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恋形見 四代目公爵から見た、真相

グロテスクな描写アリ

 娘が目を抉って寄越した。

 もうそれだけで、ショックで食事も喉を通らなかったが、見合い相手の男が怪我を聞きつけてやってきて、

「姫様のお怪我の具合は?」

 と、まずは当たり前の、常識的なことを問うてきたが、怪我はいつ癒えて見合いはいつになるのかと、すぐに聞いてきたので、公爵は「は?」と、半眼で、まだ少年といってもいい若さの男を見てしまった。

 遠くから来たので、それは気になるだろうが。

 大怪我をしたのにそれを聞くか、と。

 客観的に見れば、公爵も配慮が足りないが、一人娘があんなことになったら、理性的な振る舞いは難しいだろう。

 このとき、婿にと思っていた男のことは半分、見限ってしまっていた。

 見合い相手も十六歳の、こう人の機微やら機転やらに長けていない、戦一辺倒の騎馬民族であったから、戦場は気になるし、部族は気になるし、見合いはしないといけないし、でも相手は大怪我でいつになるかわからないというし。

 そりゃあもう、焦っていた。

 間が悪かった、としか言いようがない。

 ちなみに、騎馬民族と遊牧民はイーマではほぼイコールである。遊牧民が東の帝国に圧されて、こちらに流れ、イーマの庇護で定住して、馬術を生かして畜産を管理しながら村を作っている、のだ。

 騎馬隊が自慢のイーマ公爵家は、だから農民はちょっとね、だが、馬術のすぐれている彼らを婿にするのは問題なかったのだ。まだ、国もそんなに大きくなかった頃なので。

 公爵も大人で偉い人、であったから、手みやげをいろいろ渡して、一回帰らせた。

 補給線とか、援助とか、砦を作る技師の提供とかわりあい気前よく約束した。

 破談になるだろうな、と思ったので、反感を買わないように。

 見合い相手の男は後日、女公爵の婿と親友になって、末永く、死ぬまで友情が続いたが、このときはむろん、知らない人同士であった。


 整理すると娘が十三歳で、見合い相手は十六歳で、農民の男は十五歳であった。

 みんな若いな、と思うだろうが、戦乱期のこのころ、平均寿命二十四歳。

 早く生まないと、死ぬ。せちがらい。

 ちなみに公爵、二十八歳。彼が嫁をめとってもいいぐらいだろう。彼は孫の結婚相手、曾孫の出産時の産婆や乳母の世話までしてから、寿命で死ぬ。死ぬとき禿げていたので気苦労が多かったのだろう。

 

 現在、髪がふさふさの公爵は農民の男の元を訪れた。

 こちらも少年、といってもいいぐらいだが、十二歳ぐらいで成人扱いになる。

 粗末な納屋みたいな家に住んでいて、公爵と護衛の青年共々中に招き入れてくれた。

「娘は結婚するから、君とは添い遂げられない」

 と、告げると、物わかりよく頷いた。

「公爵家のお姫様だったのですね。確かに僕には分不相応です」

 あまりに物わかりが良いので、公爵はいらっとした。

 彼との恋のために娘は目を抉っているのである。そんなあっさりと。

 くびり殺してやろうかと、腸が煮えくりかえったが。

「今世かなわねど、来世にて。つぎは僕から会いに行きましょう」

 と、娘と似た言葉を口にした。なので思い出した。伝える言葉と、渡すものを。

「娘も『来世で添い遂げよう』と伝えてほしいと言っていたよ。これが恋の形見だそうだ」

 気味悪がったら、殺すようにと護衛の男たちには告げてある。

 こんな奴のために娘は弓の目を失った。

 だが、渡された目を見て。

「これはたしかに、姫様の、右の目。痛かったでしょうに」

 と、涙ぐんだのだ。

「なぜ、娘の右目とわかる?」

 親だが、それだけを見て、娘の目玉かわからん。だから、え、どういうこと、と疑いながら問うと。

「この目は、こちらが上で、このあたりがちょうど瞼に隠れるかかくれないかぐらいのところで。ここの青い血の道が、姫様はすこーし太いのです。だから、あの方の、右の目です」

