保護者同士の会話
「マコト!?」
「回収せい、最優先じゃ!」
『了解』
意識を喪失したらしいマコト。
地上なら倒れるところだが、ここは宇宙空間。
重力制御が切れ、そのまま漂いだそうとしたところを作業ロボットたちがつかまえ回収した。
それを見つつ『ミーナ』とコトノハが会話していた。
「どうしたの、なぜマコトは意識を失ったの?」
「無理のしすぎじゃな。
もともと持っていなかった、つまりあの身体固有の機能を使ったんじゃよ」
「固有の……例のコアですか?」
「そうじゃ。
しかもいきなりあの規模と内容、無茶苦茶もいいところじゃ……助かったがの」
「助かった?」
「周囲を見てみよ、機動兵器たちを」
「あ」
スクリーンには、動けなくなったり撤退開始する機械たちが写っていた。
「マコトは何をしたの?」
「どうやったかと知らぬが、あの機械たちのセンサーを狙い撃ちしたようじゃな」
「そう……でもどうして?」
「コアで察知して、コアとあの道具で対処したんじゃろ。
助かったが、あの独断先行癖はよくないの。何とかせねば」
「……」
「ミーナ嬢、あとでお説教してやるとよいぞ。報連相はどうしたとな」
「ホウレンソウ?」
「日本語で報告・連絡・相談のことじゃよ」
「……貴女が叱るのではないのですか?
理由はわかりませんが、貴女の目的はマコトなのでしょう?」
「それは否定せぬが、わらわの目的はそなたとは違うからの」
クスクスとコトノハは笑った。
人のものでない、大きな爬虫類の尾が動いた。
人のものでない目が、瞳が、人型端末であるミーナを見据えた。
「マコトを求めておるのは、むしろわが母上での。それも別に急いではおらぬ」
「急いでない、ですか?」
「さきほどの『戦闘』を見たであろう?
あれは母上と同じ『巫女』の才ではないかと推測しておる。
しかも同じ地球人──だとすれば、母上が会いたがるのは当然じゃな。
されど、別に急いではおらんよ」
「始祖母様といえば、もうずいぶんなお歳ですよね?」
「もはや俗界の年齢など意味のない存在じゃからのう。母上は」
満足げにコトノハは笑みを深めた。
「巫女の才とおっしゃいましたね。
ですがそもそも、なにをもってマコトがその『巫女』とやらの才をもつと判断しているのですか?
あの弓の機能ですか?」
「違う違う、あれはただの道具じゃ」
コトノハは否定した。
「地球の言葉でいうところの『第六感』というのを知っておるか?」
「はい、まぁお話としては」
「あれは理屈を超えて異常な結果を導き出すものじゃが、実は普通の能力を極限まで研ぎ澄ましたものとも言える。
そもそも、ひとは理屈を超えた回答を引き出す事を日常的にやっておる。
漁師が、空模様や太陽の具合と魚の行動をなんの根拠もなく経験則で結びつけ、見事に大漁・不漁を探り当てるようにのう。
ありふれた能力のように思えるかもしれぬが、それは本来すごい事なのじゃ。
手持ちのわずかな情報だけで途中のあらゆる理屈を飛び越え、あっさりと結論を手にするのじゃからのう。
いわゆる第六感はおそらく、そうしたものの積み重ねの上で発生する『ひらめき』のようなもの。
なんの根拠もない『ふぁんたじー』な特殊能力ではないんじゃな」
「……それは」
そういう能力をしばしば人が持つのは、ミーナも知っていた。
「さきほどのマコトの行動を合理的に説明してやろうかの。
マコトはまず、無力化された機動兵器たちの姿を漠然と頭に浮かべた。
普通はまあ、そんなこと無理じゃと思うじゃろうの。
じゃがマコトは──おそらくじゃが地球の知識をベースに、あれらの弱点を推測したんじゃろ。
たとえば、あやつらは間違いなく無人兵器であり、あれ自体に高度な思考力はついておらぬ。
ならば、センサーなり通信装置を狙い撃ちすれば無力化できるのでは、とのう?」
「理屈はそうでしょうね。マコトなら推測は可能でしょう。
でもそれはあくまで脳内の推測、悪くいえば妄想にすぎませんよ。
現実にするのは不可能です」
「うむ、もっともな意見じゃ。
じゃがな、あやつの体内には何がある?」
「あ」
何かに気づいたミーナが顔色をかえた。
「そう、例のコアじゃ。
コアには『意志を現象化する』という特殊能力がある。
たとえば砂漠で『水がほしい』と渇望しても人間の五感で見つけられるものは限られるじゃろ?
