返信をするところだが、今日は少し違った。【行きたくない】と気づくと返信していた。自分でもとても驚いていた。彼のせいだろうか。これは彼に恋しているのだろうか。私は今残りの人生を楽しむ階段の一段目に足を乗っけている。この先を登って何が待っているのだろうか。
不安になりながらも私は登る選択肢を選ぶことにした。
第五章 1月の終わり「彼女のことばっか」
最近心陽と関わる機会がとても増えた。元日は0:00ぴったしに新年の挨拶をLINEで送ったし、初詣に行こうと言われ二人で行ってきた。自分でも心の変化にとても驚いている。冬休みが明け、学校では他の学校ではあり得ない2月とかいうバカ寒い時期に行われる澄明祭に向け準備が進んでいた。自分のクラスでは冬だというのにかき氷をやることになっている。正直バカなんじゃないかと思うが去年の売上優勝はかき氷だったらしい。実績があるためこちらから文句は言いづらい。
「シフト一緒だね」
「そうみたいだな」
「あのさ…………シフト終わったら、一緒に澄明祭周らない?」
「え」
「あ、全然嫌なら嫌って言ってね?」
「無理にとは言わないからさ」
「いいよ」
「ほんと?嬉しっ」
正直彼女から誘われるとは思っていなかった。少しうれしいと思ってしまったのは、彼女に秘密だ。はじめ、澄明祭は行かないで家で寝ているつもりだったが、誘われてしまったからには行くしか無い。彼女との初デートになるのだろうか。最近デートの定義について疑問に思うことがある。異性の友人と出かけるだけでデートになるのだろうか。まあ嫌じゃないため今回は考えないことにしようと思う。
帰り際先生から生徒に招待状が渡された。招待状か。父親との関係について思い出すと、とても憂鬱になる。どうしようか、とりあえず机の上にでも上げておくことに決めた。それでも最近の僕は彼女のことばかり考えている。これが心陽に対する特別な想いなのか、頭では分かっていても自分でもう一度考えると少し恥ずかしい。
第六章 2月の始め「病気なんて」
自分の死に対して怖いと思うようになってしまった。なぜだろうか彼と出会ってほんの数ヶ月しか経っていないのに、感覚では数年のように思えてくる。もし私が今死んでしまったら悔いは何も無い状態で生きてきたのに彼と出会ってからすべてが変わった。モノクロの世界がカラーの世界になったようだ。偶然母が仕事から帰ってきていたため母に話してみることにする。
「ねえ、お母さん」
「何?」
「私さ死ぬのが怖くなっちゃた」
「どうして?なんかあった?」
「わたしを女じゃなくて一人の女の子として見てくれる人に出会ったんだ」
「…………そう、よかったわね」
「…………病気の体で産んでしまってごめんなさい」と母は一度も私には見せたことのない、羽を失って飛べない虫のような顔をしていた。目元は少し腫れていた。
「亡くなったお父さんも私のことを女の子として見てくれたわ」
「そうなの?」
父と優夜が似ていたとは驚きだ。もしかしたらそういう点で私と母は似ているのかもしれない。
「大切にしなさい」
「時間は有限であり、儚いものなの。1つの選択があなたの時間を使っているの。だからね少しでも無駄にしてほしくないの。よく死ねとかクソとか暴言を言う人がいるじゃない、私ねそんな光景を見ると悲しくなってくるの。その意味のない、誰かを傷つけるかもしれない言葉のために時間を使ってほしくない、言うなら誰かを幸せにする言葉をいいなさいよ。誰かに『好き』を伝えるだけでもあなたの人生の時間は幸せのために使われたはずだと思うわよ。」
「後ね、誰かを好きになることは大切なことなのよ。それはねあなたが他の誰かの何かを発見して惹かれた証なのよ。誰かは誰かのために生きている。それは現実でも天国でも地獄でも同じよ。恋は盲目であり、宝箱でもあるのよ」
「長く喋ってしまったわね」
「残された時間を大切にしなさい」
「…………うん」
「ねえ、お母さん」
「何?」
「……ううん、ただ呼んだだけ」
「なにそれ」
母はそう言いながら私の頭を撫でた。
この日私は母の知らない一面を知ることができた。でもこれが母としっかりと話した最後の会話になると思う。
お母さん大好き。ありがと……………………産んでくれて。
私にとって大切な一日となった。
第七章 2月の終わり「澄明祭」
今日は澄明祭当日。心陽とのデートみたいなことをする日だ。自分でデートと言うとなんか恥ずかしい。
「優夜くん、今日の日をね私めっちゃ楽しみにしてたんだ」
「そっか」
「何その反応」
「いーや、俺も楽しみだったよ」
「え…………ほんと?w」
「うん」
「なーんか、優夜くんらしくないや」
「ちょっと自分で言っておいてなんだけど自分も恥ずかしくなってる」
「なにそれw」
「てかさ、女の子とデートするなら最初に言う事あるでしょ」
「え?何」
「まあ……えっと…………もういいや」
「教えろよ〜」
「やーだ」
そんな他愛もない会話ばかりしているとシフトの時間はあっという間だった。
「やっとシフト終わったね」
「これからは学校祭楽しむぞー!」
「おー」
その後は…………
【お化け屋敷】
「ねー、怖いよ」
「ほら、そこなんかいるよ」
「ねえ聞いてる?」
「なんか来た、来てるって」
「怖がりすぎだってw」
「しょうがないな〜ほら、手出して」
「え?」
「嫌ならいいよ」
「ううん、つなぎたい」
「お、おう」
「なんでそっちが恥ずかしがってるのよ」
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僕はこの数ヶ月を通して自分が大きく変わったと自覚している。人とこんなにLINEすることもなかったし、人と交流することもなかった。家を出るときに服装とか髪型を気にすることもなかった。澄明祭に誘われたとき心臓の鼓動はとても速かった。心陽に悟られないように隠すので必死だった。そんな俺をよそに彼女はいつも楽しそうにしている。ここまで一緒にいると嫌でも彼女のことを意識してしまう。僕の世界に色を付けてくれたのは彼女だった。今日のフィナーレ花火で告白しようかと悩んだがまだ時間があるからもう少し後にしようと思う。
「ねえ優夜、私ね…………」
澄明祭最高ーーー!
