No.2「救済措置」
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「勝者、アルス・バース。」
「……。」
勝った。あのリチュアル・ナフレイルに。今までずっと頭の中で渦巻いていた迷いは晴れ、初めて戦いにのめり込めた。
「流石はわたしのお兄さま!!」
マリィが飛びついてきた。いつもより(ハグの)締め付けが強い気がする。自分のことのように喜んでくれているようだ。
「全部、お前のおかげだよ。マリィ。」
「いえ。お兄さまの実力ですよ。自分を過小評価しすぎです。」
腕を組み、頬を膨らませるマリィ。なぜか注意されてしまった。
「そうだぞ。お前はやればできるんだ!」
「ちょ、カグラ先生!!」
なぜかカグラも俺に飛びついてきた。お前は俺の妹じゃないだろ。良い年した大人が……何やってるんだ。
「カグラ先生、いい人だと思ったのに……わたしに優しくしてくれたのも、やっぱりお兄さん目当てだったからなんですね。……殺ス!!」
ナフィが魔方陣を展開している。あ、あれは"氷塊"だ。
「マリィ!?ストップ!ストップ!!」
やばい。マジで殺す気だ、この子。俺は彼女の両手をとって止めさせる。
「お、お兄さまがそこまでいうなら仕方ありません。非常に不本意ですが、今日の所は見逃してあげます。」
「悪かったよ妹ちゃん。(君の)反応が面白くてつい……ね?」
フランク態度で謝罪するカグラ。いつもの仏頂面はどこ行ったんだ。
「俺のことは置いといて……ナフィを医務室に運びましょう。思いっきり殴ったので。」
審判をしていたマルタが担架の用意をしている。そして、医療班がすぐに駆けつけてきた。
「それにしても、この女は気の毒ですね。お兄さまと模擬戦をするなんて。確かにレベルの高い生徒なのでしょうが、お兄さまには遠く及びません。」
「流石にそれは言い過ぎだ。十回やったら九回負ける。その一回が最初に来ただけだよ。」
謙遜しているつもりは無い。”流星”、”障壁”、そして木刀でのシンプルな戦いでは、基礎的な魔術と剣術のスキルがものを言う。
”流星・改”みたいな大技はそう上手くはハマらない。
「なあアルス、一つ疑問なんだが。」
いつの間にか仏頂面に戻っているカグラが聞いてくる。
「砂塵で”流星”の追尾を妨害されたとき、なんで軌道が変化したんだ?どうやって追尾を継続させた?」
ナフィが俺の戦法をトレースしたときだな。
「ああ、あれは。……はじめから追尾効果を切っていたんですよ。」
「は???」
そう、あれは……。と、解説しようとすると、後ろから声が聞こえてくる。
「はじめから弾道を設定していたんだよね!」
……誰だ、この天然パーマ。同学年だとは思うが、流石に全員覚えているわけではない。
「30発の過大な弾数設定は、いわばカモフラージュ。イレギュラーで判断を遅らせて、障壁を使わなせない。本当の決め手は追尾弾に見せかけた、最初からコースが決まっている魔弾。」
「……。」
「さらに!”左後ろ”へステップするという相手の行動パターンを見抜いて、無防備な相手を打ち抜いた。そうでしょう?アルス君?」
「せ、正解。それな。」
嘘だろ、このくせ毛ヤロウ。俺の作戦の九割は言い当てている。はたから見ていただけのはずなのに、追尾のカラクリや行動パターンを予測したことまで……。初対面でもセンスの良さが分かる。どれだけ戦闘IQが高いんだ。大勝利をおさめた後だってのに……ちょっと自信なくすぜ?
「カグラ……先生。この男、何者ですか?」
「え?ちょっと、僕のこと知らないの?ひどい!!」
肩を掴んで揺らし、俺の脳みそをシェイキングしてきた。一応言っておくが、俺だって怪我人なんだぞ。なんならナフィよりボロボロだ。
「僕の名前はミックス・アルデンティ。人呼んで、音響の魔術師だ。」
「へ、へぇ。」
「ちょっと。反応薄くない?これでも僕、有名なんだぞ!!」
小さめの身体でエッヘンとポーズをとるミックス。音響の魔術師?聞いたことあるような、ないような……。
「学会発表はまだだけど、前回開発した音響魔術がとある界隈では……って。アルス君?」
「……あ、あれ?ひざが……。」
木剣でボコボコにされたダメージが……。急に立ち上がれなくなる。めまいも……。
「アルス君?大丈夫!?アルス君!?」
やめてくれ!俺の頭をブンブン振り回すな。流石にトブ!!意識がトブ……!!