じゃが、ここにコアがあればどうなる?」
「……」
「ひとの意識をコアは現実にしようとする……すなわち、人の目では見えても処理しきれない無数の敵を、コアが手を貸す事で処理し、ターゲットとして固定させる。
ましてマコトの身体は人工のものであり、本来の処理性能は極めて高い。
コアはそれを利用してマコトの能力を極限まで拡大、弓と連動して適切に威力を振り分け、センサー類をピンポイントで叩き破壊したわけじゃな」
「……そんなことが」
「まこと、コアとは面白い機構よな。ふふ」
「……」
ミーナは言葉を失ってしまった。
「あの光の矢は……原理は未解明じゃが、矢そのものはあの弓の固有能力であろう。
あれはおそらく母上の杖と同様に、コアと連動することを前提に作られておるのじゃろう」
「……それが正しいとしたら──そんなの非常識のきわみだわ」
ミーナは絶句した。
「どうしろっていうの、あの身体はそんな危険物だというの?
当人は気に入ってるようだけど、元に戻した方が」
「まてまてミーナ嬢、ちょっと落ち着かんか」
困惑するミーナとは対象的に、コトノハは落ち着いていた。
「心配はいらぬ、そのためにわらわがおるんじゃ。
考えてもみよ、わらわはかの母上の実子であり、幼い頃から彼女を見てきたんじゃ。
母上のおつきの者たちほどではないが、ああいう能力もちの扱いにも慣れておる」
「……そういうことですか」
「うむ」
ミーナはようやく納得げに顔をあげると、コトノハを見て小さく頭をさげた。
「すみません、お世話になります」
「うむ了解じゃ。
竜帝国皇女コトノハ、船であるそなたもろとも、わらわが責任をもって預かろうぞ」
「はい」
「よろしくのう」
ミーナとコトノハは、お互いに改めてあいさつを交わした。
そのさまは日本人がよくやる「おじぎ」によく似ていた。
──だが。
「まったく、母上もあいかわらず面白いお茶目をなさる。
単に仕事を押し付けるのでなく、お駄賃に強力な船舶頭脳つきとはのう」
「ちょっとまってください、それはどういう意味ですか?」
「ん?ああ、そういう事か。
ミーナ嬢、母上の目的はあくまでマコト、これは理解したであろ?」
「はい」
「だったら、マコトの保護者であるそなたはわらわのものではないか。
母上はのう、こうやって、ただ仕事をさせるのではなく、ちゃんと、わらわにも『利』をセットでつけてくれるんじゃ。
決して、娘であるわらわが損をせぬようにの。
ふふふ、まったく母上はたいしたものよ」
「……はぁ、まあいいのですが」
ミーナは内心、小さくためいきをついた。
「ところでミーナ嬢、いやミーナよ。
マコトのこともそうじゃが、わらわはミーナにもやってほしい仕事があるんじゃが」
「しかし、わたしは未だ主機関もない状態ですよ?ハイパードライブのできない汎用貨物船にできる仕事など」
「その事なら問題ないぞ。
そなたにやってほしいのは、この船の中枢じゃよ」
「……わたしに『銀色の竜巫女』号の頭脳になれと?」
言われる可能性はミーナも推測していた。
この船は船体の巨大さと複雑さに、明らかに頭脳がつりあっていないからだ。
会話らしい会話もできず、単にコトノハに従っているだけ。
これでは船として一人前とはいえない。
「この船は元々ただのスクラップでな、長いこと埋もれて遺跡のようになっておった。
わらわが幼少期、何も知らずに遊び場にしておったんじゃが……母上がある日、一瞥してこれは船だとおっしゃってな。
担当官が調べてみたら、おそろしく古いものじゃがたしかに船じゃった……中枢は全滅じゃったがな」
「遺跡船……なるほど、この船は元遺跡船ですか」
古い船が長い年月がたち、もはやただのオブジェとなってしまったものを遺跡船などと言う。
「幼少期からの遊び場で思い入れもあるんじゃ、それが船として復活したら面白いと思うてな。
それで帝国の資材で中身を組み、銀河にただひとつのわらわの船に仕立て上げておったんじゃが」
「……頭脳が足りないと?」
「帝国の頭脳は、どうも性にあわんでな。
けどアルカやアマルーの頭脳というのも面白くない。
悩んでいたら、母上に今回の仕事を頼まれたという次第じゃよ」
「……それで渡りに船と?」
「そなたは本来、もっと大きな船の頭脳であろう?明らかに中枢の性能に船が足りておらぬ」
「……否定はしません」
コトノハに言われたミーナは、はっきりと眉をよせた。
「まさかとは思いますが、本格的にあなたの御座船になれとおっしゃいませんよね?」
「そのつもりじゃが?」
「馬鹿なことを、貴女は帝国の皇女でしょう!
