No.4「主従関係」
ミックスに吹き飛ばされた俺は、屋上にある柵の上の部分に背中を擦り、場外へと放り出された。
朦朧としながら、ただ落下していく。土使いは空中で無力だ。このまま地面にたたきつけられる……と思ったのだが。物凄い勢いの風と共に、ミックスが飛んできた。まさか……追撃する気か?勝負はもう終わったぞ……!!
そんな心配は無用だったらしい。ミックスは、落下する俺をお姫様ダッコで華麗にキャッチ。
「大丈夫かい?アルス。」
笑顔で俺を抱きかかえるミックス。クソ、屈辱だ。完敗した上にこんな仕打ちを受ける羽目になるなんて……。
「ねえ?大丈夫かって聞いてるんだけど?」
「あ、ああ。ダイジョブだよ。」
「まあ、吹き飛ばした僕が聞くのもおかしな話だけど……。」
ブツブツと言いながら彼は、俺を地上にゆっくりと下した。医務室に行くかと訊ねられたが断った。二日連続でお世話になるわけにはいかないからな。
「一人で立てる?しもべ君?」
敗北したペナルティとして、俺はミックスのしもべ。つまり部下となってしまったらしい。それをいいことに、彼は厭味ったらしい笑みを浮かべてコチラの表情を伺ってくる。
「うるせえよ。」
こう言うしかなかった。
……負けた。そのショックに俺はうなだれていた。
「あれれ、いいのかなあ?ご主人様に向かってそんな態度で?」
うぜぇ。こんなおままごとをするためだけに俺と闘ったのか、コイツは。
「まあまあ、とりあえず座りたまえよ。」
偉そうな口調でミックスは、俺に着席の許可を出した。花壇の近くにあるベンチに座る。非常に不本意ではあるが……。
ベンチで隣り合わせ。植えられたチューリップを眺めながら、俺たち二人は一息つく。そして俺は、悔しさを堪えながら率直な疑問を投げかける。
「ミックスは、何のために俺と闘ったんだ?まさか、本当に俺を部下にしたかったのか。」
「そうだよアルス。君は優秀だからね!前々からセンスがいいなとは思っていて……ナフレイルとの模擬戦で僕の部下としてふさわしいと確信したよ。」
俺の方に肘を乗せて、顔を近づけてくる。冗談で言っているのか本心なのか。俺には分からない。ミックス・アルデンティ。掴みどころのない独特な奴だ。
「そんな君に、ここで落ちぶれてもらう訳にはいかない。」
真剣な顔に持ち直すと、どこからか持ってきたカバンから、とある紙を取りだす。追試の過去問だ。そういえば、これを手に入れるために戦っていたんだった。負けたショックが大きすぎて、肝心の目的を忘れていた。
「これを君にあげよう。」
「……は?」
「あげると言っている。早く受け取れ!!」
どういうことだ?
「その過去問は、俺が勝ったら貰うという話じゃ……?」
「元よりこれは渡すつもりだったんだ。君が勝っても負けてもね?」
そういって、その紙束を押し付けてくる。
「君をしもべにしても、退学されちゃ身も蓋もないからね。アルス。君には僕のお世話係をやってもらうんだから。」
確かに。俺が退学したら、取引のうま味がなくなるな。お世話係?というのは……非常に気になるところだが。
……ともかくだ。貰えるものは貰っておこう。「勝負には負けたのだから頂けない」などと、意地を張っても仕方がない。
「よし!君への最初の命令だ。試験に合格しろ。」
「フン、言われなくてもやってやるよ。」
不可解な主従関係のもと、ミッションが提示された。
進級は俺のためだけじゃない。妹のマリィのためでもあるのだ。この過去問を有効活用して、絶対に合格してやる!
「よし、よく言った!それでこそ僕の部下だ!いい子だぞぉ~アルスゥ♡」
あろうことかミックスは、唐突に俺を抱き寄せて、頭をよしよししてしまう。
面倒この上ない絡み方だとうざったくおもっていたが、ある感触に気が付く。
あれ……なんか、柔らかくね?