「ちょっと、やめてください!!お兄さまを返して!!」
「そうだぞ、アルスも限界なんだ。早く医務室にって……おい?」
「大丈夫ですか、お兄さま?……お、お兄さま?」
@医務室
目蓋が開かれ、視界がだんだんと明るくなる。
「……知らない天井。」
「奇遇ね。私と全く同じセリフを吐きながら起きるなんて。」
となりのベッドには、俺と全く同じ状態のナフィがいた。
「フッ。お嬢様もテンプレに従順なんだな。」
「は?」
「いや。」
横並びのベッドに座る病人の二人。ボコした相手と相席なんて気まずいなぁ。まあ、蓄積ダメージは確実に俺の方が大きいけど。
「……許せないわ。」
唐突に切れるナフィ。
「じょ、情緒不安定なのか?」
「……違うわよ。……いや、違わないわね。内心煮えたぎる思いだわ。」
眉間にしわを寄せている。
「悪かったよ、模擬戦なのに。でも、こっちだって本気だったから。」
「そうじゃない!!」
声を荒げるナフィ。どうやら本当にご立腹らしい。
「私が怒っているのは……あなたが退学になることよ。」
……そのことか。
「それだけの実力を持ちながら……退学なんて、なんで。」
「……。」
「私は一日たりとも努力を怠ったことはないわ。剣も魔術も、それ以外も。私は一生懸命にやっている。それでも今日は負けた。私は魔術師として、あなたに劣っているのよ。」
ナフィには才能がある。魔術の規模は規格外だし、剣のセンスも相当なものだろう。だがそれ以上に、この女の強さはその努力値だ。戦って分かった、研鑽の日々が。
「俺は、お前ほど凄い奴じゃないよ。」
「……それでも、私は今日負けた。私とあなたじゃ、魔術に対する……向き合い方?が、多分違う。どこまでも突き詰めたいという欲求が、私には足りない。」
自分の手の平を見つめながら、饒舌に語るナフィ。遠目から見ることしかなかったが、こんなに喋る彼女を見るのは初めてだ。それは自分の敗北を戒めるためなのか、よほど主張を突き通したいらしい。
「今日あなたは、私より強かった。だから、退学になるなんてありえない。」
コイツが言いたいのはそういうことか。
「でも……進級試験をすっぽかしたのはホントのことだ。文句なんて言えないよ。」
「いいえ。私が文句を言うわ。理事長に。」
え。今なんと?(理事長?)
「このままあなたがこの学校を去ったら、恥をかくのは私なのよ。勝ち逃げされた敗北者として、のうのうと学生生活をおくり、偽りの首席で踏ん反り返る。それが私には許せないの!」
絶対的王者としてのプライド。今まで積み重ねてきた研鑽と、確かな実力の自負によるものだろう。退学への反対は、俺への温情などでは一切なく、ただひたすらに自分の都合。勝手な奴だと思いつつ、同時に尊敬する。自尊心を貫けるやつは凄い。
「今から理事長に掛け合ってくるわ。」
「い、今から?病み上がりだぞ!」
病床から立ち上がり、説得に向かうナフィ。どんな行動力だよ。
「待ってくれ。行くなら俺も……。」
「うるさい。あなたは関係ないわ。」
……関係あるよ。お前よりあるよ。
30分ほどして、病室の扉が開く。ナフィがもどってきたかと思ったが、カグラだった。
「妹さんから弁当を受け取った。後で食べろ。」
カグラの弁当、だと?
