No.1「退学勧告」
―退学勧告書―
あなたは、本学での学業存続に必要な試験において、結果不十分と評価した。そのため、あなたには魔術学習に取り組む資格がないものと判断し、ここに退学処分とする。
アルス・バース殿 国立魔術師専門学校より
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今日の放課後、この文書が俺に手渡された。担任の女教師”カグラ・ニフォイ”は、いつもの仏頂面で俺に語り掛ける。
「これでお前の顔も見納めか、アルス・バース。いずれはこうなるだろうと考えてはいたが。まさか”進級試験にすらこない”とはな……惨めな学生生活が嫌になったか?」
自分の受け持った生徒に退学勧告をしているというのに、この人はいつも通りの減らず口だ。……まあ、下手な同乗をしてくれないあたり、彼女なりの配慮だろう。
「仕方ないですよ。僕みたいな落第生が退学になるのは、珍しいことじゃないでしょ?」
魔術公務員専門学校での3年間で、退学になる者はいるにはいる。
「まともに試験を受けていれば、退学にはならなかっただろうな。」
カグラは、厳しい口調で俺の受験辞退を非難する。そう責め立てるなよ。自分で言うのもなんだが、ぶっちゃけ後の祭りだ。
「残念だよ。君には期待していた。」
「……話は終わりですか?」
「ああ。……退学までいくつか授業はある。思い出づくりに顔でも出しておけ。」
「行くわけないでしょ。」
そうして俺は学校を後にした。
「ただいまー。」
学校が終わり、真っすぐ家に帰宅する。家には誰もいない、というのが専門学生の下宿先というものだろう。しかし、俺はそんじゃそこらの専門学生とは違う。俺の家には”天使”が居るのだ。
「お兄さまぁ!おかえりなさーい!」
黒髪の可憐な少女が俺の胸に飛び込んでくる。このつやのある黒髪、間違いない。愛しい俺の妹、マリエル・バース。だ。
「ただいまーマリエル。すこし顔色良くなったんじゃないのか?」
「はい、お兄さまのおかげです。つきっきりで看病して頂いたので……。」
「……よかったよ。今、おかゆ作るから。待ってね。」
マリエルは風邪をひいていた。ただの流行り病だったが、万一があってはいけない。俺は医者に見せた後、ひと時も離れず看病した。妹の世話は、他人には任せられないことだ。家族と離れて二人暮らしをしているため、コイツの面倒は兄貴の俺が見るしかない。
「マリィももうすぐ18歳かぁ。」
「はい!私も来年から、お兄さまと同じ学校です!」
……退学するなんて言えない。同学年の生徒にどう思われたってかまわない。でも、妹には悟られたくなかった。
「マリィ?」
「はい、お兄さま?」
「いや……。おかゆできたぞ。」
兄妹間の隠しごとはできるだけないようにはしているのだが、これだけは怖くて言えない。この日は結局、最後まで言えず終いで床に就いた。
「おはようごさいます、お兄さま!」
「ああ、おはようマリィ。……どうした?」
マリィの様子がおかしい。また熱が上がったのかと思ったが、
「お兄さま、その。今日は学校に行かなくていいのですか?」
……寝過ごした。今までこんなことなかったのに。退学勧告のせいで気が緩んだのか?いつもは7:00のアラームと共に起床するのだが、今日は8:00まで熟睡していた。
「悪い!すぐ朝ごはん作らないとだな。」
「い、いえ。ごはんはわたしが用意したので。」
テーブルには二人分の食事。パンとサラダにベーコンエッグ。いつも通りの質素なメニューだが、俺が作る朝食よりいい匂いがするし、輝いて見える。
「余計だったでしょうか?」
「お前が作ったのか?」
不器用だったあのマリィが、今日の朝食を……。
「お兄さま?もしかして、泣いているんですか?」
「いや。お前も成長したんだなぁって。」
「わ、わたしだって病み上がりでもこれくらいできます。アルス・バースの妹として当然です!」
