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イーマの恋形見戯曲

グロテスクな描写あり

イーマの恋形見の戯曲


 最初の女公爵となったイーマの娘の恋の話である。

 イーマで二年ほど公演された後、二度とその地で見られることはなかったが、まだ派閥の区切りがゆるかった時代であったので、他の地域では脚本が出回った。

 識字率の低い、時代のことで、意訳がすぎるものも多い。



 イーマ公の一人娘は地元の遊牧民の長の息子との縁談が決まった。


お嬢「実際は、見合いが決まった、だけらしいんですけれどもねー」

姫「でも、この時代、ほぼ決まりでは?」

お嬢「ほん決まりっぽくはあったけれど、決定ではなかったとか、聞いてます」

姫「時間をかけて大人の都合で濁らされた感じも受けますが」


 ところが、娘には好いた男がいた。農民で文字もろくに書けない男だった。


お嬢「これもですね、実は、ちょっと違います」

姫「実は貴族の庶子で、とかですか」

お嬢「いえ、農民ですが、文字が書けないと言うか、鏡文字だったらしいんです、この遠い父祖さんが書いたのは」

姫「伝説っぽくありますが、薬草学に通じて馬を育成、繁殖させることには長けて、と」

お嬢「ほぼほぼ、その人の残したものが現代でも手本になってます。伝承しきれない、魔法の技みたいな技術もあったみたいなんですけれどねぇ。交配率100%、出産率100%で母馬子馬全部無事って、ありえない。おとぎ話です」

姫「それ可能なら、今はともかく、480年前なら、お買い得な婿感はありますね(イーマ自慢は騎馬隊。馬が名産)」

お嬢「この父祖さん、薬草と馬の神として霊廟の入り口入ってすぐに、像作られてまつられてましたから、かなり腕は良かったはずですが」

姫「破格な扱いの婿さま」


 農民との恋は許されず、娘は泣く泣く父公爵に、

「あの方へ、恋の形見を届けてください。そして来世で添いましょうと言付けを必ず届けてください。そうすれば、私は父上のおっしゃるままに、婿を取りましょう」

 と、告げたので公爵は大いに満足して、約束した。

 娘はペーパーナイフを握ると、己の、矢をつがえて射るときに使う右の目をえぐり出して、血まみれの手を差し出して、笑った。

「これを必ずお届けください。私はただ、次生む腹になりまする」

 もう、この家に災いが起こっても、弓をとることなく、馬駆けることなく。

 子を産む義務だけ果たす、と。


姫「これ、本当にやらかしましたのですか?」

お嬢「霊廟の中に恋形見用の部屋がありまして、小さい部屋で棚があるんです。一番上に、目玉が鎮座してます。で、竹簡に達筆な墨筆で『イーマの恋、邪魔するなかれ』とあります」

姫「え、(一番、上、ということは)下には?」

お嬢「恋を貫く覚悟を示すために、爪剥ぐのです。一ヶ月に一枚、で三枚剥ぎます。それが小さい、陶器の宝石箱みたいなのに入ってまして」

姫「え、もういいです、ききたくないです」

お嬢「そんなに恋におぼれる女、いませんよ。7人、ゼン王最初の妻を入れれば、8人ですから(このとき、まだ彼女は夫と顔を合わせていないので軽く応じている)」

姫「知ってましたが、初代神話も、事実なのですかね。東の帝国から継承争いから姫と王子が逃げる際、捕まれば離ればなれに殺されて死体は捨てられてしまう、そうなっても来世でも会えますようにと、『姫は夫と互い耳を片方切り落として食わむ』というのは」

お嬢「本当らしいです。だから、二人は向き合って、切り落とした方の耳が見えない角度の絵しか残ってないのだそうで」

姫「激しい家系ですね」



 公爵、驚き悲しんで、農民の男を激しく憎み、殺してしまう。


お嬢「生きてます」

姫「戯曲フィクション的に殺したんですね」


 娘はそれと知らず、婚姻して、懐妊。

 父に「形見は届けてくれたのか」と問えば。

「お前をたぶらかした男など殺してしまった」と、娘が無事に懐妊したので、安堵してぽろっと告げてしまう。

 結果、娘は嘆き悲しみ、

「子を成す義務だけは果たしてやるつもりだったのに」

 と、刃物で腹を割いて、夫と父の前で胎児を握りつぶして果てる。

 そして語り部が

「この恋を邪魔してはならなかったのに」

 と、呟いて終わる。演出として、殺された赤子の悲しげな鳴き声が幕が下りきるまで響き渡る。


お嬢「生きてますってば。これ、本当だと公爵家が終わってしまう」

姫「このあたり、どうなってるんです?」

お嬢「祖父曰く『自分の子や孫に目玉抉られて、それでも政略結婚を強要できる剛の者などこの公爵家にそうそうおらんわ』だそうです」

姫「ああ、確かに。そこまでの覚悟を前に、私も理詰めできる気がしませんね。他の公爵家にだってそうそういません」

お嬢「それで、婿は農民で、さすがに公爵はできないので、娘を公爵にするほかなかった。そのため法律を変えたのが、この五代目、初女公爵からだそうです(それまでは他国同様、男子継承のみでした。婿は養子縁組して実の娘と婚姻させて継承権発生させます)」

姫「だいたい、知っている情報や推察されていたものと、離れてはないですが。女公爵になりたかった公女が、わざと農民を選んだ、という説もあったのです。為政者として有能だった、という文献も多いので」

お嬢「さあ? ただ、この戯曲を作ったのは女公爵の長男で跡継ぎだったらしくて。鬱屈してますよね。私は祖父からこう聞かされました。『恋におぼれるのは、仕方ない。諦めよう。だが、子供が出来たら、そっちにも愛情を注げ。自分を母親にくびり殺させる劇を演じさせるようなひねくれ者に育てるんじゃない』と。だから、子供そっちのけで愛し合ってたのは確かではないかと」

姫「うわあ、その情報が入ると、この戯曲、違う感じに。政務が忙しかった、というのも、理由でしょうが」

お嬢「イーマは子供あまり作らないんですけれど、恋におぼれると五人ぐらい生むんですよ。女公爵も四人生んだので、長男は下の子たちに両親をとられた、気持ちだったのでは?(お嬢も後々三男一女生む、もう一人いたが流産した)」

姫「なるほど。我が家は二人ぐらいしか産みませんでしたし、私は一人っ子でしたから」

 サーマ公が遅くに結婚し、娘も一人しかできなかったため、母親は公家に気を遣って、一人で止めたらしい。

 サーマ公は兄弟が多く(王家に嫁がせる娘ができるまで、先代女サーマ公は六人生んだので、男が五人いる。そのうち、末弟が姫の祖父である)、次男は海賊王で、表向き港町で網元をしている。姫の叔父が片腕として次男のところにゆき、その義理の娘(海難事故死んだ部下の子。妻もろとも面倒見てる)を娶って親子になってしまったので、子爵家には戻ってこない。

 それはともかく。ほか二人は普通に結婚して子供もいるので、そこから引っ張ってくるか、関係が良好だったなら姫が生んだ子供の一人を養子養女にして跡を継がせただろう。

 王の子はよほどのことがない限り伯爵以上の家に婿入りできない。法的にそうなっており、派閥の伯爵家にちょうどいい跡継ぎ娘がいることはあまりないため、たいてい子爵に放り込まれてきた結果、伯爵家に婿入りすることはここ三百年あまり、一件もない。

「親の寵を兄弟姉妹で奪い合う気持ちが、察することはできるでしょうが、完全には理解できません」


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