ふたりの状況
ふたりはどちらも意識がなかったが、生きているようではあった。
だけど猫耳娘の方は妙にきれいで、猫女━━たぶん女だと思う━━は汚れていた。
不思議に思いつつも、私はふたりの生存者を抱えて一時撤退した……さすがに疲れたが。
戻ってミーナに二人の治療を頼み、心配なので同席しようとしたら怒られた。なんでやねん。
『自覚がないようですが、マコトさんも消耗してますよ。休眠それから補給も受けてください』
あ、そういうこと?
でも。
「まってまって、いきなり仕事を頼んでるのに、なのに自分は休むなんて……」
『調査を任じたのはわたしです。
そしてマコト、あなたは現時点でひとりっきりで替えもないんですよ?
休みなさい、命令です』
「う」
そう言われると弱い。
それに指摘通り、たしかに消耗もしていた。
「あーうん、了解。
だけど経過は教えてよ?」
『ええ、それはもちろんです。
さ、早くお休みなさい』
「ういっす」
やさしいミーナの声にうながされ、私は補給ブースに移動した。
宇宙船の食堂というと連想するのがナゾの合成食や保存食だろうけど、この『船』にそんなものはない。
大破して墜落した船だというのに、しっかりと生鮮食品があるのには驚いた。
ミーナいわく。
【食料工場が再稼働しましたから】
船の中に生鮮食料品工場まであるんかい……。
さすが宇宙文明。
さて。
灼熱の砂漠で失った水分をとり、さらに食事をとった。
多少の水分枯渇でもこの体はビクともしないんだけど、実はきっちり体調不良にはなったりする……ただしこれは肉体として不調なのでなく、中のひとの心を摩耗させないためらしいけどね。
ふう。
ひと心地ついていたら、ミーナから連絡が入った。
『今いいですか?』
「いいよ、経過状況?」
丁寧すぎる物言いに、いやな予感がした。
「悪いニュース?」
『ええ、問題が出ました』
「もしかして治療が?」
あいにくこの船は医療船じゃないし、そもそも医療システムもまだ治ってない。
だったら……。
『はい、アマルー族の方ですが、手遅れでした』
ちなみにアマルー族というのは猫の宇宙人さんの方ね。
「そっかぁ」
やっぱりだったか。
『アマルー族の医療データがないの。
全力は尽くしたんだけど……本当にごめんね』
「あーうん、それはわかるからいいよ。
要するにダメージが大きすぎて、手に負えなかったんでしょう?」
『ええ、ごめんね』
声は悔しさをにじませていた。
「そんな謝らなくていいって。こっちこそ無理させちゃったね、ごめんね」
この船は医療船じゃないし、乗員も地球人と同タイプの人類しか想定してないらしい。
しかも不完全な状態で。
その状況で異星人を診ろなんて、無茶振りをしたのは私の方だった。
宇宙の超技術だって技術は技術、魔法のように「ないもの」を生み出せはしない。
ああ、うん。
ごめんねミーナ。
『ところでヴァーリン種、あなたの言う猫耳さんの方だけど、こっちは別の問題があったわ』
「別の問題?」
『中身がなかったの』
「え?中身がない?」
『ええ、空っぽだったわ。
どうやら、中のひとをインストールする前の状態みたいね』
ああ、それで猫耳の方はきれいだったのね。
『それでアマルーの方だけど、もうダメだとわかった時点で意識を退避させて事情を伺ったの。
中身のないヴァーリンの中にいれれば生き延びられると思ったからね。
でも拒否されたわ。
ミミつきはお友達のために作った新しい体で、でも肝心の本人が亡くなってしまったそうなの』
「あー……友達の体を使って生き延びるのはイヤだって?」
『ええ、ひとりぼっちで生き延びるのはイヤだ、彼女のところに行きたいって』
「そっか」
とても大切な友達だったんだろうね……そっか。
『それでね、実はそのアマルーさんから「遺言」をもらったの』
「遺言?」
『空っぽのヴァーリンの体だけどね、マコトさんに使ってほしいって。
まぁ親友の体に他人が入っているのは見たくないから、自分が死んでからにしてとは言われたけど』
「え、どういうこと?」
『彼女、マコトさんの身体が不完全なのに気づいてたわ』
「……なんで?」
『彼女、乗ってた船では医療班だったらしいのよね』
「……そうなんだ」
『まぁ反論できないわ、間に合わせなのは事実だもの』
そういってミーナは苦笑した。
『それでさっそくだけどマコトさん』
「あ、はい」
『せっかくのご厚意です、もらっちゃいましょう!』
「……ちょっと待った」
『なあに?』
「なんでそう積極的なの?
ていうか、なんでそんな、パソコンの再インストールするよーみたいな軽いノリなの?