「そうか。これでいつでもお嫁に行けるな。」
「……お兄さまは、やっぱり何もわかってません。」
「???……いただきます。」
俺たちは朝ごはんを食べ始めた。大きく口を開いてベーコンエッグをほおばるマリィ。焦げた方のベーコンを自分の皿に盛りつけていた彼女に気づき、ほほえましく思う。
「それでお兄さま。今日の学校は?」
妹が笑顔で聞いてくる。退学勧告を受けたことをマリィにはまだ言えていない。……まだ言うべきじゃない。俺は今日、病み上がりの妹を心配させないために、学校に行くことにした。
「ああ。今から準備するよ。」
「でも、そのペースで食べていると遅刻しますよ。わたしの料理、おいしくなかったですか?」
「そんなわけあるか。美味すぎて、いつもより味わって食べたくなっちゃうんだよ。」
妹が作った朝ごはんを完食。お代わりもした。遅刻だろうとかまわない。どうせ退学になるんだし。
「それじゃ、行ってきます。」
「行ってらっしゃいませ、お兄さま。……あっ。」
……マリエル。今、何か言おうとしたか?そう思ったときにはすでに扉を閉めていた。まあ、気のせいだろう。
「ああ、どうしましょう。お弁当、渡しそびれてしまいました。」
いつもより遅い登校。普段なら他にも通学生が見えるが、今日は誰もいない。俺は異様に静かな校門をくぐった。
「遅いぞ。アルス・バース。何をしていた。」
教室に入ると、担任のカグラが俺を睨んだ。
「妹の手料理を堪能していて……。」
「ふん。ここにきてまだ冗談が言えるとは、案外余裕だな。もっとショックを受けているものかと思ったぞ、アルス。」
「……ただのやけくそですよ。」
「まあいい。直ぐ着替えて演習場だ。進級試験でも言ったが、フィジカルに乏しいやつが多すぎる。今日は一対一の模擬戦だ。」
教室から阿鼻叫喚が生まれる。みな模擬戦などやりたくない。もちろん俺もだ。
「やっぱり休むというのは?」
「なしだ。」
……ですよね。
@屋外演習場
「やっと来たか、アルス・バース。着替えるのが遅いぞ。」
「さーせん。」
演習担当教師“マルタ”のお叱りを受ける。まさに体育教官という雰囲気と風貌で、熱血教師として有名だ。下手に関わらない方がいい。急いで整列に加わった。すると、生徒間でなにやらざわざわしだす。
(今年の退学者ってアイツだよね?よく来れるわー。)
(諦めて試験にも来なかったんでしょ?)
(やば。つーか今日も来なくてよくね?)
まあ、こういう扱いになるよな。知ってた。だが、誰一人かばってくれないという訳でもないらしい。
「あなたたち、恥ずかしいからお止めなさい。」
「……。」
一人の女魔術師の指摘に誰も反応できない。
彼女はリチュアル・ナフレイル。国家の中枢機関を支える名門リチュアル家の長女。煌びやかな赤髪に蒼い瞳の容姿端麗なルックス。名家の評判を汚さない立ち振る舞い。生徒教師ともに誰もが一目置く人物だ。リチュアル家は代々優秀な魔術師を輩出しており、大きな信頼と権力を握っている。
この国に身分制度はないが、リチュアル家に関しては事実上の貴族だと言える。それほど家柄のよいお嬢さまに対して、軽々しく反論できる人間はいなかった。
場がしんと静まり返ったところで、演習担当のマルタが指示をした。
「全員そろったところで模擬戦をはじめる。ルールはいつもどおり。武器は木刀。使用してよい魔術は”流星”と”障壁”のみだ。」
もちろん模擬戦で真剣は使わない。扱いに慣れておくことは大切だが、対人ではもしものことがあるからだ。そして説明にあった魔術、”流星”。
この魔術は、現代魔術の戦闘において、もっとも実用的でポピュラーだ。その効果は”追尾性能をもつ魔力弾を5発ほど発射する“というものである。つまり、連続エネルギー弾だ。
”障壁”はその名の通り、(魔力による)バリアのことである。
「一対一のペアを組んで望んでもらう。各自、実力の近い者同士で取り組むように。それでは準備開始!!」
