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No.8「神出鬼没」

 無事に退院を果たした俺は、逃げていた。




 追跡者から。


 あるいは、あの時の大敗から。

 

 はたまた過去に交わした契約から。




 だが、鬼ごっこはもう終わりだ。

 風魔術師に追いかけっこで勝てるはずもないのだから。


「あーるーすぅー♡」


 俺の首に後ろから手を回したのは、音響の魔術師ミックス・アルデンティ。奇しくも俺のご主人様だ。


「ねぇねぇ。何で逃げるのさぁ。僕はご主人様だよ?」


なんでコイツはいつも距離が近いんだ……。それになんかいい匂いするし。……って、何を考えてるんだ!相手は男だぞ。


「なぁ。いつまで続けるんだ?このごっこ遊び。」


 マリィの入学も控えてるんだ。そろそろこの遊びも終わりにしたいところだが……。


「え、一生続けるけど……何か問題でも?」


 問題しかねぇよ。


「契約内容に期限は指定しなかったから、つまり無期限だよ?それを確認しなかった君が悪い。」


 ったく。なんて横暴な主だ。これじゃ、また病院送りになるのも時間の問題だろう。


「では早速、君には業務に取り掛かってもらう。僕の研究室に来たまえ!!」


@国立魔術専門学校 研究棟405アイテル研究室


「お、お邪魔します。」


 俺が訪れたのは、研究室というには余りにも……。


「……汚い。」

「何か言った?」


 開けた簡易食の箱の山。


 乱雑に積み重ねられた書類の塔。


 片付けられていない実験器具の数々。


 机にはモノを置くスペースすらない。


 これは、私生活から研究し直した方が良いだろう。




「う〜ん。やっぱり汚いなぁ〜。まずは掃除しなくちゃだね。」


 良かった。"掃除"という概念は知っているらしい。


「……。もしかして、僕が散らかしたと思ってない?」

「え、違うの?」

「ちーがーうー!!いつも散らかしっ放しで帰るのは教授のアイテル先生!!僕の道具は二割くらいだよ。」


 お前も一枚噛んでるじゃないか。


「とにかく!僕が小さいゴミを集めるから、アルスは倒れてる本棚を立て直しておいて!」


 労働の比重かおかしい。これが上下関係か。


 逆らうのも馬鹿らしくなってきたので、取り敢えず本棚を立ち上げる。


 そして、落ちた本を元に戻そうとした時だった。




 ホコリを被った本の山から、人が出てきた。




「え?」

「ん?ああ、おはよう。」

「……え?」



 長身で白髪が目立つ青年。


 その若者の歳を考えると、白髪は老化によるものではないだろう。


 それにしても。本とゴミの中で眠っていたのか……。




 もしかして、この人がアイテル先生?


 それを訪ねようとミックスを見るが。




「だ、誰だよ。アンタ……。」


 お前も知らないのか!?じゃあコイツ、不審者?


 あり得ない登場の仕方。隙だらけ過ぎる振る舞い。しかし、どこか強者の雰囲気もある。何もかも異質だ。


 俺もミックスも、一応の臨戦態勢をとる。




「"製剣(セイケン)"」


「"疾風(シップウ)"」




 だが、その魔術が発動する前に、その男は俺たちの後ろにいた。




「物騒だなぁ、君たち。まあ座れよ。」


「「!!!!!!!!!!」」




 確かに、コイツは目の前に居たはずだ。

 それなのに……。彼は今、俺たちの肩に肘を乗せて語りかけてくる。




 死の恐怖。




 それを感じる前に、全ては終わっていた。


 身構える前から、俺の喉元に指はかかっていた。


「「……。」」


 初めて気づく。圧倒的実力差の前では、勝負は始まりすらしないということに。


 俺はともかく、ミックスまで手玉に取られるなんて……。




「今のは……空間魔術かい?」


 ミックスは背後に怯えながら訊ねる。


 空間魔術……。


 魔術の中でも最高位の奥義だ。国単位でも、使える人物は一人いるかいないか。それをコイツが?……まさか。


「……視野狭窄だね。そんな大層な魔術は使えない。今のはほんの手品さ。」


 彼はそう言いながら俺たちを後ろから横切り、真正面に立つ。


 彼は否定はしたが、その真意は分からない。


 どんな魔術なのかは不明だが、彼が魔術戦闘において化け物じみた腕前を持つことは確か。


 この白髪の正体は……。




「お前は誰だ。」




 ミックスの、至極当然の質問に対して、彼は飄々としながら答える。




「僕かい?僕の名前はバトラ。ウィ・バトラ。以後、お見知り置きを。」




 握手を求める白髪の青年は、珍客か。それとも刺客か。


 差し伸べられた手に躊躇いを感じていると、ミックスが大きな声を上げた。


「ウィ・バトラー!?前儀式祭の…優勝者!?」


 儀式祭優勝……!?


