竜皇女と触手
連絡をつけた途端、コトノハさんがすっとんできた。
続いてミーナ(端末)もやってきた……まぁ、なぜかミーナはメイド姿で金属製のカートを押してたけど。
何かの作業中だったのかな?
そしてコトノハさんは開口一番。
「なんで触手屋がおるんじゃ?」
「触手屋?」
首をかしげていたら、ミーナが説明してくれた。
「たしか、始祖母様関係の側近のカムノ族たちが、そう呼ばれているはずね」
「へー」
つまりコトノハさんの関係者ではあるってことね。一応。
「ミーナ、それは何かえ?」
「お茶ですね。データにない倉庫がありましたので」
「お茶……して銘柄は?」
「ソル茶です」
「ほほう、まだあったかえ?」
「毎日いれても2年はもつかと」
「それは上々、せっかくじゃから淹れてくれるかの?」
「はい」
どうやらカートの中身はカップだのお茶だのといったものだったらしい。
お茶の準備が始まってしまった。
それにしてもミーナ、お茶くみまでできるんだ……動きも手つきも素人とは思えないし。
なんでもできるんだなぁ、ほんと。
「すまぬの……で、再度尋ねるが、なんで触手屋はここにおる?」
『毎度ですみませんが、その触手屋という言い方は誤解を招きます。訂正を』
「断る、触手屋は触手屋ではないか……して触手屋、そなたもいるかの?」
『……ソル茶ならポプリ一択で。貴女のことですから、どうせあるのでしょう?』
「贅沢なやつじゃのう」
『数百年の寝起きの身で合成でない茶を飲む方に言われたくありません』
「茶葉の乾燥保管は母上の発案じゃぞ?」
『素晴らしいですね!』
「……かわらぬのうそなたは。ほれ」
『ありがとうございます』
言葉は乱暴だけどコトノハさん、別にセーナさんを嫌ってるわけじゃなさそうだね。
どちらかというと「腐れ縁」が近いのかな?
「コトノハさん、セーナさんとお知り合いです?」
『というより、わたしの「セーナ」の名付け親ですよ彼女は』
「え、ほんとに?」
「やめんか、そのような古い話を」
ん?
今度はコトノハさん、ちょっイヤそうな顔してるかも。
んー……これはもしかして。
「コトノハさん、セーナさんの名前の由来をきいていい?」
「……知りたいなら、ここでそやつにきけ。他では話すでないぞ?」
「?」
えーと、それは?
『要するに自分の知らないところで話題にするな、ということですね』
「……ああ!」
思わずポンと手を打った。
コトノハさんは、知らないところで噂されるくらいなら眼の前で言えってタイプなのね。なるほど。
「あ、うん、じゃあすみません」
「うむ」
「それでセーナさん、お名前の由来というのは?」
『我ら一族の特徴なんですが、親からの記憶をある程度受け継ぐのですよ。
ですので、我らには、あなたがたで言う「赤子」の時期というものがありません。
ないのですが……生まれてすぐはどうしてもハイになってしまいましてね、やたらとしゃべりまくる事があるのですよ』
「へえ〜……それで?」
『わたしが生まれたのは惑星カムノであり、同胞である親個体も一体だけという状態でした。
なので生まれたわたしは、親と、それから立ち会ってくださった始祖母様と延々とお話をしていたのですが』
「そっか……それで?」
『はい。
そこにコトノハさんがいらしたのですが、何やらお怒りでしてね。大声で「うるせえな!」と怒鳴られたのです』
「……は?」
思わずコトノハさんたちを見た。
でもコトノハさんは顔をそむけているし、ミーナに至っては知らん顔でお茶をいれていた。
「あー、うん、それで?」
『コトノハさんは当時、まだ始祖母様にべったりで大人しいお子様だったんですよ。
そんな彼女が大声で、しかも怒鳴りつけてきた。
内容より、そっちに皆さん驚きましてね。
あまりに印象が強かったので、そこからわたしの名前が決められたのです』
「えっと……じゃあセーナさんの名前の由来って、日本語の『うるせえな』なの?」
『はい、正解です』
……なんじゃそりゃ。
ああでも、もしかしたら。
今でも美人だけど、子供時代のコトノハさんなら、さぞかし可愛かったろう。
お母様にべったりの大人しい子。
あー……もしかして、お母様たちがセーナさんとばかり話してるのに嫉妬したのかな?
