工場復活、そしてお約束
隠し部屋を出て本来の仕事に戻る。
指定された工場区画とやらに入ると、そこはまさに廃工場みたいになってた。
埃だらけで、めっちゃ汚れていた。
「うわぁ……だけど電源は生きてる?」
『その推測は正解です』
「そっか。ならいいんだけど」
返事をしたのは、さっきと同じ補助用人工頭脳。
ミーナ同様に平坦な感じだけど、あくまで女性の声だったミーナと違い中性的。
まぁ、あくまで補助用システムって事なんだろう。
『電源は生きておりますが、緊急事態運用モードになっているのです』
「あー……災対モードみたいなもん?」
『はい、そんなもんです』
そんなもんですって……まぁいいか。
災対モードっていうのは地球の重要設備なんかにもあるから、私にもわかる。
日本でも、たとえば関東と関西で二重のシステムを組んで、どちらかが被災したらもう片方で代理する、なんていうのがあってね、そういうのを災対運用なんていうんだよ。
しかし元の私、なんでこんな知識持ってたんだろ?
ま、いっか。
「すると電源操作だけでなく災対モードの解除が必要?」
『お願いします』
あ、私が操作するのね。了解。
「どこでやればいい?」
『点滅しているところを見てください。操作パネルが見えませんか?』
「えっと……ああアレね」
手をかざすと空中に映像のパネルがいくつも現れ、指示通りに指定のところに指を触れる。
まぁ触れるといっても相手は映像なので、そこに指をやっているにすぎないが、触れると光や音などで巧みにボタンっぽい演出をしてくれるので、操作しているとわかりやすい。
なるほど、スマホなんかでもよくあった手法だよね。
うん、ひとの血の通った文明を思わせる、とてもいい仕掛けだ。
さて。
『緊急事態運用モードの解除を確認しました。システムを再起動します』
「再起動後の最優先事項について指示したい」
『あなたに指示権限はありませんが、緊急対応としてまずはお聞かせください』
「ありがとう。
現在、この船は大破状態にある。
特に主経路後部の破壊は深刻で現在、中央頭脳と周辺部の連絡がとれない状況になっているだけでなく、破損部に外部から攻撃性の現地生命体が多数入り込んでしまっている。
なので、ただちに修理ロボットと防衛ロボットを生産し、中央と再接続。
そして中央の指示を受け、各部の修復と通信の回復にあたってくれるかな?」
『くりかえしますが、あなたに指示権限はありません。
ですが現在の状況を鑑み、こちらの緊急事態対応とも矛盾いたしませんので、結果としてあなたの指示通りの作業となると思われます』
「うん、それでいいよ。よろしく」
『こちらから質問よろしいですか?』
「はい、どうぞ」
『では、攻撃性の現地生命体について、あなたのもつ情報を開示してください』
「私のライブラリから持っていけるかな?」
『アクセス許可をください……いただきました、ありがとうございます。
なるほど、状況理解しました。
あなたの稼働記録から、防衛ロボットおよび重作業ロボット、船体修理ロボットの必要性を理解しました』
「やれそう?私の手伝いはいる?」
『許可申請をいくつかお願いします。
一般資材でなく、戦闘系の資材もいりそうです。
マコトさん、緊急事態用4番倉庫の利用許可を出してください』
「え、私が許可出すの?」
『いただいた記録から、中央配下ユニットとしての活動記録を確認いたしました。
暫定ですが、あなたを中央の代理として権限付与します……どうぞ』
「あ、そういうこと?了解。
わかった……ほい、これでいい?」
『結構です、ありがとうございます』
「他に何がいる?」
『今のところこれで十分です。
システムの再起動完了しました。
マコトさん、休眠カプセルの準備ができましたが、どうしますか?』
「あ、もうできたの?」
『はい』
「とりあえず、今ここで私のできる事ってまだある?」
『おかげさまで、中央権限の必要な部分をすべてクリアできました。
あとは接続が回復すれば、すべてうまく回ると思われますので……はい、もうお手伝いいただく事はないかと』
「了解、だったらカプセルに案内してくれるかな?」
『わかりました。
ちなみに休眠システムは時限式でなくイベント駆動型になっております。
覚醒のタイミングはどうなさいますか?』
「へぇ……時間で目覚めるんじゃないんだ」
となると、どうしたものかな?