「お、おいミックス。お前って……男だよな?」
って。俺は何を聞いているんだ……。
「……そうだよ?」
何を聞いているのだと、首をかしげるミックス。
「そ、そうだよな!悪いな、変なこと言って。」
「ほ、ホントだよ~。何、僕の魅力にコウフンしちゃった?」
肘でぐりぐりと横腹をつついてくる。やっぱりちょっとウザイな、コイツ。
@図書館
「ちょっと?少し休憩してからでもイイんじゃない?」
「いや、時間が惜しい。」
必要なことだったとはいえ、白熱したバトルを繰り広げてしまった。試験まであと二日半。今はとにかく時間が惜しい。今は幸い、やる気に満ちている。
「なるほど、一秒も無駄にできないってことね。」
「そういうことだ。だから、早く出てってくれないか。」
「え。」
勉強には静かな環境が必須である。邪魔をされては困るのだ。
「自分で言うのもなんだけど……僕、結構頭良いんだよ?分からない所とか……。」
「今はいい。」
だれでも急にスイッチが入って、深く長い集中に突入する経験があると思う。いわゆるゾーンの状態だ。今がその状態である。こういう時、横槍を入れられてしまうと、その集中が解かれてしまう気がするのだ。協力者に対して無礼だとは思うが、ミックスには図書館から是非、自主的に退出してほしい。
「主に対してなんて横暴な……これは教育が必要ですねぇ。」
そういうのいいから。俺は視線でメッセージを伝える。
「え……マジで拒否られてる?」
いつもの飄々とした表情が、愕然としたものへと変わる。
「お願い!居てもいいよね!僕たち上司と部下の中じゃないか!」
マジでだるい。情緒不安定すぎるだろ。無理に叩きだすわけにもいかないし……そうだ。
「分かった。その代わり、コーヒーを買ってきてくれ!」
「そんなことでいいの?今すぐ買ってくるよ!」
アイアイサー!!と叫びながら売店へと走り出していった。主従関係はどこへやら。何はともあれ、これで数分は稼げるだろう。
ミックスが帰還するまでの俺は集中に集中を極め、その短時間で単元を一つ終わらせた。
「おまたせアルス!ブラックとミルク、どっちがいい?」
はにかみながら、コーヒーを顔の前に差し出す。どうやら二種類買ってきたらしい。意外と気が利くな。顔も童顔だが整っているし、モテたりするんだろうか……。まあどうでもいいけど。
「じゃあミクルで。」
「えー。僕ブラック飲めないよー?」
やっぱり、コイツとの会話はストレスがたまるな。
それから数時間、俺は勉強を続けた。多少てこずる部分もあったが、ミックスのおかげで何とかなった。顔からも会話からも知性は感じられないが、本当に頭が良かったようだ。属性学なんかはかなり教えてもらえた。流石、音響の魔術師。詳しくは知らないが……ネームドは伊達じゃないらしい。
「もうこんな時間か。そろそろ帰らないとな。」
「えー帰っちゃうの?もう少し残業しないの?」
事あるごとに主従関係をちらつかせてくるミックス。だが、こればっかりは譲れない。もう夕食の準備をしないといけないのだ。
「待ってよ!それならどこか食べに行かない?」
「いや、家で妹が待っているので。」
しぶしぶ誘いを断って、俺はマイホームへと直帰した。
@アルス宅
玄関には、エプロンを着てお玉を左手に持つマリィが出迎えてくれた。
「おかえり。お兄様!お風呂にする?ご飯にする?それとも……。」
そう言って俺に上目遣いを叩きこむマリィ。
「待ってくれ……それ以上は刺激が。」
いつ鼻血が出てもおかしくない。俺は鼻を抑えた。ここまでが、俺たち兄妹が毎日のように行っているルーティーンだ。
「もう。お兄様はいつまでたっても初心ですね。」
「ははは。ご飯いま作るから、お風呂を貯めてきてくれ。」
「はーい。」
今のやり取りでお判りいただけただろうか?マリィのエプロンやお玉には何の意味もない。基本、料理は俺が担当する。
今日は……パスタでいいか。
「いただきます。」
「お兄さま。その言葉、何ですか?」
「ん?」
俺、今なんか言ったっけ?まあいいや。
風呂にも入り、夕食の時間だ。今日のきのこパスタは割といい出来な気がする。
「お兄さま。」
「なんだね?」
「素晴らしい味です。」
「どうも。」
マリィもお気に召したらしい。
「それにしても、今日はずいぶん帰りが遅かったですね……まさか!?どこぞの女狐がお兄さまをたぶらかして……。」
「いやいや、普通にお勉強していただけだから。」
「そ、そうでしたか!お疲れ様です。」
いつも通りの会話。いつも通りの食卓。この日常がずっと続けばいい。切実にそう願う。
そのためにも、俺は何事もなく進級しないとだな!新たに決意を固めて、俺は残り2日間の勉強に励んだ。
―進学手続書―
本学での学業の継続をここに認める。以下の手続きを完了した後、本紙を本校学務係へと提出しなさい。
アルス・バース殿 国立魔術師専門学校より
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登校最終日の放課後、この文書が俺に手渡された。担任女教師のカグラ・ニフォイは、いつも通りの仏頂面……ではあるのだが。こころなしか嬉しそうなのは気のせいではないのだろう。
「先生……おめでとうの一つもないんですか?」
「……この程度で慢心するなよ。アルス・バース。貴族どもから忌み嫌われているお前はこの先も厳しいぞ。卒業認定を行うのは貴族階級のやつらだからな。」
昔、貴族を殴った俺は卒業できそうもない。今回は進級できたが。
「現実突きつけないでくれません?」
「まあまあ。望みがないわけでもない。」
……何のことだ?
「学内の序列を決める魔術の祭典、儀式祭……。そこで優勝すれば話は変わってくるだろうな。」
儀式祭……。最強の魔術師、アレイスタ・クロウリーの名を冠した校内王者決定戦だ。
「確かに、優勝すれば……の話ですけど。」
「もしかして……自信ないのか?」
流石に難しいだろ。かのリチュアル・ナフレイルですらベスト4。属性魔法を開放した彼女でさえも優勝できない。レベルの高い大会だ。
しかも一対一形式の勝ち上がりトーナメント戦。常勝を貫くには高い魔力出力……シンプルな強さが必要だ。搦め手だけでは勝ち上がれない。
事実、俺は先日ミックスに敗北したのだし。
「言い訳ばかり並べても仕方ないぞ?」
「……。」
「優勝すれば、上流階級からのあからさまな嫌がらせも無くなるだろう。」
「まあ……やるだけやりますよ。」
カグラのアドバイスは突飛で実現性は低いが、正しい。
せっかく進級したんだ。儀式祭……精一杯やるとしよう。もしいい結果が残せたら、マリィにもカッコいいところを見せられるだろうし。
「アルス、進級おめでとう。」
「え……。」
このまま祝福されないかと思ったのに。ふ、不意打ちすぎるだろ。
「……来年もよろしくお願いします。」
担当教員への挨拶を終えて、教室をあとにした。
進学手続書を片手に。
無事2年生に!……そして、とある魔術師の下僕に。