思いがけない戦闘
その瞬間は、唐突にやってきた。
「なに!?」
「どうしたのですか?……これは!?」
船のセンサーが、大量の敵をとらえていた。
「機動兵器群!?
なぜ気づかなかったのですか?」
「数百年寝とったからな……技術進歩の可能性が高いのう。
下が反応した時点で、こっそり起動待機しておったわけか……やられたわ」
一斉に動き出したため、こちらも発見できた。
だがこれは同時に「もう隠れる必要がない」ことを意味する。
「戦闘準備は?」
「始めとるが、これでは間に合わん」
うめくようにコトノハが言った。
「上昇中に大火力をあてられるとみておったからの。
当然、武器もそれ用の選択になっておる。
小さい無数の兵器では、それがアダになる。
切り替える前に先制攻撃を受けつつ、おそらく船にとりつかれるじゃろう」
船に対して機動兵器を向けるのは本来不合理。そういうものは基本、動きを封じてから送り込むものだ。
たしかに機動兵器は小回りがきくが、船がフル加速をかけたら追いつけないのだから。
なのに、すでに機動兵器が出ているということは?
「地上部隊を振り切られた場合の保険をかけていたと?」
「そのようじゃな」
動きを読まれていた。
コトノハは渋い顔をしつつ答えた──まさにその瞬間だった。
「なんじゃこれは?」
「え?どうしたんですか?」
「マコトが、エアロックから外にでおったぞ」
「どういうことです!?」
そういえば戻っていない。
ミーナも船の頭脳ではあるが、自分の船ではないこの帝国船では当然、船内のことを把握はしていない。
それどころか、ここではマコトとのデータリンクも途切れがちだった。
だからこそ、青天の霹靂ともいえるコトノハのセリフに驚いた。
「映像を出せ」
『了解』
たちまち船外にいるマコトの姿が映されたが──ミーナはもちろん、コトノハも首をかしげる事になった。
「なんですかあれ?弓?」
「あー……あれは先程の棒が形を変えたものじゃな、どういう技術によるものかは知らぬが」
「知らない?どういうことです?」
「あれは未知の文明の産物なんじゃよ。
母上は概要レベルなら理解しておったが、その母上も詳細は不明との事じゃったのう。
──はじめるようじゃぞ」
「はじめるって、弓でなにを?」
「さあのう──む、口が動いておるな。システムよ、音声を再現、表示せよ」
『了解』
宇宙空間で声なんぞ出せないが、ひとにとり肉声は重要なコミュニケーション手段だ。
その意味で、宇宙で口パクをしているマコトが何を言っているかは、それなりに意味があるはずだった。
そして、ミーナにもわかるよう仮想画面のひとつにそれが反映された。
【アローレイン】
「あろーれいん?」
「あ」
なにそれと首をかしげるミーナと、何かに気づいたようなコトノハ。
その目の前で、モニター画面の中のマコトが動いた。
なぜか上に弓を向けると、きりりと引き絞ったのだ。
その瞬間。
『個体名マコトの周囲に高エネルギー反応急速増大、何かの射出を行う模様』
そして、画面の中のマコトが弓の弦をリリースした瞬間だった。
「!!」
「ほう!」
無数の小さな光の矢が──上から巨大な楕円軌道を描き、おそらくは無数の敵に向けて飛び出したのだ。
◆ ◆ ◆ ◆
「|レリーズ(Release)」
言われるままに、心に浮かんだ解放キーをつぶやいてみた。
なんか昔の魔法少女アニメみたいになっちゃったけど仕方ない、言われて心に浮かんだ『封印解除的なキーワード』がそれだったんだから。
その瞬間、キラキラと輝き出すバトン。
さらに同時に、身体の中によくわからない『力』のようなものが湧き上がるのを感じる。
『それがコアのもつ力……まぁ平たくいえば「魔力」とでもいうべきものです』
「魔力て」
ここは宇宙空間で、そんで私は地球人の記憶があるとはいえ宇宙人製のアンドロイドなんですけど?
