アイキャンフライ──?
船を離陸させるということで司令室にでも行くのかと思ったら、そんなものはないと言われて驚いた。
「何を驚く?ミーナ嬢の船にだって司令室はあるまいよ」
「あー、てっきり壊れてるのかと」
「最初からないわよ」
ざっくりと否定された。
「けど中枢はあるんじゃないの?」
「たしかに、あるにはあるが……そんな重要な場所に人を入れる?なにゆえに?」
「……たしかに」
「だいたいじゃな、船内どこでも情報を受け取れて指示も出せるんじゃぞ?
最悪、風呂の中でも問題ないわ。
なのに、わざわざ特定の部屋を司令室にする意味はないし、むしろそこを狙われたらおしまいではないか。
リスク分散という意味でも、おすすめできんのう」
「たしかに……ってお風呂あるの!?」
「ほう、やはりそこに反応するか……母上とかわらんの。
もちろんお湯の風呂じゃな?」
「当然」
「ならば問題ない。あとで案内しようぞ」
「おお、やった!」
ミーナの船にはお風呂がない。
ボルダ人も風呂使うそうだけど、水の貴重な環境でも使いたがるほどの風呂好きではないらしい。
え?私?
個人的な記憶はないけど、旅先らしい入浴場面の記憶はたんまりあるんだよね。
回数はそれほどではないのに。
これ、よほど好きだったって事だろうし……私も興味がそそられる。
ただ、ちょっとひっかかってる事もあるんだけどね。
見てたコンテンツに女性の入浴シーン多すぎない?
性別すら不明な私の前世だけど……これってもしかして──
「マコト、あなたそんなにお風呂好きだったの?」
「え、うん、好きだよ」
まるで私の思考を阻むかのように、絶妙のタイミングでミーナが質問してきた。
思わず答えてしまうと、ミーナが眉をしかめた。
「なんでわたしには言わなかったの?」
「は?いや、水が貴重品だったでしょ?
そんな状況でお風呂入りたいなんて贅沢言わないって」
「それとこれとは話が別なの。
そういうニーズあるってわかってれば設備拡張計画にだって組み込めるんだから。
次からは必ず言いなさい」
「え、でも」
「言いなさい!」
「……はい」
とりあえず謝罪した。
「よし、ではさっそく始めようかの。
本当は何もせんでも操作できるが、それではマコトに情報が伝わらぬからの──こうしよう」
「お」
空中に大量のウインドウみたいなのが開いた。情報パネルらしい。
もちろん本当にこういうスクリーンがあるのではなく、地球でいうところのAR、拡張現実ってやつだろう。
「みえておるな?」
「はい」
「よし、はじめるぞ──機関始動」
「お」
「……」
巨大な船体のどこかで、何かが動いた気がした。
その瞬間、写っている情報類も動き始めた。
『■■、■■■■』
なんか知らない言葉で船内アナウンスまで流れ出した。
「何語?」
「たぶん竜帝国語ね」
「たぶん?」
「言語ライブラリが古いの。
コトノハさん、あとで最新の言語データくださる?」
「かまわぬが、わらわのも最新ではないぞ?」
「わたしのよりはマシでしょ?」
「それもそうじゃな……ほれ、わたしたぞ」
「ありがとう」
何かのデータをミーナが受け取った途端だった。
【『ミーナ』司令システムより接続、活動用言語データ『竜帝国Ver.002』追加】
お。
【追加されました、語彙に組み込まれます。一時的な認識の混乱にご注意ください】
そして、意味不明だったアナウンスが意味の通ったものに聞こえ始めたんだ。
『銀河潮汐機関正常作動』
『船体起動シーケンス開始』
「よし、浮上準備が完了したぞ」
「え、ほんとに?」
「うむ」
そういうと、コトノハさんは上を──たぶんここからは見えない空を見上げて、そして竜帝国語で宣言した。
「コトノハが今、ここに命じる。
全機関作動──ただちに浮上開始せよ!」
『了解』
その瞬間、世界が動き出したのを感じた。
すべての情報パネルの表示も、目まぐるしく動き出して──え?