一対一のペアか……。ハブられている身としては、ちとハードルが高いな。次々とペアを決定していく周囲の様子を眺めるだけ。実にむなしい。これは”先生とペア”コースか?とも考えたが、今日は生徒数が偶数だ。運がいい。
もうじき退学するような落ちこぼれとは誰も組んではくれないようで、俺は見事に最後まで残った。こうなれば、もう一人の売れ残りとくっつくしかあるまい。
「なんだ。あなたなのね。」
「マジか……。」
リチュアル・ナフレイル。なぜお前なんだ。
「仕方ないわね。このペアでやりましょう。」
「いやいやいや。絶対ムリですって!」
「何?私とヤリたくないの?」
派手な赤髪の圧に押されて、思わず承諾してしまった。
私とヤリたくないの?なんて言われたら、そりゃね。……よく考えれば、こうなることは想像できた。マルタは、実力の近いもの同士でと言っていた。魔術騎士としてぶっちぎりの実力を誇るナフレイルに対して、該当する相手はいない。俺とは全く逆の理由で売れ残ったのだ。
だからといって俺と対戦することないだろうに……。
◇
@正門
「弁当?」
「はい。アルス・バースの妹なんですけど……。」
お弁当を忘れた兄のために、専門学校へと赴いた。守衛さんに問いかけているのですが……。
「アルス……ああ、アイツね。」
お兄さまをアイツ呼ばわりとは……この男、何様のつもりなのでしょう。まあ、お兄さま以下の存在であることは確定しているのですが。
「それで、これを届けていただくことはできないでしょうか?」
「弁当ね……。必要ないんじゃないかな。学食だってあるし。」
守衛のつまらなそうな態度での受け答え。こういうカンジの方もいるのは存じていますが。ここまで露骨だと、やはり気に障ります。それでも、こちらはお願いしている立場。もう一度頭を下げる。
「そこを、そこをなんとかお願いします。」
しかし、守衛さんの態度は変わりません。それどころが、この男はとんでもない発言をしました。
「ったく。兄妹そろって強情な奴らだな。」
……は?
「今……お兄さまを侮辱したのですか?」
わたしはノータイムで魔方陣を展開した。魔術発動の初期動作である。繰り出す魔術は”氷塊”。私の扱う魔術のなかで最も早く発動でき、最も殺傷能力の高い魔術。展開した魔法陣に、魔石から抽出した魔力を注ぎ込む。その瞬間だった。
「おい。何をしている?」
ちっ。邪魔が入った。この女……おそらく教員だろう。もう下手な真似はできないな。一応わたしもこの学校に入学する予定だし……。くそっ、お兄さまを侮辱した人間を殺し損ねるとは……。
「お前?もしかして、マリエル・バースか?」
「カグラ先生?お知り合いで?」
「お疲れ様です、守衛殿。彼女は来年度の入学生でも特に成績が優秀だったのでね。」
「は、はあ。」
カグラ……。確か、お兄さまの担任教師の女だ。ここはしっかり対応しなくては。
「カグラ先生。こんにちは、マリエル・バースです。お兄さまに少し用事があって伺ったのですが。」
「用事とは、その弁当かな?」
「はい。お兄さまに届けて頂きたいのですけど、よろしいでしょうか?」
「……入学生が遠慮するな。私が案内するから、直接届けてやれ。」
「ほ、本当ですか?」
まさか、お兄さまの授業風景をこの目で直接見られるなんて。カグラ先生、なんて素晴らしい御方。
「面白いものが見られるぞ。」
「……?」
彼女の案内でわたしは、”演習場”へと案内された。そこには、ボロボロの兄が立っていた。
◆
模擬戦が次々と行われていく。どのペアも実力が近いからか、想定より時間が押しているようだ。このまま出番が回ってこなければいいのだが。
「おいアルス。」
「な、なんですか?ナフレイルさん。」
ぎこちない笑顔で対応する。
「敬語はやめろ。それに、ナフィでいい。」
「あ、そう。」
敬語は苦手だから助かるよ。それにしても、俺と話すことなんてあるのか?
