No.3「交渉成立」
少し時間が遡ります……。
-追試験三日前-
「あーやべぇー。」
追試験の勉強を図書館で行っているのだが、中々上手くいかない。啖呵を切ったはいいものの、得点率8割はやっぱり厳しいな。いつもは魔術数学でごっそり稼いでいたため、他の教科が出来なくてもなんとかなった。だが今回は、全体で8割だ。付け焼き刃でどうこうできればいいのだが……
「はぁ。今までは退学なんてやむなしと思ってたんだけどなぁ。」
どうでも良いと考えていた。何とか就職して、妹を養うことができれば、と。でも、俺は間違っていた。妹がそれを望むはずがない。カグラやナフィみたいに、俺を応援してくれる人もいる。もう少し頑張ってみよう。今はそう思う。だからこそ、この試験に落ちるわけにはいかないのになあ。
図書館で一人、頭を抱えているときだった。
「なーにしてるの?」
「ひっ!」
突然、後ろから声を掛けられる。聞いたことのある声だ。
「お前は……音響の魔術師。」
「そう!僕は音響の魔術師、ミックス・アルデンティ!久しぶりだねぇアルス君!?」
昨日会っただろ……。
俺の耳元に奇襲を仕掛けたコイツはミックス・アルデンティ。くせ毛で小柄だが、その仕草は堂々としている。なにやら有名人らしいが、詳しくは知らない。
「僕たちもう友達だよね?アルスって呼び捨てしてもいいかな?」
「お、おう。別にいいけど……。」
コイツ、距離感バグってんのか?ナフィとは別の意味でコミュ障か?
「試験勉強……。テストはもう終わったよね?」
「俺だけ追試なんだよ。分かったら引っ込んでいてくれ。」
一人じゃないと集中できないんだ。何?自宅で勉強しろだって?俺の家にはマリエル・バースという"天使"がいる。集中できるわけがない。ここは資料もたくさんある。一人の図書館こそ至高の勉強場所なのだ。誰にも邪魔をされたくない。
「まあまあそう言わずにさあ。勉強、はかどって無いんでしょ?」
「ふぐっ。」
図星を付かれた。一緒に勉強をしてくれる友達もいなければ、親身になって教えてくれる教師もいない。俺はある一件から腫物扱いだからな。なんなら教科書もない。俺をターゲットにしているいじめグループに燃やされたからな。まあいいけど。……とにかく、勉強があんまり進んでいないのはその通りだ。得点率8割はやっぱりキツイ。
「せめて傾向だけでも分かればなあ……。」
「過去問、あげよっか?」
……マジで?
「追試って言っても、問題難易度は変わらないでしょ?それなら僕のヤツ、君にあげるよ。」
「ミックス……お前。」
俺の救世主はここにいたのか。ミックスの生意気なチビという評価を上方修正しなければ。
「ほ、本当にいいのか。貰っても……。」
「うん!いいよー。」
親指と人差し指で試験の問題用紙をつまみ、ひらひらと揺らして主張する。そして俺はそれを掴むべく、乞食か難民のように踊らされている。机の上に仁王立ちするミックスと床に頭を擦り付ける俺。その関係はどう見ても貴族と奴隷だ。
「どうだ!この過去問が欲しいか!」
「はい!欲しいです、ミックス様!」
ニヤリ。ミックスは、そんな効果音が聞こえてきそうな表情を浮かべた。
「条件がある。」
「条件……だと!?」
ゴクリ。そんな実際に喉から音をだして唾をのんだ。一体どんな条件だ。まさか……カネか?どうしよう。財布にはランチをおごってあげるくらいの金額しかない。
「一体いくら必要なんだ!?」
「いや、カネじゃないよ……。」
呆れた表情を見せたミックス。だが、それはすぐ真剣なものになる。そしてまた、口を開いた。
「僕と闘え。」
「は?」
「僕と闘って、勝ったらコレを渡してあげよう。」
口元には満面の笑み。だが、そこからは何も読み取れない。コイツはなんで笑っている?なんでコイツは俺と闘いたいんだ。そして、俺はもう一つの疑問をぶつけた。
「負けたら、俺はどうすればいい?」
負ける気なんてさらさらない。だが、勝負を受ける以上聞いておかなければならない。
「負けたら……うーん。そうだなあ、僕の下僕になる!とかかな!?」
「はあ?リスクでかすぎるだろ!」
過去問と服従を天秤にかけるなんて……。バカすぎる。
「そんな勝負、受けるわけがないだろう!」
「え?僕に負けるのが怖いのかな?かのリチュアル家に勝利したアルス・バースが聞いてあきれるなあ……。」
「表に出ろ!三下がぁ!!」
交渉は成立した。怒りの感情に任せて。
@屋上
屋上に来い。こんなヤンキー漫画みたいな展開になるとは。テスト勉強もせず、何をやっているのだ……俺は。いや、俺は過去問を手に入れなければならないのだ。日知ような過程である。
「勝負は屋上での一対一。柵の外側から出たら反則負け。これでいい?」
ミックスが試合ルールを決定していく。模擬戦とは少し違う。木刀もない。
「使用魔術に制限は?」
「無し、でいいかい?」