「じゃあ、通路の片付けが終わるか、ミーナから指示が来るか。
あるいはまた、私の作業が必要になるまで寝かせてくれるかな?」
『わかりました』
「よろしく」
しばらくして呼ばれ、私は指定の休眠カプセルに入った。
おーSFだなぁ、ほんと。
これでこの船が遭難中でなかったら、まるで宇宙の彼方にでも行くみたいだ。
『ではまた』
「うん、いろいろありがとう」
『どういたしまして』
■ ■ ■
……覚醒信号受諾。
うむ……。
『おはようございます』
「……うん、おはよう」
寝起きの重い目をこじあけ、ゆっくりと起き上がった。
そして、少しして声の主が補助用人工頭脳でなくミーナである事にも気づけた。
「おはようミーナ、無事通信つながった?」
『ええ、おかげさまで無事システムがつながりました。
再生産したロボットたちの活動で資源も確保、修理も進んでいます。
マコトさんのおかげですよ……ひとつの問題を除いては』
そこまで言うと、私の眼の前にポンとビジュアルウインドウが開いた。
ウインドウの中には、立腹している女の子の顔がある。
そしてその顔は……。
「えっと、どうしたの?」
『見ましたね、マコトさん』
ああうん、そりゃそうか。
「見たよ、見たけどそりゃ仕方ないよ。
壁が壊れてドアが露出してたんだよ?中の安全確認して当然でしょ?」
『えっち!』
「はいはい、ごめんね。まぁ非常対応だからあきらめてね」
『ノリが軽い!』
そんな事言われてもなぁ。
「ま、とりあえず無事で何より。
ところであのボディって非常用予備ボディで間違いないんだよね?」
『え、あ、うん、そうだけど?』
「だったらさ、一度テストしたほうがいいと思うんだけど?」
思ったままを話すと、ミーナは怒るのをやめて首をかしげた。
『え?どういうこと?』
「この通りの大破状態でさ、現状、最悪の場合は船体破棄もありえるわけだよね?」
『ええまあ、可能性としては』
「あれが予備でなく本当の肉体になる可能性もあるんでしょ?」
『もし廃棄なら、そうなるわね』
「だったら無事の確認は絶対必須でしょ。
そう思って確認したんだけど、まずかった?」
船のコンピュータがどうしたって言われそうだけど、人工頭脳の価値はつまり学習であり経験だ。
船本体がもうダメにしても、頭脳を逃がせば再構築の時にどれだけ役立つかしれないわけで。
『それはそうですけど……アレの存在は一般クルーには秘匿なんですよぅ』
「いや、それを言うなら私って一般クルーじゃないでしょ?
そもそも船員でもなんでもないけど、非常事態だからミーナの配下として働いてるだけだよね?」
『う……それはそうですが』
なんかビジュアルまで頭を抱えてら。
「まぁ見た目上は怪我もなさそうだったけどさ、あいにく私じゃ中身まではわかんないわけよ。
確認したほうがいいんじゃないの?」
『……それはそうだけど』
「ごめんね。
でも無事でよかったってのは本心だよ。これで選択肢を増やせるでしょ?」
『選択肢?』
「そもそもミーナ。
あんたもしボディが無事でなかったら、どうするつもりだったの?」
『……わたしはあくまで、この船の頭脳ですから』
やっぱり。
最後は残るつもりを考えてたな?
私はためいきをついた。
「ミーナは私の恩人だし、貴重な生き残り仲間なのよ。わかる?」
『……え?』
不思議そうにミーナが私を見ていた。
「ま、私は厳密には生存者でなく、ミーナに再生された備品みたいなもんかもしれないけどさ。
けど私本人は、自分を生存者だと思ってるわけよ。
……いいんだよね、それで?」
『……少なくともボルダの法的には、マコトさんは「生存者」に分類されますね』
「おー、それはよかった。
ま、とにかくね。
こんな、今後の事もわからない状況で、ミーナに簡単に消えられちゃ困るわけよ。
こちとら記憶も何もないんだよ?
船体用頭脳としては船を捨てるのはつらい事かもだけどさ、
そんな、船と運命を共にするなんて寂しい事言わないでくれる?」
『……』
ミーナは私のことを、理解できないものを見る目で見ていた。
けどしばらくして、唐突に笑い出した。
「な、なによ?」
『なるほど忘れていました。
マコトさん。
なるほどなるほど、あなたは確かに地球人……「あの方」の系譜に連なる方なのですね。
ふふふ。
今、改めてハッキリと思い知らされました』
「……あの方?」
だれ?それ?
『いえ、いいのです。わたしが納得しただけですから』
「???」
何を言いたいんだ?
『わかりました、それでは予備ボディのテストを行います。
今すぐは難しいですが後日、空いた時間を使って行います』
「いやちょっと待って」
『え?』
「テストは最優先でやろうよ」
「……なぜですか?』
私の提案に、ミーナは再び首をかしげた。
「今でも大変だろうけど、外的要因の危険は今はないわけでしょ?」
『そりゃあ、要するに今は閉鎖環境なわけですから。外からの侵入経路は塞ぎましたし』
無事に、得体のしれない虫たちは追い出せたわけね?
それはよかった。
「けど活動開始してからだと、なにが起きるかわからないよね?
大破で衝撃も受けてるわけだし、テストは先にやっとこうよ、ね?」
『なるほど道理ですね』
うん、とミーナの映像は大きくうなずいた。
『なにやら策にはまった気もしますが、まぁいいでしょう。最優先でテストするよう予定を組み直します』
「おう」
それは楽しみだ。
まぁ、私はわかっていなかった。
この「動くミーナを見てみたい」という軽い気持ちが……いや、それはまだいいか。
とにかくこの瞬間、ひとつの運命がまた大きく動いたのだった。