「退学すると聞いたが?」
「ストレートに聞いてくるね。」
コイツ。堂々としてはいるが、絶対コミュニケーション能力低いな。高嶺の花すぎて近寄れないタイプかと思っていたが、単純に対人関係が苦手なのかもしれない。完璧超人という訳でもないらしく、妙な親近感が沸いた。
「別にいいよ。進級できても、どうせ卒業できないし。」
「……?」
「ほら、試合全部終わっちゃったよ。最後、俺らだろ。」
「……手は抜かないからな。」
腰の木刀に手をかざすナフィ。彼女は魔術・剣術どちらも優秀らしい。流石リチュアル家。
「お手柔らかにお願いします。」
(何秒で決まると思う?)
(3秒だな。)
(俺は2秒。焼きそばパンかけてもいいぜ。)
下世話な連中を無視して、丸太が合図を唱える。
「よーい、はじめ!!」
「”流星”!!!」
開始の合図と同時に、ナフィは”流星”の魔方陣を展開する。とは言っても、ただの”流星”ではない。彼女の魔力出力は、他の魔術師の比ではないのだ。俺みたいな貧弱な魔術師では撃ちあいで勝てる道理がない。
「それが分かっていれば、撃たせるわけないだろ!!」
俺は真っすぐ距離を詰めて、剣戟戦へと持ち込んだ。この距離なら魔術は発動できない。自分にもダメージが入るからな。
「なるほど、そうくるかアルス。」
だが、これでやっとスタートラインだ。剣の打ち合いでも、やはりナフィに分がある。
「これでも剣には自信があるんだけど!!」
「確かに。想定以上だよ、アルス。でもッ!!!」
ナフィの剣が俺の態勢を崩した!これはまずいな。
ナフィが優勢になる理由は、彼女に”流星”という強力なカードがあるからだ。距離を取られた瞬間、俺は一気に不利になる。それを互いに理解しているから、剣術戦でも彼女には余裕が生まれるし、俺には焦りが生じる。
俺の隙を彼女は見逃さない。すぐさま距離を取って、もう一度魔法陣を展開する。この位置では距離を詰める前に魔術が発動するだろうな。俺の”障壁”では、2重でも防げるレベルの魔力弾じゃないし。
(勝負あった。)
そんな空気が流れるが、それでも俺にはまだカードがある。
「“流星”!!!」
「……無駄だろ!!その”流星”は。」
「いいや、無駄じゃない。」
確かに、彼女の魔術に比べたら、俺のなんて屁みたいなものだろう。だがそれは火力のお話。大切なのは使い方だ。
彼女の巨大な”流星”が撃ち出されてすぐに、俺の”流星”も発動する。しかしその目標は、ナフィでもなければ、その巨大な魔力弾でもない。地面だ。俺の目の前に巻き起こる爆風が、砂埃を巻き上げた。
「まさか……煙幕代わりに?」
ナフィも気づいたようだ。煙幕を張ることで、追尾誘導は切れる。発動者が対象を確認できないと、追尾効果は発動しないからだ。全弾回避した俺は再び剣術戦へと持ち込んだ。
ナフィは左後方に下がり、俺との間合いを調節する。
(おいアイツ、リチュアルに善戦してるんじゃないのか?)
