地上
「ねえ、マジでこの道?」
『他にはありませんよ』
「はぁ……わかった」
今、私が進んでいるのは……まるで巨大なアリの巣穴を無理やりコンクリートで固めたような、妙に生物的にうねっている奇怪な通路だった。
そのくせ、床や壁、天井の素材そのものはセメントやコンクリに近い感じがする。
なんだこれ?
とりあえず歩くことはできるけど。
まったく。
なんでこうなったんだか。
その謎の穴は、廊下のすみっこに突如として現れたエアロックの奥にあった。
「これが通路?」
『はい』
いやいやいやいや、これじゃあ良くて獣の穴、最悪は恐怖!巨大昆虫の島でしょう。
『現住生物の空けた穴を元に改造を行い、さらに何層かのコーティングを行いました。硬度は保証いたします』
「現住生物?」
『具体的にいえば、マコトさんより大きな働きアリですね』
「さいですか」
詳しくは聞かないでおこう……うん絶対。
「この壁、どのくらい強いの?」
『この砂漠の生き物たちは、岩盤くらいなら穴をあけてしまうようです。
彼らに再び侵食されないよう、核攻撃程度までなら耐えられる強度を与えてあります』
「そりゃすごい」
とても外見は、核攻撃にまで耐えられるようには見えない……ただ壁をコンクリで固めただけの洞窟。
でもマザーコンピュータである彼女が大丈夫というのなら、きっとそうなんだろう。
「なんで普通に穴を掘らなかったの?穴掘りロボットあるんだよね?」
『その言い方は正しくありません、掘削ロボットが正しい呼称になります。
はい、たしかに掘削ロボットはあります。
ですがまぁ、結論から言えば使えないんです』
「使えない?」
『掘削ロボットを使って工事開始すると、周囲の生物をなぜか次々と呼び寄せてしまうんです』
それは大変。
「んー、音か振動がダメってこと?」
『そのようですね』
あらら。
「それって怒ってる?それともエサと思われてる?」
『わかりません、そもそもいろいろなタイプの生き物がやってきますから。
虫タイプは攻撃してきますが、これは音や振動に直接反応している事がわかっていますので対処も可能です。
作業を止めると彼らも反応しなくなります。
厄介なのは哺乳類型です。
これらは明らかに異物であるロボットたちで遊んでおり、いったん見つかると何をしても無意味です。
確実に弄り倒され、破壊されてしまいます』
「死んだふりはダメってこと?」
『死んだふり……そうですね、むしろ壊れるまで遊ばれるだけです』
なんて厄介な。
「それで穴を掘らず現物利用したの?」
『今ある穴をコーティングするだけなら、小さなロボットで、しかも音も振動も出さず静かにやれますから』
「なるほど……あ、出口」
出口近くにはエアロックらしいものが取り付けられていた。
「これの使い方は……なるほどわかった」
意識した瞬間、頭の中に操作方法がポンと浮かんできた。
そのデータのままに操作していく。
「質問」
『何ですか?』
「エアロックの操作なんて知らないはずなのに、突然頭に浮かんできたんだけど?」
何かそういう便利な仕掛けがある?
『ああ、わからないのね、ま、そりゃそうよね』
「?」
『そういう基本事項は必要に応じて自動で共有されるの、それだけよ』
おー。
「あれ、でもシステム共有?私、そんなの有効設定した?」
『体内のサポートシステムが勝手にやっているのよ。
あなたは元人間だし、その身体も間に合わせなので、知らない機能は使いようがないでしょ?』
「うん、そりゃそうだね」
『そういう場合、サポートシステムが勝手に考えて、状況にあわせて自動的に穴埋めをするの』
「へー……かしこい!すごい!」
でもそういうと、なぜかミーナは困惑した。
『いや、そこは「なんでこんなしょぼい端末なの」ってわたしを責めるとこなんだけど?』
「なんで?使えてれば十分でしょ」
『マコト』
「?」
『あなた、ほんとうにいい子ね!(うん、やっぱり欲しいわこの子)』
「ミーナ?」
『うふふ、なんでもないわ。さて、じゃあ外にいってみましょ?』
「うん、了解!」
どこか昔みた未来SFを思わせる、いかにもハイテク臭のするエアロック。
中に入り扉をしめた。
そして気密を確保した後、反対側の扉を開くと……その向こうには一面の青空が広がっていた。
「おー」
なんとすばらしい。
一点の曇りもない青空。
青空なんて、いつぶりに見た事やら。
だけど。
「……熱っ!!」
あらゆるものが、とんでもない熱さだった。
何しろ、今出たばかりのエアロックの出口の扉ですら、外に面していた側は反射的に手を引っ込めるほどの熱さだった。
「げ、こっちも!?」
建物自体が、まるで煮えたぎるヤカンみたいな熱さだった。
「あちちちちっ!死ぬ!焼け死ぬ!」
『大丈夫、心配ないわ。
その体は戦闘向きの頑丈さはないけど、摂氏800度までは普通に耐えるから安心して?』
「いやいやいや、耐えられるからって耐えたくないわそんなもん!」
そりゃあ、たぶん炎の中でも平気で歩けるんだろうけどさ……昔のサイボーグ漫画の主人公たちみたいに。
だけど。
「いくら平気だっていわれても、私は画面上のゲームキャラじゃないっての」
熱いもんは熱い。あたりまえ。
『ごめんなさい、そこだけはガマンして、としか言えないわ。
その程度のボディしか用意してあげられなくてごめんなさい』
「あ、いや、別に謝ることはないって」
妙に低姿勢で謝ってきたので、思わず言い返した。
『いえいえ、工場設備も医療設備も使えない状況だったとはいえ本当にごめんなさい。
いずれ設備が戻ったら、うちのコにふさわしいボディを用意するから、それまでがまんしてね?』
「?」
ん?うちの子?
