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失望

作者: 暮橋みおせ


 寂しい人生だな、と声が木霊する。

 ふと頭の中がキレイになった時に、そうやって、また雨に晒された体を乾かしているような心持ちになる。


 そうかもしれない。

 ああ、そうかもしれない。

 そうだろうな。


 これまで生きてきて他人よ自分の人生を比較したことがないわけでもない。

 羨むことはいくらでもある。

 けどそうした時はいつだって世界が乖離していて、あまりにも現実味を帯びない。

 テレビを通して芸能人の生活を覗くような感覚がそれである。


 しかし、寂しいことに、世の中には多数の人が思い描く普通の人生にすら足らない。そういった者がいる。

 それが俺である。

 俺のような足らない者を人間弱者と自称している。


 こういった人間弱者は共通して、解決のできない物事や事象を意味もなく熟考して時間を無駄にする。

 無関係な自分をその問題の中に置いて、頭の中で議論する生き物である。


 どこかでなにか問題が起きて、それに騒いだり感情を生んでも、その渦の中に俺はいない。

 現実というものは自ら外へ出ない限り見える景色は不変である


 無関係な第三者であるからこそ、中立的な思考で解決案が出せると見れる。

 どこまでしても蚊帳の外であるが。


 ある一羽のカラスがいた。

 そのカラスは黒いくちばしに、硬い殻で覆われたくるみを挟んでいた。

 電線の上に止まり、車の右往左往する様子を眺めていた。

 それはくるみを割ってその中身を食ってやる為に、道路へ飛び出す瞬間を伺っていたのである。


 そうして黒い目で睨んでいると、隣にもう一羽小さなカラスと、もう一羽大きなカラスが飛んできた。


 この小さなカラスのくちばしはシャープで色味も美しい。

 この大きなカラスのくちばしはとにかくでかい。


 また二羽ともその特色のあるくちばしにくるみを挟んでいた。


 カラスは通り過ぎていく車を見ながら、行こうかどうか迷っていた。

 胸を膨らませたり縮めたりして、首を右に左に向けていると、バッと大きなカラスが飛んだ。


 豪快な羽ばたきで道路に立つと、咥えたくるみを左側に置いた。

 脇道に逃げて、そうして通った車がくるみを踏んだのを見た。

 すると見事に硬い殻は割れて、中身がころんと出ていた。

 大きなカラスはそれをついばんでどこかへ飛んで行った。


 それを見ていたカラスはショックを受けた。

 自分がしようとしていたことを、後からきた知らないカラスに先越されたのである。


 このままではいかん。

 そう思って細い脚をむずむずさせていると、今度は小さなカラスが飛んだ。


 音を立てず静かに着地し、また同じようにしてくるみを置いた。

 しかし、この小さなカラスは脇道には逃げようとはしなかった。

 この賢いカラスは知っていたのである。

 車という生き物は自分たちカラスを襲わずきれいに避けていくということを。


 もちろん小さなカラスを避けた車は硬い殻を潰して、つるんと出てきたくるみをついばみ、華麗に飛んだのだった。


 それを見ていたカラスはショックを受けた。

 自分がしようとしていたことを、後からきた知らないカラスに先越されたのである。


 このままではいかん。

 そう思って、空けた道路を見たままずっと動かない。


 車は赤くなった信号の前で止まっていた。


 カラスは信号の色が青だと車は動き、赤だと車は止まることを知っていた。


 けれどもカラスは動かなかった。


 カラスは思った。


 自分が同じように飛んだ時、なにかの間違いで車が動き、それに轢かれて死ぬのではないかと。


 くるみを置いたのはいいが、位置がずれていて上手く踏んでくれないのではないかと。


 硬い殻が割れたところで、中身をとる時を逃し、中身も潰れて食えなくなるのではないかと。


 否定できない未来にカラスは怯えていた。


 それは何事もなかったように上手にくるみを割った二羽を見て、カラスの中にある自信への肯定感が揺らいだからである。


 あれほど見事にくるみを割る自信がカラスにはなかった。


 自分ならきっと失敗してしまうだろう。


 くるみを割れない情けない自分を思い、カラスはくるみを割るのを諦めたのである。


 きっと自分は失敗してしまう。

 辛い思いをするのなら、いっそしないことが良いと思った。


 硬い殻のついたくるみを咥えたままカラスは飛んで逃げた。

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