(ああ、勝つのは難しいだろうけどな。)
観戦している他生徒もざわざわしだしている。それもそうだ。一瞬でねじ伏せられると期待していた落第生があのリチュアルと張り合っているのだから。
ナフィもかなり驚いているようだ。
「アルス。お前、本当に退学するのか。そんなタマには……。」
「貴族様には関係ねぇだろ。」
それから約2分、両者とも倒れることなく戦いは続いた。しかし、結果は最初から見えている。
ナフィの身体には傷一つついていなかった。せいぜい息が上がる程度。対して俺は、もうボロボロだ。なんとか剣での戦いに持ち込もうとしていたが、それでも俺が優勢になるわけではない。いくらかマシ、という程度だ。ナフィの剣の才能は、17歳という若さで並みの騎士とは一線を画していた。学年主席は伊達じゃない。そろそろ潮時。落第生にしてはよくやっただろう。
参りました。降参します。
言い放とうとした直前に、いるはずのない妹の姿が目に映る。
「マリ……エル?」
ボロボロの俺を泣きそうな目で見つめている。なんでこんなところにいるんだ。こんな格好悪い姿、兄貴として絶対に見せちゃいけないだろうに。俺のことを見て、プルプルと震えている。それもそうだろう。自分の兄がここまで惨めだと、情けなくて仕方がないはずだ。
横にカグラがいるな。アイツが連れてきたのか。正直あの女教師は何を考えているのかさっぱりわからん。カグラが何やら、マリィに話しかけている。
「アルスの妹よ。お兄さんが負けそうだぞ。応援してやらなくていいのか。」
「わたしの応援なんてなくても……お兄さまは……!!!」
「そうか、そうだよな。だとしたら、手を抜いているのかもなあ。お前のお兄さまは、やる気がないらしい。妹から何か言ってやれ。」
「お兄さま。本気を出してくださいよ……。」
本気を出せ……か。お前には”何でもお見通し”というわけだ。
それでも下を向く俺に対して、マリィは続ける。
「わ……わたしの。わたしのお兄さまが……負けるわけないんだからァ!!!」
マリエルは涙目で叫んだ。恥ずかしいほどの大声で。突然現れた少女に、周囲は困惑している。そんな中、ナフィは俺に語り掛ける。
「かわいい妹だな。」
なんだコイツ。わかっているじゃないか。
「そうだよ。俺の妹は世界一かわいいんだ。」
「そ、そうか……。」
妹にここまで堂々と宣言させたら、負けるわけにはいかないだろう。魔石からの魔力供給を最大速度に。効率なんて度外視だ。この勝負は、もう俺だけの者じゃない。
「絶対勝つ!!!」
(そうだアルス。やる気を出せ。君には期待しているんだ。)
◆
どうせ貴族どもにはかなわない。今日勝てたところで、いつ転ばされるか分からない。
……俺は入学当初、とある名家の御曹司を真剣勝負で負かしたことがある。相手はナフィとは違って、大したことのないやつだった。だが、問題はその後に起きた。俺に対して壮絶な嫌がらせが始まった。はじめは御曹司とその取り巻き数人。しかしその雰囲気が学校全体に広がり、俺は腫物扱いだった。
それだけなら問題ではなかった。しょうもないことだと流すことができた。だが、その嫌がらせが高等部に在籍していた妹のマリエルにまで及んでしまった。それだけは許せなかった俺は、その御曹司をもう一度ボコボコに成敗してしまった。
それ以降は、妹が何かされることはなくなった。しかし、貴族に手を出した俺は不遇な扱いを受けるようになり、進級も危ぶまれるようになる。その御曹司の影響力は、教師どもにも及ぶ。あの日試験を受けて合格したとしても、卒業まではできないだろうと勘づいて。
だからもういい。そう思っていた。今日ナフィに勝っても、俺の妹であるマリエルにヘイトが集まるだけ。今日、必死になったところで……。
「わ……わたしの。わたしのお兄さまが……負けるわけないんだからァ!!!」
これで負けたら、恥ずかしいのは俺じゃない。マリエルだ。ここまで言わせておいて、負けるなんて。それはないだろ、アルス・バース。
前言撤回だ。なんとしてもお前に勝つぞ、リチュアル・ナフレイル。
「妹を嘘つきにはさせねェ!!!」
魔法陣を展開。ただし、通常の”流星”とは少しだけ違う。定番から外れた離れ技。
「”流星・改, n=30”」
「「「なっ……!!!???」」」
ギャラリーがどっと沸く。
「なんだあの……特大の魔方陣は。"流星"の魔方陣は直径50㎝と決まっているはず。……1mはあるぞ。」
"流星"とは5つの魔力弾を連続で放つ魔術。だが、その内容は絶対ではない。魔方陣の中身を少し変更してやれば、魔術はオリジナルに改変できる。発動が遅くなるため、学生では俺くらいしか使いたがらないだろうが……。
ナフィが困惑している間に、発動準備は整った。改変した”流星”を発射する。
「(10……20……30発!?)」
そう。流星の弾数は変更できる。その分1発1発の威力は落ちるが。”5発”はトータルでの火力効率が良いというだけ。少し魔方陣を拡張すれば……!!
