イーマの恋形見 1
「姫様っ」
と、駆け込んできた侍女見習いに、偽女王は
「陛下、もしくは女王と呼びなさい、と教えたでしょう」
と、即返した。
目は書類に向けたままだ。喪に服していることを示した黒いベールをかぶっている。書類仕事をしているので、高そうなそれを雑にクリップで頭の上で止めていたので顔がさらされている。苦労と心労で、やつれたように細い面に、目の光だけは強く、印象深い。
執務室に、重厚な机が二つ、少し離して並べられている。
もう一つの机の主は壁にしつらえられた本棚から資料をとるために移動していて、侍女見習いの目に入っていないらしい。
本来なら、王になるはずのなかった不本意な王。
そして本物ではない女王。
もっとも、女王が偽物であることを知るのは、この城には当の女王しかおらぬのだが。
「結婚退職したいのです」
見習いの言葉にはっと顔を上げれば、
それは、あのときの母親と同じ顔をしていた。
なので、偽女王はため息まじりに諦めた言葉を吐いた。
「どこの誰ですか? つれてらっしゃい」
「わかんない。けど、あの人とときっと結婚するし、だめなら来世で添えるように」
「はい、待ったっ」
珍しく女王が慌てたので王は珍しそうに振り返った。
「今世で世話しますから、何もしないでくださいね。相手を確認させなさい」
王としては本当に不思議である。
女王がこの見習いの娘をずいぶん大事にしているのが。
知らぬから不思議だろう。
答えは単純にして明快に、本当に女王になるはずだったのは、この見習いの母親であったからだ。