門番の兵士が何者かの気配を感じ「気のせいだったか」で済ませちゃうけど、全然気のせいじゃない
その人間たちは夜遅くに突然やってきた。
黒いスーツを着て、いかにも悪人といった表情をした連中だった。
そのうちで最も背が低く、最も偉そうな太った人間が言った。
「ようし、この森全体に油をばら撒け」
「へい、しかし大丈夫なんですかい? 本当にこの森を焼いちまって……確かここは国有地なんでしょう? つまりは国王の財産ってことですぜ」
森を焼く? こいつら、なんて恐ろしいことを企んでいるのよ。
「心配いらん、今の季節は冬だ。空気が乾燥してて、山や森で火事が起こってもおかしくない。大した調査もされず事故として処理されるさ」
「なるほど……」
「森を焼き払ったら、頃合いを見て国王に『私が焼けた土地を有効活用しましょう』と持ちかける。そうすれば国王は私に安く土地を売るだろう。あとはテーマパークを作るなり、カジノを作るなり、我々の思うがままだ」
「さすがブラウンさん! 完璧な計画だ!」
ブラウンと呼ばれた太った人間は高笑いする。
命じられた部下たちは森に油を撒き始める。
私は彼らを止めようとするが、彼らに触ることはできない。
「やめてよっ! やめてったらーっ!」
いくら叫んでも彼らに私の言葉は届かない。
仮に届いたとして、彼らがやめてくれるとはとても思えないが。
とにかくこのままでは森を焼き払われてしまう。私は助けを求め、近くの町に向かった。
***
ある大きな屋敷の門で槍を持っている兵士。彼の名はシュラットといった。
屋敷の主である貴族カスター家の当主に雇われて、三年ほどになる。
夜から朝にかけて、この門で番をするのが彼の役目である。
貴族のお屋敷だけあって、これまでにも何度か不届き者が侵入を試みたことはある。しかし、そんな輩は全てシュラットに撃退された。
といっても何事もなく朝になる日の方が圧倒的に多いのだが。
シュラットはなんとなく右を見て、左を見る。
「右異常なし、左異常なし」
人どころか猫一匹ネズミ一匹の気配も感じない。
「今夜は平和に終わりそうだな……」
シュラットは大きなあくびをした。
***
森を出た私は近くの町にたどり着いた。
もう夜だけど、町にはたくさんの人がいた。早くあのブラウンとかいう悪党の悪だくみを知らせなければ。
歩いているおじさんに話しかける。
「お願い! 私と一緒に森に来て!」
気づかずに行ってしまった。
買い物をしている女の人に叫ぶ。
「このままじゃ森が危ないの!」
やはり気づいてくれない。
それからも色んな人に声をかけたり、怒鳴ったり、いっそのこと殴ってみたりしたけど、私の存在は気づいてもらえない。
「どうしよう……!」私は絶望した。
ふと、大きなお屋敷が見えた。
私はあそこが最後の頼みの綱だと思い、行ってみることにした。
***
槍を持ち、門に立つシュラット。
退屈ではあるが、シュラットはこの仕事が嫌いではなかった。
悪い奴を退治するのは嫌いじゃないし、ずっと立っているのも嫌いじゃない。
自分のような人間に、こんな仕事をくれたカスター家の主人には感謝しかない。
その時だった。
「ん……?」
シュラットが即座に身構える。
何かが近くにいると感じ取ったのだ。
しかし、周囲を見回しても、どこにも誰もいない。
「……」
さらに注意深く探ってみる。特に異常なし。
「気のせいだったか……」
シュラットは構えを解き、再び元の立ち姿に戻った。
***
全然気のせいじゃない!