「凄い!お兄さま!!魔方陣の改変なんて……。」
「魔方陣は仕組みさえ理解していれば自分の思うように改造できる。それには魔術理論に深い造形がないと到底無理だがな。アルスは魔術数学の成績だけはすこぶるよかった。あのくらいは”序の口”だぞ。」
30発の弾丸が四方八方からナフレイルを襲う。彼女は魔力出力にアドバンテージがあるため、ここは”障壁”がセオリーだが。
「こんな攻撃、どう”障壁”を張ればいいのよ。」
全方位から囲うようにして魔力弾が仕向けられている。自分を中心とした球体上に”障壁”を張ろうとするも、悪手だと気づいたようだ。
「(バリアを広げすぎればどこかが破られる。かといって、小さくし過ぎれば身動きが取れない。二重バリアなど論外だ。)」
この追尾弾にどう対処するか……。彼女は思い出す。アルスが先ほど見せた技巧を。
「オラぁあああああ!!!!!」
魔力を込めた拳で、地面を粉砕した。お嬢様らしさなど皆無だ。彼女も勝負に真剣という訳だ。凄まじい形相で繰り出された一撃により、“砂埃”が舞う。そう、砂塵でアルスの視界を妨害し、流星の追尾誘導を無効化したのだ。そして、左後方へと転がり込んで全弾回避。
「そう来ると思ったよ。」
「……は?」
追尾誘導を無効化したはずの”流星”がナフレイルに向かう。それも十数発。
身体をよじらせて何とかよけようとするが、4発が着弾。
「な、なんで……。」
威力が分散しているとはいえ、直接食らえばそれ相応のダメージは入る。だが、問題は直撃時のダメージではない。その衝撃による態勢の崩れだ。ナフレイルもピンチを自覚していた。なぜ追尾を無効化したはずなのに弾丸は追ってきたのか。
そんなことを考えている余裕はない。ナフレイルは身構える。まずい。アルスが来る、と。
木刀を握りしめたその男は、全速力でナフレイルのもとへ駆ける。ナフレイルには、倒れた体を起こすための時間が必要だった。
”流星”で牽制を。
そう思って、右手で魔方陣を展開した瞬間、それは破壊される。
気づけば魔方陣は、木刀の投擲で吹き飛んでいた。
「(木刀を投げるなんて……。でもこれで接近戦は私の勝ち。)」
それでも男はひるまない。依然、全力疾走だ。ナフレイルはその姿に畏怖を覚えながらも、後ろに下がりながら刀を構える。
しかし、その構えは崩れていた。後ろに下がりながらだったからか。焦りがあったからか。……そんなことはどうでもいい。半端な構えの剣士を屠ることなど、アルス・バースには素手で十分なのだ。
滑走の勢いのまま放った飛び蹴りは、ナフレイルの籠手を狙う。咄嗟のことに力を入れる暇はなく、彼女の木刀は宙へと舞う。
そして、呆気にとられるリチュアル・ナフレイルの右肩を、アルスの掌底が吹き飛ばした。
回転しながら倒れるナフレイル。その後、動く気配はない。
「「「……噓だろ。」」」
「勝者、アルス・バース。」
最強の魔術師が誕生することを、今はまだ誰も知らない。