「え、こわっ」

 娘もたいがいおかしいが、この男もおかしい気がする。

「ああ、このようなものを貰っては、しかとしかと、来世を約束せねばなりません。こんなむさ苦しいところまで、届けて頂き、わざわざありがとうございました? ご足労? なんと感謝したらよいのか、下賤な身ゆえ、言葉をしらず、ああ、こちらからではとうてい? 急がないと」

 心ここにあらず、あわてた風なので、用事があるのだろうと、公爵ももうここには居たくはなかったので、いとました。ダニやノミがいたらしく、かゆい。

 外に出て、深く息をすると護衛がしきりに首をかしげている。

「何か言いたいことが? あの男を殺すのはやめとくけれど」

「あ、ならやはり、まずいかもしれません」

「なにが」

「あの男、死ぬんじゃないかと。急いで」


 来世の約束を、誰かに? 神に? しかとしかとしなければならないので。

 

 急がないと。


 護衛が空気取りの隙間を探して、部屋を見れば。

 男は汚れた壁に炭で読みにくい遺書を書き終えて、手をぱんっと叩いて汚れを払っていた。

 流れるように縄を梁にかけて、踏み台に足をかけたから。



 公爵は悲鳴を上げて、護衛と一緒にドアを蹴倒し、男を引きずり床におろした。

 幸い、まだ首を縄に入れていなかった。輪を作っているところで、間に合った。

「邪魔をされては困ります。予定調和を急いで構築しませんと、来世で合うのがずれてしまいます。こちらからでは調整できないのです」

 真顔でそんなことを言う。懐に入れた目玉を大事そうにかばいながら。

「娘に似合いの狂人だね、この子もっ。もういいよ、わかった。決めた、決めたよっ」

 護衛は可哀想な人を見る目で、公爵を見た。これからさらに苦労しそうだなぁと。

 公爵は、そのまま彼を連れ帰って、娘と結婚させることにした。

 娘はまだ幼い。言動がアレなので忘れられがちだが、十三歳である。

 結婚は一年半後、ということで決まった。

 ひとまとめにしておく方が、安心、というより管理が楽なので、婿予定の男はそのまま公爵家に住むことになった。


 その後、公爵は奔走した。

 娘が爵位を継げるように。

 ならばと、婿(まだ予定)が助言した。

「女当主を守るための法整備を」

 避妊具の開発も同時進行で。配偶者の権限の制限。連続して妊娠した結果の当主産褥死は配偶者の殺人相当になること。

 当主の妊娠時の代理は三年以内に留めること。男尊女卑が強い現状、男が代理を勤めれば、あっという間に権力がそちらに固定してしまうからだ。

 それは。

 女性が爵位を継ぐ、当主になることがなかった時代に、彼らではとうてい考えつかない、今後起きるはずのたくさんのトラブルを事前に摘む法であった。

 狂人と紙一重の娘が選んだ男もまた時代にそぐわぬ思考の持ち主だった。




「女性継承権は賛成だね」

 と、サーマ公の懐刀の子爵が言った。

「海の男が山に婿に来たあげく、地元のことしらないで、あれこれ当主面して居座られるの困るんだよ。これ通さねぇと、公のところの、糞みてーな糞、引きとらねーぞ」

 サーマは海賊なので口が悪い。

 糞のような糞、はもう糞そのものではとイーマ公は思った。

「かりにも俺の息子だぞ、もうちょいさー」

「糞は糞なんだよ。王は公爵家から嫁を三人貰うし、ここは男子以外無理だろう。女王に何人も子を産ませる、って博打打つ気にはならないな。公爵が娘生まれるまで、子供作る結果、下に婿が垂れ流されているから、正直、ほんとうに、娘の爵位継承急務だったよ。あー、ほんとに、公爵家のみの王妃になる制度が糞。糞過ぎ」