ボディを取り替えるって、いくらミーナの技術でも簡単なことではないでしょう?」
イメージとしては脳移植。
宇宙の超技術では可能なのかもしれないが、地球の医療技術でいえば未だ夢物語だったはず。
しかし。
『そうでもないですよ?』
あっけらかんとミーナは返してきた。
『パソコンの再インストール……なるほど、マコトさんの保管記憶データと比較しました。
理解できました。
そうですね、だいたいそんな難易度の理解で問題ありません』
「え、マジでそんな簡単なの?」
『そうですが?』
うわぁマジか。
そんなノリで別の肉体に移せてしまうわけ?
やばいね宇宙文明。
でも。
「他にも理由があるんじゃないの?」
なんか裏のありそうな笑顔だったので、思わず突っ込んだ。
そしたら。
『うふふ、そりゃーありますよ。
かわいいですよね、あのボディ』
「……は?」
一瞬私、ミーナが何を言ってるのかわからなかった。
ポカーンとしていたら、ミーナが眉をよせた。
『あら、見た目は大切よ?
同じ仕事をする場合でも、見た目の違いがモチベーションを左右するのはよくあることよ。
そして、そんな些細な差異が、極限状況においては生死を分ける事だってある。
だから、配下ユニットのメンタルケアとモチベーションの維持は大切なお仕事なのよね』
「お、おう」
なんかガチな説明だった。
「あーうん、たしかにアレはかわいいと思うよ?
でもねミーナ、かわいいっていうのは自分じゃないからこそいいんだよ?」
『は?何を言いたいの?』
「だからさ。
猫耳少女なんてのは愛でるとかわいいものなの、わかる?
自分自身が猫耳少女になっても、そんなん可愛くもなんともないの。
ただの痛い人でしょそれ」
『ああなるほど、よくわかります。
可愛いものは見る、さわる、抱きしめるのがよいのであって、自分自身を見て、さわり、抱きしめるのは違いますからね。
わたしもリアルボディを所有している身です、その言いたいことはよくわかります』
「うんうん、わかってもらえて私もうれしいよ……」
『なのでマコトは可愛くならないとダメなのです』
「なんでよう!」
むむむ、なんか根本的なところで対話が成立してない?
なんでか知らないけどミーナ、何がなんでも猫耳の体を私に使わせたい?
『もちろん、かわいいだけじゃないメリットもありますよ。
そもそも今の身体は、あくまで間に合わせの代物です。
対してあの身体は、有機合成人間を作らせたら銀河の最高峰と名高いボルダ製ですからね。
性能も最高ですし、なんでも他国にはないすごい機能もあるとか』
「えっと、ボルダって……ミーナの所属国だよね?」
『あいにく、わたしは契約してボルダ船籍になっただけで、ボルダ製ではないですよ』
「あー、そういえばそうだった!」
なるほど、ミーナの正体はその宇宙船のコアシステムだもんね。
あまりにも人間臭くなっちゃったんで、逆にそっちのイメージ沸かなくなってたわ……いやホント。
すごいね宇宙の技術。
「けどさ、本当に大丈夫なの?」
『何がです?』
「いやだって、めっちゃ女の子の体だよね?しかも猫耳とシッポつきの」
『マコトさんなら今だって女の子ですよ?』
「今の身体は女の子じゃないじゃん」
実は、今の身体は「どっちでもない」のだ。
ち◯ち◯ついてないから女の子扱いされているが、実は女の子のソレもついてない。
これは本当のことだ。
この身体は中性、いや無性だと言える。
もし完全な女の子の身体だったら……当然、それは見た目だけじゃないわけよね?
いずれは女性としての生理現象も体験することになる。
元の自分が男なのか女なのか、それすらも知らない私だけど。
けど……なんとなく完全な女の子になるのは強い不安があった。
もしかしたら。
元の私は女の子でなく、お『大丈夫ですよ』……へ?
「ミーナごめん、今、大丈夫って言った?」
『ええ、言いましたよ』
「……えー」
『心配ありません。
過去の自分がわからないのに、性別を固定されるのが不安なんですよね?
大丈夫、女の子として生活できるよう、がっちりサポートしますよ』
「いやいや、いま心配してたのは元の私の性別がどっちかってことで!」
『マコト。存在しない記憶を追求しても疑念は永遠に晴れませんよ?』
「う」
それはたしかに。
『そういう考察もいずれ、ゆっくりすればいいでしょう。
でも今は、それより未来をみませんか?』
「……うん」
『わかってもらえればいいのです』
不安だ。
『それに、身体を取り替えるのは管理上のメリットもありますからね』
「管理上?」
『今のその体はあくまで間に合わせです。
これでやっとゆっくり調整に入れるというものです』
「あ、そっか」
間に合わせって言ってたもんね。
工場も稼働したことだし、これで本格的に手をいれられるってわけね。なるほど。
ミーナの指示にしたがって処置室に行った。
そして言われるままに服を脱いで寝台に寝転んで。
『それでは、おやすみなさい。
目覚めたらビックリすると思いますけど、大丈夫。わたしがついてますから』
「不安しかないんだ……け……ど」
そう言っているうちにも意識が混濁してきて。
そして私は、眠りにおちた。