「待って!!!今あがったらダメ!!!」
「マコト?何をいって──」
「浮上少し待て!」
『了解』
コトノハさんが即座にシーケンスを止めてくれた。
だけど、私はそれどころじゃない。
意味がわからない。
だけど、心の中から湧き上がる不気味な感覚が、危険を訴えていた。
──いけない。
「今、飛び立ってはダメ。何か対策しないと」
「うむわかった」
コトノハさんはなぜか、素直にそのまんま聞いてくれた。
ミーナは対象的に困った顔をしていた。
「ちょっとマコト、どうしたの?」
「ミーナ嬢、『探知』じゃよ」
「探知?」
「マコトのボディはボルダ製であろ?
ボルダ製はボルダ人の身体構造に準拠しておるからの、『コア』を内蔵しておる……知っておるな?」
「あ、はい。通称ドライブとも呼ばれるアレですよね。
あれって機能がよくわからないんですが」
「うむ、コアのないミーナ嬢にはわかりにくいじゃろうな。
くわしい説明は省くんじゃが、あれが動くと日本語で言う『第六感』のようなものが急激に高まるのよ。
まぁ逆にいえばマコトは生来のボルダ人ではないから、そのあたりが限界なんじゃがな」
「……なるほど、コアが動くとそんな感じになるんですね。勉強になります」
ミーナはコトノハさんの方を見て、そして私を見た。
コトノハさんも私の方を見て、さらに続けた。
「それでマコトよ、どんな感じがしたんじゃ?」
「……なんか無数のやばいやつがこう、わらわらっと。このまま飛んだら危ないって」
「なるほど、小さいが多数の敵といったところか……たしかに厄介じゃな。
本船の警備システムで止められぬかのう?」
「……よくわかんない」
「そこまでは検知できぬか……まぁ元地球人、しかも補助器具も訓練もなしなんじゃから、上出来といえばその通りかの。
やれやれ、さすがは母上じゃ、ここまで読みどおりとはのう」
そういうとコトノハさんは背後を振り向いてゴソゴソやり、そして銀色のバトンみたいなのを取り出した。
バトントワリングをやるにはちょっと太そうだけど、持てないほどではない。
そしてそれを、有無をいわさず私に手渡してきた。
「これは?」
「それはコアの力をうまく引き出すための補助具じゃ。有名なのは『杖』の形をしたものじゃな」
「……始祖母様の巫女杖ですか?」
「うむ、これは母上の『星辰の杖』のような規格外品ではないが、まぁ原理としては同じものじゃな。
『意志を現象に変える』というコアの機能を効率よく引き出すためのもの。
マコトのために持ってきたものじゃ。使ってみるがよい」
「使うといっても……っ!」
その瞬間、さっきのよくわからない感覚が、もっとハッキリかつ強烈な皮膚感覚として私を襲った。
いろいろな情報が私の中を、一気に駆け巡っていく。
「耳としっぽが!」
「うむ、本格的に警戒状態になったようじゃな」
何か周囲で聞こえているけど、そんなもの聞いている場合じゃなかった。
ただ感じるままに言葉をつむいでいく。
「この周囲、広範囲にわたって罠が設営されてる」
「ほう、中身はなんじゃ?」
「現住生物を改造・強化して浮上できないようにさせる。
それで落としたところで、連携した上空の衛星から攻撃が降りそそぐ」
「下をトリガーにして上も動くんじゃな。
動けなくして攻撃するということは、おそらく物理兵器であろうのう」
ふうむとコトノハさんはためいきをついた。
「何か方策はないかの?」
「──ひとつ相談というか質問あるけど、いい?」
「ほう?うむ、かまわぬぞ?」
「あのね──」
◆ ◆ ◆ ◆
【……】
その小さなシステムたちは、長い長い時間を待ち続けていた。
ターゲットとして監視中のシステムが、少し前から活発に動き始めたのも確認ずみだった。
しかし攻撃指示には条件が足りなかった。
だから彼らは、ひたすら待ち続けていた。
そして、ついにその瞬間がやってきた。
【……!】
一定以上の質量をもつ船の、離陸用ジェネレータの稼働反応。
彼らは一斉に活性化し、ただちに目標に向かって突撃しようとした。
──だが。
【?】
その反応はなぜか、すぐに消えてしまった。
周囲には強い熱反応が広がるだけで、離陸反応はこつ然と消えてしまった。
なぜ消えたのか?