「先生……。俺、一生ついていくよ……!」
「い、一生?それはちょっと……考えさせてくれ。」
マリィの弁当を持ってきてくれるなんて、たまにはいいことするじゃないか、この教師。と思ったら、なんか体をクネクネさせている。きもい。
「そ、それにしても聞いたぞ。妹さん、体調を壊していたらしいな。」
「は、流行り病で。でももう、すっかり良くなったみたいで。」
なぜか悲しそう顔で聞いてきた。
「……お前が試験に来なかったのは?」
「マリィの看病ためだ。」
マリィの……俺たちの母親は、流行り病で亡くなったのだ。”多分、大丈夫だろう”とはいかない。マリィが熱を出し、病気を患っていると分かった時点で、俺は欠席を即断した。
「はあ。とんだシスコンだな。」
「何とでも言え。」
何度でも言う。俺は後悔はしてない。
「退学のこと、妹には言っているのか?」
「言えてない。言えるわけがない。……けど、民間にスカウトされて就職したってことにして。」
実際、そうするつもりだったし。
「そう上手くいくか、バカ。」
まあ、そうだよな。それが正論だよな。
「お前の退学、誰も納得いっていないんだよ。私にナフレイルにお前の妹。お前を実力を知る奴は全員な。金持ちのボンボンに手を出したお前も悪いが。」
でも、今更じゃ……。そう思う俺に対して、カグラはニヤリと笑う。
「もう立てるか?理事長がお呼びだ。」
@理事長室
「入りなさい。」
カグラと俺で理事長室に入る。1年通っているが、この部屋に入るのは初めてだ。
「アルス・バース君だね。」
「はい。」
理事長。白髭を驚くほど伸ばしている老年の男性。魔術師としての雰囲気が作為的かと思うほどよく作られている。そんな老練の魔術教師が、髭をねじりながら語る。
「本来、君は退学とするべきなのだが。今回は特別に”進級試験の追試”を行うことにした。」
救済措置という訳か。ナフィのやつ。本当に説得しやがった。
「だってうるさいんだもん、あの子。あんまりリチュアル家に逆らうとワシの立場もあやういし。」
老練の魔術師というレッテルは一瞬で崩壊した。フラットな口調で保身に走ったことを明言する理事長。この人もしかして、髭を伸ばしてるだけの面白おじいさんか?しかし、今回退学を一度取り消ししてもらえることは事実だ。コミカルな雰囲気に流されず、丁寧にお礼を言っておこう。
「ありがとうございます。」
「ただし!!!」
急に威厳を取り戻したように、野太く大きな声で理事長は言う。うるせぇよ。心臓に悪い。
「試験内容を少し変更する。実技はなし。筆記だけで評価する。先日の試験と問題難易度は同じ。内容は変更して行う。本試験は三日後だ。」
なるほど。流石に実技はやらないか。
「さらに、合格基準を得点率五割から八割へと引き上げる。」
これを聞いたカグラは、即座に一歩前に出て理事長へ意見した。
「恐れながら申し上げます理事長。得点率八割は、いささか難易度が高すぎるかと……。」
それに対し、厳格な態度で即答する理事長。
「いや。この追試は、一度ふるい落とした学生を救い上げるものだ。このくらいのハードルは当然だろう。いいな?アルス・バースよ。」
ふん、わざわざハードルを用意してくれるとは。分かっているじゃないか、理事長。これでまた、妹にカッコいいところを見せつけることができる!
「理事長、俺を誰だと思っているですか?世界一カワ(・∀・)イイ!!マリエルの兄、アルス・バースですよッ!!」
「……。」
……冷静になるなよ。
◇
「カグラ先生。アルスの結果が出ましたよ。」
ついに来たか。理事長の話から4日後同僚のマルタが採点結果を持ってくる。正直心配だ。
全教科で得点率八割は、この私ですらとれるかどうか。魔術数学に関しては問題ないだろうが……。
「ど、どうだ。結果は?」
マルタに恐る恐る訊ねると、彼がはその用紙を差し出した。
「それなんですが……。」
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国立魔術師専門学校 進級試験(追試)
1年 アルス・バース
魔方陣学:98/100
魔術数理:200/200
属性学:88/100
歴史M:59/100
魔術特論:95/100
計:540/600
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得点率九割……。魔術数理は満点か。デキるやつだと分かってはいたが。
「カグラ先生。私は実技担当だから分からないのですが、九割というのはそんなにすごいことなのですか?採点した教員が『音響の魔術師と同じ点数だぁ!!』と大騒ぎで。」
「……。」
「……先生?」
やはり、私の目に狂いはなかった。この生徒を見出した自分に喜びと恐怖を覚える。
この生意気な小僧ならたどり着けるかもしれない。世界を変える禁断の魔術師。……黒魔術師に。
(そうだアルス。本気を出せ。もっともっと強くなれ。時間は待ってはくれないぞ。)