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No.6「流星軌道」

 「チカラが欲しいか?」


 暗がりから現れたのは道化師の仮面を被った大男。190㎝はあるだろうか?その身長からか、威圧感が尋常ではない。


「望むならチカラをやろう。」

「チカラ……。」


 怪しい。フラフラだったとしても分かる。これは怪しい誘いだ。だが、そのチカラの正体についてはどうしても気になる。


「チカラとは何のことです?」

「今は言えないが……お前の憎き敵、音響の魔術師をも圧倒できるチカラだ。」


 魔道具や魔導書の類だろうか。どちらにせよ、ロクなものではないはずだ。


 ……だとしても。わたしはミックスをどうにかしなければならない。お兄さまの主を騙るあのネズミを。


「道化師殿、わたしはチカラがほしい。どうやったら、わたしは強くなれる?」


 全てはお兄さまのため。お兄さまのためなら、闇のチカラにも手を染めよう。


「いいだろう。そのチカラは、俺たちのアジトに在る。ついて来い」


 わたしは頭を押さえながら立ち上がる。そして、道化師のもとへ。


「見返りは、かつて魔術の神アレイスタへの忠誠だ。」


「アレイスタへの忠誠か……。」


 アレイスタとは、かつて君臨した世界最強の魔術師。国を救った英雄とたたえらえる一方で、闇の魔術に手を染めた邪教の祖。異なる二面性をもつ魔術の神。


「それは……受け入れられませんねぇ。」

「……?」


 邪教徒の腹を、背中からナイフで貫く。魔力を付与していないただのナイフで……。


「あ“ッ……。この女ァ……!!」


「お兄さまが言っていました。あらゆる戦いにおいて最強の攻撃は”奇襲”だと。」


 だから、魔力を使わずに攻撃した。


「普通のナイフなんて……お前、それでも魔術師か?魔術の神に祟られるぞ?」


 腹を抑えながら奴は、語り掛けてくる。飄々としてはいるが、攻撃は効いている。


 アレイスタへの忠誠?笑わせてくれるな……。


「わたしが欲しいのは、チカラじゃなくてお兄さまだから……。」


「そうかよ。交渉決裂。」


 ここからが正念場だ。相手に油断はもうないぞ。ここからは自力の勝負。


 わたしはお兄さまのように剣術も使えないし、複雑な魔術改造も行えない。ならば、シンプルに、強く速い”流星(リュウセイ)”で押し切るしかない。


 わたしと彼は同時に魔術を発動した。


「“流星(リュウセイ)”」


「”召喚魔術・大鎌位喰(クライグライ)”」


 ここからは一方的な展開に陥る。


 まず、わたしのはなった”流星(リュウセイ)”は消えた。厳密に言うと、彼が地獄から呼び寄せた一振りの鎌に、消し飛ばされたのだ。文字通り、霧散した。


 そして、その斬撃の威力は凄まじく、衝撃に体は浮いた。


「よくも!俺の腹に穴ァ開けてくれたなァ!!」


 二撃目。今度はその刃が私自身に向かう。咄嗟に手に持ったナイフと、即座に作り出した”製剣“で太刀を受けようとするが、それが間違いだった。太刀を受けてはいけなかったのだ。


 至近距離でその衝撃を感じる。わたしの武器は、大鎌によって砂糖菓子のように砕け散る。幸運にも、直接に刃が触れることはなかったが、わたしを戦闘不能に追い込むには十分な一撃だった。


 先ほど以上の威力。斬撃というより、爆発に近い。余波だけで建造物が崩れてしまう。災害そのものを演じるような戦闘姿勢だ。


 踏ん張りは効くはずもなく、壁やガラスを突き破って、上空へと放り出される。打撲と出血でわたしはもう動けない。


 それなのに、その大鎌をもった道化師は上空を追いかけてきた。信じられない脚力で、空を飛ぶように。


 道化師は鎌を振りかぶる。腰を回し、その回転に任せてわたしの胴体を真っ二つにするのだ。


 途切れかけた視界と朦朧とした意識でも、その未来だけは予感できた。


 しかし、暗くなっていく視界を切り開くように、一筋の光が現れる。


 わたしの英雄、アルス・バースだ。


 この道化師にも劣らないスピード。一瞬にして間合いを詰める。


 そして、刃と刃の邂逅。


 しかしながら、わたしと結果は全く同じ。その爆発にも近い斬撃に対し、彼もなす術なく吹き飛ばされてしまった。


 上空へと駆け上がるスピートを超えて、地面へと叩きつけられてしまう。


「いい斬撃だ。弱いけどな。」


 アルス会心の一撃を評価する道化師。だが、自分にはまだ届かないぞという余裕を見せている。


「お、お兄さま……。」


 だめだ。お兄さまでもこの化け物は……。


 強大すぎる相手に絶望しながら、わたしは地面にゆっくりと落下した。


 全身の傷にヒリヒリとした痛みが走る。


 だが、そんなこと気にしている暇はない。奴が上空から降りてくる!