そんなファンタジーアニメみたいな単語を持ち出されても困る。
『ソレは仕方ないです。
なぜなら、そもそもその呼び方は「意志の力を直接物理現象に置き換える」という原理の解析が進んでないせいなのですから』
「解析がすすんでない?」
『銀河ひろしといえども、この手のレアスキルをもったまま宇宙文明に到達するところは多くないそうです。
特定生物由来の異能というのは、その研究にかかるコストに対するリターンが少ない……つまり優先順位が低いんです。
で、よくわからないもの、ナゾなものに対して神秘だの、魔法だのと表現するのはお約束ってわけです』
「……そんなもんなの?」
てっきり、なんでも解析できてるのかと思ってた。
『あまたの銀河文明といえども、別に神の世界でも夢の理想郷でもないんですよ?』
「……あー、そっか」
よくわからないものに、魔法みたいとか言っちゃうのは宇宙でも同じってことか。
「どこでも同じなんだねえ」
『ま、似たような知的生物ってことなんでしょう、お互い』
「ひとごとみたいに」
『ひとごとですからね、被造物のわたしには』
「たしかに」
思わず苦笑した。
「弓、だして」
『了解』
光が強くなり……次の瞬間、バトンもどきはたしかに弓に変わっていた。
おー……なんかファンタジーっぽい。
現実の戦闘でなく、ファンタジーゲームに出てきそうな優美な弓だった。
「きれー……それで、どうやって使うの?」
『まず、わたしを弓として使おうとは考えないことです。それは今のあなたには不可能ですから』
「うん、わかる」
『ですが問題ありません。わたしは弓ではありますが、同時に一種の変換器でもありますから』
「変換器?」
『「矢を射る」というあなたのイメージを現実にする道具ということです。
魔力だけで運用するのは、いささか効率が悪いのですが、とりあえず何とかなるでしょう。
あなたの仕事は、わたしに魔力を供給すること──そして、わたしに教えてください』
「おしえる?」
『ターゲットですよ、誰を攻撃するのかを』
「ターゲット……ああ、あれね」
意識した瞬間、宇宙に大量の小さな光点が見えた。
「……すごい数」
『その光点すべてを認識して──そこにあたるイメージを頭にうかべてください』
「わかった」
とはいえ──「あたる」だけでは撃破はできないだろう。
所詮こっちは『矢』だし、その威力だって──まてよ?
「──」
目を閉じた。
目標にあたるイメージ。
ただしそれは『撃破』ではなくて──。
よし。
無数の光の矢が雨のように降り注ぎ、敵の──を破壊するイメージ。
弓をかまえ、(想像上の)矢をつがえた。
湧き上がる『名前』を、その衝動のままにつぶやく。
「──矢の雨」
その言葉と同時にリリース。
その瞬間、
「──っ!」
壮絶な脱力感。
何かをごっそりと持っていかれるような……そんな強烈な感じ。
そして。
「……」
弓全体が小さく輝いたかと思うと、それは始まった。
私のイメージ通りに一本の光の矢が宇宙に飛んでいくと、ある一点で突然、無数の光の矢に分かれたのだ。
──矢の雨。
前世の記憶に出てきた、古いゲームの中で使われていた技。
といっても古いゲーム機なのでオリジナルは2Dの画面だし、これはあくまで「現実になったらこうだろうな」という私の妄想みたいなものなんだけど。
この技、威力は実は大きくない。広範囲にダメージはあるものの、そういう意味ではただの「こけおどし」でしかない。
だけど。
おそらく無数の敵の正体は、無人機。
無人機は外の情報を、どうやって仕入れている?
そう。
つまり彼らの弱点は──。
ああ、予想通りだ。
目を、耳を潰された彼らは目標を見失い、次々に迷走したり稼働停止していく。
本体のコントロールを失っていく。
だけど──私も力が抜けていく。
『─!!──!!』
誰かの声が聞こえる気がする。
そのまま──私は意識を失った。