「よくご存じで。」


 え?じゃあコイツは、この学校の関係者で……不審者ではないってことか?いや、警戒を怠ってはいけない。


「…まず、敵意がない事を示せ。」


「そっか~。そうだよね。無断で入室したのは不味かったかぁ~。どこからどう見ても怪しいもんね?」


「…。」


どう反応すればいいのやら。


 ……ウィ・バトラー。確かにその名前は聞いたことがある。


 相当な実力者であるということも。




 だが、実際に見たことはなかった。


 儀式祭には顔を出せなかったからだ。(妹の授業参観に出席)


 正真正銘、学内最強の魔術師。巷では、教師連中よりも強いという話もあったが。


(あながち間違いでもなさそうだ。)


 その男が、本と簡易食の空き箱に埋もれていたのだ。


「いやはや、参った参った。」


 ……こんなふざけた男が、この魔術学校の頂点。


 疑問符だけが浮かび上がる。


「アイテル先生に会いに来たんだけど、どうやら留守だったみたいでね。でも、部屋は空いてたから中で待ってたんだけど。君たちが来るまで寝ちゃってたみたいだ……。失礼したよ。」


「そ、そうか。」


 だからといって、この汚部屋でよく寝れるな。しかも本棚の下敷きになって、だ。


 学内最強の魔術師は、どうも変人らしい。


 ミックスといい、この男といい、強いやつはみんな一癖も二癖もあるということか。


「まあ、不審者じゃなくて良かった。」


 だとしたら、何が起きたか分からないまま殺されていたからな。だが、ミックスの反応は芳しくない。


「良いわけないでしょ。今年の儀式祭はコイツが相手ってことだよ?」




 ……は?


「彼が優勝したのは、まだ2年生の頃。今年も必ず出場してくる。」


「うん、出るよ。」


 相槌を打つバトラ。


 優勝するなら決勝でコイツを……。いや、もっと早く対戦する可能性もある。


 どうしたものか。学生でこのレベルの魔術師がいるのか。ナフィやミックスが天井だとばかり考えていた。


「おい、ミックス。お前、去年どこまで勝ち進んだ?」

「僕は……3回戦で負けたよ。」 


 3?


「おいおい。お前でも……ベスト8にすら入らないのか?」


 参加者は例年1000人近くに登るため、単純に一対一のトーナメントを考えると、えーと。優勝には10勝する必要があるな。


「……3回戦敗退って、全然ダメじゃん。流石にもうちょっと頑張れるだろ。」


どれだけレベルが高けぇんだよ…。


「対戦相手、リチュアル・ナフレイル。」


 あ……相性最悪ってことね。なんかごめん。


 ……とにかく、コイツを含めて10人倒す。


 優勝にはこの課題をクリアしなきゃならない。……やっぱり無理ゲーだ。


「まあまあ2人とも、そう悲観することないよ。去年は僕が優勝したけど、次は分からないさ。ミックス君が3回戦で敗れたようにね。」


 相性次第では、ってことか?


「僕のこと、ご存じなんですね。」

「当然だよ、音響の魔術師。研究者界隈では若手一番の有望株だからね。まあ、戦闘面は大したことないみたいだけど……。」


 温厚な口調だが、決して性格がいいとは言えないな。


「今年の儀式祭は"特に"分からない。楽しみにしてるよ。」


 含みのある言い方だな。今年と例年で何かが違うのか?ミックスも首を傾げているため、それを訊ねようと"した"。




 だが。


「なあ、バトラーさn……?」


「……マジかぁ。」




 研究室には、俺とミックスの2人だけ。


 いつの間にか、彼の姿は消えていた。




 最強の魔術師は、去り際すら悟らせない。


 2度、その手品を目の当たりにして分かる。このままでは絶対に勝てない。




「……何が"相性次第"だよ、クソ。」


 それ以前の問題。魔術師としての格の違いがそこにはあった。


 音響の魔術師ミックス、先日戦った大鎌使い。神出鬼没の魔術師。ここ数日だけで、敗北を何度も経験した。


 劣等感のみを抱えて、苛烈を極める新学期が始まる。


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