私は叫んだ。
この門番をやってる兵士さん、明らかに私のことを感知していた。よほど鋭い感覚を持ってるのかも。この屋敷に来たのは正解だった。
こうなったら、なんとしてもこの人に気づいてもらわなくちゃ。
私は兵士さんの目の前を飛び回ったり、耳元で怒鳴ったりした。
「全然気のせいじゃないから! 私に気づいてー!」
少しずつ、兵士さんにも声が届くようになってるのが分かる。
兵士さんは「さっきからなんなんだ? この気配……」ときょろきょろしている。あともう少しだ。
「私はここよー! お願いー!」
兵士さんはこっちを向いた。
「!? なんだ君は!?」
よかった、やっと気づいてくれた!
***
シュラットは驚いていた。
いきなり自分の目の前に少女が現れたのだから当然といえた。
「なんだ君は!?」
叫ぶシュラットに、少女は答える。
「お願い! 私と一緒に森に来て!」
「森って近くの……なんで?」
「悪い人たちが来て、このままじゃ森を燃やされちゃうの!」
シュラットは困惑する。悪い人だの、森を燃やされるだの、まるで話が見えない。
少女が困っているのは分かるが、シュラットにも事情はあるのだ。
「悪いんだけどさ、俺、勝手に持ち場を離れるとクビになっちゃうんだよ」
「お願い! 私についてきて!」
「いやだから、もっと暇をしてる人に……」
「あなた以外に私に気づいてくれる人はいなかったの! だから……お願い……!」
シュラットは悩んだ。
門番の仕事を放棄すれば、主人は怒るに違いない。本当にクビだってあり得る。
だが、彼の内に眠る正義の心は、目の前で涙する少女を放っておけなかった。
「分かった……森に行こう!」
「ありがとう!」
……
少女の案内でシュラットは森にたどり着いた。
そこではすでにブラウン一味の計画が最終段階に入っていた。
「油を撒き終わりました」
「よし、火をつけろ! 派手に燃やせ!」
ブラウンの命令で、放火がなされようとする。
「ちょっと待ったぁ!」
シュラットが割って入る。
ブラウン一味は大いに驚いた。
「まさか、マジで森を燃やそうとしてるなんてな……」
計画の最後に邪魔が入ってしまい、ブラウンは顔をしかめる。
「くそっ、油の臭いでもかぎつけたか! 目撃されたからには仕方あるまい。あいつを殺せ!」
「分かりました!」
部下をけしかけるブラウン。
少女は慌てるが、シュラットは落ち着いたものである。
「カスター家の番兵ってのは厳しい試験を潜り抜けてやっとなれるんだ。お前ら如きには負けねえよ」
槍を突き、振り回し、薙ぎ払い、あっという間に全員片付けてしまった。
その強さに驚き、ブラウンは尻もちをつく。
「ま、待った! 金ならいくらでもやる! だから……!」
「金でなびくような奴に門番は務まらないんだよ」
シュラットはブラウンの頭を槍で殴りつける。
あえなく気絶するブラウン。
森を守ってくれたシュラットに、少女は涙を流した。
「ありがとう! 本当にありがとう!」
「いや……俺もこの森は好きで時々訪れてたから、守れてよかった」
シュラットは笑顔で答えた。
……
その後、シュラットがカスター家から解雇されるようなことはなかった。
それどころか、
「その少女とやらは私には見えんが、もしお前が保身を優先し、森を守る判断をしなければそれこそクビにしていただろう」
とシュラットの行動を称賛した。
さらには国王からも褒賞を頂け、給金も大幅に上がった。シュラットとしてはいいこと尽くめの結果となった。
事件からしばらくして、シュラットは森を訪れていた。
一度見えてしまうと、特に意識せずとも彼の目は少女を映せるようになっていた。
なぜシュラットだけ少女を認識できるのか。生来の感覚の鋭さが、門番仕事で鍛えられたためだろうか。
「あなたがいなければ森は灰になってたわ。本当にありがとう!」
「どういたしまして」
ここでシュラットは少女に肝心な事を聞いてなかったことを思い出す。
「あ、そうそう。君はいったい何者なんだ?」
「私? 私はね、この森の木々に宿る妖精ってところかしら」
これを聞いたシュラットは納得してうなずいた。
「木の精だったか……」
おわり
お読み下さりましてありがとうございました。