海へ
自分がいる場所を知る……これはとても大切なことだ。
ミーナの船も決して小さいものではなかったけど、コトノハさんの船はまったく比較にならないサイズだった。
長さだけでも数十キロもあるし、高さもkm単位。
もはや天体サイズでしょ、これ。
こんなバケモノを、よくも地上におろしたり浮上させるよね。
銀河文明って、本当にとんでもない。
船内探検するといったら、なぜか世話役のロボットたちが釣具とワンピースの服、それに麦わら帽子を渡してきた。
なんでやねんと思ったんだけど、理由はすぐにわかった。
「……暑い」
この船の居住区画は自然環境が作られているんだけど……ひどい暑さ。
竜人族は人間より暑さに強いのかもだけど、船内の気温はまるで真夏の日本だった。
人工太陽らしいのが、空の方でギラギラと太陽エネルギーを元気にばらまいてる。
いや、絶対これ調整間違ってる。
「麦わら帽子なんて貸してくれるわけだぁ……はぁ」
暑いは暑いのだけど、空気は乾いているので日陰だと結構涼しい。
素朴な麦わら帽子だけど、これがあるだけで充分に快適だった。
ただこれ……日本語で『野沢』と書いてあるのが気になるけどね、これ……誰の?
あとこのワンピースもすごく通気性がいい。
ただし通気性がよすぎる。
どれくらい通りがいいかというと……まるで自分が裸でいるような気持ちにさせてくれる。
時々、ふわっと風が股間をなでていくのが非常に気になる。
ああうん、そうなのよ。
実はノーパン。
なぜか下着がないって言われて。
なんでさ。ブラはあったじゃん。
胸が最優先で、股間は二の次ですか?
いやまぁ誰もいないそうだし、単にお胸の型を守ればいいって事なんだろうけどさ。
胸は守るけど、おまたは二の次?
うーん……文化の違いなのかな?
え?あの弓だか何だかはどうしたって?
ああ、私の左耳を見てくれる?そう左耳。
ちっちゃな弓の形したピアス飾りがついてるでしょ?
しかも私どころか誰も、穴あけも何もしてないんだよ?
気がついたら耳についてたの。
……まるで魔法だよねえ?
バトンか何かと思ったらしゃべるし、弓になるし。
おまけに勝手にちっちゃなピアスになって、ひとの耳にとりついちゃうし。
色々とおかしいよね、これ。
ま、いっか。
「えーと、コトノハさん聞こえます?」
『聞こえておるよ、どうした?』
ミーナはまだ船体の接合作業中で、ボディまで駆使して大忙し。
コトノハさんも仕事があるそうだけど通信くらいは可能。
そんなわけで、コトノハさんと専用通信機でやりとりしながら歩いてるんだけど。
「なんでコトノハさんが連絡役を?ミーナに通信機を貸してあげればよかったんじゃ?」
『うむ、アレがイヤそうな顔をするのが面白くての』
これだよ……まったく。
けらけらと笑うコトノハさんに、思わず苦笑いした。
『まぁ、今のミーナ嬢では通信できても雑談くらいしかできんしの。
ならば、多少なりとて船内を知っておるわらわの方がよかろうよ』
え?
「多少なりとて?あの、全部把握してないんですか?自分の船なのに?」
『そうは言うがのうマコトや。本船はちと巨大すぎるのでな』
「……はぁ、まぁたしかに」
何しろ平面だけとっても、日本でいえば東京都の半分ある。
しかも。
その広さのうえで、さらに『高さ』もkm単位なわけで。
把握しきれないのも無理ないのかな?
「今さらですけど、なんでこんな巨大なんですかね?」
『さてのう。
しかし、中に生態系までできておったのは昔からじゃの』
「……なんで、そんなバカでかい船をわざわざ運用しようと思ったんです?」
『子供の頃の遊び場じゃったんでの』
あー、そういうこと。
幼少の頃からの拠り所が、実は遺跡になった古代船だったと。
「とりあえず広さは理解しました。
で、この釣り道具はなんです?更衣室出たらロボットに渡されたんですが?」
『それは遊び道具じゃから他意はないが……おう、そういえばちょうどよいの』
「ちょうどよい?」
『おぬし、魚を食べたがっておったろう?