「……OK。」
先日のように流星以外禁止みたいな規制はなし。つまり、属性魔術が使える。
属性魔術とは、魔力の性質を変化させた魔法。魔石から抽出した魔力に色を付けるイメージだ。種類は主に土・水・炎・風の4種。それぞれ相性があり、土→水→炎→風→土という4つ巴の関係になっている。
ちなみに俺は土属性の使い手だ。基本的に一人が使える属性は一つだから、それ以外の属性は使えない。問題は、ミックスの属性だが……。
「よし、試合開始と行こうじゃないか。」
そのセリフと同時に、ミックスは"浮遊"した。
「僕の属性は風……。君は土だよね。相性は最悪だねぇ?」
意地の悪い笑みを浮かべるミックス。
「はあ……そんなことだろうと思ったよ。」
属性の相性は最悪。ステージは屋上。圧倒的に不利だが……。
「それでも勝つ。」
「困るなァ舐められちゃ。僕は音響の魔術師だゼ。」
屋上で、二つの魔力が爆ぜる。
「「"流星"!」」
二人は同時に、同じ魔術を発動する。
互いの魔弾は交わることなく駆け抜けた。ナフィとの模擬戦とは違う。今回は属性魔術を使ってもいいのだ。遠慮なく使わせてもらう。
「"石壁"」
魔術のなかでもトップクラスの耐久性能を誇る物理防御"石壁"。これで流星を完璧に防ぐ。"障壁"も確かに使いやすいが、属性魔術はやはり強力だ。
対してミックスも、俺の"流星"に難なく対処する。
風魔術“浮遊"の強みは、その機動力だ。魔弾の追尾誘導を簡単に突き放して見せる。やっぱり普通の"流星"じゃだめだな。
「"流星改 n=16"」
「出たな。全方位攻撃ィ!」
ミックスは球体上の"障壁"を発動。しかし、俺はさらに畳みかける。
「"閃光"」
"流星"とは違う、分散しない一点突破のレーザービーム。球体上に薄く広げた障壁では、同時には防げない。"浮遊"を解かない限りは。
「そういう魂胆か!アルス・バース!!」
悔しそうな表情でミックスは"浮遊"を解いた。そして、もう一枚の"障壁"を張る。
魔術は一度に二つまで。魔術の基本的な理論の一つだ。俺の攻撃を確実に防ぐには、"浮遊"を解除するしかない。
"流星"と"閃光"の爆音が屋上に鳴り響いた。そして、白煙の中からヤツは降りてきた。いや、俺に引きずり降ろされたのだ。もう一度"浮遊"が発動する前に勝負を決める。得意の近距離戦だ。
一瞬で距離を詰める。もう浮遊は間に合わない。発動したとしても、その前におれは一撃を入れる。さあ、どう動く。
「"音響・衝撃"」
両耳に突然の大音量。今まで経験したことのない瞬間的なストレス。
「くッ。」
片膝を床につく。た、立っていられない。耳をふさぐだけで精一杯だ。これが、音響の魔術師。文字通り、音による攻撃か!
「流石だねぇアルス!僕に"音響"を使わせるなんて……!!」
気づけばミックスは、"浮遊"で俺から距離を取ろうとしている。止めなければ。そう思ったが、ここである問題に気付く。
……両手が塞がっている。音から耳を守っているからだ。だがこのままでは、魔方陣を展開できない。魔方陣には手による操作が重要なのに……。
両手の自由を奪う。これが音響魔術の神髄か……。既に"浮遊"を開始しているミックス。もう一度距離を取られたら負けだ。"障壁"使っても受け身になって、一方的な展開が待っているだけ……。
笑みを浮かべながら曇り空へと浮上するミックス。流石だと俺のことを褒めていたが、深層心理では俺を見下しているのだろう。
確かにこの魔術は強力だ。防御不可。決まれば勝ちの魔術。まるで黒魔術だ。
……悔しい。
属性相性を乗り越えてもなお、超えられない壁。アイツと俺の間には、相性以前の実力差が……ある。魔術の練度で負けるなんて。
悔しくてたまらなかった。
下僕になるとか、テストがどうとか、どうでもよかった。絶対に魔術で負けたくない。熱烈な感情が燃えたぎる。
勝負の後のことなんて、鼓膜なんてどうでも良い。俺はこの勝負に勝ちたい!!
「プライド高ェな、俺は。」
覚悟を決めて、両耳から手を離す。
魔法陣を展開し、土魔術で足場を作る。そして、その生成速度を利用して、自分の身体を押し上げた。同時に足場を蹴りつける。土属性最速の移動方法だ。
"浮遊"にも劣らない高速移動で接近する。音響魔術なんて気にするな。爆音で耳が壊れる前に、あの偉そうな童顔馬鹿ヅラを叩き落としてやるよ!!
「そうくるか!アルス!!」
音響魔術を解除して別の魔術へと切り替えようとするミックス。その前に拳を……。
「がはっ。」
俺の殴打が決まる前に、俺は顔面を殴られていた。ミックスによるカウンターパンチ。
高速で直進していたため、カウンターに反応出来なかったのだ。
それにしてもコイツ。近距離戦まで出来るのか?
「面白かったよ。アルス改め、僕の下僕。」
魔方陣が光り出す。"閃光"に追撃された俺は、屋上から吹き飛ばされた。