きっと「うるせえな」も、精一杯の罵声で。
うん。
もし私の予想通りだったとしたら……さぞかし微笑ましい光景だったろう。
周囲の人はきっと、大人しい子がせいいっぱい背伸びして罵声を放ったのに気づいたろう……その気持ちにも。
みんな、くすくす笑いながら「うふふ、さびしかったよねえ」とコトノハさんを構い倒したあげく。
そんなコトノハさんの言葉から、新しい命の名前まで決めてしまったと。
あーうん……そりゃーコトノハさんも顔をそむけるわけだわ。
周囲の人たちには微笑ましいイベントだったろうけど、本人にはとっちゃ黒歴史だもの。
「何かの?」
「あ、いえ、なんでもないです」
コトノハさんを見てしったら、笑顔で返されたんだけど……笑顔がめっちゃ怖っ!!
とりあえず謝った。
「……マコト、何がそんなに楽しいの?」
「いや、仲良しさんだなって」
「あー……」
「何じゃソレは、まさか、わらわとコレのことかえ?」
「はい」
「ンなわけがあるか、ただの腐れ縁じゃて」
『え、そうなのですか?』
「そなたは黙っとれ!」
あはは、やっぱり仲良しじゃん。
話がひと区切りついた。
「デッカーがおった?なんでじゃ?」
『なんでも何も、この船内には旧リーマ湾とその近海がそのまま取り込まれていますからね』
「あれがおると海で遊びにくいではないか……やれやれじゃの」
ためいきをつくコトノハさん。
その話を聞きつつ、改めて『デッカー』の写真を見たんだけど。
「……うげ」
あらためて見たら、背筋がゾッとした。
えーと……この生き物、見覚えある……そう、あいつだ。
ああうん。
そりゃ一瞬でやばいと気づいたわけだわ。
「ヨシキリザメ」
「なんじゃ?地球の生き物かの?」
「そう、ヨシキリザメ。危険な生き物なんだけど……見た目はともかくイメージがそっくりでね」
「ほう、危険種かえ?」
「危険も危険だけど……なんていうか不気味なやつ」
いわゆる人食いザメは他にもいるけど、ヨシキリザメというと個人的なイメージは「最強」でなく「不気味」だ。
どうやら前世の私も苦手にしていたようで、他にもサメの写真は色々データにあるけど、ヨシキリザメの写真が一番こわいと感じている……ただ泳いでいるだけの姿なのに。
どこか、すっとぼけたような愛嬌のある顔が特徴的なので「おばさん」「おいらん」などと女性を思わせるアダ名がついてる地域もあったそうだけど、ありえない。逆に超こわいよ。
彼らは、遊泳者を見つけるとゆっくりとその周囲を周回して見定め、試し齧りまでして確認、おもむろに食べにかかるらしい。
まぁ、その習性が知られているからこそ「ゆっくりとサメが近づいてきたら水から上がって」と注意勧告できるわけだけどね。
それに、そのヨシキリザメを捕まえてフカヒレの材料にしたり、軟骨からコラーゲン食品作ったりしている人間はどうなのよって話もあるわけだけど。
「よほど苦手なんじゃなぁ……デッカーはたしかに危険な魚じゃが、顔つきは愛嬌があるんで映像的には人気なんじゃがな」
「かんべんして……」
「ふむ、ではこの海岸の名前をヨシキリ海岸と名付けようかの」
「やめて」
私は必死でコトノハさんを止めた……まったくもう。
【デッカー】
惑星カムイの魚類でも古い種族に属する大型の肉食魚。地球的にいえば「人食い」の危険種である。
デッカーとはアマルー族の古名で意訳すると『中心人物』を意味するが、これは2つの意味をもつ。
ひとつは、どこか愛嬌のある顔をしているから。
そしてもうひとつは、小魚の集団を率いて獲物を襲う事からついた名である。
小魚を積極的に操る能力は持っていないが、特殊な波長で「合図」を出し、小魚たちを誘導して獲物を釣り出す。
その狩りの手法はデッカーの知的レベルから考えると驚異的であり、そのため、彼らは惑星カムイ有数の危険生物に分類されている。
なお、カムイのデッカーはアマルー圏では「珍味」として知られている。
ゆえに地元でわずかに漁獲され、カムイ神殿の運営費の足しにされている。
ストックを使い切りました。
次話以降の更新は不定期になると思われます。
申し訳ありません。