釣果は持ち帰れば調理ロボットがうまくやってくれるぞ』
「あー……」
そこまで言われて気づいた。
「なるほど海ですか。何かやることでも?」
『うむ、釣りついでに魚の状況など観察してくれると助かるのう』
「魚の状況?」
『実はの、調査がまだできておらんのよ。
海に設置していた探査機がなぜか皆、壊れておっての……海水のせいかのう。
かといってロボットたちにうかつな指示をするのも危険じゃしの』
「あー……でも私だとあくまで素人目線ですけど?」
『そなたが見て聞いて、感じたことを、ミーナ嬢とわらわで分析するのでな。
それを一次情報としてロボットたちを派遣したいのじゃ。できるか?』
「わかりました、やってみましょう」
よくわかんないけど、見てまわるだけならいいでしょ。
うん。
森の中に『住居』が点在する小道をぬけると、その向こうには森がある。
あの森は万が一の潮対策だそうで、その向こうが海だそうだ。
え?なんで『住居』とカッコをつけるのかって?
そりゃあ……なんかこう、ファンタジー映画に出てきそうな不思議なデザインの建物だったから。
コトノハさんに確認すると、遊びに来た際に使う小屋たちらしい。
なるほど、キャンプ場のバンガローみたいなものってわけね。
この微妙な生活感のなさも、そのせいか。
ひとつだけ妙に生活感がある建物があったのは、利用されているせい?
ん、でも誰が利用してるの?
人はいないんだよね?
実際、センサーにもヒトらしき気配はまったくないし。
虫とか小鳥とかなら、たくさんひっかかるけど。
念の為にコトノハさんに確認したけど……。
『さすがに気のせいじゃとは思うが、ありえんとはいえぬの』
「どういうこと?」
『そこのエリアはここ数百年、隔離状態じゃったからの。
数百年を動植物にまぎれ暮らしておれば、たしかに隠れられるが……』
「あー……普通のひとには無理そうですね」
『うむ』
だけど、なんかフラグっぽい気もする。
まさかとは思うけど。
おぼえておこう。
てくてく歩いて森を抜けると、たしかに聞いた通りに海が広がっていた……。
障害物がなくなり、一気に暑くなった。
だけど風も吹いてきて、まるで地球上の普通の海辺だった。
「わぁ!」
思わず口から言葉がこぼれた。
目の前には、マリンブルーという言葉にふさわしい海が広がっていた。
白い砂浜。
青い空。
その空の青を映した、サンゴ礁を含んだ海。
「すごい……すごいすごい!」
『そうじゃろうそうじゃろう。マコトよ、そなた海は好きか?』
「大好き!」
『そっかそっか。休みの時は入り浸ってもよいぞ。
いや、いっそ、そなたの部屋をそこに作るか?』
「いいの!?」
『いいとも、よしよし。ロボットたちに指示しておこうぞ』
「やったぁ!……あ」
『ふふふ』
ふと我にかえると、通信の向こうのコトノハさんが笑顔だった。
思わず顔を伏せた。
めっちゃ笑われた。
『おっといかん、ひとつ連絡じゃ。そなた水中探索するつもりじゃな?』
「あ、うん。するつもり」
単純に泳ぎたいというのもあるけど、そもそもの目的が魚の調査だからね。
センサーでもある程度わかるかもだけど、それならコトノハさんだってやってるはず。
ならば、実際に潜ってみるべきだと思う。
『マコトよ』
「はい」
『水中では通信が届かぬので注意しておくれ。何かあったら浮上するんじゃ、いいな?』
「え、水中はダメなの?なんで?」
『水中用の中継器が設置できておらんからのう。
あと水中には大型の肉食魚もおるでな、ひとを狙うものはいないはずじゃが、油断するでないぞ?』
「あらら、りょーかい」
まぁ水の中だしね……気を付けることにしよう。
さて、水中調査するわけだけど。
「この格好はまずいよね」
どう見ても水中探索には向きそうにないワンピ。
仕方ない。
もそもそと脱ぎ捨てると、釣り具と一緒に置いた。
なんたって靴下もパンツもないという変態チックな姿なので、脱ぐのも簡単だったり。
風でとんだらイヤなので、適当な石を重石にしておいた。
「ふう……風が気持ちいい」
『ほほー全裸か』
「……コトノハさん、そこは見ないのがお約束でしょう?」
『んむ?異種族だしかまわぬであろう?』
「あんた半分地球人でしょうが!
ったく、とりあえず通信切るよ?」
『わかっておる。ではな、気をつけるんじゃぞ?』
「はーい」
まったくもう。
そんなわけで服を脱いだ私は。
今度こそ海に進むのだった。