 ズシンッと着地の音が響いた。道化師は鎌を肩に担ぎ、キョロキョロと辺りを見渡す。


「俺を刺した小娘はもういい。さっき俺に一太刀入れようとした悪童はどこだ?今ので終わりじゃねぇよなァ!!」


 道化師はお兄さまを探しているようだが、出てくる様子はない。それもそうだろう。お兄さまはあの一撃を食らってから、ピクリともしていない。すでに虫の息なのだ。


「仲間に引き込むならアイツがいい。あれはいい魔術師になる!」


 仲間に引き込む?不可解な発言を耳にした時だった。一人の魔術師が、道化師の背後を襲う。


 風の太刀による強烈な一撃。わたしを懲らしめた、あの音響の魔術師だ。


「ずいぶん硬いね。凄い魔力防御だ。」


「お前も中々の奇襲だ。さっきと違って、ちゃんと臨戦態勢だぜ?」


「知るかよ。”暴風(ボウフウ)”」


 その風は攻撃ではない。次の攻撃の布石だ。強い風が砂埃を巻き上げた。そして、それを目くらましにもう一太刀を華麗に刻み込む。


 わたしとお兄さまが手も足も出なかった相手に、音響の魔術師は互角にやりあっていた。


 いや、むしろ優勢かもしれない。だが、その状況もすぐに一変する。


「なるほど、音を消す魔術師か。道理で奇襲が上手いわけだ。」


「……もうバレたのね。」


 その会話の後からは、音響の魔術師も防戦一方。ひたすら”浮遊”で攻撃を凌ぐだけ。


 “音響・衝撃(サウンドクラッシュ)“を繰り出す暇はない。


 道化師は、音響の魔術師にもすぐに対応して見せた。


 この化け物を倒す術はない。わたしはそう考えたし、音響もそう感じているのではないだろうか。だから彼も逃げの一手に転じている。


 打破できるとしたら、同じく高火力をもつリチュアル・ナフレイル。あの女か、あるいは……。


 他人任せの思考にふけるしかない、絶望的な状況。そんな中で一人だけ、虎視眈々と機会を伺う魔術師がいた。指一本動かすこともできないボロボロの魔術師は、勝利を諦めていなかった。





「”流星(リュウセイ)・改” n=100」




 アルス・バースは魔術で示した。身体は動かずとも、魔法は放てる。まだ戦えると。


 無数の光の筋が、戦場と化した街中を駆け巡る。


 ◆


 まだ負けてない。身体は動かずとも、頭は回る。集中は未だ続いている。


「”流星(リュウセイ)・改” n=200」


「アルス、マジか。」


 俺の魔術にいち早く反応したのはミックス。


 流石はミックスだ。あの怪物にも臆さず挑んでいる。それでもやはり、あの大鎌が相手では後手に回る。彼一人ではダメなのだ。


 最大火力を、最速で。今、俺の武器は”流星(リュウセイ)”しかない。この瞬間に進化させるんだ。


 今までの戦いを思い出せ。威力、手数、軌道、時間差。あらゆる要素を見直して、アップグレードするんだ。


「おいおい。分散させたらその分……。」


 そうだ。分散させれば威力は落ちる。200分割では、数発当たった程度では、まともなダメージにはならない。


 俺はそれを利用する。ミックスに着弾してもいいように。


 数発なら、“障壁(ショウヘキ)”がなくとも耐えられる程度のダメージだろう。多少の誤射も許容してくれるはずだ。


 ただ、着弾数が30を超え始めれば一定のダメージとなるだろう。


 あの怪物に、障壁(ショウヘキ)を展開させる。防御魔術に魔力に使わせて、行動を制限するんだ。ミックスが”音響”を繰り出せる隙を作るために……!!


「……なるほどな。」


 道化師は頭がキレる。味方の邪魔ともなり得る援護射撃。しかしその真意は、多少の犠牲は厭わない、隙を作り出す覚悟の200発。


 彼はすぐにその意図を理解した。おそらくミックスと同時に。


(俺に”障壁(ショウヘキ)”を使わせる気か?)


 気性の荒い道化師だが、戦闘における判断の早さと正確さは間違いないものだった。


「道連れだ。」


 道化師はミックスとの距離をグンと詰めた。敵との距離が近すぎれば誤射は増える。ミックスへの着弾を許容できない程度に持ち込むための行動。


「でも、近すぎると鎌を振れないよね。」


 大鎌の間合いとしては近すぎる。ミックスは圧倒的有利な間合いで、小刀で風の太刀を繰り出した。


「本末転倒だね。」


「いやこれでいい。」


 確かに大鎌の間合いとしては近すぎた。それなら、鎌を手放せばいい。その代わりに、ミックスの両手首を掴む。道化師は素手でミックスを拘束した。


「言っただろう?道連れだと。」


 道化師はそのパワーで強引にミックスを引き摺り、”流星(リュウセイ)”が飛んでくる方向へと彼の躯体を向けた。障壁(ショウヘキ)と使わず、ミックスを盾として扱うつもりだ。