わからない。
とにかく反応がない以上、動くわけにはいかない。
【……】
そして彼らは、いつもの沈黙に戻ったのだった。
◆ ◆ ◆ ◆
『稼働点、すべて沈黙しました』
「……どうなってるのこれ?」
若干おいてけぼりのミーナに説明しようとしたら、コトノハさんが先に言ってくれた。
「結論からいえば、やつらのセンサーの裏をかいたんじゃな。
ミーナ嬢、やつらは、わらわたちの活動を検知する方法として何を使っておったと思う?」
「何をって……情報不足すぎてわからないわ」
「ふむ、では質問を変えよう。
銀河における主力の大気圏内移動エンジンには何がある?
そして、そいつらに共通する特徴は何じゃ?」
「……重力制御かしら?」
「いかにもそのとおり。
惑星上に大質量をおろし、そして上げるんじゃ。最大の敵である重力と大気圧を何とかせんでは動くに動けんわな。
じゃから多くの銀河文明は、まず重力に打ち勝つところから歴史を始めるんじゃが。
……それで質問なんじゃがな、ミーナ嬢よ。
今、この船が下に向けて、びゅーびゅーと噴射しておる化学燃料ロケットじゃが、これらの動きは重力センサーで検知できるかの?」
「……っ!」
「気づいたようじゃな?」
ミーナの反応に、コトノハさんは満足げに笑った。
「あやつらには見えん、そういう事じゃ。
「ま、さすがに最上層の衛星軌道まで行くほどは積んでおらんが、そこまではいらんじゃろ。
連中はあくまで地上部隊、衛星軌道より上は別の者の担当じゃろうな」
そういうと、コトノハさんは真顔に戻った。
「高度を限界まであげよ。
可能な限りの上空に達したところで銀河潮汐機関を始動する」
『了解』
コトノハさんの指示を聞いていたミーナが首をかしげた。
「銀河潮汐機関の起動は、まだ早いのではないですか……って、マコトどうしたの?」
「ごめん、ちょっと席外す」
そういうと、私は部屋を出た。
廊下を歩きつつ、私は手にしたバトンもどきを見ていた。
「……黙っていないで何か言ったら?」
さきほどアクセスした時、感じたんだよね。
そしたら。
『改めまして、どうも新たなる主人よ。
とはいえ、ただの弓である我に何をいえと?』
「よく言うよ……まったく。
どういう原理か知らないけど、会話も通じるのか……どうなってんの?」
実は、ただのバトンもどきどころか、その正体は『弓』らしい。
まぁお話ができる時点でいろいろおかしいけどね。
『この銀河にはあまたの文明がありますから……まぁ、わが郷里にはもう戻れませんが』
「戻れない?」
『我が作られたのは、この世界ではないのです……まぁ戻れたところで我を作りし製作者、優子はもうおりませんが』
「っ!?」
いきなり飛び出した日本名に、思わず絶句してしまった。
「まさか日本人!?」
『あの方の出身を問うならば、そのとおりです』
「……始祖母とやらといいあんたの作者といい、どうなってんのさ日本人」
どいつもこいつも宇宙の果てで何やってんだか。
頭痛がしてきた。
たしかに元の『前世』の私は異星人と触れ合っていたらしい……その結果として今の私がいる。
だけど世間的には。
実は地球のすべての社会では……少なくとも元の私の時代にはまだ、銀河文明の存在なんて誰も知らなかったはずなのだ。
生前の私もそう。
たしかに身内に異星人がいたようだけど、どうも生前の私はその人が異星人とは知らなかったらしい。
そんな状況なのに、なんでこうも宇宙で日本人の話を聞くんだろう?
「まぁ、あんたの製作者については後で話してもらうよ。
それで世間話はいいけど、私に何をさせたいの?
ただの弓であるはずのあんたが、私に話しかけたその心は?」
『主人も気づいているでしょう?おびただしい敵に』
「……まぁね」
現在、この船は上昇を続けている。
だけど──おそらく軌道上にもやばいのがいる。私にもわかる。
この船はすごい力があるけど──けど、相性というものがある。
無数の光点。
『我は弓ですから』
「なるほど……でも私、弓なんて扱えないけど?」
そもそもそれ以前に、宇宙空間の戦闘で、しかも対人兵器もろくに効かない相手に弓なんかでできる事があるのか?
『もちろん我を扱うには弓の技術が必要ですけど、今はまだ無用です。
あと、我はただの弓ではありません』
「そりゃそうでしょうよ、勝手にしゃべるし、そもそもこの形で弓になるって言われてもね。
で、何をするつもりなの?」
『とりあえず、衛星軌道に出てから外へ──出られますよね?』
「まぁこの身体ならね。──了解」
私はためいきをついて、そして歩き出した。