「なんだって?」
「やっぱなんでも無〜い」
ちょうどフィナーレ締めのあいさつによって心陽の声は聞こえなかった。
「優夜、花火綺麗だね」
「うん…………きれい」
「もう、そこは君もだよっていうところでしょ」
「そうなの?」
「まあ、そう言わないのが君らしいね」
「…………っ」
そんな彼女は気持ちの良い笑顔だった。初めて見た。心陽とこんな甘ったるい会話をしたのはこの日が最初で最後だった。
「来年もここで見ような」
「そう…………だね」
「どうした?」
「なんでもないよ」
彼女のこの言い淀みの意味を知ったのは彼女が亡くなってからだ。最後まで彼女は僕に病気のことは1つも悟らせなかった。人生でこんなにも後悔したのはこの出来事が最初で最後だった。もう少し話を聞いてあげればよかったなとか、早く告白しとけばよかったなといくらでも後悔は出てくる。
そう、彼女は澄明祭が終わった次の日から学校に来なくなってしまった。大丈夫かと連絡をしたが返事は返ってこなかった、澄明祭の帰り、河川敷の階段の途中で倒れていたそうだ。寒い夜の中、彼女は一人で苦しみながら死んだのだろう。彼女の手にはウインターコスモスが握られていたそうだ。心陽の母から連絡をもらい彼女の死を知った。心陽の母は僕に一冊のノートをくれた。心陽から僕の話を聞いていて、このノートは僕の手元にあるべきだと思ったそうだ。
今はもういない彼女は僕にとってルビー色の太陽のような女の子だった。
最終章 3月の始め「彼女のノートと通知」
彼女の葬儀が終わった。何も考えずに彼女の体が骨になるのを待っていた。というよりかは考えることができなかったのほうが正しいと思う。葬儀が終わりモノクロ世界に戻った俺に、心陽の母親が話しかけてきた。異性の友人の母親と会うというと普通は緊張するものだと思うが、心陽が死んでしまった今、緊張も何も感じなかった。会話の内容はなんだったかは覚えていない。帰り際に一冊受け取ったノートの表紙には「君へ」と書かれていた。中を開くと
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12月4日
今日は初めて、優夜としゃべった。まあ、愛想の悪いやつだ。でも、根はいいやつそうだ。放課後パパ活したせいで、また小さい頃の記憶を思い出しちゃった。
なんでだろう最近は、男の人とそういうことをしてもあんまり気持ちいいとか考えなくなっちゃってる。
これも君のせいなのかな。
12月23日
最近おすすめの歌い手さんみたいな?人がいるんだ。YORUYASAって読むのかな。お世辞にもうまいとは言えないけれど、私には持っていない何かを持っていて、なんか意地悪したくなり、コメントで上から目線でアドバイスみたいなこと言っちゃった。彼のほうがうまいのに。今日たまたま彼の素顔が映る機会があって見てたんだけどまさかの優夜だった。YORUYASAってそのままじゃん(笑)
そんなところも君らしいかもね。
12月25日
今日はクリスマス。この年になったらいいことなんて無いと思っていた。けれどもまさか優夜と連絡先を交換することができた。願ってもないプレゼントだった。あの歌を歌っていた人が優夜だと気づいてからは私から彼に話しかけるようになった。学校に行くのが楽しい。こんな感覚はいつぶりだろう。でも気がかりなことは体調があまり優れないことだ。母に言おうとも思ったが仕事で忙しそうだからやめておいた。心配はかけたくない。家に帰り彼とLINEをした。クリスマスというのに色気のいの字もない。まあそこが君らしい。
1月1日
今日の日が変わるタイミングに彼に【あけましておめでとうございます。】とLINEした。
すぐには返事が返ってこないと思っていたが意外にも彼からの返信はすぐだった。彼も送ろうと思っていたらしい。なんかうれしい。その後、初詣に行く約束をした。男の人とどこかに行くのはホテル以外だと久しぶりだ。
クラスの人に見られないか不安だったが、大丈夫そうだった。彼の服装は学校とは違って少しおしゃれだった。結構似合っていたな。寝癖はあったけれど。まあ、そこが君らしい。
1月23日