「うわー道連れどころの話じゃないね。」


 流石のミックスも焦りを見せる。


 効率的かつ猟奇的な、攻防一体の動き。だが、俺にとっては……。





「予想の範疇だよ。」





 弾道はミックスに着弾する寸前で切り返し、道化師の背後へと回る。


「じ、自動標準じゃねぇのか?」


 先ほどまで機械的に追尾していた”流星(リュウセイ)”は、突然に意思をもったかのように軌道を修正した。


 “目標1m手前で軌道変更。弧を描いてその背後へと回り、逆方向へと弾道を切り返す。”


 これが、俺が設定した魔改造の内容。手動と自動を兼ね備えた軌道設定。


 "障壁(ショウヘキ)"での防御にも、距離を詰めるポジショニングにも対応した攻撃。


 途中までは自動追尾をON。そして、接近を魔術自身が感知して、あらかじめ設定していた軌道変更が後から発動する。


 “目標1m手前で軌道を修正する”という条件文を魔方陣に組み込んだ、予測と対応を兼ね備える新しい”流星(リュウセイ)”。


「クソッ”障壁(ショウヘキ)”ィ!!」




 道化師の”障壁(ショウヘキ)”を引きずり出したぞ!!


 今だ、音響の魔術師。




 ミックスは口を開けた。


 本来、魔術の発動には手が自由である必要がある。魔方陣の展開には精密な操作が要るからだ。


 だが、例外もある。あらかじめ魔方陣を体に刻み込んでいる場合だ。


 ミックスの舌には、音響魔術のタトゥーがある。





「”音源(フルスピーカー)”」





 超至近距離での大音量。その衝撃は鼓膜だけに収まらない。三半規管。そして頭蓋へと伝導する。


「あ”あ”あ”あ”ああ”あああ!!!!!」


 防御不能。どれだけ肉体を鍛えても、音響の魔術に対しては無意味だ。


 道化師の大男といえど、この大絶叫。


「ヤ”メ”ロ”ォオ!!!」


 魔力の放出だけでミックスを吹き飛ばす。だが、すでに満身創痍。倒れ込み、立ち上がることすらできない。


「おお、俺の耳をォ……。」


 彼の魔術をあれだけ至近距離で受けたのだ。俺が体験した痛みとは比べ物にならないはず。


 これで……相手は戦闘不能だ。


「いや、まだだ。」


 ミックスの顔色が変わる。その理由はすぐに分かった。道化師にはまだ、戦う意思があった。戦いに対する強烈な執着と、痛みと憎しみが溢れ出す。


 身体は動かずとも、魔術は放てる。


 だが、アルスとは違う。流星(リュウセイ)のような下級魔術は使わない。魔術の中でも最高峰。時空を司る空間魔術。




「召喚魔術……。」


 地獄の門が開かれようとしたその時……。




「やめておけ、サイズ。」


 空中に浮かぶ一人の魔術師。金髪で小柄。そして、道化師の仮面を被っている。面を被ってはいるが、その奥から鋭い眼光を感じる。只者ではないはずだ。


 不思議なことに、”浮遊(フユウ)”にて発生する凪は感じられない。空中とピタリと止まって動かない。


 あの大男の仲間だろうか?


「サイズ。単独行動もほどほどにしろ。どんな魔術師でも、多対一を取るというのは愚策だ。帰るぞ。」


 厳しい口調で大男を叱責する小柄な道化師。まるで上司だ。


「は?あんなモブに負けたまま帰れるわけがねぇだろ。お前から殺すぞ。」


「召喚魔術を使って勝つのは当然だ。そんなことでは何の自慢にもならない。お前のプライドはその程度か?」


 顔をしかめるも、納得した様子の大男。


「それに、相手は音響の魔術師だ。モブじゃない。リストを見てないのか、お前は。」


 ミックスを睨む金髪の道化師。音響の魔術師はやっぱり有名らしい。


「違う。俺が言っているのは……。」


 大男は俺の方を凝視している。しかし、それ以上は何もしゃべらなかった。


「君も参戦するつもり?こちらとしては、退散してくれると助かるんだけど。」


 ミックスが空中に語り掛ける。いつものように余裕のある口調だが、冷や汗をかいている。彼も感じているのだろう。この男は大鎌よりも強いと……。


「……音響の魔術師はここで消しておきたいが……。そう上手くいかないらしい。」


 道化師の目線の先には、新たに魔術師の集団が……。


「こちら警備隊13班、現着した。」


 颯爽と現れたのは、ナフィによく似た一人の魔術騎士。青年だが、どこか面影が重なる。


 目鼻立ちや髪色、強者の風格までもそっくりだ。


「投降しろ、道化師。」


「リチュアル・エクスワードか。流石に面倒だ。」


 増援に気づいたその道化師は、巨体と大鎌を軽々と抱える。




 そして、闇の中へと消えた。


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