今の言い方、なんかニュアンスに違和感あったような?
んー……まぁいっか。
「体が灼熱に耐えられるのはわかったけど、それ以前に精神的にきついと思うんだけど?」
『……なるほど。
いくら無限の耐熱服で平気だろうとも、それは肉体レベルの話。
実際の火災の中を歩くには別の訓練が必要ですか。
ごめんなさい、それは想定してなかったわ』
「あ、いや、さすがにそこまでは言ってないけどさ」
『でも困ったわね……そうだ!
ならば、影を有効利用するのはどうかしら』
「影を?」
『たしかに太陽光は灼熱だけど、空気は乾燥してるでしょ?』
「……そういえば乾いてるね。
あ、そっか。だったら日陰にいけば!」
『正解。風通しのよい日陰はかなり涼しいはずよ?』
「なるほど……わかった、ありがとう!」
『でも通信途絶には気をつけてね。
アンテナ整備中だから、今はまだ通信が不安定なの。
何かあったらすぐ戻って。わかった?』
「わかった、たしか今は1kmくらいしか届かないんだっけ?」
『……』
「ミーナ?」
『ああごめんね、安全が確保されば、なるはやで片付けるから』
「なるはやって……うん、わかった」
彼女の本質はマザーコンピュータ。ひとではない。
なのに、どんどん物言いと態度が人間的な物言いになってきた。
冷たさすら感じた、最初の平坦な物言いがもう思い出せないくらいだった。
わざわざ私にあわせてくれているのかもだけど、正直ありがたい。
「ところでしつもん」
『はい、何でしょう?』
「通信なんだけど、なんで電波通信のみ限定なわけ?」
今、修理ロボットたちの司令データを見たけど、なんか『電波用のみ』ってやたら強調されてた。
何か意味があるのかな?
『本来、ロボットたちの通信規格は量子通信で統一されているんですよ。
だけどね、量子通信は上空に察知される可能性があるんです』
げ。
「例の敵対者かぁ……もし見つかったら?」
『最悪、軌道上から広域破壊攻撃されるわ』
うわぁ。
「それで明示的に禁止なのね、了解わかった」
『ええ、よろしく』
「ところで再度質問」
『なあに?』
「それ、ミーナを撃ち落としたっていう敵勢力の船だよね?」
『そうです』
「いやいやいや、なんでまだ残ってるの?
落とされてから、だいぶたってるんだよね?」
『いえ、わかってないから警戒しているの。
万が一探知されてしまったら、その時点でおしまいだから』
「あ」
ああ、そういうことか。
「そのあたりが判明するのはいつ?」
『現地政府と連絡がついてからになるわね』
「そっか……わかった了解」
ああそうだ。
このあとの探索なんだけど、実は具体的なところはノープランだったりする。
だけど。
【とりあえずセンサーで探知しながら無作為に……マコトの好きに見て回ってくれる?】
【え、それだけでいいの?】
【データが全然ないからね、予定すらたてられないの。
だけど、虱潰しっていうのも効率が悪いでしょ?
だからマコト、興味本位でもいいから好き放題歩いてみてくれる?
わたしはマコトの行動中はアンテナ設営に尽力します。
で、マコトの行動データをサンプルとして解析してみるわ】
【なるほど、おっけーわかった】
……だ、そうだ。
ま、たしかに今の私たちでできるのはその程度かな?
【わたしは大破してしまっているし、あなたの身体は間に合わせのまがいもの。
ないものはない、それはどうしようもないわ。
とにかく、今はお互いにできることから始めましょう】
【了解!】
……と、いうわけね。
ま、いっか。
とりあえず探索するとしよう。