わたしのような一介の船舶頭脳をわざわざ使う必要、どこにもないじゃないですか!」
当然といえば当然の話だった。
地球的にミーナの立場をわかりやすくいえば、それは『派遣社員』である。
ボルダがミーナの雇用主であるが、行き先の国の指揮下に入り、働くよう指示を受けていた。
だがしかし、これは冷静に考えるとおかしい。
そもそもミーナは宇宙船の頭脳である。
彼女を作ったのは誰なのか?
そしてコトノハの指摘も事実で、ミーナの能力や装備は明らかに船に対して過剰だ。
それが意味するものは──?
「もうわかっていると思いますけど、わたしの船は自前のものです」
「ふむ、やはりヘッドレス、オーナーなしの状態であったか」
それは人間でいえば、国籍も寄る辺もなく流浪する人々と似たようなものだった。
「こんな存在を帝国皇女の御座船に添えると?」
「どうせ主人になる者がなくなったとか、製造途上で出資会社が倒れたとかであろう?」
「……調べたのでは?」
「事実確認じゃよ」
コトノハは肩をすくめた。
「ま、そなた自身の自己評価の低さは置いておくとして。
知っておろう?帝国を継げるのは竜人のみ、アルカの混ざりもののわらわでは無理じゃよ」
「始祖母様との混血ということは、その身体の半分は合成人間のものでしょう?
ならば、どちらの種族の形態もとれるのではないのですか?
混血の容姿でなく竜人の容姿なら、問題は起きないのでは?」
竜帝国の皇家が混血を許容しないのは、竜人が国の象徴だからであって差別しているわけではない。
つまり、ちゃんと竜人の体裁が整えば問題はないはずだとミーナは思った。
だが。
「可能じゃが拒否した」
「それはなぜ?」
「わらわは母上の子じゃ」
きっぱりと言い切ったコトノハに、ミーナは思わず微笑んでしまった。
「……始祖母様を愛しておられるのですね」
「わらわを身ごもった経緯はの、決して母上にとって望ましいものではなかったんじゃ。
今でもリュミリア様が来ると嫌な顔をするしの」
そういって、コトノハは少しさびしそうにして。
そして。
「しかし母上は、わらわをとても、とてもかわいがってくれた。
わらわのためなら、色々言いたい事があるじゃろうリュミリア様とも最低限とはいえ交流をもってな。
……本当なら殺しても飽きたらぬじゃろうに」
「……」
「わらわはの、この姿が──そんな母上が可愛いとなでて抱きしめてくれた、この姿が誇りなんじゃよ」
「……そういうことですか」
つまりコトノハは、実利よりも愛情をとったわけだ。
ミーナにはそれが理解できたし、むしろ好ましいと思った。
「それでどうじゃ、わらわの御座船になってはくれんかの?」
「お世話になると決めてしまいましたしね……仕方ありません、お引き受けしましょう」
仕方ないと口には出していたが、そこにはもっと積極的にコトノハを認めるニュアンスがあった。
それを感じ取ったコトノハは嬉しそうに笑った。
「おおそうか!改めてよろしく頼むぞ!」
「ですがご主人様、お話はマコトが回復してからにしてくださいね?」
「うむ、もちろんわかっておるとも。
じゃがその前に、そなたとこの船の接続をはじめるぞ。よいな?
いずれは直接収容に切り替えるが、さすがに本体を移すのは慣れてからでよかろう」
「あ、はい。よろしくお願いいたします」