第二話
ユーリが十五歳となってから数日後。アルピレス公国の宮殿に家臣一同が揃っていた。
先日より力を蓄えた小勢力が動きを見せ始めたのだ。これに対抗するための御前会議が開かれていた。
「諸君らも知っている通り、小勢力の力が日々増している。これを打開する手は無いか。忌憚なく意見を述べるが良い」
「では恐れながら。例え小勢力と言っても烏合の衆。我らアルピレスの総力を挙げて討伐すれば容易く事は収まるでしょう」
「私もその意見がよろしいかと」
家臣の大半が速攻での討伐の意見を押した。しかしダルスは指針を決めかねていた。すると一人の少年が目に入った。
「ユーリよ。お主の意見はどうだ?」
「若輩故粗末な意見しか持ち合わせておりません。それでもよろしければ申したいと存じます」
「うむ。存分に述べるが良い」
「では。まず家臣皆々様の討伐のことですが、早期には効果を発揮しましょう。しかし戦い続ければ疲弊するのは必定。これでは湧き水のように湧き出る小勢力と戦うには不利でございます」
「おのれ小僧!!我らの意見を愚弄する気か!!」
「まぁ待て。ユーリよ。お主、策を持っているのではないか?」
「恐れながら一計持ち合わせております」
「聞こう」
「まず敵に優先度を決めるのです」
「優先度とな」
「敵は小勢、されどその勢力の数は多く一度に相手にしてはこちらが負けるでしょう。ここはまず要所を抑えるべきかと存じます」
「してその要所とは?」
「アルピレスの南にあるラテール鉱山を奪取するのが一番かと存じます」
「ラテール鉱山。確かに鉱山を手に入れることができれば収入・軍備共に揃えることができる。だがそこを支配しているのは小勢力の中でも抜きん出ている者たちだ。父の代より何度も攻めてはいるがまったく落とせる気配がない。手間取りでもすれば他の勢力が動き出すであろう」
「ご主君の仰る通りでございます。しかしラテール鉱山に致命的な穴がございます」
「ほう。致命的な穴とな」
「私が調べたところによりますとラテール鉱山を支配する建物は砦が複数ありますがどこも山岳に築かれており、なおかつ砦を支配している者たちに連携の様子が見られません。ここは一つ一つを調略して味方に引き入れ、奇襲を以て敵の本拠を叩くのが一番かと」
「そのような小細工を弄さずとも我らの力で十分に潰せるわ!!」
「しかしそれでは我らの損失は計り知れないものとなります。そこを他の勢力に攻められるといずれ我らは負けるでしょう」
「ふぅむ・・・」
ダルスは蓄えた顎鬚をなぞりながら一考する。
「うむ、決めたぞ。ユーリの策を採用する。ユーリよ。お主の智謀を以てラテールの砦を調略して見せよ」
「しかと承りました」
こうして御前会議は終了した。
「おい商家の七光り」
宮殿を出たユーリは後ろから引き留められた。現れたのはアルピレスの重臣である者たちの子息たちであった。
「おい。何目立ってやがるんだ。貴様は家臣であるが日も浅く卑しい商家の出だ。何をして我らが主君に気に入られたのかは知らんがせいぜい身をわきまえるんだな」
そう言って子息たちは去っていった。
(やれやれ。家臣一同が団結せねばならぬときにこのようなことをするとは・・・)
ともかくユーリは調略の行動に移った。
まずは一番前にある砦を調略することにした。
ユーリが行動を開始してから数日後。標的の前線砦ではある噂が流れ始めていた。
「おい聞いたか?ウチの頭が動かない理由」
「あぁ聞いたぜ。臆病風に吹かれたのか、それとも敵と内通しているのか。どちらにせよ動かないのは確かだな」
といった具合に前線砦の指揮官に対する悪い噂が広まっていた。これをみた指揮官は急いで軍勢を整えてアルピレスへ対抗しようとした。しかしこれがさらなる問題を引き起こした。
突然軍勢を集め始めたことにラテール鉱山の支配者が不信感を抱いたのだ。度重なる悪い噂。特にアルピレスと内通しているという噂が軍勢を突然集めたことが後押ししていたのだ。
支配者は何度も前線砦の指揮官に詰問を行ったが指揮官も噂を払拭することに必死で上手く対応ができていなかったのである。
それに業を煮やした支配者はいつでも前線砦を攻撃できるように他の砦に兵の動員をかけた。
これによって前線砦の動きは封じられてしまった。軍勢を率いてアルピレスと一戦交えるか、それとも座して死を待つか。
己が利益を一番とする指揮官には迷いが生じていた。
そんなところにユーリが現れた。
最初は敵の使者など受け入れることなどできないと言っていたがユーリが口頭で指揮官の不利と滅亡を示唆したため話を聞くことになった。
「こんな小僧がアルピレスの使者とはアルピレスも落ちぶれた物だ」
「こんな小僧というのはやめていただきたい。これはお互いの今後を決める重要な話なのです」
「・・・聞こう」
「すでにお耳に入って入ると思いますが他の砦があなたの砦を攻撃する準備を整えております」
「・・・」
「事実無根の噂によって滅ぶなど見過ごせる事ではないでしょう」
「・・・その噂は貴様が蒔いたのではないか?」
「さて。ではアルピレス公のお言葉をお伝えします『もし我が軍門に下るというのであればこれまでの罪を許し、家臣の列に加える』とのことです」
「ふん。油断させて俺を亡き者にする算段だろう?」
「これから覇業を成し遂げようとするお方そのようなことを本当にすると思っているのですか?」
「むむ・・・」
「あなたは前線に立ち幾度もアルピレス軍を追い払いました。その軍才はまさしく素晴らしい物です。そのような物をお持ちであるのにこのような小事にこだわり滅亡を望まれるおつもりか」
「・・・確かに貴様のいう通りだ。だがそれを承諾して俺の部下たちはどうなる?まさか矢面に立たせて消耗させるなんて考えているまいな?」
「そのようなことはございません。精錬された兵は何よりも貴重。厚遇すると我が主は確約してくださいました」
「・・・そうか。わかったアルピレスの軍門に下ろう」
「素晴らしきご英断だと言えるでしょう」
こうしてユーリは前線基地の指揮官を調略し、砦の使者を伴ってアルピレスに帰還した。
「おぉ、そうか。最前線の砦の指揮官が下ったとな」
ダルスは諸手を上げて喜んだ。
「つきましてはすぐさま砦に一部兵を送りそこをラテール鉱山攻略の最前線とするのが賢明かと」
「ふむ。しかし他の砦が楽に調略できるとは思えぬ」
「いえ、最前線の砦が下ったとなれば次は我が身です。それに離反の疑いをかけられていた指揮官が本当に離反したのです。他の砦の支配者たちも今後の行動に迷いが出るでしょう。そこを一つづつ攻撃すれば容易く落ちるでしょう」
「ふむ。ではお主に五百の兵を与える。これを用いて好きなだけ砦を落とすが良い」
「承知いたしました」
こうしてユーリの初陣が始まった。まずユーリは父に初陣のことを放した。
「そうか。ユーリも初陣を飾ることになったか。さらには敵の砦を調略するとは見後な働きよ。父として誇りに思うぞ」
「ありがとうございます」
「息子の晴れ舞台だ。父としてできることは少ない。我が手勢の内百を与えよう」
「いえ。ここは与えられた五百で勝負に出ようと思います」
「五百でか?いくら何でも無謀では・・・そうか。策をすでに用意してあるんだな」
「はい」
そう答えたユーリの顔は笑っていた。
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