今日は澄明祭についての話し合いがあった。まさかの君とシフトが一緒だった。今年に入り、病気の進行が悪化して、もしかしたらもう長くないらしい。彼と出会ってからは死ぬのが少し怖くなった。彼と楽しめる澄明祭も今年が最後になりそうだ。めいいっぱい楽しむつもりだ。当日は私服OKなので少しおしゃれしようと思う。最近彼は動画を上げていない。私は彼にファンだとは一切伝えていない。でも、もしかしたら私と話してそんな時間はないのかも知れない。うれしいような悲しいような。まあそこが君らしい。
2月1日
今日は久しぶりに母と話をした。そこでは父のことや、母なりの人生のアドバイスをもらった。母が私に病気のことで謝るとは思っていなかった。母は私を一人で育ててくれている。母がいなかったら私はこの世界に生まれていないし、優夜と会うこともなかった。謝るのはこちらの方だよ。お母さん、ごめんね。苦労させちゃって。でもお母さんのことはいつまでも大好きだよ。
2月
今日は澄明祭当日。シフト中の合間に書いてます。仕事に全然集中できないや。最近気づいたんだこの気持ちに。私は彼のことが好きなんだって。この胸の暖かさと痛みは病気なんかじゃなくて、恋なんだと。今日のフィナーレ花火のとき、彼に気持ちを伝えようと思う。断られてもいい。この人生最大の出来事なんだ。死ぬ私に神様どうか奇跡をください。死ぬことしか考えず、パパ活にハマっていた私に色を与えてくれたのは優夜くん君なんです。てか、このノートを見られたら恥ずかしくて病気よりも早く死んじゃうよ(笑)告白の結果は明日書こうと思う。そうだ最近帰りの河川敷にウインターコスモスが咲いているのに最近気づいたんだ。彼に渡したらよろこぶかな?でも結構危ないところに咲いてるんだよな。落ちないように気をつけないと。私は君に君らしい花を送ります。
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字が霞んで見ることができない。涙が溢れて止まらない。彼女はこんなつまらない僕のために彼女の時間を使っていたのだ。もう彼女に会うことはできない。この日を最後にノートは終わっていた。転落事故かと思っていたが僕のためにコスモスを採ろうとして落ちたのだろう。今まで僕のために何かをしてくれた人がいただろうか。なぜウインターコスモスなのか気になり調べてみると花言葉「淡い恋」「美しい調和」と出てきた。心陽と僕は両思いだったらしい。この胸の痛みはなんなのだろう。僕はそこから再び泣いていた。
そういや、心陽俺のこと知ってたみたいだよな。じゃあ君が気になるって言ってた歌い手って…………
ふと気になりスマホを開くと登録者数が4人に増えていた。最後に上げた動画にコメントが来ていたので誰からだろうと思いそこを開くとこう書いてあった。
【好きです】
何が好きなのかは言うまでもない、そしてこう返信した。
【僕も好きです】
そう返信して、帰ろうとしたとき肘がノートにぶつかってしまった。床に落ちたノートは最後のページをまるで意思があるように開いた。最後のページには押し花のように平たくなったウインターコスモスの花が挟まっていた。
冬の厚い雲の合間から光が差して一点を照らしている。僕はそこにウインターコスモスの花びらを置いて、
「春が来るね…………心陽」
これは彼女と僕のたった1つのコメントから始まった、短くて儚い夢のような秘密の物語だ。
あとがき
こんにちは、筆者の秋澄です。物語はいかがだったでしょうか。私の初めての作品です。この物語は一人ひとりが持つ時間は無限ではなく、有限である。君は誰のために時間を使っているのだろうか?と他の人に問いたい。あなたにとって「想う」とは何?をテーマに書きました。時間ばかりに気を取られて、大事なものを見失っていませんか。もう一度考え直してみてください。次回作は【恋愛を軸とした人生の歩み方】についてをテーマに作品を作ろうと思っています。ぜひ完成を待っていてください。この作品はちょくちょく手直しをしていくと思いますので、いつの日かまた機会があったら読んでみてください。
またhttps://www.pixiv.net/novel/show.php?id=21230929でも掲載しています。
2023年12月20日 秋澄