 戦乱期なので、本当なら男が減って、女が余るはずなのだが、上の方から順に男児が余り、王家も基本、一人以外は子爵家に流し込むので、上位貴族ほど男児がだぶついていた。

 たとえば、伯爵家に公爵家から婿が来たら、娘と息子が居ると、娘に継がせて公爵家からの婿を当主にする、ほかない。立場的に。

 そして伯爵は息子を、子爵や男爵、騎士爵に圧をかけて流す。

 ここ百年で、ひどい流れができていたものである。

「婿の権限の制限が特に良い。さっさと法にしてほしい」

 子爵はにやありと笑った。

「これであの糞の根性たたき直して、糞もどきぐらいにしてやらあな?」

「人間の話、してなくないか?」

 候爵や辺境伯、街道伯はあらがえるが、伯爵と子爵が一番、婿流し込みの被害を食らっているのである。

 サーマの子爵と、イーマ公(背後に婿)が率先して法と制度をまとめ、正式に法として明文化した。以来現在まで続く。

 王家と騎士爵のみ、男子継承の法が続き。

 ほかは母娘の継承が増えていった。少しでも母系が続くと、嫁を娶って母と嫁がごたごたするのを、なんとかできる経験や処世術の会得が出来ていない男子当主は、潰れていったからだ。それを見ていれば、当然逃げられれば逃げるわけで。

 たとえば姫の叔父。

「我が家に、もう嫁を貰う伝統潰えているのに、嫁貰うのは怖い。嫁姑、いい話全然聞かない。俺はうまく立ち回れる気がしない。だから、家督は継がずに出て行く。姉さん、家は任せたよ。相続も放棄するから、がんばって」

 こんな感じで、逃げていく。特にサーマは男は海賊になってしまうので。サーマの女子爵率、平均四割である。七割を超える時代がたまにある。




 その後、孫がぽこぽこと生まれた。二年ごとに生まれた。

 孫が年頃になって、すでに娘に家督を譲って前公爵になった四代目は、見合いを組む前に、前回の失敗を忘れず、孫たちに問いかけた。

「どちらか一人、王妃になって、ならなかった方は地元の豪農に嫁いで、長男君は、お母さんと破談になっちゃった騎馬民族から嫁もらってほしいんだけど。次男君は、伯爵家いってほしい。けどっっっ、本決まりじゃないから。恋仲の誰それがいるなら、先にいってほしいっ。確約しないけど、善処はしたいから」

 家督は譲ったが、この手の人脈関係はまだ彼が握っていた。

長女「王妃いく。王妃宮の森、ウサギ狩りしやすいから好きだし」

次女「私は地元から出たくないから、農家にする。馬、連れてって平気でしょ?」

次男「伯爵家、はどの? よほどおかしな言動のお嬢さんでなければ、やぶさかない」

「三家から好きな子選んで良いよ。以前、遠駆けで顔合わせしているお嬢さんたちだよ」

次男「あー、なら大丈夫、だと思う。あちらさましだいかな」

長男「僕も問題ないよ、おじいさま。会ったことある、あの彼女だよね?」

「ああ、よかったー」

 前公爵は泣き崩れた。

 これを告げるまで、眠れなかった。ここのところ、ご飯もろくに食べられなかった!

長男「泣かないでおじいさま」

長女「目や耳、落としてまで添い遂げたい相手なんていないから」

次女「ほんと。相手がくれたって、普通はドン引き」

次男「あそこまで極めてるの、あの二人ぐらいだからね。あ、初代もか」

「だって、またあんな感じの子が孫にいたらと思ったら、怖かったんだよー」

 孫たちはうんうん頷いた。

 我が親ながら、怖いもの。


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